Wish you the best-11 狙うは1人。
「……おれは、ノースエジン連峰とエバン特別自治区の境にある村の出身です。モンスターの脅威は覚悟で、仲間と共に木こりとして働いていました」
「シュトレイ山脈の東ですね。そこに魔王教徒が来た?」
「はい。何だか困った様子で村の位置を尋ねられたので、みんなで休憩がてら教えようと腰を下ろしたんですが……ふと意識が遠くなり、気づいた時には捕らえられていて」
「そうやって、失踪話が大きくならない程度に各地で人攫いをしているって事か」
魔王教徒は思った以上の力を付けている。イサラ村の全員を攫ったのは宣戦布告、もしくはバスターをおびき寄せるためか。
いずれにせよ、魔王教徒と、攫われて引き入れられた人と、今の段階では区別がつかない。分からないからって奴隷を殴る訳にもいかない。実は結構困ってる。
それだけじゃない。オレとビアンカさんには危惧している事があった。
「その背中から腕にかけての呪文、発動効果について何か聞いてる?」
「……魔物を生み出すための扉、と言われました。意味は分かりません」
「あなたの魔力は封じてあるから大丈夫と思うけど。多分何かしらの危機が迫った時、あなたがモンスターになる、もしくはあなたの体からモンスターが発生する」
「ひっ……い、いやだ、助けてくれ!」
「落ち着いて。必ず魔力が必要になる作業だから、封印が効いているうちは問題ない。彫られた奴隷の数は何人? その呪文を彫ったのは誰?」
呪文は複雑で、1日に何人も何十人も施術出来るものじゃない。
死霊術はアンデッドを操るけど、生きたモンスターを操る事は出来ない。モンスターを呼び出してしまえば、自分達が襲われる可能性もある。
そのモンスターを倒してアンデッドにする、もしくは倒させてアンデッドにさせるとしても、せっかく施術した奴隷をモンスター1体と引き換えるなんて非効率的だ。
「魔力を込めて彫ったなら、それを発動出来るのは彫った人だけですよね」
「私達の知らない方法がなかったとしたらね。そっか、それなら術式を彫った人だけ捕えれば」
「すみません、あなたの名前を教えて下さい」
「マイティ、マイティ・アモーナです。術式を彫れるのは多分1人かと」
アモーナさんに再度考えを読み取ると告げ、腕や背中に術式を彫られていた時の様子を確認した。グングニルとグレイプニールは顔をしっかり覚えたという。
「あたしとグングニル坊やが見たらすぐ分かる。けどフードを被っとったら自信ないばい」
「ぬし、ボクわかるよごでぎしまた! 斬りますか?」
「悪人でも相手は人だ。バスターは人を斬っちゃ駄目って決まってる」
「ぷえぇ……ぬしぃ、ボクいいこ、いいこますよ?」
「甘えた声を出してもだーめ。人殺しは理由が何であれ悪い事!」
剣は斬る事が存在意義。人に合わせているだけで、人の倫理観を完全に理解してはいないんだと思う。駄目だと決まっているから従うだけ。
共鳴した時は気を付けて貰わないと。
「奴隷が増えた時の様子も分かったばい。畑を作っとる奴だけじゃなくて、なんか儀式もしとるね」
「じしち、何ますか?」
「記憶の中で、丸い円ば地面に描いて、かがり火を並べとったやろ。あれが儀式ばい。目的はまだ分からんけどね、モンスターをその場に呼び込むんやろか」
「おぉう、じしち。つおいもしゅた、お見えますか?」
「可能性はあるね。アモーナさんの仲間もいるし、とにかくその術者だけでも確保しに行こう」
歩き慣れない人達で2日なら、オレとビアンカさんは1日で向かえる。疲労は問題ない。回復薬もあるし、状況も把握できた。
「アモーナさん、まずは食事を。服はその辺の店で揃えますから、その上にローブを着て下さい」
子供達は留守番を頼むと力強く頷き、騒がない、勝手に歩き回らない事を約束してくれた。オレ達はアモーナさんを連れ、アジトへ出発した。
* * * * * * * * *
「斬り……払い!」
「スパイラル!」
「次、お嬢の足払いに合わせなさい!」
「はい!」
薄い雲が空を覆う昼下がり。鳥型のモンスター「ズー」が、大きな翼を広げて襲い掛かってくる。
鷲のような黒い体、獅子の頭、黄色い足の指には鋭い爪。嘴と翼の縁だけが赤く、とても気味が悪い。
ズーは音もなく滑空して対象を掴み、そのまま連れ去る。
気付かれた場合も地上付近でわざと風を起こし、砂や小石を巻き上げて対象が目を瞑った隙に攫うんだ。
コカトリスのような小さなモンスターは、子猫サイズを攫うのが精一杯。でもズーは人や牛でも軽々掴み、巣まで飛ぶことが出来る。
その反面、広い場所でなければ巨体が仇となり獲物を捕まえられない。
イサラ村の通路が狭く、家が密集して建っているのもそのせいだ。牧場にも目の粗い網が張り巡らされ、家畜が攫われないように対策がされているんだ。
「ぬし! いつも斬ゆだけます、突くしまさい!」
「わ、分かった!」
オレはグレイプニールの言うとおりに動き、技を繰り出す。グレイプニールがしたい事、それが結果的に最も効率が良いと気付いたからだ。
「スラスト!」
「ぬし! ボク、ひねりまさい!」
「ツイスト……」
「ひだり! 斬りあらいまさい!」
「斬り払い……かな!」
グレイプニールがモンスターの傷口の状態を把握し、指示を出す。オレはその言葉を信じ、実現していく。
砂や小石を飛ばそうとホバリングしている間、ズーは左右に逃げる事が出来ない。
オレがズーの胴体目掛けて飛び上がると、案の定、ズーは上昇しようと大きく羽ばたく。
「狙い通りね!」
「お願いします!」
そんな俺の足裏を、ビアンカさんが打ち飛ばした。グレイプニールを突き刺した後の動きは、オレとグレイプニールの会話の通りだ。
グレイプニールの指示通りに斬る事によって、ズーの右翼の筋が断ち切られた。飛べないズーなどただの塊。
最後は2人と2本、同時に技を叩き込んだ。
「ブルクラッシュ!」
「アンカースピアァァ!」
オレがズーの太い首を斬り落とし、ビアンカさんが背中から心臓までを貫く。
なす術のないズーはそのまま息絶え、赤黒い血が辺りを染めた。
「やった……ズーを倒した」
「うん、随分と動きが良くなった! グレイプニールと息が合ってきたね」
「ぬし、今までいちばん! じょうずしました!」
「そうかな、へへっ。今回は思いきり戦えた気がする。グレイプニールの言う通りに動けていたし。君もよくやった、有難う」
「ぴゃーっ!」
「まあ合格やね。お嬢達より幾分恵まれとるにしても、ズーを倒せたら上等ばい」
後ろではアモーナさんが尻もちをついたまま。行きがけもモンスターに怯え、戦えなかったんだって。
「お、おれは木こりだし腕力には自信がある。でもやっぱり無理だ、戦えねえ」
「戦えなくていいの。自分の身を守る手段は防ぐ、隠れる、逃げる、何だっていいんだし」
「守ってもらってばかりで、本当にすみません」
「それがオレ達の仕事ですから」
既に何度目かの戦闘だった。オレンジ等級以上のモンスターを相手に、よく戦えていると思う。ホワイト等級に上げて貰えるかな。
「そういえば、昔ズーの肉をしっかり『悪抜き』して、食べた事があったっけ」
「あー……一時期モンスター料理の店が流行ったそうですね」
「それはあんたの故郷だけ! 英雄も食べたあのモンスターの肉をステーキに! とかやり始めたのはレンベリンガ村!」
「シーク坊やが美味しいと言ったもんが、次の日から名物になったり。お嬢が褒めた湧き水の化粧水が根こそぎなくなったり。イースちゃんの故郷は商魂逞しかねえ」
確かに、オレの故郷は「英雄饅頭」だとか「英雄定食」だとか、客寄せの手段が酷かったもんな。
悪い村じゃないんだけどさ……。
あんな村に住んでたら、そりゃオレみたいな勝手に挫折する子供に育つっての。
「英雄夫妻の子供イースくん誕生記念、とか言って村長から手形取られて、その形の饅頭が売られてた事もあったわね」
「……えっ、オレそれ知らないんですけど」




