8.彼女はやってない
「リディア、フィオナの言っていることは本当なのか?」
「私は、そんな、こと……」
リディアに向かって尋ねるが、彼女は迷うように言葉を途切れさせ、目を泳がせている。
……彼女は、本当に人の形見を壊すなんて非道な真似をしたのだろうか。そうであれば、到底許されることではない。
リディアはなかなか答えなかった。しかし、やっていないとするならば、すぐさまいいえと答えるはずだ。つまりはそういうことなのだろうか。
胸の内に失望が広がっていく。
「ア、アデルバート様! 私、昨日フィオナさんとリディア様が庭の隅で話しているのを見ました……! 会話までは聞こえなかったけれど……とても険悪な様子でした!」
リディアがもごもごと言葉を探っているうちに、人混みの中から声が上がった。
髪を二つに結った真面目そうな女生徒だった。彼女は手を組み合わせて目をぎゅっと瞑り、勇気を振り絞った様子でそう告げる。
すると、周りからもそれに続くように声が上がり始める。
「俺も、リディア様がフィオナ嬢を呼びだして、無理矢理連れて行くところを見ました。リディア様、すごい剣幕で……」
「私もそれ見ました。様子がおかしいと思ったんですが、リディア様に意見するのは怖くて……。フィオナさん、ごめんなさい……!」
「リディア様が普段からフィオナさんに当たり散らしていたの、私もよくみていました……っ」
周りからどんどん声が上がっていく。そのすべてがリディアが悪だと証言していた。
リディアは視線を落として、肩を小さく震わせている。
私は彼女が何も答えないことに苛立った。やっていないなら、やっていないとそう言えばいいのだ。お前が否定しなくては、こちらだってどうしようもできないではないか。
……そう考えたところで思わず顔をしかめた。
なぜ私はリディアがやっていない前提で考えているのだろう。フィオナが勇気を出して主張し、二人を見たと言う証言だってこんなにたくさん出ているのに。
ブラッド殿とシェリル嬢は青ざめた顔でこちらを見ていた。二人としてもどうにかこの状況を打破したいのだろうが、周りが一斉に敵に回っている状況で下手に動けないだろう。
私がひとまずこの場の混乱を鎮めようと、言葉を発しようとしたその時、リディアがすっとフィオナの前に出た。
彼女はフィオナの顔をじっと見据えると、何かを決意したように息を呑む。
そうして頭を下げた。
「フィオナ様、髪飾りのことは……」
「待て。リディア」
反射的に、フィオナに謝ろうとするリディアの腕を掴んでいた。顔を上げたリディアは驚いた様子でこちらを見ている。
「さっきの質問に答えていないだろう。本当にお前はフィオナの髪飾りを壊したのか?」
「答える必要ありますか? みんなが証言しているのに」
リディアは返答もできずに震えていた先ほどの様子から打って変わって、挑発するような口調で言う。私は構わず聞き直す。
「みんなが証言していても、お前の答えは聞いていない。どうなんだ?」
リディアは目を見開いて、驚いた様子でこちらを見ていた。彼女から目を逸らさず、真意を探るようにじっとその目を見つめる。彼女の瞳がぐらぐら揺れ始める。
「わ、私は……」
「ああ、言ってみろ」
「や……ってません」
彼女の唇から、か細い声が漏れた。
「私はやっていません」
今度ははっきりした声で、もう一度リディアは言う。私は彼女に向かってうなずくと、周りを見渡して言った。
「そういうことだ。リディアはやっていないらしい」
「け、けれどアデルバート様……! 見た者がいると!」
「そうですよ、証人がこんなに!」
その場にいる者から一斉に不満の声が上がる。納得いかない気持ちは理解できた。
「しかし、誰もリディアがフィオナの髪飾りを壊す場面を実際に見たわけではないのだろう?」
二人でいるところを見た者は多くいるが、実際にフィオナの髪飾りをリディアが壊すところを見た者はいないのだ。会話を聞いていた者さえいない。それでは証拠にならないだろう。
皆そのことに気づいたのか、不満の声はしだいに小さく途切れていく。
「アデルバート様……! 私が嘘をついたと言うんですか!?」
絶望と驚愕の表情を張り付けたフィオナが、私の腕にすがりついて言った。私は首を横に振る。
「いいや、そういうわけではない。君が嘘を吐くなんて思っていない。しかし……誤解はあったのではないかと思っている。リディアがやっていないと言っている以上、一方の言い分だけを信じるわけにはいかないんだ」
「そんな……」
フィオナは絶望した目でこちらを見ると、へなへなと床にへたりこんだ。彼女を裏切ったような気分になり、思わず視線を逸らす。
群衆の陰から、声が聞こえた。「アデルバート様の気を引きたかったんじゃないの?」と。
誰が言ったのかわからないその言葉はフィオナの耳にも届いたようで、その頬はたちまち真っ赤に染まっていく。
「皆、静かにしろ。今回のことはこちらで改めて調べ直す。真実がわかるまで、リディアに対してもフィオナに対しても、余計なことは言うな」
牽制するように周りを見回しながら言う。生徒たちは複雑な表情をしながら、それでもこくこくうなずいていた。
ふと、横にいるリディアを見ると悲しげな顔でフィオナを見つめていた。
罪を被せられそうになったというのに、思考回路が読めない。リディアは、そんな慈悲深い人間ではないはずなのだが。
私は彼女の腕をつかんで引っ張った。
「リディア、行くぞ。ここは注目されて居心地が悪い」
「え、ちょっとアデル様……」
困惑するリディアに構わず、腕を引いて引っ張っていった。ブラッド殿とシェリル嬢は困惑顔でこちらを見ているが、引き止めてくる様子はない。
まだ騒がしい人混みを背に、リディアを連れて食堂を後にした。