21.変化①
ここから表リディア(主人公の双子の姉)視点の話になります
朝起きると、やけに屋敷の中が騒がしかった。
普段なら支度を手伝いに来るはずのメイドが来ない。仕方なく自分で身だしなみを整えて部屋を出る。
部屋の外に出ると、使用人たちが血相を変えて走り回っていた。
不思議に思いながら廊下を歩く。すると、地下室へ通じるドアが開いていて、そこにたくさんの使用人たちが集まっているのが見えた。
近づくと、扉の奥でお父様が顔を真っ赤にして見張りを叱りつけている。
「一体どういうことだ!? なぜリディアを逃がした!! 二人揃って見張りの役目を果たさず眠りこけているなど……!」
「申し訳ありません、旦那様! なぜか私達二人とも、急に睡魔に襲われて動けなくなってしまったのです」
「こんなことは今までありませんでした。誰かに薬を盛られたのかもしれません」
「言い訳はやめろ!! リディアの存在が外に知れたらどうなるかわかっているのか!? うちは破滅だ…!!」
お父様は頭を抱えて唸っている。
私は人混みの陰に立ち尽くしたまま、呆然としていた。
お父様がリディアと呼ぶのは、あのいまわしい私の双子の妹のことだ。双子の妹は生まれたときから地下室に入れられて、魔力を溜め込むために生かされている。
その妹がいなくなったとは、どういうことだろう。
「あの……お父様」
使用人を押しのけて近づくと、お父様は虚ろな目でこちらを見た。
「あぁ、リディか。大変なことが起きたんだ。今朝見に来ると、リディアの牢が開いていて忽然と姿を消していた。屋敷もこの付近も探させているがまったく見つからない」
「あの子、逃げだしたんですか? 早く見つけないとうちの魔力がなくなっちゃうわ」
双子の妹は好きではないが、いなくなるのは困る。あの子に溜めさせた魔力があるから、うちは魔術師の家系クロフォードとして尊敬されているのだ。
すぐにでも連れ戻して私たちの奴隷に戻ってもらわなければならない。
しかし、同意してくれるかと思ったお父様は疲れた顔で私を見る。
「リディ、それどころではない。我が国では生贄を作ることは百年前から禁止されている。もしもリディアが逃げだした先で誰かに文様を見られたり、屋敷にいる生贄のことを話したりすれば、ただではすまない」
お父様は深刻な顔で言うが、あまり実感が湧いてこなかった。
私たちの家で生贄に使っているのは、身寄りがないものやひどく困窮している人間ばかりで、何も良家の人間をさらってきて殺しているわけではない。
卑しい生まれの人間を人として扱わない貴族なんて、ほかにもたくさんいるではないか。
それに、リディアはクロフォード家に生まれた人間なんだから、どう扱おうと他者に口出しされることではないはずだ。
大体、この国はクロフォード家から多大な恩恵を受けているのだから、非難するのはお門違いではないか。
「リディ。私はすぐにリディアを探さなければならない。部屋で大人しくしていてくれ」
お父様はそう言うと、返事を聞く前に行ってしまった。私は納得がいかない気持ちで部屋に戻る。
早く双子の妹が連れ戻されればいいと思った。
まったく、逃亡なんて面倒なことをする。
***
双子の妹がいなくなって初日は、そう焦ってもいなかった。
苛立つお父様のことも真っ青になるお母様のことも、頭を抱えるお兄様のことだって、そこまで慌てることはないじゃないと思って眺めていた。
けれど、だんだんとそれでは済まなくなってきた。
あきらかに人々の私たちを見る視線がおかしいのだ。
私が学園に行くと、みんなひそひそと何か話し始めるのに、そちらを見ると一斉に目を逸らす。不愉快で仕方ない。
うちには頻繁に、厳めしい顔をした王家からの使いが訪れるようになった。お父様は対応する度に疲れきった顔をしていた。
「リディお姉様、最近なんだか皆様子がおかしいわよね」
妹のシェリルが怯えた顔で言う。
「きっとすぐに元に戻るでしょ。気にすることじゃないわ」
そう言っても、シェリルはまだ不安そうな顔をしていた。不安がられても困る。私にだってわけがわからないのだ。
そのうち、人々の噂が生贄に関することだけではないのに気づいた。
クロフォード夫妻には二人とも複数人の愛人がいるだとか、兄も妹もそれぞれの愛人との間にできた子で正当な公爵家の血を引く子供ではないとか、あまりにも無礼な噂。
一体何を言っているのだろう。うちの家族に限って、そんなことあるはずがないのに。
しかし、噂が聞こえてくる度に、お父様もお母様も顔を青ざめさせていた。
そんな顔を見ていると、今まで信じてきた世界が壊れるような、言いようのない不安が湧き上がる。