6.落ち着かない
***
今日でアデル様に婚約解消してもいいと告げてから一週間が経つ。
落ち着かない気持ちで学園まで向かった。約束を覚えていれば、今日、彼は出した答えを聞かせてくれるはずだ。
この日のためにずっと心構えをしてきた。アデル様に近づく男爵令嬢がいると聞いたときから……いや、それよりもずっと前から。
幼い頃に感じた憧れなど振り切って、この繋がりを終わらせることを決めていた。
「リディ、どうした? 考え事か?」
横から一緒に登校していたブラッドお兄様が顔を覗き込んでくる。私はなんでもないと笑顔で首を横に振る。
「リディお姉様、顔色が悪いみたい。無理してはだめよ」
反対側から妹のシェリルも心配そうに言った。私は彼女にも笑顔を作ってうなずく。
お兄様と妹に挟まれるように、人の多いエントランスまでの道を歩いた。もうすぐ学園について、アデル様と顔を合わせることになると思うとどきどきしてくる。
今日、私は運命を決めるのだ。
退屈な授業をそわそわした気持ちで受けながら、時が経つのを待った。昼休みになるとクラスメイトの令嬢たちに誘われ、一緒に食堂まで向かう。
食堂を歩いていると、後ろから甲高い声で呼ばれた。
「お姉様!」
「シェリル、とお兄様」
そこには愛らしい笑顔でこちらを見つめるシェリルと、その横で保護者のようにたたずむブラッドお兄様がいた。
「お昼休みにまで一緒なんて珍しいわね」
「さっき偶然すれ違ったの! そうしたらお姉様にも会うなんて。ねぇ、リディお姉様、今日はせっかくだから兄妹三人で食べない?」
シェリルはにこにこと私の手を取って言う。
「嬉しいお誘いだけど先約が……」
一緒に歩いてきた令嬢たちを横目で見ながら断ろうとすると、兄のブラッドが遮った。
「リディ。そうは言っても昨日の夕食中も具合が悪くなって倒れたばかりじゃないか。実を言うと、心配でお前が来るまで待っていたんだ」
「まぁ、ありがとうございます。でも、ちょっと過保護ではありません?」
「お姉様。そんなことありません。今だって顔色がよくないじゃありませんか」
シェリルは心配そうな声で言う。
顔色が悪いのは体調が良くないのではなく精神的な理由からだ。アデル様に今日何を言われるのか、考えると落ち着かなくなる。昨日もそれでよく眠れなかった。
「まぁ、リディア様。体調がよくなかったんですの。気づかなくて申し訳ありません」
「せっかく兄妹揃われたんですし、一緒にお食事なさってはどうですか? 私たちはいつでも一緒に来られますし」
クラスメイトたちは気を遣ってそう勧めてくれる。
お兄様がそんな彼女たちにお礼を言って微笑むと、一人残らず顔を赤くしていた。
お兄様は、妹の私から見ても感心するくらい美形だ。黒い髪に燃えるような赤い目が印象的で、その目に見つめられれば誰もが魅了されてしまう。
「リディお姉様のお友達、みんないい方ですわね!」
花が咲いたような笑顔でシェリルが言った。緩やかなウェーブのかかったブラウンの髪に、桃色の瞳。華奢で儚げで、誰が見ても可愛いと認めざるを得ないような外見をしている。
それにしても、二人とも金髪に緑色の目の私とちっとも似ていない。言われなければ誰も兄妹だとは気づかないだろう。
登校時と同じく、お兄様とシェリルに挟まれるように席について食事をした。昼休みの食堂は貴族の学園といえど騒がしい。
注文した料理を食べ終えてぼうっと辺りを見回すと、美しい銀色の髪が目に留まる。
(アデルバート様……)
心臓がばくばく音を立て始める。目が逸らせないでいるうちに、彼の視線もこちらを向き、目が合ってしまった。思わずふいっと目を逸らす。
しかし、避けるような仕草をしたというのに、再び顔を向けるとアデル様がこちらに近づいてくるのが見えた。