(11)森で妖精に会いました。なぜか言葉が聞き取れるようになりました。
「やっぱりここって……」
ゆめは立ち止まると、ぐるりと周囲を見回す。
道にかぶさるように張り出した枝には、ほのかに虹色に輝く八重咲きの花が咲く。そよぐ風に、ふわり、ふわり、と揺れる花は、まるで波打つオーロラのようだ。
「ここって、ガラスの羽のチョウについて行ったらあった、あの場所だよね」
たどり着いたのは、虹色の山吹が覆う、森の小道。チョウに導かれて、最初に訪れた場所だ。
「あ、あのチョウもいる!」
山吹の花の一つでは、一匹のチョウが羽を休めている。
七色の花が映り込んだガラスの羽が、玉虫色にちらちらと瞬く。
「わー、昼間もキレイだったけど、この時間もすごいキレイ。あ、そうだ」
ふと思い立って、ポケットからスマートフォンを取る。カメラを立ち上げると、横に構えた。右端の白い丸をタップすれば、カシャ、と小さくシャッター音がする。
「おー、いい感じ」
スマートフォンの画面に映し出された景色は、実際に目にするよりも色鮮やかだ。
「カメラは、ここでも使えるんだなぁ。まあ、たしかに圏外でも写真は撮れるか」
一人納得すると、スマートフォンから顔をあげる。
夕闇の中にぽわりと浮かび上がる七色の花は、昼間とは違う華やかさがある。
ゆめはスマートフォンをポケットにしまうと、ほのかに灯る山吹が囲う道を進む。
「昼間も写真、撮っておけばよかった。また今度来た時にでも撮ろう」
その途中、ガラス羽のチョウがとまる山吹の近くを通りがかる。
「キミも久しぶりだね。まあ、昼間と同じチョウかはわからないけど」
なんとなくチョウに話しかければ、ふるふると羽を震わせる。
ひらり、とチョウが山吹の花から飛び立つ。そのままひらひらと、ゆめのそばまでやってきた。
「もしかして、また道案内をしてくれるの?」
ゆめの問いかけに答えるように、チョウはふわりとゆめの周りを飛ぶ。ゆめの正面まで戻ってくると、くるりとその場でターンした。
「わ」
ガラス羽のチョウが、ゆるく吹く風に包まれる。
風が止んだ、虹色の光が灯る花の道。そこに現れたのは、ミントグリーンのシフォンのミニ丈ドレスを身にまとった、人差し指ほどの大きさの女の子。背中にはチョウのような、ガラスの羽が生えている。毛先に向けてパステルブルーからセルリアンブルーにグラデーションする長い髪が、風を受けたようにふわふわとはねる。
「わー、妖精だ!」
興奮気味なゆめに、妖精の女の子は満面の笑顔を向ける。ゆめに近づくと、ちょん、と鼻先に触れる。その途端、やわらかな風が吹き抜けた。
優しく風が流れる中、妖精はぱたぱたと羽を動かしてゆめの周りを飛ぶ。吟味するように周回していた妖精は、うなずくとゆめの頭の上に、ちょこん、と乗ってくる。
「こっちなのー」
「え?」
突然聞こえてきた、弾むような子供の声に顔をあげる。ゆめと目があった妖精がにっこりと笑う。
「あっちに行けば、街に着けるのー」
短い腕を精一杯伸ばし、妖精が道の先を指差す。どうやら、街までの道を案内してくれるらしい。
「わかった、あっちね」
少し驚いたものの、ゆめはひとまずうなずく。カゴバッグを持ち直すと、妖精の指差す先、薄暗い森の中をさらに進んでいった。
夕闇がより濃い影を落とす森をゆっくりと歩いていく。
ゆめの頭に寄りかかる妖精は、終始ご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。
「そういえば、あなたの名前は?」
歩きながら、ふと疑問に思ってゆめは妖精に聞いてみる。
「名前? とくにないのー」
「そうなの?」
「そうなのー。だから好きによんでほしいのー」
「うーん、なるほど?」
「次はそこを真っ直ぐなのー」
ゆめは頭の上の妖精を見上げる。妖精は道の先を指差して、道筋を教えてくれる。その視界の隅に、ちらちらとミントグリーンのすそがのぞく。
「じゃあ、ミント、って呼ぶね」
「わーい。ミントはミントなのー」
妖精――ミントはうれしそうに名前を連呼して歌を口ずさむ。
そのあとも案内されるままに道を進み、森の入り口まで戻ってきた。ただ、ミントが途中でふらふらと寄り道ばかりしたせいか、太陽はすっかり沈んでいた。
それでも街道を行き交う人や馬車の数はまだまだ多い。
「こっちなのー」
「こっちね、ありがとう」
ミントの指示に従って、街道を左に折れると外壁沿いに歩いていく。途中、壁に沿ってのびる人の列が見えて、なんとなくゆめも最後尾に並ぶ。
流れにまかせて街道を進んでいくと、スチールグレイの門扉が見えてきた。開かれた門の間から見える街並みには、オレンジの明かりが灯る。
その門の手前に、見覚えのあるボルドーの赤い髪の女の人がいた。
軍服を着たオオカミと何やら話していた女性は、ゆめに気がつくと駆けよってくる。
「よかった。帰りが遅いから森で迷ってるんじゃないかって心配してたのよ」
ゆめの目の前までやってきたのは、地球コミュニティーにいた赤髪の女性だった。ゆめを見て、ほっと息をつく。
「えっと、すみません。ホームでスマホの充電をしてて。それにミントと寄り道もいろいろしてたので」
ゆめが普通に返すと、女性は目をぱちぱちさせる。
その反応を不思議に思って、ゆめは首を傾げる。
「あなた、もっとたどたどしく話してなかった?」
「何がですか?」
「コミュニティーのハウスでは、私の英語もよくわかってないみたいだったけれど」
「いや、英語のライティングはまだマシですが、リスニングは苦手ですよ。……あれ?」
そこまで答えてゆめも、はた、と気づく。
「おねーさん、いつの間に日本語マスターしたんですか?」
女性がどちらの言葉で話しているかはわからないが、びぽぴぽ聞こえていた現地語でも、流暢すぎて聞き取れなかった英語でもなく、普通に日本語として耳に届く。
「え、あなたが、実は英語ができたんでしょ?」
「いや、おねーさんのほうこそ……」
「え?」
「ん?」
お互い顔を見合わせると首を傾げる。
昼間は聞き取れなかったはずの言葉が、なぜかわかるようになっている。とてもありがたいが理由がわからない。
女性と二人でハテナを浮かべていると、ゆめの頭の上でミントが、はい、と手をあげる。
「ミントががんばったのー」