24.私のリディアお嬢様③ ローレッタ視点
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それからしばらく経ったある日の深夜、私はこっそり鍵を盗み、地下室の一番奥の部屋に足を踏み入れた。
そこで魔術書を漁りながら、置いてあった道具を使って見様見真似で入れ墨を入れた。
不器用な私にしては結構うまくできたと思う。
お嬢様によると、この黒い文様には魔力の器を広げて、外界から魔力を取り込む力があるらしい。魔力の器が小さすぎると言われた私でも、少しは役に立てるだろう。
私はこのままお嬢様をクロフォード家の便利な道具のように扱わせたくなかった。
だからお嬢様に、溜め込ませられた魔力を使って屋敷ごとぶっ壊してもらえばいいと思ったのだ。
お嬢様の中指に嵌められた魔力制御用の魔道具は、別の魔道具があれば外せる。魔法の使い方だって、どこかから教科書を仕入れてくればなんとかなるだろう。
あとは、三日おきに行われる魔力測定をなんとかすればいいだけだ。どうしようと頭を悩ませていたとき、ポットのお湯をカップに注ぐように、私が魔力の補充係になればいいのではないかと思いついた。
私の入れ墨を見たお嬢様には大変怒られたが、その思いつきは成功した。
お嬢様が魔法の練習をする度に私が魔力を補充したので、魔力測定でも不審がられずに済んだ。
お嬢様はしばらくすると、私にも魔法を覚えるように言った。
太ももの入れ墨はいつ人に見つかるかわからない。
それにクロフォード家を壊すときには多少の危険は冒すことになると思うから、自分を捕まえようとする者を気絶させるくらいの魔法は使えるようになっておくべきだと。
私はお嬢様にスパルタ気味な指導を受けながら、なんとか護身術として使える程度の魔法を習得した。
クロフォード家を崩壊させるためには、ただ息を潜めて待つだけでよかった。
いまいましいことにお嬢様には毎年入れ墨の儀式が行われるので、何をすることなく魔力は増えていく。お嬢様の入れ墨が増えるのに合わせて、私も補充係としての器を広げるよう、入れ墨の面積を増やしていった。
お嬢様が十六歳になる頃には、片手を振るだけで屋敷もここに住む者も全て消し去れるほどの魔力が溜まっていた。
「そろそろですね。もう復讐できますよ。楽しみですね」
「そうね」
お嬢様は中指の銀の指輪を眺めながら言う。
「もういつでも私はあいつらを殺せるけど、ただ殺すのはつまらないわ。一瞬で終わるなんて嫌」
「なら、どうします?」
尋ねると、お嬢様は怪しい笑みを浮かべた。
「クロフォード家の権威を失墜させた後、ずぅっと閉じ込めておきたいの。私がされたのと同じように」
私は喜んで賛成する。私のお嬢様は、なんて最高な人なのだろう。
私も全力で彼女に協力しなければならない。
ある時、お嬢様はこんなことを言いだした。
「ねぇ、最近のアデル様はある男爵令嬢を気にかけていてリディアが苛ついているんでしょう?」
「フィオナ様のことですね。ええ、そうです」
「いっそのことアデル様に婚約破棄してもらって、リディアをもっとイライラさせたいわ。うまくいったらアデル様とフィオナ様がつき合い始めるところを見せられるかもしれないし」
アデルバート様が一人の男爵令嬢を気にかけていることは前から話していたが、お嬢様は彼女に大変興味を持っていた。公爵家を敵に回す覚悟でアデル様に近づくなんて、たくましい子だわ、と何度も褒めるくらいに。
ただ、実際はフィオナ様自身にアデルバート様に近づく気はなくて、周りが勝手に騒いでいただけなのだけれど。
多分、お二人の並ぶ姿が絵になり過ぎたのと、アデルバート様の婚約者としてリディア様が不人気過ぎたのが原因だ。
「いいんですか? お嬢様、アデルバート様が好きなんじゃなかったでしたっけ。殿下が別のご令嬢とくっついても」
「自分と同じ顔の別人とくっつくよりずっとましよ」
お嬢様はすまし顔でそう言った。
お嬢様が幼い頃からアデルバート様に好意を寄せていたのは知っていた。なので本当にいいのかと迷ったけれど、彼女がいいと言うなら従うだけだ。
だからこっそり夜にアデルバート様と会う機会を取り付け、婚約解消するかどうかの答えを聞くと約束した日の前日にリディア様に軽めの毒を盛って寝込ませたのに。
お嬢様はあっさりと計画を翻してしまった。
約束の当日、想定外のことが起こった。フィオナ様がリディア様に髪飾りを壊されたと、突然糾弾をしてきたのだ。窓から様子をうかがっていた私は急な事態に困ってしまった。
お嬢様の顔もすっかり戸惑っている。
ここは認めてしまって謝るべきだと思った。そのほうがリディア様の信頼を落とせるし、アデルバート様が呆れて関係がより悪くなるはずだ。
しかし、予想外にアデルバート様がお嬢様の味方してくれると、それがよほど嬉しかったのか、お嬢様はあっさり彼の言葉にうなずいた。そうして彼に連れられるまま、走り去っていってしまった。
残されたフィオナ様の呆然とした顔。
お嬢様のやることに口出しする気はないが、さすがに気の毒だった。アデルバート様も散々構っておいてこの仕打ちはないだろうと、ちょっと引いた。
ともかく、お嬢様がクロフォード家の権威失墜計画を覆してしまったので、婚約解消は諦めて、ほかの方法を取ることになった。
次に行ったのは、アデルバート様にクロフォード家に生贄がいるらしいと告げること。愚直なアデルバート様は、話を聞くとすぐさま調査に移ったようだ。
王太子にクロフォード家の秘密が知られれば、現在のような繁栄は維持できない。
お嬢様と私は楽しみだと顔を見合わせて笑った。
しかし、アデルバート様に調査の進み具合を確認しに屋敷を抜け出した夜、うっかり時間をかけ過ぎてリディア様に見つかってしまった。
私とお嬢様は別々に牢屋に閉じ込められる。
お嬢様のことは心配していなかった。あの人は牢屋どころか、屋敷ごと破壊してしまうだけの力をすでに持っているから。
お嬢様も別の牢屋に連れて行かれる私を見ても、心配そうな顔をしなかった。
私は捕まりそうになったら、数人くらいなら気を失わせられる程度の魔法を教え込まれていたから、危害を加えられることはないと思ったのだろう。
しかし、私にはまだ魔法を使う気はなかった。
だって、私が魔法を使ったらどうしてかと調べられるはずだし、そうしたらリディアお嬢様が魔力制御装置を外して自由に魔法を使えるようになっていることがバレる可能性があるもの。
バレたらバレたでお嬢様が反撃すれば済む話だけど、私はあくまで完璧な形でクロフォード家への復讐を完遂して欲しかった。
復讐の主役はあくまでお嬢様。
お嬢様には、クロフォード家の人たちがより驚いて、絶望する姿を見てもらいたい。簡単に言うと、ネタばれを避けたかったのだ。
逃げなかったせいで少々鞭打たれはしたけれど、お嬢様の笑顔を思えばどうってことない。
ただ、私が魔法を使わなかったと知ったお嬢様が泣きそうな顔で怒るのを見て、少々申し訳なくは思った。
少々の不手際はあったけれど、クロフォード家への復讐は無事完遂された。
現在のお嬢様は、正式にアデルバート様の婚約者になり、リディア様の代わりとしてではなく学園にも通うようになって、充実した日々を送っている。
アデルバート様のお嬢様への執心っぷりはかなりのもので、常にそばに張り付いて甘やかしている。
ちなみに、お嬢様はフィオナ様にときどき会いに行っているらしい。どうやら自分のせいでフィオナ様が嘘を吐いたとあらぬ疑いをかけられたことを反省したようだ。
フィオナ様は寛大にも「入れ替わっていると知らなかったとはいえ、リディア様とは別人であるあなたに食ってかかった自分にも非があります」と許してくれたそうだが、お嬢様が頻繁に会いに来ることについては少々怯えているらしい。
お嬢様はきっと私が散々意地悪してきた姉と同じ顔だから怯えられているのね、と残念がっていたが、多分お嬢様自身にも問題があると予想している。お嬢様が興味の対象に向ける笑顔、ちょっと怖いもの。
形見の髪飾りに関しては、お嬢様の魔法できれいに直ったそうなので、それは良かったと思う。
事故後しばらくの間、お嬢様と私は王宮に置いてもらっていたが、屋敷の修復が終わるとすぐに戻ってきた。
お嬢様は悪魔の壺を魔力がなくなるまできっちり管理し、多大な犠牲を出してきたクロフォードの歴史を自分の代で終わらせるつもりなのだ。
お嬢様と私は今日も屋敷を管理して、地下室を見回り、魔力が暴走することのないように見張り続けている。
地下牢までクロフォード一家の様子を確認しにきたとき、お嬢様はふいに顔を綻ばせて言った。
「私たちって幸せね。ね、ローレッタ?」
無邪気で子供のような何とも愛らしい笑顔だった。ここが冷たく血のにおいの漂う地下牢だということを忘れてしまいそうになる。お嬢様にはやっぱり笑った顔が一番似合う。
私はもちろん笑顔でうなずいた。
お嬢様が笑顔なら、いつだって私は幸せなのだ。
完
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途中で雰囲気が変わる話でしたが、終わりまでおつきあいいただき感謝です。
連載中、この話をアップしたらみんなドン引きしてしまうのでは…とびくびくしながら更新していたので、いいねや評価を押してもらう度に安心しておりました。
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