7.糾弾
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「リディア」
昼休みの食堂。ふと、隅のテーブルに目を遣るとよく目立つ金色の髪が目に留まった。リディアだ。横には彼女の兄と妹が座っているのが見える。
一緒に食堂に来ていた友人に断り、リディアのいるほうに歩きだした。別に今声をかけなくても、後から従者に呼びだしてもらうこともできるのに。気がつけば体が動いていた。
まるで彼女と話したいみたいな行動に自分でも戸惑う。
つい最近フィオナを突き飛ばした彼女を嫌悪したばかりだというのに。その後に行われたお茶会でも、相変わらずうっとうしい彼女にうんざりしたばかりだというのに。
リディアのこととなると、自分が彼女をどう思っているのか、そんな簡単なことすらわからなくなる。
「アデル様……? どうなさったんですか?」
突然話しかけられたリディアは困惑しているようだった。それでもすぐに立ち上がって答えてくれる。
ちらりと彼女の座っていたテーブルの方を見ると、ブラッド殿とシェリル嬢が驚きの表情を浮かべているのが見えた。
当然だ。彼らは私がリディアを毛嫌いして、極力近づかないようにしていることをよく知っているのだから。
「リディア。今日の放課後話があるんだが、時間はあるか?」
「はい、もちろんです」
「それでは、授業が終わったら迎えに行くから待っていてくれ」
「まぁ、迎えに来てくれるんですか? 嬉しいですわ。何年振りでしょう」
リディアは顔を綻ばせて言う。こちらから呼び出すのだから当然だろうと言いたくなったが、普段の私はそんな平凡な気遣いさえしていなかったことを思い出した。
「……普段は冷たくて悪かったな」
なんとなく気まずくなり、目を逸らしながら言う。
「まぁ、誤解しないでください。皮肉で言ったわけではありません。ただ、珍しいな、と思って」
「絶対皮肉のつもりだっただろ」
そう言ったらリディアはくすくす笑いだした。邪気のない顔に思わず力が抜ける。この女はこんな風に笑う奴だっただろうか。妙に落ち着かない。
「……それではリディア、放課後に。ブラッド殿、シェリル嬢、割り込んで悪かった」
こほんと咳払いしてから告げる。リディアは口元に柔らかい笑みを浮かべてうなずいた。
ブラッド殿とシェリル嬢も、急に割り込んでしまったにもかかわらず、感じのいい笑顔で見送ってくれる。
その場を立ち去ろうとした、その時。突然後ろから叫ぶような声が聞こえた。
「アデルバート様……っ!」
振り向くと、そこにはフィオナがいた。
透明感のある桃色のボブカットを揺らし、小鹿のように潤んだ目にうっすら涙を溜めてこちらを見ている。
「フィオナ……? どうしたんだ」
尋常ではない様子に、急いで彼女のもとまで駆け寄る。私が近づくと、フィオナは切羽詰まった様子で言った。
「アデルバート様、なぜそんな方と楽しげに笑い合っているのですか? 婚約者にはうんざりしている、リディアはくだらない女だと言っていたじゃありませんか」
「フィ、フィオナ。そんな大声で何を……」
「もう顔も見たくないと、言っていたではありませんか……!」
フィオナはそう言うと、ついには顔を覆って泣き始めた。食堂にいる生徒たちは驚いた顔で彼女を見ている。
私はすっかり狼狽していた。彼女の言ったことに間違いはない。私は確かにリディアにうんざりしていた。けれど……。
「フィオナ、落ち着いてくれ。こんな場所で大騒ぎするなんて君らしくもない……」
「とても落ち着いてなんていられません! その方は……私の母の形見を壊したんです!!」
フィオナはリディアをきっと睨みつけると、はっきりした声で言った。先程からフィオナに向いていた視線は、その一言で一気にリディアに集中する。
リディアは呆気に取られたようにフィオナを見ていた。
フィオナは呆然としているリディアを睨みつけたまま、ポケットからキラキラ光る紫色の飾りのようなものを取り出した。
蝶を模した髪飾りだろうか。美しい髪飾りだが、無残にも真ん中で二つに割れてしまっている。
「これを私が壊したと……?」
リディアは困惑顔のまま、フィオナに近づいて尋ねた。フィオナは、信じがたいものをみるような目でリディアを見る。それから軽蔑を隠さずに言った。
「とぼけるおつもりですか? 昨日、確かに私の髪を引っ張ってこの髪飾りを取り上げて、それにだけは手を出さないでくださいと何度も言っても聞き入れてくれず、踏みつけたではありませんか。……母が、私のために無理をして買ってくれたものだったのに」
フィオナはそう言った途端、さっきまでの勇ましい表情から一転して弱々しくすすり泣き始めた。肩を振るわせて泣く姿に言葉が出なくなる。
誰もが気づかわしげに彼女を見ていた。
「私は、リディア様が疑っているようにアデル様に近づこうなんて身の程知らずのことを考えていたわけではありません。……憧れがあったのは否定できませんが……。けれど、リディア様がご不快に思われるようなら、一切近づかないようにしようと思っていました」
フィオナは涙声で途切れ途切れに、しかしはっきりと確かな口調で言う。
「けれど、リディア様はそう告げてもまったく信じてくれませんでしたね。いえ、悪口を浴びせられるくらいならいいのです。あなたを不快にさせてしまったのだから。けれど、形見を壊されたことだけは許せないんです……!」
フィオナが涙に濡れた目でリディアを睨みながら言った。食堂はしんと静まり返り、誰も言葉を発さない。皆、リディアが何と答えるのか、息を呑んで見守っていた。
リディアのほうに顔を向けると、眉根を寄せ、青白い顔でフィオナを見ている。