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Mirage-03 美味いものはみんなで



「えっ、騎士……?」


 驚いた。確かに貢献したとは思うけど、こんなに大勢に与えていい物じゃないのはオレでも分かる。

 多大なる貢献をしたほんの一握りの人物に与えられるものなんだ。

 こればかりは謙遜や卑下ではなく、明らかに見合わない。


「ちょっと、ちょっと待って下さい! 大変光栄で、身の引き締まる思いではございますが……騎士に相応しい活動をしたとは」

「せめて治癒術士だけに与えるものではないのですか! 我々は……」


 周囲からも声が上がった。他人が評価したのだから胸を張れと言ってくれたリザさんも、基準が甘いのではと言い出す始末。


 そりゃ大きな貢献があったらバスター協会から勲章を与えられ、騎士の称号を貰う事もある。実際、父さん母さんを含め極少数のバスターが勲章を授与された。

 でもまさか協会以外からこんなにあっさり称号を貰うなんて、多くのバスターは想定した事がないと思う。


 この疑問については、国王自身が解決してくれた。


「皆が騎士である事は、どうあろうと変わらぬ。この度の働きご苦労であった!」


 あ……あれっ? 国王って、庶民に声を聞かせないんじゃ……?

 あ、もしかして!


「オレ達が騎士になったから、国王と話が出来るって事?」

「成程、一般庶民じゃなければ話せるんだな。国王の狙いはこれか」

「……国王が役人でもバスター協会でもなく、直接バスターに語り掛ける、か。先日のアンデッド騒ぎは後付けで、この機会を待っていたとか」


 オレ達の動揺は伝わっているだろう。国王は威厳のある表情から一転、優しく微笑んだ。


「一時、皆の統制権を我に託して欲しい」

「……国王陛下の勅令での任務って事ですか?」

「いかにも。まあ、その前に感謝の宴を楽しもうではないか。バスター諸君に仰々しい振舞いなど求めぬ、自由にしたまえ」


 国王はそれだけ告げると席を外した。オレ達に任務を与える……この場や称号授与はその謝礼って事?


 大臣が手を二度鳴らし、給仕の使用人が一斉に大皿を並べ始める。白いクロスが掛けられた長いテーブルの上には、鳥や豚の丸焼き、茹でられた大きな海老、山盛りのフルーツ、サラダもパスタも大量だ。

 しかもどの皿も盛り付けに拘ってる。質より量なバスターにとって、さながら夢の食卓。ベテランバスター達もはしゃいでいる。


「まあ、任務の件は話を聞かないとどうしようもないよな」

「すげえ……こんな豪勢な料理、絵本でしか見た事ない」

「ど、どうしよ、まず食べ方が分からないぞ」

「ドレスだとお腹が締め付けられてるから、あんまり食べられないかも」


 って言いながら早速フルーツの大皿目掛けて小走りするレイラさん。いや、他の人も小走りしてる。こんな贅沢、なかなか出来ないもんな。


 給仕係の人がわざわざ取り分けてくれている。至れり尽せりってこういう事か。


「ぬし、ぬし! 焼ちとります! ボク斬るよごでぎますよ?」

「飯の肉も斬りたがる剣なんてお前くらいなもんだぞ。じゃあ……オルター、食うぞ」

「おう! 肉だ肉だ!」


 オレ達もテーブルに駆け寄った。目の前には豚も丸焼き。こんがりと焼けた皮の匂いが食欲をそそる。

 切り分けられた部分から湯気が立ち、適度に脂が落ちた柔らかな肉の弾力が間近に。ああ、見ているだけで口の中に味が広がっていきそうだ。


 先に取り分けてもらったバスターが、横で肉にかぶり付いている。皮がサクッと音を立てて……あーもうこれは食うしかない!

 オレの舌は豚肉と濃いソースの味を待っている!


 オルターが肉を受け取り、かぶり付いた。脂身が殆ど落ちて、濃縮されつつも柔らかい肉があっという間に口の中へ消えていく。


「うめえっ! うわぁ……全然脂っこくねえ、角煮より脂が気にならねえ」

「あーもう、期待するからそういう事言うな!」


 一方、刃でその感触を待っているのがグレイプニールだ。


「ぬし! あんまか(真ん中)! あんまか斬るます! あー……焼ちむた、斬るたいます! ぴちっ、ちゅくっ、斬る音すままちい……」

「自分で切っていいか聞いてみよう。すみません! オレ、自分で斬……」

「はいどうぞ、お召し上がり下さいませ」

「……あ、はい」


 給仕係がニッコリと笑顔で皿をくれた。その上には切り分けられた肉。

 いや、良かれと思って親切に取り分けてくれたんだよな、それは分かってるんだ。

 でも……。


「ぬし、斬る……ボク斬るないます……」

「あ、うん、オレも皮のパリってしたとこ、欲しかった」


 でもこんな所でダダこねる訳にはいかない。グレイプニールに不敬なんて言葉は通じないかもしれないけど、王様の前で粗相があれば何が起こるか。


「少し斬るか? 斬らないより斬る方がいいだろ」

「しかたまい、ちちゃいにきゅ、斬るます……うあぁーもしゅたの肉とちまうなす! おぉ、たもちぃ」

「……んー、んーっ! うめえ、表面がサクッとしてる!」


 な、成る程な。本当はもっと皮の部分が食べたかったけど、ちゃんと美味しい所を切り分けてくれてるじゃないか。


「よし、次だ。鳥の丸焼きはいくつもある!」

「焼ちとり! うぉぁー斬るぅーボク斬る気ぼちます!」


 鳥の丸焼きの所には係の人が誰もいない。今がチャンスだ。


「あ、リザさん」

「あら、君も鳥の丸焼きを? 皮にタレを塗ってこんがりと焼いて……絶対に美味しいよねこれ」

「はい、もう口の中がタレの味になってます。それで、嫌じゃなければお願いがあるんですけど」

「何かしら」


 グレイプニールはモンスターを斬る道具でもある。オレは良いとしても、他の人が嫌かもしれない。綺麗に洗って磨いているとはいえ、モンスターを斬った刃で食肉を切るなんてって。


「グレイプニールがどうしても鳥の丸焼きを斬ってみたい、と」

「ボク、斬るたいます……」

「フフッ、あはははっ! あなた武器なのに可愛い事言うのね。いいわ、切り分けて貰おうかしら。私も旅の間は肉を剣でさばいてるのよ」


 ああ、そうだった。ここにいるの、全員バスターだった。リザさんは全く気にしないみたい。


「骨は切らないからな」

「ぴゅい! ぬし、そこちまう……そこ! そこからなまめちた、すこちちた! 骨、沿う、斬るます……うぁーたもちぃ!」

「まあ、あなた斬り方指導もするのね、頼もしい。断面も見事! これはグレイプニールさんとイースくん、どっちのお陰かな」


 リザさんは微笑みながら別のテーブルに。オレも今斬った鳥の肉を頬張る。鳥の皮もパリッとして美味い。甘いタレと、肉に仕込まれたレモンの酸味がたまらない。


「ボク、まんぞくしまた!」

「オレはもっと食うぞ」

「あーあたしもお肉ちょうだい!」

「レイラさん。よし、グレイプニールもう1回だ」


 グレイプニールの切れ味のお陰で皮も滑らず身も崩れない。バスターを引退したら、こいつと一緒に料理人になるって道もあるのかも。


 昼食会が始まって1時間。まだ料理は沢山あるけど……もう食えない。


「あの、残ったらどうするんですか」

「残飯として片付けますよ。まだ召し上がりますか」

「いえ、あの……勿体ないし、手つかずの分は働いてる皆さんで食べるとか、お弁当にするとか、持って帰るとか……」


 給仕係の女性が目を丸くして驚く。白いエプロンの裾を掴み、困惑しているようだ。オレ、そんな変な事を言ったかな。

 そりゃ食べ残しと言えばそうだけど、手付かずの部分もかなりあるんだ。取り分けてくれてるから、食べ散らかしてもいない。


「わ、わたくし達はこのような……」

「あら、いいじゃない。大臣! 給仕や警備でお腹が空いた方がいたら、食べてもらうのはどうかしら! 勿論嫌な人は食べなければいいのだし」


 リザさんと同じパーティーの治癒術士の女性が大臣に確認を取る。給仕係や兵士達が一斉に大臣へと顔を向けたのが分かった。

 大臣は少し考え込んだけど、頷いてくれた。


「国王陛下は自由にしろと仰いました。では、使用人は昼食休憩とする!」

「ひゃっほーう!」

「わたしこのブドウを1度食べてみたかったの!」

「ほら、真っ赤なトマト!」


 給仕の女性が歓声を上げ、ブドウを1房持ち上げた。塀の上にいた兵士は、階段を3段飛ばしで下りてくる。


「肉だあー!」

「うめえ、これうんめえ!」

「お前横取りすんなちゃ!」


 ……すげえ、取り合いだ。でもみんな美味しそうに食べてる。


「じゃ、俺らバスター達でその間警備しますか」

「そうだな、一宿一飯の礼! 俺の故郷ではそんな諺があるんだ」

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