18.真実① アデル視点
「アデルバート様、そろそろお時間ですよ」
「あぁ、今行く」
私室で資料に目を通していたら、執事に呼ばれた。今日はリディアとのお茶会の日だ。私は急いで読んでいた資料をしまう。
リディアにクロフォード家には現在も生贄がいるのではないかという疑念を聞かされてから、時間が許す限りその件について調べている。
調べれば調べるほど、出てくるのは疑惑を強める情報ばかり。正直リディアの勘違いであって欲しいと願っていた私は、調査結果に頭を抱えた。
出てきた情報はリディアの気持ちを曇らせるものだろうが、それでも正直に話すべきだろう。
あの夜、リディアが人目のあるところでは話せない内容だと言った通り、こんな話を軽々と誰かに聞かれる恐れのある場所で話すわけにはいかない。
しかし、今日のお茶会で遠回しにでも情報を伝えられたらいいと思い、私は急いで庭へ向かった。
***
庭に置かれたテーブルでは、すでにリディアが待っていた。私に気づくと急いで立ち上がり、笑顔を向けてくる。私も微笑みを返す。
「アデル様、お忙しい中時間を取っていただいてありがとうございます」
「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。座ろうか」
「ええ」
今日のリディアは、私の苦手な媚びるような笑みを見せるリディアだった。なんとなく気分が落ちるが、悟らせないように笑顔を作る。
ふと、後ろを見ると三つ編みのメイドが控えているのが見えた。昼間に見るのは珍しいなと思って眺める。
あの子は夜にリディアが会いに来るとき毎回連れていたメイドだ。先日も時間に遅れたと二人で大騒ぎしながら帰っていくのを見た。随分仲が良さそうだったから印象に残っている。
その割には昼間に見ることはないと思ったが、今日はあの子も同行してきたらしい。
「アデル様、何を考えてらっしゃいますの?」
つい三つ編みのメイドに気を取られていると、リディアが腕を絡ませてきた。笑顔を作りつつ、さりげなく腕をはがす。
「何でもない。それより、この前の件についての調査、また少し進んだよ」
「この前の件?」
リディアは不思議そうな顔をして首を傾げる。本気でわからないという顔だ。
「ほら、夜に私を呼び出したときに言っていた話だ」
そばで控えている使用人たちに聞こえないよう、小声でそう答えたら、リディアの顔がたちまち歪んだ。
不可解な反応を不思議に思っていると、リディアは笑顔に戻って言う。
「ああ、あの件ですわね。その調査の結果、教えていただいてもよろしいですか?」
「いや、ここではまずいだろう。後でゆっくり話すから」
「私すぐに知りたいんです。こっそり教えていただけませんかしら?」
リディアは鬼気迫る様子でそう言ってきた。驚いたが、生家に関わる重大な問題だ。気にするのも無理はないと思った。
「……わかった。では、場所を変えよう。王宮の図書館にでも行きたいとでも言って、使用人たちから離れて話そうか」
「ええ、お願いします」
私が小声で提案すると、リディアは口角を上げて笑った。
「ちょっと待っていてくれるか。どうせなら資料も見せたいから持ってくるよ」
「はい。お待ちしております」
私はリディアに背を向けて、一旦部屋に戻ることにする。
王宮の廊下を歩きながら、ふと窓の外を見て先ほどまでいたテーブルを見ると、リディアが三つ編みのメイドと向かい合っているのが見えた。
なんとなく目で追っていると、リディアは突然メイドの髪を引っ張る。メイドは頭を押さえて痛そうにしている。
思わず窓に張り付いてその光景を見た。
以前見たときはあんなに仲が良さそうだったのに。リディアはメイドに何かまくしたてると、思い切りその頬を叩いた。メイドは地面に倒れ込む。
周りの使用人たちが戸惑ったようにリディアとメイドに近づくのが見える。
私は慌てて引き返した。
「リディア! 何をやっている!」
「ア、アデル様……。資料を取りに行かれたんじゃ」
リディアは私の姿に気づくと狼狽えた。
「窓から君がメイドをはたく姿が見えたから戻ってきたんだ。……一体、何をやってるんだ。そのメイドが何かしたのか?」
「え、ええ。そうですわ。この子、とても無礼なことをしたので、しつけてあげようと思って」
リディアは取り繕うように笑顔で言う。自分が醜悪なことを言っているのに気づいていないのだろう。彼女に聞くのが馬鹿らしくなり、私はメイドのそばに行く。
「大丈夫か。立てるか」
「大丈夫です。慣れていますので」
「慣れてる?」
不審に思い、彼女の姿を眺める。頬が赤く腫れているほかに、袖の下から覗く肌がミミズ腫れのようになっているのが見えた。
「……なぁ。君はいつもそんな扱いを受けているのか?」
「そんなとは、叩かれたりとか髪を引っ張られたりとかですか? リディア様に会ったときはしょっちゅうですねぇ」
メイドはさも当たり前のことのように言う。リディアを振り返ると、気まずそうに目を泳がせている。
「アデル様、私の話も聞いてくださいまし。そのメイド、うちの屋敷では頭の足りないローレッタと呼ばれてみんなに迷惑がられているんです。だからちょっと厳しく教育してあげる必要があるのですわ」
「君の家では一人の使用人を侮辱的な呼び名で呼び、主人である君はそれを咎めもしないということか」
「だ、だって、そのメイド、生意気なんです! 全然言うことを聞かないし!」
リディアが叫ぶように言うが、これ以上続きを聞く気になれなかった。私はローレッタというらしいメイドの腕を引っ張って立ち上がらせる。
「リディア。悪いが帰ってくれないか。今日は君と話す気になれない」
「な……! アデル様!」
「それとこのメイドはしばらく王宮で預からせてもらう。クロフォード公爵には連絡しておくから、今日は一人で帰ってくれ。うちの執事に送らせよう」
「アデル様、お待ちください!」
叫ぶリディアに構わず、メイドを連れて城内に向かう。
いくら王族といえど、他家で雇っている使用人を了承なく預かるなんて褒められたことではない。しかし、あのリディアの様子を見るとそのままにしておくのが心配だった。
最近またリディアとの距離が近づいた気がしていたのに、やはり私には彼女を理解することはできないようだ。残念な気持ちで息を吐く。
メイドは腕を引かれたまま、黙ってついてくる。
「アデルバート様、リディア様喚いてますけどいいんですか?」
黙っていたメイドが口を開いた。随分と緊張感のない声だ。
「構わない。それより、君のその腕はちゃんと治療したのか? 大分腫れているが」
「してないですけれど、大丈夫だと思います。私は丈夫なので」
メイドはどことなく誇らしげに言う。私は王宮のメイドを呼んで彼女を手当させることに決めた。