Mirage-01 ドレスコード
【Mirage】必ずと背を押してくれたから
* * * * * * * * *
目を覚ましたのは夕方だった。
アンデッドを倒し、宿に戻ってからシャワーを浴び、眠っていたのは5時間ほど。
砂嵐が来ますよ、と窓を閉めに来た従業員の声で、ようやく目覚めたんだ。
山から300キロメルテも引っ張っている水路のお陰で、水不足ではないんだけど……乾いた風のせいですぐ喉が渇く。起きてすぐに声が出ない程の乾燥に驚いた。
「砂嵐が来るんだってよ」
「ん~……まだ寝足りないけど、仕方ないか」
「もしゅた、斬りますか?」
「砂嵐が来るし、もう夕方だから明日かな」
「おぉう……」
オレとオルターは戦ったわけじゃなく、駆け回っただけだ。別室のレイラさんはまだ寝ているだろう。
外には出られず、体はだるい。そのうち外が暗くなり、小さなガラス窓に砂が当たり始めた。
「建物の中から見ていても……すげえな」
「ん? ああ、そうだね。こんな中、他のバスターが出したストーンの陰で休んでたなんてな」
「金があっても住み着く人がいないってのは納得だよ」
腕立て伏せの後、腹筋、背筋を鍛えてから、重いものを持ってスクワット。1時間程そうしていると嵐は止み、空には星が輝き始めていた。
「ぬし、つな、ざらざらますよ」
「ほんとだな、町の中にもこれだけ積もるって事は、外にいたなら……」
「1晩で砂丘の形が変わる事もあるらしいぜ。放棄された村が数年で砂に埋もれ……」
砂と言えど侮れない。そう他愛もない話をしていると、扉がノックされた。
「はい」
「あー、2人とも起きてたのね。今日は色々とお疲れ様」
「いや、オレ達何もしてないです。治癒術士がみんなでやってくれたんですし」
「まあ、そう言われたらそうかもしれないけど。そんな事より、大変な電話が入った」
そんな事より大変? 魔王教徒が全部の墓の死体をアンデッドにした事より?
「まさか魔王教徒が他所で?」
「いや、そうじゃない。それとは全然別な面で大変」
「もしゅた? もしゅた斬ります!」
「いや、モンスターも来てない。テレスト国王が功績者と昼食会をって」
「国王が!?」
* * * * * * * * *
まさかの連絡の次の日。
オレ達を含むバスター十数組が王宮の庭園に招待されている。テレスト王国は罪人に厳しく、功績には手厚く報いる国だ。
たとえ国外に籍があるバスターであっても、国のためになった者は称える。まさに今回首都を救ったオレ達のように。
「称えられるのは……嬉しいけど」
「この格好で向かうんですか」
「あんた達は良い方よ、あたしのコートとスカートを置いて来させた事、後悔してくれていいわよ」
「……すみません」
仮にも王様の前、バスターだからって汚い格好では向かえない。
オレ達は砂漠を歩いて、冬だというのに汗だくで、数日着たまま洗えていない。とてもじゃないけど王様の前に出れる格好じゃない。
オレ達は荷物を極限まで減らしたせいで、王様の前に出られるような服を持ってきていない。半袖にヨレヨレのズボン姿じゃさすがにね。
「オレとオルターの服は乾きます、レイラさんは」
「ダメと思う。私の装備は全身乾かないと留め具が効かないの。これなら外で間に合わせの服を買った方が失礼にならない」
「どうせ半袖じゃ寒いし、防寒着も王様の前で着られる状態じゃない」
「……行こう!」
オレ達はテレスト以外に回るつもりがなかった。一方、他のバスターは旅の途中だ。拠点を移すため、私服だって持ってきているだろう。
出費は痛いけど、王様の前に変な恰好で現れる訳にはいかない。
宿のフロントに外出を告げ、明るい屋外に飛び出す。冬とはいえ、日中の気温は20度。外は半袖シャツでも十分な気温だ。
3人揃って半袖短パンなんて、子供みたいだと笑いながら歩いていると、急に目の前を馬車が塞いだ。
「え、どこかの金持ちかな」
「庶民街に用なんかないでしょ」
オレ達に馴染みのある幌付き馬車じゃなくて、客車が整えられた上流階級用の馬車だ。深紅の車体に金の装飾、黒い車輪。
邪魔だと思いながら回り込もうとした時、馬車の扉が開いた。
「イグニスタさん、ユノーさん、お連れ様」
「え?」
「お連れ様は……俺でいいのかな、それともグレイプニールか?」
「オルター・フランク様、あなたです」
馬車は俺達に用があったらしい。手招きされて中に入ると、馬車は行き先も告げずに走り出した。
「えっと、どこに?」
「もうすぐ着きます」
この地方でよく着られているローブ状の「ジェラバ」のフードを取り、髭の豊かな男がニッコリ笑う。その数十秒後、馬車が止まった。
「着きました」
「え、ほんとうにもうすぐだった」
「この距離、歩けたよね」
着いて目の前にあったのは仕立て屋だった。
「昼食会に参加するためのお召し物をお選び下さい」
「えっ!?」
「ある程度の品は取り揃えております。差し上げる事は出来ませんが」
話を聞くと、ここはゲスト用の衣装屋で、費用は王室持ちなんだって。この国、ほんとお金持ちだなあ。
多少のサイズ直しはその場でしてくれるそうだ。
建物の中は間口に比べて広く感じた。男用、女用の服がハンガーに掛けられ、約5メルテ×5列、2ブロック。
殆どが女用で、男はジェラバかスーツしかないみたいだ。
「見て、ちょっと見てよ! ドレスがある!」
「おぉ……ドレス選んだらどうです?」
レイラさんがくるりと振り向き、連れてきてくれた男性に確認を取る。
「他の方もドレスをお選びですよ。招待された方全員に選んで頂いております」
「やった! あたし試着してくる!」
3時間後には昼食会。殆どのバスターが前日に選びに来ていて、オレ達が最後だそうだ。
「ぬし、ぬし!」
「ん? どうした」
「ぬし、どれちゅ着ますか」
「えっ!? オレは男だから着ないよ」
「ボク、どれちゅ着ますか? とくめちゅ服、ボクとくめちゅ鞘したいます」
グレイプニールも着飾りたいと言い出し、係の人から赤いバラの飾りを貰った。鞘に付けてやると安心したみたい。
オレとオルターはいつもの服装と殆ど変わらず、グレーのシャツとスラックスに革靴。この国ではジャケットを着ていなくてもいいらしい。
「イース、ほらほら! お前の千鳥格子のネクタイと似たやつがあるぞ!」
「えっ、あ、ほんとだ。オルター、襟の色が薄いシャツあるぞ」
「……装備のデザインと同じようなのが揃うとは思わなかったな」
燕尾服を選ぶつもりなど勿論ない。他のバスターもあまり堅苦しくない服を選び、白いカッターシャツに蝶ネクタイ程度という。
まあ、男の服装はそれでいいとして。
「えーっ、あたしウエスト太いつもりないのに! えーっ、うっそ」
試着室からは大きな声が漏れてくる。ドレスはウエストを絞るものだからと言われ、なんだか安心しているみたい。
レイラさんは最初、淡いピンクのフリッフリなエンパイアを選んだ。でも他の人がかなり豪華なものを選んでいると知って却下。
他の人はエーラインが多くて、腰から裾にかけて丸くベルのように広がっているベルライン、マーメイドラインの人もいるらしい。
レイラさんに似合わない訳じゃないけど、本人は何か違うと言って悩んでいる。腕もあまり出したくないそうだ。
全部一緒じゃないんだな……男には分からない世界だ。
「足元がこう、ゴワゴワしたの嫌なのよ。スカートも丈が長過ぎるの着ないし」
「でも、丈が短いものって質素というか」
「そう。せっかく着れる機会だから、華やかなものは着たいの。でも足は出したい」
「そんな矛盾言われても」
「それならば、フィッシュテールより大胆ですが、フロントにフリルのロングスリットが入ったドレスはどうでしょう。上も肘まで隠れるので希望にピッタリかと」
係の女性が持ってきてくれたのは、足が太ももまで見える青いドレス。肩や腕も見せなくていい。レイラさんは目を輝かせ、すぐに試着室に入った。




