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【Chit-chat 05】とある英雄夫婦の場合。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



【Chit-chat 05】とある英雄夫婦の場合。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *




 大森林の中にテーブルマウンテンが幾つもそびえる辺境、ナイダ高地。

 その1つの平たい頂上には、標高平均1200メルテの村「レンベリンガ村」がある。


 眼下には山の東西および北に鬱蒼と茂る大森林、見渡せどはるか西のアルカ山脈以外、視界を遮るものは何もない。

 地上から隔絶された環境、まるで宙に浮いているかのような地形。

 秘境好きにはたまらない環境だ。


 更に魔法を生み出した「アダム・マジック」の終の棲家があり、住民には魔法の才能がある者が多い。


 商魂たくましい住民による「テーブルマウンテンツアー」や「魔法まんじゅう」、「アダム・マジック記念館」などで若干俗っぽくなっているが、それもまた違和感がたまらないのだそうだ。


 そんな村には、1組の英雄夫婦が住んでいた。イースの父親シークと、母親シャルナクだ。


 現役を退いた英雄の朝は早い。


「しゃ、シャルナク……あの、ボク……」

「ん? ん~……おはよう、アルジュナ。起きたのかい」

「うん、おはよう。ごめんね、起こしちゃったね」

「いいんだ、わたしももう起きなければならない時間だ」


 数百年も存在し続け、アークドラゴン討伐にも使われた伝説の武器「炎弓アルジュナ」がシャルナクを起こした。


 伝説の武器に似合わず、普段の言動は自信なさげで頼りない。シャルナクはそんな控えめなアルジュナの面倒を見るのが好きだった。


 シャルナクの頭にはイースと同じ猫の耳が生え、腰からは猫の尻尾が生えている。

 短めに切り整えられた黒と茶の斑な髪色、切れ長で涼しげな目。


 イースは父親似と言われ、実際父親に似ているが、親子3人で並ぶと人々はイースが母親似だと認識を改めるだろう。


「さて、朝食を……」


 シャルナクは半袖シャツに短パンという開放的な恰好のまま、寝室を出てキッチンへ向かった。50歳も近いというのに、鍛えられた体のせいか随分若く見える。

 こんなに粗末な半袖短パン姿でもサマになる40代女性はなかなかいない。


「おはよ、シャルナク。朝ごはんできてるよ」

「え、シーク!? もう起きていたのか。わ、わたしは」

「大丈夫、まだ夜明け前だし。俺は起きたんじゃなくて、起こされたんだ」

「おっと、剣聞きの悪い事を言ってくれるじゃないか。今日は討伐当番だというのにワクワクしないのかい、シーク」

「しない。……まあ、こんな感じでバルドルに起こされた」

「なるほど。でも有難う、朝食の準備まで」


 どうやら夫のシークの方が先に起きていたようだ。いや、起こされていたと言うべきか。

 黒髪、黒い瞳、剣術士にしては細身な体。優しい表情はどこか余裕を感じさせ、危機的状況でも周囲を安心させる不思議な魅力があった。


 かつてのアークドラゴンとの死闘の際、あと一歩という所で壊滅しそうになったパーティーのため、シークは自らを鍵として封印を発動させた。

 アークドラゴンを閉じ込める事には成功したが、それは同時に自らも封印されるという事。


 シークがバルドルのお陰でようやく目覚めた時、世界は5年の時が過ぎていた。


 瀕死のアークドラゴンにトドメを刺し、シャルナクやビアンカ達と再会したが……シークの体は封印当時の20歳のまま、ビアンカとゼスタは25歳。シャルナクは26歳。

 年下のイヴァンや弟のチッキーと身体年齢は変わらない。今でもシークは実年齢より随分若く見られる。


 こんなに若々しく、首回りがだるだるな半袖シャツでも着こなせている40代男性はなかなかいない。


「イース、元気にしてるかな」

「しているさ。そういえば、ビアンカとイヴァンが会ったと言っていたね」

「ああ、魔王教徒がまた動き出してるとは思わなかった。あいつ、俺達の手を借りるのをあまり好まないからな、無理してなきゃいいんだけど」

「幼い頃はお父ちゃん、お母ちゃんと言ってあんなに頼ってくれたのに」


 リビングの小さなテーブルには、シークが用意した朝食の目玉焼きと、アツアツのじゃがバター。そして、海のある地方から取り寄せた「コンブ」で出汁を取ったスープ。

 レンベリンガでは一般的な食卓だ。


 一方、バルドルは食事の時間も討伐の事で頭が一杯……さて、剣の頭はどこなのか。


「シーク、朝食を終えたら、体慣らしに僕とモンスターを数匹狩るのはどうだい」

「えー……山を下りるだけで大変なのに。体操もするし、素振りもするから大丈夫だよ」

「モンスターを狩るなら、君は体操の代わりに早朝ジョギング、そして狩りをすれば素振りになる。僕はモンスターを斬れる。一石三鳥だと思わないかい」

「……それ、俺に得あるんだっけ?」


 シークとバルドルの会話はいつもこうだ。

 特にモンスター退治が出来る日のバルドルはよく喋る。


 引退したバスターに、モンスター退治の機会は多くない。聖剣バルドルにとって、シークが当番の日は貴重である。

 興奮のあまり、朝4時からまだかまだかと騒ぎ、シークを起こす。それが当番の日の恒例となっていた。


「わたし達は狩り当番だ。今日は危険だが森の近くでシカを狩る。森のトレント(木に擬態するモンスター)がおとなしければいいんだが」

「ボク、頑張るけど……その、シャルナクの思ったように矢を飛ばせるかな……」

「1度だって期待を裏切った事はないだろう? 自信を持ってくれ、アルジュナはわたしの誇りなのだから」


 シャルナクはアルジュナへと微笑み、目玉焼きを切り分けて口に運ぶ。


 伝説の英雄とはいえ、いつもキリッ、キチッとしているわけではない。この夫婦は特にそうだった。

 のんびりしていて、他愛もない会話を楽しみ、娯楽にもお金にも貪欲ではない。


「俺達も今日はちょっと忙しいかな。観光客が来る日だから、モンスターも隊列を狙って湧いてくる」

「シーク。その俺達の中に僕が含まれているかを伺っても?」

「1度だって含まなかった事はないだろ。包丁代わりなんてお断りだなんて言うくせに、俺が朝食のナイフを持つだけでギャーギャーと」

「ハァ、僕の持ち主は君だけなんだ、君が持つのも僕だけじゃないと不公平だ。あーあ、僕は君なしでは在れない刀身にされてしまったというのに」


 憎まれ口を叩くが、バルドルはシークを持ち主にして心底……もとい、心鉄(しんがね)底良かったと思っている。


 2人がのんびりと食事をし、2本が2人を急かす。そんな中、1人の青年が木製の玄関扉を激しく叩いた。


『シークさん、シャルナクさん! 大変です、鳥のモンスターが、ズーが飛んできた!』

「えっ、それはまた珍しい……分かった、すぐ行こう! シーク、ここはわたしが!」


 のんびりムードから一転、シャルナクはキリっとした表情で席を立ち、矢籠を手に持って家を飛び出る。雰囲気が変わったのは、シャルナクだけではない。


「よっしゃシャルナク! 俺様の弦がぶち切れるくらい引けよ! 腕の衰えなんか見せたら承知しねえぞ!」


 乱暴な言葉遣いが遠ざかっていく。声の主はアルジュナだ。アルジュナは戦闘の時だけ「弓が変わった」ように勇ましくなる。

 そんなコンビを羨ましいとボヤいたのはバルドルだった。


「あーあ。君は奥さんだけ頑張らせて、自分はのんびりするのかい。君の息子のイースも、どこかで必死に戦っているだろうに」

「分かった、分かったよ。みんなに先に山を下りるって伝えてから」


 シークも支度をし、家を出て行く。


 その日の夕方、シークとシャルナクはヘトヘトになりながら家に戻った。

 食事もそこそこにして風呂を済ませ、ベッドに倒れ込むと気絶したかのように眠りにつく。


 翌日は当番がなく、畑も収穫を終えているためゆっくり休める……はずだったのだが。


 早朝、イグニスタ家の玄関扉がまた激しく叩かれた。


『イグニスタさん! イース君から緊急の電話だ!』

「……何だって!?」


 声の主は村長だった。村の個人宅で電話があるのは村長の家だけだ。

 イースはテレスト王国にいたが、時差のためレンベリンガはまだ夜明け前。村長は電話を受け、そんな時間でも内容を知らせるために走ってきてくれたのだ。


「シャルナク起きて! イースから電話だ、俺は先に村長の家に行く!」

「……イース!? あ、ああ分かった、すぐ後を追う!」


 シークはバルドルを担ぎ、家を飛び出していく。


「アルジュナ、おい、イースからの電話だ! 起き……なくても持って行けばいいか」


 シャルナクはアルジュナを背負い、家を出た。遥か前方ではシークがバルドルに文句を言っている。


「おいバルドル! お前、昨日は俺を起こしたくせに! 今頃イースはどこかで必死に戦って……起きろってば!」




 現役を退いた英雄の朝は早い。



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