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あったかもしれない閑話

作者: 庚午澪

「僕が小さいのはパラレルワールドの僕が皆、この歳まで生きられない運命だからなんだって。だけどこの世界の僕は皆の願いで奇跡的に生きていて、だから世界は成長する僕が分からないから大きくなれないみたい。それが僕が小さなままの理由らしいんだ」

 涼火がソファで寝そべっていると、突然そんな様な事を朝月が言った。

「へー、誰だ。そんな厨二病全開のSF設定を兄貴に吹き込んだのは?」

 本気にしていない生返事の妹は懸念を口にし、語っていた彼は胡乱げな眼差しを向ける。

「……涼火ちゃん、信じてないでしょ?」

 魔法もSFも存在しない日常を生きているので、信じろという方が無理な話だった。

 誰が聞いても妄想としか聞こえない内容に、黙って瞳を見つめ返すと兄は勝手に続きを喋り出す。

「今に見てなよ。これからの僕が世界にとって未知なだけで、身長が突然伸びる可能性はあるらしいんだから」

「ふぅん、成長痛。本当痛いけどいいの? 大丈夫?」

 高校生にもなって小学生の身長からの成長に期待を持って、信じて疑わない相手に涼火は気怠げに確認をする。

「……だっ! 大丈夫!! 個人差があるでしょ? きっと?!」

 痛みに悩んでいた頃の涼火を知っているため、危うく絞め殺されかけた時の記憶が朝月の脳内に蘇る。

 けれど、それでも手を握り締めて去勢を張った。

「でもさ。私の成長速度で痛かったんだから、高校で身長が伸び切るってかなりのハイペースで成長する訳じゃん? 痛くないはずがないでしょ」

 脅かす言葉に兄の瞳が泳ぐ。

「むしろ、私よりも痛みが伴う可能性の方が高いんじゃない?」

 追撃の一言に一拍の迷いが返事に生まれた。

「……平気、だよ」

「急激に身長が伸びて変わるんだから、童話で継母が毒リンゴを用意して魔女に化ける時みたいな事とようは一緒でしょ? 結構苦しそうだった気がするけど」

「えぇ~」

 表情から童話のアニメで継母が娘を殺すため、毒リンゴを用意して容姿までも変えるシーンを思い浮かべている事を覗わせた。

「な、痛そうだろ?」

「僕、我慢強いし。個人差だって絶対あるから、そんな事ないって。きっと!」

 涼火の言葉を受けて、それでも強がって見せるが、震える声と表情は隠せていなかった。




 小さな岩に腰を下ろした涼火は、パチパチと爆ぜる焚き火に視線を落とす。

 朝月が最近どこかに出かけていたので怪しんでいたところ、まさかの展開で今に至る。

 普通に山に分け入ったりするので、足元はスニーカーに服装は軽い山登りにも想定し、柔軟性のあるパンツに撥水加工された上着を羽織ったスタイル。

 火を挟んだ対面にはキャンプなどで目にする小さな簡易椅子に座っている顔も見えない相手。

 ゼロ地場に一時的な次元の狭間が発生した影響で、並行世界線から来たという相手の話を聞く。

 他の世界を知る事が出来たのも偶然だったが、朝月が高校生まで生きている世界があるのは、たぶん生きれなかった世界の祝や羽衣、貴方の願いが届いて奇跡が起きたのだろうと語る。

 別の世界では朝月は十六歳を迎える前に命を落としてしまうと言う。死に方に法則性はなく様々で、それに命を落とすのに決まった年齢はなく、多少のズレはあるらしい。

 にわかには信じられない内容だけれど、直前には十メートル前後の人型兵器など目にしているので否定は出来なかった。

 相手の顔はヘルメットに覆われていて表情は窺えないが、こちらを気づかう口調で話を進めた。

「心当たりはないか? 朝月が死んでしまったのではないかと思う瞬間とか、死んでもおかしくない事故とかであるにも関わらず、奇跡的に助かった例とか」

 確かに指摘通りに何度か事故や怪我、遊んでいて危ない場面は幾度となくあった。

 その度にボロボロになったりするけれど、不思議と命を落とす事態にはならずに心配が杞憂に終わっている。

「しかし、知る限り朝月がこの歳まで生きているのは初めての事態だから、もしかしたら明日には隣に居なくなっている可能性もある。あ……すまない。専門家でもないのに予想だけで心配させてしまって」

 小さく首を横に振り、相手の謝罪に答える。

「そんな事ない。何かあると夜でも家を飛び出してしまうくらいだし。居なくなっても、どうせ問題を起こして飛び回っているんだろうくらいにしか思わないよ。心配なのは何を仕出かしているのかってだけで」

「そうなのか」

 顔はヘルメットで見えないけれど、苦笑が漏れたのが伝わる。

 きっと『そうなのか』という言葉の前には、やはりと付きそうなニュアンスを感じた。

「奇跡的だからこそ、どこかで歪みが生じると影響が出る可能性もある。だから、ずっと彼を思って世界に繋ぎ止めていて欲しい」

 自分や祝の思う気持ちは変わらない気がするので、バランスを崩すとなるとブラコンの羽衣しか思い当たらない。

「それに一応覚悟しておいてもらいたいんだよ。大丈夫って思っていても、実際にその時が訪れると受け入れられないものだ。今影響が出ないとも限らない訳だしさ」

 ゼロ地場の影響で涼火の世界に存在しない人型兵器などが、この世界に干渉してしまわないか気にしていた。

「せっかく朝月の生きている世界なんだ。一応話すけれど歪みが生じて起きる現象の一例としては、神隠しの様に突然姿が消える。それと同時に彼と関わった時間の短い人から朝月の記憶が消え始めたり、すでに朝月は死んでいる存在として修正されたり、存在が揺らいで兄の性別が変わってお姉ちゃんになってもおかしくない。気をつけてどうにかなる話じゃないけれども、突飛な事が起こる可能性はある」

 もちろん何も起きない可能性も、と付け足した口調は優しげだった。

 全体を通して声が妙に気になったが、聞いた内容を笑い飛ばすなんて否定は出来なかった。

「アドバイス、ありがとう」




 朝月と並んで下校する。

 風紀委員会の用事を終えた兄と偶然帰りが一緒になった。

 無駄に首を突っ込む事もある彼なので、風紀委員に誘われた時は、これまで以上に厄介事や周囲に迷惑かけないか懸念したが、今のところこれまで以上に増加した実感はなかった。

 そもそも風紀委員に誘われた現場に涼火も居合わせたが、その場のノリに近くて正式な所属なのかは怪しい。

 ふと隣を見やると兄の姿が消えていた。

「!?」

 歩いていた足を止め、辺りに目を走らす。

 街路樹と帰宅途中の人がちらほら。

 小さな兄だから物陰や人陰に隠れて見えない可能性もある。

 突然姿が消えてもおかしくないと聞いた話が頭に浮かび焦る。

 焦りに加えて喉が締まる様な感覚に襲われ、二度三度と小さな影を探して首を巡らす。

 目に前髪がかからない様に額を出し、視界は良好なのに見つからない。

 目に留まっても、それは親と手を繋ぐランドセル姿の子供で焦りが積もる。

「兄貴……っ!」

 視点が定まらないほど動揺して小さな姿を求めて探すと、道の向こう側から朝月の声が響いた。

 慌てて振り向くと彼がコンビニの前で大きく頭の上で手を振る姿が眼に入る。

「涼火ちゃん! 揚げ物割引きセールだって! 何食べるー!」

 こっちの気持ちも知らず、買い食いする気でいる兄。

 食べても食べても成長しないのは、存在するためのエネルギーに廻っている可能性も示唆したが、並行世界の兄は基本よく食べるので関係は薄いらしい。

 いつの間に向こう側へ渡ったのか、ほっとすると同時にちょっと目を離すとすぐどっかに行ってしまう習性は子供で口元が笑ってしまう。

「今行く!」

 左右を確認して横断し、先に自動ドアを潜ろうとする背中に駆け寄った。




         ーー了

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