23.すべての後②
「お嬢様、地下牢の様子を見に行きましょう」
「そうね、誰も死んでないかしら」
「昨日確認したらみんな生きてましたよ」
「そう、それは安心したわ」
そんな話をしながら、ローレッタと地下へと続く階段を降りる。
地下の空気は冷えきっていた。
懐かしい以前の私の部屋の前を通り過ぎて、さらに奥の地下牢へ進んでいく。中から小さくうめき声が聞こえてきた。
一番手前の牢の前で足を止めると、中で人影がガサリと動く。パサパサになった金色の髪を振り乱し、血走った目で彼女はこちらにやってくる。
「リディア、あんた、絶対に許さない……!」
「まぁ、相変わらず元気ね。反抗心を忘れないその態度、尊敬しちゃうわ」
笑顔で言ったら、双子の姉の顔が大きく歪んだ。
大声で何か怒鳴り散らしているけれど、内容をまともに聞く気にならなかった。どうせいつも通り私への罵詈雑言だと思うから。
「リディア様、あんまり大騒ぎすると、入れ墨がまた増えちゃいますよ」
私の後ろにいたローレッタがひょっこり顔を出して言う。双子の姉の顔は一層怒りで歪み、鉄格子を掴んでガタガタ揺らし始める。
鉄格子を掴む腕には、禍々しい黒い文様が浮かんでいた。
形が少し歪つなのは、術師が死んでしまったため、ローレッタが彫ったからだ。
彼女の肌とは対照的に、以前は服で隠れる部分をびっしりと文様で埋め尽くしていた私の肌は、今ではすっかりきれいになっている。
「開けなさいよ、この人でなし!!」
双子の姉の言葉に、私はただ微笑みだけを返した。
三ヶ月前、私が溜め込んだ魔力を放出してクロフォードの屋敷を壊した日のこと。
パーティー会場でリディアが婚約破棄され、家族は逃げるように退出して行った。
私は会場でアデル様から人々へ紹介された後、事情を聞きたがる人々をかわしながら家族の後を追って退出した。
アデル様にはあらかじめすべての計画を話してある。彼は頼んだ通り、退出する私を一人で行かせてくれた。
クロフォードの屋敷ではローレッタが待っている。
アデル様に用意してもらった馬車に揺られながら、私はこの後起こることが楽しみでずっと笑っていた。
私にはとっくに屋敷全部を破壊するくらいの力は溜まっていたのだ。
もともと多くの魔力を取り込めるクロフォードの家系に生まれ、毎年器を拡張させるための儀式を受け続けた私の力は、その気になれば一つの街を破壊できるほどの強さになっていた。
ただクロフォード家の人間を殺したいなら、何もせずとも地下室の部屋で中指の指輪を外して、片手を振るだけでよかった。
それでもわざわざアデル様に婚約解消してもいいと言ってみたり、クロフォード家に生贄がいるという情報を教えて調べさせたりなんて回りくどいことをしていたのは、追い詰められる彼らの顔が見たかったから。
アデル様に婚約破棄されて怒り狂う姉が見たかった。罪を追及されて青ざめるお父様が見たかった。信頼を失って落ちぶれていくクロフォード家が見たかった。
理想の家族像にひびが入るところを見たいという私の願いは、望み通り叶えられた。
私は屋敷を壊すとき、わざと上に向けて魔法を放った。そのおかげで家族たちは衝撃で気を失いはしたものの、死亡することはなかった。
私はローレッタと二人で彼らを地下牢に運ぶと、しっかりと鍵をかける。
ただ死なせるなんて生ぬるい。死ぬことより生きることの方がずっと苦しいのだから。
私は彼らに入れ墨を施して魔力を溜めさせることにした。
クロフォード家の魔力は使いきって消滅させる予定とはいえ、国が魔法以外の方法で防衛力を高められるようになるまでは、これまで通り魔法防衛省から騎士団に魔力を提供することが望ましい。彼らにはそのための魔力を集めてもらっている。
入れ墨にも、本来の器を超えた魔力を体の中に溜めることにも慣れていない彼らは、よく苦しそうに呻いているが、それは慣れてもらうしかないだろう。
私は彼らほど非人道的ではないので、自分がやられたように服で見えない部分いっぱいに入れ墨を彫ったりなんてことはしない。
腕や脚やお腹の一部分に文様を入れるだけだ。五人もいるので、一人で溜める魔力はそれほど多くなくていい。
あまり一人に大きな魔力を溜めさせ過ぎて、私がやったように爆発を起こせるようになっては困るというのもあるんだけど。
「リディア、静かにしてちょうだい。せっかくお父様の呻き声が止んでいるのよ。眠っているのに起こしたらかわいそうでしょう?」
「あんたがさっさとここから出せばいい話でしょう」
「いい子にしていたら、考えてあげなくもないわ」
私はもう一度双子の姉に微笑んで、彼女の牢屋の前を後にした。
「そう言えば、旦那様の牢屋静かですね。珍しく寝てるのかな」
「いつもヒィヒィ怯えてうるさいのにね」
「意外と根性ないですよね」
ローレッタはそう言って笑った。
自分が地下牢にいることに気づいたときも、入れ墨を入れられる時も、一番大騒ぎしたのがお父様だった。彼はすっかり私に怯えきり、牢屋の前に行く度に媚びたように声をかけてくる。
そんな姿を見ていると、幼い頃の私はどうしてこの人に怯え、認められたいとあがいていたのだろうかと不思議で仕方なくなる。
お父様は牢屋での暮らしがよほど辛いのか、起きているときはしょっちゅう呻き声をあげているので、うっとうしいことこの上ない。
リディアは矜持を忘れず反抗的なままだし、ほかの家族はちゃんと大人しくしているというのに。大人しくというか、生気を失っているといったほうが正しいのかもしれないけれど。
「でも、こんなことよくアデルバート様に正直に話して許してもらえましたよね。あの正義感の塊みたいな人が」
「多分、涙で目を潤ませて復讐したいのはいけないことなんでしょうかって弱々しく言ったのが効いたのね。アデル様、単純だから。本当にやりやすいわ」
「お嬢様、本当にアデルバート様のこと好きなんですか……?」
「もちろんよ。あの単純なところが可愛いんじゃない。正義感に駆られて行動して逆に周りを追い詰めちゃいがちなところとか、とっても愛らしいわ」
「うわぁ……。アデルバート様、ちょっとお気の毒って思っちゃいました……」
ローレッタは若干引いた目で私を見てくる。
「本当にアデル様のことは好きよ。世界で二番目に」
「一番じゃないんですか」
「一番は決まってるでしょ?」
私がそう言うと、ローレッタは両手で頬を覆って照れ始めた。
婚約するにあたり、私はアデル様に二つの頼みごとをした。
一つはできるだけ叶えて欲しいこと。アデル様は真実が明らかになれば、クロフォード家は奪爵はもちろんのこと、何らかの罰を受けるだろうと言っていた。当主や夫人は処刑される可能性が高いと。
けれど、それは嫌だった。ただ死なせるなんて生ぬるいことよりも、私が生まれた時から置かれてきた環境を味わわせてやりたかった。
だからアデル様に、クロフォード家を公には死んだことにして、私に地下牢で罰を与えさせてくれないかと頼んだのだ。
アデル様は散々戸惑った顔をした後、それを認めてくれた。
もう一つの頼みは絶対に叶えて欲しいこと。聞いてもらえないのなら婚約はできないと言ったら、アデル様は緊張した顔でそれはなんだと聞いてきた。
頼みとは、婚約してからも、私が妃になってからも、ずっとローレッタを専属メイドとしてそばに置かせて欲しいということ。アデル様はほっとした顔をして、こちらはすぐさま許可してくれた。
アデル様が認めてくれたので、私はやっと安心して婚約することを決める。
私にとってローレッタがそばにいることは、何よりも大切なことなのだ。
「リディアお嬢様、私もお嬢様が世界で一番好きですよ!」
「あら、私は誰なんて言ってないけど?」
「言ってなくてもわかります!」
ローレッタが嬉しそうににこにこ笑っている。
自由で、誰にも苦しめられなくて、ローレッタがそばにいる生活。なんてすばらしいのだろう。地下牢は薄暗いが、私の目に映る世界は輝いて見える。
ああ、とても幸せ。
ひんやりとした冷たい空気も、牢屋の奥から聞こえる呻き声も、ただよう血の匂いも、何もかもが私を祝福しているみたいに感じる。
「私たちって幸せね。ね、ローレッタ?」
私が笑みを向けると、ローレッタは三つ編みを揺らして大きくうなずいた。
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