14.頭の足りないローレッタ②
しかし、夕方頃に部屋に戻ってきたローレッタは、予想に反して明るい顔をしていた。
彼女の腕には、袋から溢れだしそうな大荷物が抱えられている。痩せぎすのローレッタにはよほど重かったのか肩で息をしていたが、その目は達成感に満ちていた。
「お嬢様! 言われた通り身支度に必要な道具を用意しました! 石鹸にブラシ、櫛、香水、お肌用の保湿薬……。あと、ここのお風呂の水は出が悪いですから、お湯を溜めるための大きな桶も!」
「ちょっと、これどうやって用意したの……。まさか盗んできたわけじゃないわよね?」
私は唖然として尋ねる。
「盗んでなんかいませんよ。捕まって嬲り殺されるの嫌ですもん」
「じゃあ、どうやって? あの置物がそんなに高く売れたの? ガラクタだとばかり思っていたのに……」
「試しに売ろうとしたら、銅貨四枚分って言われました」
「道具を揃えるには全然足りないわね」
銅貨四枚分と言ったらパンを二、三個買ったら終わりの額だ。それだけあっても仕方ない。
「なので、呪術品ってことにして売ってみました! ちょうど呪いでもかかっていそうな不気味な見た目の置物だったのでやりやすかったです」
「は……?」
「ほら、こんな風にこの禍々しい色のシーツを被って顔を隠して、鬱憤を抱えてそうな人に近づくんです。それで『お兄さん、何かお悩みですか? 潰したい人間がいるならこの冥界の使者に願えば、全て願い通りになりますよ』って声をかけました。そうしたら、あっさり銀貨2枚で買ってくれました!」
「……め、冥界の使者? あれただのガラクタよ。詐欺じゃない」
「だって私の住んでいた街では、そんな風に物を売っている人がたくさんいましたよ? お兄さんも喜んでたし、いいじゃないですか」
ローレッタが悪びれなく言うので、すっかり呆れてしまった。銅貨四枚分の価値しかない置物を銀貨二枚で売りつけるなんて、私と同い年の子供のくせになんてことを思いつくんだろう。
そんな怪しげな言葉に騙されて買うほうも買うほうだ。
「それにしても、銀貨二枚はやり過ぎじゃないかしら」
「あんまり安いと逆にだめなんです! 近所に住んでいたおばあさんが言っていました。人は高い値段がついていると価値も高いと思い込むから、人を騙すときはちょっとやり過ぎだと思うくらいの値段をつけたほうがいいんだって」
「子供に何を教えてるのよ、そのおばあさん……。ていうか、騙してる自覚あるんじゃない」
私がそう言ったら、ローレッタは頬を緩ませてふふっと笑った。無邪気な顔をして恐ろしい。
「道具を買ってもまだ余ってますよ。銀貨まるまる一枚分。お嬢様にお返ししますね」
「いらないわ。あなたが稼いだんだからあなたのお金でしょう」
私の手を取って銀貨を握らせてこようとするローレッタに慌てて断る。正しい手段でとは言い難いけれど、ローレッタが稼いだお金なのだからローレッタのものだ。
「だってお嬢様のお部屋のものを売って手に入れたお金ですよ?」
「もともとは銅貨四枚分の価値しかなかったんでしょう。それはあなたのものよ」
「でも……」
ローレッタは銀貨を握りしめたまま不満そうにしている。あなたのものだと言っているのだから、受け取っておけばいいのに。
「じゃあ、私が持っています。それで、お嬢様がほかに欲しい物があったらそれを買うのに使います」
「それじゃあ、あなたのお金になってないじゃない」
「だって私お嬢様の役に立ちたいんです」
ローレッタは真っ直ぐな目をして言う。その瞳にあまりにも濁りがないので気圧された。この子は本気で言っているんだろうということが伝わってくる。
「わかった。じゃあ、欲しいものがあるときは頼ませてもらうわ」
「はい、お嬢様っ」
「それと、あなたが服を破いたときとか、パンを落としたときとか、箒を壊したときとかに使いましょう。もしものときのお金があるって便利ね」
「う、すみません……。お嬢様」
笑顔で言ったのに、ローレッタはしょんぼりうなだれてしまった。別に責めたわけではないのに。失敗して物を壊しても、お父様が気まぐれを起こさない限り補充されないという、ここの暮らしが異常なのだ。
ちなみにお父様は私に専属メイドをつけるときに高い給金を払うと言っていたが、ローレッタに給金は全く支払われていないらしい。
「お嬢様、私に何でもお任せください! お嬢様の望みは何でも叶えてみせます!」
ローレッタは気を取り直したように胸を張って言う。私は特に期待はせず、「ああ、そう」とだけ言っておいた。
期待はしていなかったというのに、ローレッタはそれからもどんどん私の望みを叶えてくれた。
顔合わせの時にアデルバート様が話していた本が読んでみたいと言えばどこからか探してきて手に入れてくれたし、屋敷で見かけた姉のリディアが可愛らしい髪型にしてもらっているのを見てうらやましがったら、やり方を覚えてきて似たように結ってくれた。
まぁ、このときはローレッタが不器用過ぎてうまく結えないから、結局やり方を教わって自分で結ったのだけれど。
けれど、ローレッタはいつも私の願いを叶えようと努力してくれた。できるはずがないと思ったことでもなんだって達成してみせた。
お金が必要になると、置物を売ったときみたいに詐欺まがいのことをして、すばやく必要なだけ集めてきてしまう。
「……あなた、すごいのね」
「えっ、お嬢様、私すごいですか? 褒めてくれるんですか?」
「ええ、すごいメイドだわ」
そう言ったら、ローレッタは目を輝かせて喜んだ。ローレッタは私の誉め言葉を何よりも喜ぶ。
「頭の足りないローレッタ」。
クロフォード家の使用人たちは、一体何を言っているのかしら。六歳でここまで主人の命令を忠実にこなせるメイドがほかにいるだろうか。
箒を持ったまま嬉しそうにくるくる回っているローレッタを見ながら、私は自分がとんでもないメイドを手に入れてしまったことを悟った。