BRAVE STORY-12 事件屋レイラの誤算。
オルターが大きな声と共に玄関扉の鍵を開けた。それと同時に2人の警官が入り込んでくる。
「えっ、えっ?」
警官モドキは戸惑いながらも反射的に両手を上げた。
「お前ら抵抗するな!」
「……本当でしたね。魔王教徒に情報を漏らしていた者がいる、そしてそいつらがレイラさんを狙っているという話は」
「オルター、まさかこの事態を予測して」
「今ここに来ているとは思ってなかったけどな」
本物の警官が責任者は誰かと尋ね、レイラさんが名乗り出る。警官はしっかりと手帳を見せた後、レイラさんや周囲の心強い野次馬に事情説明を求めた。
「……一応は偽造しようと試みた形跡があるな。写真を張り替えようとしたか」
「割り印まで偽造できりゃ騙されてたかもしれないが」
「本物の手帳がどんなものか、知ってる人なんて殆どいないのに。素直に見せてりゃ、凌げたかもしれねえなあ偽物さんよ」
「あら。うちの子は警官よ? 見せて貰ったことがあるから、本物かどうかすぐ分かるわよ」
「おっと。こりゃどのみち捕まる運命だったか、あっはっは!」
オルターが連れて来た2人は、制服と手帳を盗まれた警官の上司だった。
モドキ2人も万事休す。すぐに魔具が填められ、警察署に連行されていった。
「最初は制服の件と結び付かなかったんだけどな。捕まった奴が他にも仲間がいるって口を滑らせてさ。ピンと来たんだ」
「助かったよ。ヤケクソになって死霊術使われたら怪我人が出たと思うし」
「ぷぇ? ぬし! ヤケクソ、何ますか?」
「……うん、言葉遣いに気を付けなきゃな。誰がどうなってもいいって事だ」
「オルター、有難う。へへっ、事件屋が事件の当事者になっちゃった。あの2人の尋問で何かが分かればいいんだけどね」
レイラさんと一緒に皆へ感謝を告げ、皆は何かあったら駆け付けるぞと頼もしい言葉を置いて帰っていく。オレ達が到着するまで、魔王教徒を足止めしてくれて本当に助かった。
しばらくは魔王教徒側も、迂闊な行動も出来なくなるはず。
ただ、魔王教徒がオレ達に接触できる程近くにいるのも事実。
「魔王教徒である証は、何も持ってなかったですね」
「魔王教徒同士も素性を隠す事には慎重を期しているはずよ。互いが魔王教徒かどうか、確認する手段が必ずある」
「魔王教徒の証がなかったとしても、警官のものを盗んで、警官になりすまして、おまけに拉致未遂。ま、10年は牢屋だな」
この町にまだ魔王教徒がいる可能性は否定できない。警官の中に魔王教徒がいる可能性もある。
事件屋としての名声はどんどん上がっていくけれど、今の事務所とレイラさんの状況は心許ないな。
「……レイラさん、ギリングを活動拠点にするとして、管理所からの委託がある限り、レイラさんはバスターの相手をし、事務所に留まる必要がありますよね」
「まあ、それが仕事だもの」
「レイラさんが1人になる状況は避けるべきだと思うんです。委託を減らすか、止めませんか」
レイラさんは考え込み、ボードに貼られたクエストを眺める。
持ち込まれているクエストは現在8つ。バスターが請け負っているクエストが4つ。決して多くはないが、この事務所の需要は確かにある。
けど、それって他の事件屋に任せる事も出来るよな。
うん、閃いた。というか、現状それがいちばん形として合っている。
「管理所からの委託を止めたら、管理所との繋がりや情報の仕入れが止まらねえか? 俺らの収入源だけじゃなく、レイラさんの生活基盤なんだ。レイラさんの事は確かに心配だけどよ、事件屋を休むってのは……」
「事件屋の窓口、べつに毎日開けなくてもいいですよね」
言ってたじゃないか、バスターを引退した人の活躍にも繋げたいって。だったらこれしかない。
「ぬし? おぉう。りらバスター、なて欲ちいのます」
「え、あたしを勧誘? 断ったはずだけど」
「確かにレイラさんが加入すれば大騒ぎになります。でも、それを逆手に取ろうかと思ったんですよ。もちろん、事件屋はそのままやって頂きます」
「開店日を減らして、パーティーとしての活動もするって事か?」
募集登録をせずに勧誘の声掛けをしてはいけない。応募登録なしでパーティーに入れてくれと迫ってもいけない。
でもここはパーティー加入や脱退を管理できる事件屋だ。
事件屋に委託した業務は、基本的には管理所の業務と重複しない。同じクエストが管理所と事件屋に同時に貼り出される事はないし、管理所で受け付けている募集や応募は、事件屋では管轄外。
もちろん、事件屋で加入や脱退手続きを行う事は出来る。その場合は事件屋が手続きをした後、管理所に引き継ぐ。管理所のデータを更新してもらわないといけないからね。
募集登録は管理所に引き継がず、この事件屋だけで行う。手続きもここでする。更に応募者へ条件も付ける。
そうする事で、有名人とのコネだけを求める輩をかなり絞ることが出来る。
「営業は週に2日。ゆくゆくは他の資格者を雇います」
「えっ、規模の大きな事務所にするつもりは……」
「オレ達はバーを開くんですよね。引退したバスターにクエストをやってもらうんですよね」
「そうだけど……」
「じゃあ夜でもいいのでは。というより昼夜なんて体がもちません。だからバーをやりながら、その場で依頼」
オレ達はしばらく遠出できない。いつでも英雄の手を借りられるわけじゃないし、駆け出し2人では人里離れた場所の探索は無理だ。
その間にこの事務所の体制を整える。どのみちオレ達3人だけじゃ魔王教徒は追えない。
「管理所から人材を引き抜いて、ゆくゆくはその人に昼を任せます。状況次第で、警備員代わりの職員を1人雇いましょう」
「あたし達は?」
「引退して仕事をしている人は、日中ここに寄りたくても寄れません。昼間暇している人もいるでしょうけど、暇な人なら夜でも気にせず出歩けます」
「まあ、確かにそうね。営業時間をずらし、夜に開ける理由にはなる」
「待った、それってレイラさんがパーティー加入しなくてもいいんじゃないか?」
加入しなくても出来る。でも、加入するメリットは大きい。
同時にレイラさんが身を守る手段にも繋がる。レイラさんの能力を考えると、事務所でじっとしているだけじゃ勿体ないんだ。
魔王教徒の息が掛かっていなくて、状況をよく理解していて、志が同じ。
そういう人にオレ達の命を任せたい。
「レイラさんがバスター登録をし、パーティーに加入する。そうすれば注目度は絶大でしょう。少なくともギリング……いや、ジルダ共和国内では」
「なる程……目立つ事で、狙われ難くするって事か」
「おぉ、りら一緒、ボクもおたもしいます! りら、バスターしますか?」
「え、ええ~……あたし?」
「りら一緒いいなあ、ボクりらいまい、あびちいなあ……。りら一緒、どごも行ける、もしゅた斬ゆ。りら一緒、しまわせ。あびちぃー」
うん、寂しいの使い方は間違ってる。でもグレイプニールの言葉はとてもまっすぐなんだ。むしろ淡々とメリットを説くよりも効果的かも。
「イースくん、あなたも目立つんだよ? あたしが言われるくらいだから、七光り呼ばわりだって当然される」
「覚悟してます。でもグレイプニールとオルターが一緒にやってくれて、オレは幾つか成し遂げることが出来ました。親よりは凄くないだけで、劣等感自体は薄れてきました」
「俺からもお願いします! レイラさんが加入してくれたら活動の幅が広がります!」
「あびちぃー、ボクりらいまい、あびちぃー」
レイラさんはため息とも呻きとも取れる声を漏らし、天井を仰ぎ見る。この様子だと、本当に自分がバスターとして活動する事は想定していなかったんだと思う。
でもバスターにならないなら、何で治癒術を専攻したんだ? しかも治癒術士は攻撃手段がほぼない。パーティーを前提とした職業のはず。
「2年で卒業したなら、かなり優秀だったはずです」
「……あーもう! 何であんた達そんな真っ直ぐなのよ! ……諦めてたのに」




