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Spirit-05 クエスト達成の夜




 これがただの空振りならいい。もう一度斬るだけ。

 見られている時に空振りなんて、最悪。こんなどこに出しても恥ずかしい息子に育ってごめん父さん母さん。


 オレはすぐにグレイプニールを構え直した。周囲を確認するも、キラーウルフの気配はない。


「い、いない!?」

「ぬし、たにしかったます。斬るできた、ボクおりこう?」

「斬った?」


 グレイプニールには血の痕。返り血がオレのシャツの腕に付いている。

 オレは、自分でも分からないうちにキラーウルフを2体倒していたらしい。


 頭部を真っ二つにされた個体、体を縦に裂かれた個体。それは確かにオレを襲った2体だ。空振りしたのではなく、斬った感触が分かっていなかったという事になる。


 ジョイさんへ振り向くと、ちょうどカメラのファインダーから目を放したところだった。


「は、はは……バスターってこんなにも強いんですね、驚きました」

「あ、えっ? あー、そうです、ね。オレはまだ駆け出しですけど、みんなもっと強いです」


 本当なら自分が優秀なバスターである事をアピールして、認めてもらう足がかりにするべきところなんだろうなあ。

 今のオレは、他のバスターよりオレの方が凄いなんてさすがに言えない。

 同業者を下げるような事を言うのもカッコ悪いし。


「グレイプニールはどうだった? 君が意思を持ってから初めての攻撃は。オレちゃんと出来てたかな」

「おかわり、しますか?」

「え?」

「斬る楽しい、もしゅたもっとます」

「あ、え? 楽しいから、もっとモンスターを斬りたいって事?」

「ぴゅい」


 やっぱり剣なんだな、斬る事が楽しいみたいだ。発言が幼くて覇気がないから、実は斬れたらいいな程度に考えているのかと思ってた。


「さすがは一級品、意欲がありますね」

「ええ。それにグレイプニールの切れ味は最高ですからね。オレが未熟なせいで、性能を発揮させてあげられないのが申し訳ないくらいです」

「どれだけ金を出して高い道具、良い紙、良い絵の具を揃えても、画家が無能なら出来上がるのはゴミだ。父がよく言っていました。グレイプニールを操れるイースさんも凄いんですよ」


 そう、なのかな。

 扱うのは未熟者のオレなんだから、実際ほぼグレイプニールの手柄。

 言っててみじめになるけど、それが事実だ。


「グレイプニールはどう思った? オレの斬撃はブレてなかった」

「ご満足ます! ぬし、上手ました」

「……うん。有難う、嬉しいよ」


 グレイプニールはまだ他のバスターの事も、世界のモンスターの事も知らない。

 でもこの世界でとびきりの逸品がオレを褒めてくれた。それは素直に嬉しい。


「一瞬の出来事だったから、デッサンなんてする暇がなかったよ。でも、写真は撮れた」


 ジョイさんはそう言ってポラロイド写真を見せてくれた。


「うわあ……自分の戦う姿なんて初めて見た」

「ぬし、上手ました」

「思ったより……高く跳んでる。思ったより、ちゃんと振り切ってる」

「自分の評価って、案外自分が一番分かってないものなんです。あ、すみません、3分だけ時間を下さい。浮かんだイメージを描き留めたくて」


 ジョイさんが黒い炭のスティックで何かを描き始めた。

 オレは絵心がなくてさっぱりだけど、きっとさっきのキラーウルフだ。


「モンスターが自分の真正面で口を大きく開け、襲い掛かっている所なんて、まず写真に収められない。描きたいものが溢れてきましたよ! 残像になった一振り、大ぶりな技! うん、イースさんに頼んでよかった」


 3分なんて、3分前に過ぎた。だけど、もう少しくらいいいかな。

 人の役に立てた、少し自信が湧いた。

 そんな経験をさせてくれたジョイさんに、護衛延長をサービスしてもいいと思うんだ。


「ぬし、ぬし」

「ん? どうした?」

「ボク、上手ました」

「うん、最高だったよ。切れ味抜群、君がどれだけ頼もしいか、実感できた」

「ぴゃーっ!」


 グレイプニールがもし動物だったら、嬉しくて飛び回っているんだろうな。生憎見た目じゃ全く分からないけど、喜んでいるって分かるんだ。


「ぬし、ぬし!」

「ん?」

「ぬし、いいこ、しますか」

「いいこする?」

「じょうず、しゅごいしたは、いいこ」

「うん、良い子だ」

「ぬし、ボクいいこ、しますか」

「あ、もしかして撫でてくれってこと?」


 褒めてくれ、って事? そっか、感謝するのは当然だけど、グレイプニールだってご褒美が欲しいよな。

 それで撫でてくれって、ちょっと可愛いな。


「よごでぎしまた、いいこね、なでるます。テュール教えるました」

「よごでぎ? あ、良くできました?」

「それます! よごでぎし……よごでぎしまたて、ぬしなでるボクます」


 きっと、グレイプニールはオレに撫でて欲しくて一生懸命喋っているんだろう。

 テュールから教えてもらった僅かな言葉を駆使し、文法や用例など知らなくても必死に。

 こんな健気な奴、大切に思わないわけがない。


「良くできました。君はとても凄い剣だ、とってもいい子だ。オレの気力も効率よく使ってくれた。有難う」

「ひひっ、まりがと、ぬしまりがと」

「そうだ。ご褒美になるか分からないけど、帰りに手入れ用品を選ぼうよ。武器屋マークに報告もしなくちゃいけないし」

「おおう?」

「君の刃についた血を拭く布とか、洗浄剤とか、柄や鞘のツヤ出しとか」

「ぴゃーっ!」


 武器は持ち主の考えを読み取る能力があるという。バルドルやテュール達は、その力を使って持ち主の攻撃やイメージに寄り添い、最適な1撃を繰り出す。

 グレイプニールもオレの考えを読み取ったんだろう。自分が拭かれる姿を想像し、ウキウキしている。


「ははは、グレイプニールは嬉しそうだね。君たちの関係が微笑ましいよ。持ち主のために働き、持ち主が道具に感謝する。いいね、大切な事だと思う」

「こいつと出会って……大切に思えば応えてくれるものなんだと分かりました。オレの自慢の相棒です」

「ボウ?」

「相棒ってのは、信じ合える一番の友達のことさ。君となら相剣って言った方がいいかな」


 やった事と言えば、キラーウルフを2体倒しただけ。

 それなのに、どうしてこんなに自信が湧いて来るんだろう。1度上手くいっただけで、仲間が出来ただけでこんなにも気持ちが変わるものなのか。


 ジョイさんとの帰り道、オレは今まで燻っていた事などすっかり忘れ、もう明日のクエストの話をしていた。宿代は確保したし、グレイプニールも満足している。


「ところで、イースさんはまた戦いに戻られるんですよね?」

「え?」

「ゴブリンを倒さないといけないって、言ってませんでしたっけ」

「あっ」





 * * * * * * * * *





 夜になり、路地裏はようやく静かになった。

 時折遠くで犬が吠えるも、足音は響かない。機械駆動車が行き交う様子もない。先月まで夜中働いていたオレは、まだこの時間の過ごし方に慣れていない。


 久しぶりに活動した疲れもあってベッドに入ったけど、眠りは浅かった。


「ぬし……ぬしぃ」


 ふと、グレイプニールがオレを呼んでいる事に気付いた。外が見えるようにと、ブランケットを敷いて窓際に置いてやったんだ。


「ひゅぅん……ぬしぃ」

「ん?」

「ぬし!」


 なんだか悲しそうな声だったから返事すると、グレイプニールの声色がパァっと明るくなった。


「おじゃべり、しますか」

「え?」

「おじゃべりたいます」

「あー……グレイプニール。あのね」


 グレイプニールには、「夜は寝るもの」という感覚がないらしい。人の生活リズムもまだきちんと理解できていないんだ。

 オレがベッドで横になっているのを見て、暇だと勘違いしているのか。


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