Requiem-06 裏で動く者の影
アゼスは町の外に出た後、また1度戻っていた。この狭い町の中で小さな倉庫に潜み、状況を見て次の場所に移るつもりだったらしい。
テューイは何から何まで初耳だったようで、アゼスに対し申し訳なさそうにしていた。
自暴自棄になっていたとはいえ、極悪非道な組織に加担していた事を恥じているんだと思う。実際に目の前に親を殺された人が現れたら、自分が手を下していなくても思い知るのは当然だ。
いや、どうか思い知って欲しい。人としての心まで失って欲しくない。
でもオレ達の会話から自身が指名手配されたと分かり、どこに行く事も出来なくなった。そこで正体を明かし、指名手配を解いて貰おうとしたって事か。
もし捕まってグレイプニールか伝説の武器に心を読み取って貰えなかったら、アゼスは魔王教徒として一括りにされてしまうもんな。今出てこないと、アゼスの命がけの計画も台無しになる。
「という事で電話を借りたいんだけど、いいかな。会話に聞き耳を立ててくれてもいいし」
「……いいでしょう。皆でホテルに向かいましょうか」
「イース、ごめん、任せてもいい? 魔力も体力も、睡魔の相手も限界」
「俺もちょっときつい。途中で寝そうだから仮眠を取りたい」
レイラさんとオルターは限界みたいだ。オレも気を抜いたら寝そうだけど。レイラさんはアンデッドの始末で治癒術を使い過ぎたし……オルターも銃を扱うのにはかなり神経を使う。
それに重要な局面とはいえ、事態は呑み込めたし安堵で気が抜けたのかもしれない。まあ数人でも話を聞いていれば把握は出来る。グレイプニールがしっかり嘘と本当を見抜いてくれたらそれでいい。
という事でオレとグレイプニールは会話を見届けないといけない。
「じゃあ、オレとグレイプニールでついていくよ。リザさん達ももう休んで下さい」
「電話だけ見届けたらそうさせてもらうわ」
レイラさんとオルターはホテルで部屋を借り、ふらふらしながら廊下を歩いていく。オレはグレイプニールを叩き起こし、アゼスさんの通話を待った。
ホテルは他の家々と同じく、砂嵐対策で窓が小さく、ガラスもない。鎧戸が締まっていれば閉塞感も出そうなものだけど……建物内は案外開放的だ。
エントランスは広く、天井は低いながらしっかり奥行きを感じる。多分、物の配置が玄関から見て左右の壁と並行に並んでいるからかな。
色鮮やかな赤や青を基調とした工芸品が棚に並び、木彫りの人形が虚空を見つめて笑っている。お香立てまで珍妙な色合いの三角錐。
そんな独特の雰囲気が漂うロビーで、アゼスは電話を掛け始めた。
「オレの通話中、声を出さないでくれ。……ごきげんよう、こちらアゼス・ネニ。テレストから本部へ。336報告です」
途中の数字は暗号だろうか。意味を尋ねたいけど今は我慢だ。
「ああ、そう、そうです。うん、いや、……そう。テレストロードは大丈夫。ちょっと1人の婆さんが早とちりして、墓地のアンデッドは見つかったけど。うん……そう」
アゼスは本当に起きた出来事に上手く嘘を混ぜ、テレストを上手く陥落出来たように装って話をする。
「そう。全員無事って訳じゃないよ、ああ、うん。捕まってる奴もいる。だけど大丈夫、何人かテレストロードの刑務官として潜り込ませた」
えっ?
「ああ。ティートに代わろうか? ティート、本部だ」
「えっ、俺!?」
「ほら早くしろ」
アゼスが不意にティートに電話を替わった。ティートはテレストロードが自分達を信用した事、各地の集落を拠点化出来た事を告げる。
もちろん、全部嘘だ。
「アゼスに代わります、はい、はい」
「んじゃあまた連絡を入れますんで。どなたか来られるのであれば、事前に言って貰えると。陥落させたとはいえ、こっちは人数も少なくて警戒も厳しくなってるんで」
2人が本部との報告連絡を終え、大きく息を吐いた。
「あー緊張した」
「アゼス、何で急に俺に代わったんだ」
「複数名できちんと計画を進めていると思わせる必要があるからな。テレストロードで俺達に協力できるのは」
「ロッコ達3人は協力者として裁判所からお墨付きを貰った」
「じゃあロッコ達の1人を刑務官という事で報告しておこう。よし、じゃあテレストロードに!」
アゼスはそんなに物事を考えているように見えない。どこか行き当たりばったりだ。ついでに言うと、オレが眠いって事も忘れてそう。んでもって……
「おいおい、兄ちゃんよ。あんた自分が外壁壊したのを忘れとらんか」
「壊しちゃったで済まされるもんやなかよ? どうしてくれるんね」
「あっ……」
「壁ば直すまで帰さんけ!」
「ほらみんなレンガ積みよるけん早よ来い!」
……。アゼスが引っ張っていかれちゃった。
ティートも自分が魔王教徒だったからと手伝いに行こうとする。だけどティートも徹夜している。捕まっていた間も眠れていないだろう。
結果、彼もオレと共にロビーに残された。リザさん達も泊っているホテルに帰っていく。
えっと、オレはもう眠いから……寝ていいのかな?
「ぬし」
「ん?」
「ボクおなすびます」
「……そう、だね、寝よっか」
* * * * * * * * *
「ごめん、寝過ぎた」
「ううん、大丈夫です。だってオルターまだ寝てるし、グレイプニールも寝てる」
午後6時。外壁補修も今日の作業は終わっていて、モンスターの死骸も処理が終わっていた。独特の臭いは強風でどこかに飛んで行ったみたい。
鎧戸を開けて外を確認したら、もう辺りは暗くなっていた。こじんまりとした中庭のベンチに座り、ぼーっとしているオレに、レイラさんが話掛けてきた。
「なんか、こんな国を巻き込む話になるって、思ってなかったね」
「そうですね。魔王教徒が大規模な拠点を築いていた時、他に拠点がある可能性も考えていたのに」
「あたし達まだ駆け出しだからって、自分達で首突っ込むだけ突っ込んで……」
「でも、もう後には引き下がれない」
「うん」
思えば、オレが再起を懸けてギリングにたどり着いてから、まだ半年と経っていない。その間に魔王教徒は幾つも事件を起こしていた。きっと、もっともっと昔から。
「イサラ村のように、辺境の村を占領して全員奴隷にするくらいの事は出来る」
「テレストはたまたまオレ達が先に着いただけ……それと、アゼスのような潜入者がいたおかげ」
「イサラ村の件に絡んでいなかったら、ギリングの管理所マスターの状況も分からなかった。あたしは……事件屋と言いながら、その当事者にはなれなかった」
そういえば、イサラ村の状況に気が付いたのは、町の酒場で他愛ない世間話を耳にしたのがきっかけ。
「あたしは1つの事件をじっくり追うつもりじゃなかった。本当に引退したバスターや、依頼を受けてくれる人がいない人のためになればと思ってた。たまたまあなたが来て、オルターが来て」
「偶然、なんでしょうか」
「えっ?」
レイラさんが驚く。オレが自分でたまたまと言ったけど、本当にそうだろうか。
「運命と言うつもりはないんです。だけど……オレ、ちょっと考える事があって。もしかしたら、オレ達は誘導されているのかも」
「誰に?」
「……レイラさんが事件屋になり、オレがグレイプニールを受け取った。これはほぼ同時期です」
「ちょっと、あたしが事件屋になった経緯は言ったでしょ? 前所長があたしを推薦したのに」
「グレイプニールをくれたのは、両親やゼスタさん達です」
何だろう、何か揃い過ぎている気がする。でも、何か結びつかない。
「事件屋制度って、世界中どこの町でも一緒ですよね。バスター協会の制度だから」
「ええ。あたし以外にもいるし、他の国にもいる」
「……オレ、何か勘違いをしていたのかもしれません」
「えっ」
うん、まだ確証はない。というか、今はまだ確かめる手段もない。
「潜入者は、思ったより多いのかも。もしかしたらギリングのマスターも、元は潜入者だったとか」




