(12)もうすぐ夜になりますが、思いのほか街は明るいです。
「え、どういうこと?」
聞こえてきた声に顔をあげる。
「えっとねー、ゆめの世界の言葉のリズムと、こっちの世界の言葉のリズムを、ぐいー、ぐわーってまぜまぜしてあわせて、聞き取れるようにしたのー」
ミントは全身を伸ばしたり縮ませたり、精一杯の身振り手振りで説明してくれる。ただ、話している内容は一ミリもわからなかった。
「つまり、どういうこと?」
「すごいがんばったのー」
もう一度聞けばミントは、えっへん、と胸をはって答えにならない言葉を返す。結局よくわからないが、ありがたいことに変わりはない。ゆめは、ありがとう、とミントの頭をなでる。ミントはえへへ、とうれしそうに笑う。
「……あなた、誰と話しているの?」
「えっと、ミント……ここに妖精がいまして」
眉を寄せて、女性が訝しげに聞いてくる。ゆめは自分の頭上に目線だけ動かして答えた。
「妖精が、見えるの?」
「え、見えないんですか?」
目を丸くする女性に、ゆめはきょとんと首を傾げる。
「私も詳しくは知らないけれど、お祭りの時や星降りの夜とか特別な日はともかく、普段は心を許した人にしか見えないはずよ」
「そうなの?」
女性の言葉を受けて、ゆめはミントに聞いてみる。ゆめの頭に寄りかかって鼻歌まじりに足をばたばたさせていたミントは、歌を止めると、うーん、とうなる。
「んー、よくわかんないのー」
少し考えてからそう返すと、でも、と続ける。
「ゆめといっしょだからなのー。ゆめはお友だちだから特別なのー」
「なるほど?」
いつ友達として認知されたかはともかく、ゆめはミントの話にとりあえずうなずく。視線を女性に戻した。
「なんだかよくわかりませんが、私はお友達だから特別だそうです」
「契約を結んだってこと?」
「契約? そうなんですか?」
ミントを見れば、お友だち、いつもいっしょ、と楽しそうに口ずさんでいる。
「……まあ、細かいことは、おいおい説明するわ」
女性は一つ息をつくと、ゆめに笑顔を向ける。
「何はともあれ、こちらの世界へようこそ。私は地球コミュニティの代表を務めている、ローザ・ミラーよ。気軽にローザって呼んで。コミュニティではちゃんと自己紹介、できていなかったわよね」
「ありがとうございます。私は木瓜ゆめ……えっと、ユメ・キウリです。これからお世話になります」
あらためて自己紹介をする女性――ローザにゆめは自分も名乗り、ぺこりとおじぎする。
「ユメ、ね。こちらこそ、これからよろしくね。それで、ユメ。薬草は集めてこられた?」
「はい! どれが必要だったのかわからなかったので、とりあえず目についたものを全部取ってきました」
ローザの言葉に、ゆめは持っていたカゴバッグを差し出す。中には森で集めた花や薬草の束がたくさん詰まっている。
「すごい、こんなにたくさん! どれか一種類だけでも十分だったのに」
「そうなんですか?」
ゆめが聞き返せば、ローザは、ええ、とうなずく。
「この仕事は、どの世界から来た人でも、最初にやってもらっているものなの。薬草採取は畑でやることもあるけれど、森に行くことも多いし。まずは森の歩き方や薬草の見分け方、採取の仕方を少しずつ覚えてもらうためにね。それに薬草ならば、いくらあっても困らないから、安定した収入源にもなるし」
「なるほど、スタートアップ研修ってことですね」
ローザの説明にゆめはカゴバッグの中を見る。わりと普通にさくさくと薬草を集めていたが、ほかの人はそうでもないのだろうか。
「まあそうね、そんな感じ。だから、最初からこんなに集めてきた人はあなたが初めてよ。薬草採取が得意なのね」
「ゆめはすごいのー」
「ありがとうございます?」
二人からほめられたので、ゆめは首を傾げつつもお礼の言葉を返す。
「じゃあ、早速ピアンタの元に届けに行きましょう」
ローザは、ぱん、と手を叩くとにっこり笑ってそう切り出す。
「ピアンタは薬草店を営んでいる、犬族の女性なの。豪快な人だけど、仕事は早くて丁寧だし、いい人よ?」
簡単に説明するとローザは、こっちよ、と歩き出す。ゆめも慌てて追いかける。
「お、嬢ちゃん。無事に帰って来られたんだな」
その途中、門の手前で軍服を着たオオカミに声をかけられた。
「えっと、ご心配をおかけしました」
ゆめが頭を下げてそう返すと、軍服オオカミは驚いたように目をぱちぱちさせる。
「嬢ちゃん、いつの間に言葉がわかるようになったんで?」
「どうやら、妖精と契約をしたそうなのよ」
軍服オオカミの疑問にはローザが答えてくれる。
「妖精と? なるほどね。インフィオラータを前に、そいつはめでてえや」
オオカミはそう言って大きくうなずくと、手を差し出してくる。
「オレはアルベロってんだ。大抵はここで門番をしているから、何か困ったことがあったら、いつでも言いな」
「ありがとうございます。ユメ・キウリ、です」
軍服オオカミ――アルベロにゆめも名前を告げると握手をする。そのままその場で軽く言葉を交わしたあと、門を抜ける。
「わあ」
門のアーチをくぐり、飛び込んだ光景に、ゆめは思わず感嘆の声をもらす。
夕暮れを過ぎ、薄暗くなってきた大通りには、街灯や店先に明かりが灯る。
ぽつぽつと浮かぶオレンジの光が、やわらかに地上を照らす。
夜に近づきつつある通りには、鎧やローブにマントを羽織った旅人風の人や、ラフな格好の市民然とした人がのんびりと行き交っている。通りを歩く人々の顔は楽しげだ。
「ふふ、驚いた?」
きょろきょろと周りを見回すゆめに、ローザが笑いかける。
「はい! 人の多さもそうですが、街の明かりがすごいキレイで。あ、写真撮ってもいいですか?」
ローザの許可をもらうよりも早く、ゆめはスマートフォンを構えると写真を撮る。
「ゆめー。それ、なあに?」
頭の上のミントが画面をのぞきこんで聞いてくる。
「スマートフォンだよ。電話とかメールとか、動画を見たり音楽を聴いたりとか、いろいろできるの。私の世界ではポピュラーな通信機器、かな。わからないことを調べたり、ゲームしたりもできるんだ。まあ、今はネットがないから、カメラくらいしか使えないけど」
「ユメの世界には、不思議なものがあるのね」
ミントを見上げて答えるゆめに、ローザも横からスマートフォンをのぞく。感心したように声をこぼした。
「でも、この世界もすごいです。もうすぐ暗くなるのに、こんなに明るいなんて思いませんでした!」
「まあ、ここにはいろんな世界からもたらされた、知識や技術があるからね。この街灯もその一つ。元々の世界のものとは原理は違うらしいけれど、この世界にあわせて改良されているのよ。この世界の明かりは魔石や魔水晶、魔宝石が使われているの」
「へー。そうなんですね」
「きらきら、キレイなのー」
通りを囲う街灯はみんな形が統一されている。ただ、店先の明かりはそれぞれで微妙に異なる。その一つ一つが魔石や魔水晶、魔宝石と呼ばれるものなのだろうか。
「さ、ピアンタのお店はこっちよ」
ローザはそう言うと、大通りを左に折れた。