cruise ship-04 オレがその本人なんですが。
男の1人がベッドのシーツをめくり、もう1人が下を覗き込む。その手には小口径のピストル。まだ天井付近で踏ん張っているオレには気づいていない。
オレはつっかえ棒にしていた足でゆっくり床まで降り、開いたままの扉からそっと外に出た。
かといって、ここで一時的に姿を消しても意味がない。あいつらを何とかしないと、結局部屋に戻った時にまた襲われる。
あいつらをこのまま閉じ込めて貰うにも、鍵は内側から開けられる仕様。扉を押さえても発砲されたら貫通してしまう。なにより通報にも証拠は必要だ。
オレは陰で靴を履いた後、廊下で素早く写真機を取り出し、部屋の中にレンズを向けた。オルターから借りていてよかったよ。
カシャッと音が鳴り、男達がハッとこちらを振り向く。
見つかった。
「あ、あはは……どうも。では、失礼しまっす!」
「あいつ! 待て!」
「待てって言われて待つ奴なんかいませーん!」
猫人族や犬人族は、人族より平衡感覚が優れているという。
追ってくる人族2人はよろけていても、猫人族のオレは廊下の先まで一直線に走れている。
「まずいぞ、逃がしては……」
「分かってる! 速く走れ馬鹿!」
男達が大声で言い争いをしているためか、扉を開けて何事かと確認する乗客もチラホラ。いざという時の証人になってくれるだろう。
船が揺れるおかげで、追手の銃の狙いは定まらない。どのみち、発砲音が響けば港に着いた時点で捕まって終わりだと思うけどね。
バスターを専門に狙う盗賊の存在は聞いていたけど……まさか自分が狙われるとは。
「もう少しお喋り我慢できるかい」
「ボク、おじゃべり我慢よごでぎます」
「うん」
「ぱんちゅ、ぬずめむて、来らしたますか?」
「いや、ギリングの強盗はもう忘れろ、パンツ盗みに来たんじゃなくて、グレイプニールが狙いだよ」
泥棒=パンツを盗むという謎の固定概念が出来てしまったらしい。うーん、どう訂正すれば。
それはさておき、バルドルやケルベロスは、認めた者以外持ち上げる事も出来ない。グレイプニールも勿論そうだ。だけど棚やテーブルごと運ぶ事はできないのか。まだ検証したことはない。
オレにとって望み高く生きる最後のチャンス、それがグレイプニールだ。何よりもうオレはグレイプニールを持たずに暮らす事など想像できない。絶対に奪われるわけにはいかないんだ。
というか、グレイプニールが盗まれないとしても、オレが撃たれて死ねばグレイプニールの術も解けてしまう。
ただのアダマンタイト製の剣としてもその価値は計り知れない。グレイプニールを守るなら、オレが生き延びる事は必須。
「おっと」
船が大きく傾き、トイレからは船酔いで苦しむ人の声が聞こえる。この調子だと救護室も満員だろう。
オレは荒天時注意の文字に躊躇いつつ、甲板へと飛び出した。
「風……つよっ!」
横殴りの雨は、瞬時にオレの全身をびしょ濡れにした。揺れだけならなんとかなるけど、この強風の中で動き回るのは無理だ。
船の灯りは甲板をぼんやり照らすだけ。船の縁の心細い手摺の外は、空も海もイカ墨スープのよう。
港の灯りは目視できる。もっと遠いと思っていたけど、多分1,2キルテくらいしか距離もない。でも投げ出されて生きて岸まで辿り着ける自信はない。
船員に助けを求めるしかない、か。
あいつらと対決? それはできない。勝てる自信がないんじゃない。グレイプニールを人に振るうのは出来るだけ避けたいんだ。
「誰か! 助けて下さい!」
オレは関係者以外立入禁止の文字を無視し、船員が集まる部屋の扉を開けた。
突然一般客が飛び込んできたためか、船員達の動きが止まる。
「おい、ここは立入禁止……」
「船内放送を! 強盗がオレの部屋に!」
「強盗?」
「2人組の黒づくめの男です!」
「お、おい、船長に伝えてこい!」
オレが部屋を物色する2人の写真を見せると、数人が船長がいる上の階へ駆け上っていく。やがて船内には緊急放送が流れ始めた。
≪乗客の皆様に緊急のご案内です! 現在、強盗が各部屋を襲っております。これより船員は各部屋を訪問いたしません。決して扉を開けないで下さい!≫
この放送を聞いてもなお外を歩いていれば、必ず怪しまれる。これでひとまず他のお客さんが巻き込まれる心配はなくなった。
とはいえ、寄港まで誰も部屋を出るなとは言えない。
「君、相手は武器をもっていたか」
「はい。ピストルと、ナイフを」
「あんたは戦えるか」
「い、一応バスターです」
みんなが「えっ?」と驚く。そりゃそうだ、長袖のくたびれたシャツにジーンズを穿いた姿じゃ無理もない。
オレはシャツの下に忍ばせたグレイプニールを見せ、名前を指で隠しつつバスター証も提示した。
「あんた初心者ではなさそうだが。でもまあ確かにかなり若いようだし、それならベテランに任せた方がいい」
「……そう、ですね」
船内には強盗を捕まえるための協力要請が響き、5分もしないうちに3組12名のバスターが集まった。その中にレイラさんとオルターはいない。
まあ、船酔いでそれどころじゃないと思うし、責めるところじゃないよね。
「へえ、君は猫人族なのか! 珍しいね。最近名前を聞くイース・イグニスタも猫人族だったよな。それじゃあ君、犯人の特徴を教えてくれるかい」
……オレがそのイース・イグニスタなんだけどなあ。
見た目にまったく威厳がない? 英雄の子っぽくない? 七光り扱いされないのは嬉しいけど、それはそれでなんか複雑だ。
「全身黒い服、背は2人共オレより少し低く、体型は細身が1人、太めが1人。細身の声はこの船の汽笛と同じ高さで、もう1人は掠れてます」
「船内放送は聞こえているはずだから、服装は変えているだろう。体型も特徴的ではないし、声は1人ずつ聞いて回るわけにも……」
写真では顔がよく分からない。オレは覚えているけど、伝えるのは難しい。他に特徴がないかを答えていくうち、バスター達の顔が曇った。
「見た目、口調などの特徴じゃないのか」
「えっ」
「歩調の癖や匂いは、俺達じゃ判断できないぞ」
「猫人族の嗅覚と聴覚だから分かるのだろう。逆に言えば分かってしまうせいで、俺達が気にする見た目なんかはあまり記憶しないのかも」
困った。オレの伝えたい事や気付いた事が、みんなに伝わらない。グレイプニールのように心を読む事はできないからな。
このまま犯人が自分の部屋に閉じこもり、寄港と同時に下船したら追いかけようがない。まあ、下船してくれたらオレが襲われる事はなくなるんだけどさ。
そんな時、1人のベテランバスターが提案をしてくれた。
「こうなったら犯人は君が探すしかない。ただ、戦う力に不安があるなら俺達が戦う。どうだい、それなら怖くもないだろう」
怖いと言った覚えはないけど、正直心強い。オレは頭を下げ、感謝を伝えた。
* * * * * * * * *
「男性客が泊まっていない部屋は合計で13室、これは除外だ」
「家族連れの部屋が11室、俺達の部屋が全部で6室。んで君の部屋が1室、君の仲間の部屋が1室。これも除外」
「特等と1等のフロアは船員が待機しているから、襲いに行くのは無理だろう」
「となると、2等~3等の合計40室を調べたらいいんだな」
犯人を捕まえるための作戦会議が始まった。
40部屋を回るって、結構しんどい。だけどオレが助けてくれと泣きついたのだから、ここでやっぱりいいですと言うわけにもいかない。
さあ行こうと決まった時、1組のバスターがオレに確認を取ってきた。
「悪いが、先に報酬の話をさせてくれ」
報酬と言われ、オレの肩がビクッと動いた。きっと悟られたと思う。
パーティーの共有財産には不安がある。オレ個人の財布から報酬として払える額なんて、何万ゴールドもない。
顎髭を伸ばした剣盾士の男は腕組みをし、オレをじっと見ていた。