14.頭の足りないローレッタ①
女の子が専属メイドになると決まると、私は早速部屋に連れて行った。色々気になることを質問してみることにする。
「あなたは今日から私の専属メイドになるのよ」
「……? はい」
「お名前はなんていうの?」
「ローレッタ」
「ローレッタね。年齢は? 小さいのに大変だったわね」
「六歳です」
「六歳? え、私と同じなの?」
私より随分小さいと思っていた彼女は、意外にも私と同い年だった。栄養が足りていないせいで成長が遅れていたらしい。
ほかにも色々な質問をした。どこから来たのか。なぜうちに来たのか。
しかし、ローレッタは名前と年齢のほかは住んでいた街(閉じ込められている私でも知っている有名な貧民街だった)を口にしただけで、後はろくに答えなかった。
「どうして私を助けてくれたんですか」
一通り質問し終えると、今度はローレッタのほうから尋ねてきた。少し迷った末、優しい主人を演じることにする。
「大人に押さえつけられているあなたを見ていられなかったの。助けてあげたいと思って……」
「……本当に?」
澄んだ真っ直ぐな瞳に見つめられ、思わずたじろいだ。疑っているというより、ただ真実なのか知りたいだけのように見える。
正直、嘘ではないのかと問い詰められる方がやりやすかった。
「……本当はね、都合がいいと思ったからよ。ここの使用人は私を蔑んでいるから、あなたみたいな小さなみすぼらしい子供なら不快な思いをさせられないだろうと思って」
あまりにも正直に言い過ぎた。この子を懐柔してやろうと思っていたのに、うっかりみすぼらしいなんて本音まで漏らしてしまった。
失敗したと慌てて口を押さえるが、ローレッタはなぜか頬を緩め、初めて笑顔を見せた。
「やっと理由がわかりました」
「怒らないの?」
「本当のことですもん。それに、あなたも結構みすぼらしい姿をしていますよね?」
言われて言葉に詰まる。
事実、地下室に閉じ込められてろくに身支度もされない私は、ローレッタよりは数段ましとはいえ、とても貴族の子には見えない外見をしていた。人のことを言えたものではない。
しかし、これから私の専属メイドになるというのに失礼な子だ。これからちゃんと教育しなければならない。
「仕方ないでしょう。誰も身支度を整えてくれないし、自分でどうにかしようにも道具もないんだから」
「貴族なのに? そういえば、ここ地下室ですよね。どうしてこんなところで暮らしているんですか?」
ローレッタは部屋をきょろきょろ見回しながら、無遠慮に聞いてくる。
この部屋には見せかけばかりの家具以外何もない。ソファとベッドと机と、三枚の服以外何も入っていない箪笥と。それから、飾り物の外が見えない窓があるだけ。
装飾品と言えば、箪笥の上に忘れ去られたように置かれている不細工なカラスの置物くらいだろうか。
この部屋は私が生まれる前は倉庫だったようで、その名残らしき見目の悪い飾り物が隅にたくさん置かれている。
灯りをつけても常に薄暗い不気味な部屋だ。ずっと暮らしている私はもう慣れているけれど。
「色々あるのよ。あなたが信頼できそうだと思ったら教えてあげるわ」
「信頼ですか」
「そうよ。殺されそうになるところを助けてあげたんだから、私のために働いてちょうだい」
もう懐柔も何もない。取り繕わずに告げると、やっぱりローレッタは嬉しそうな顔をする。
「はい。きっと私、役に立つと思います」
しかし、そう豪語したくせに、その女の子は何もできなかった。
痩せ過ぎて体力がないから重い物は運べないし、手先も不器用なのか料理をこぼさず持ってくることすらできない。
まぁ、当時のローレッタはたった六歳の子供だったから仕方ないところもあるのだけれど。
ただ、彼女がちゃんと掃除をしてくれないと私の部屋は汚いままだし、彼女が料理をこぼせばその日の私の食事はなくなるし、洗濯場で服を破けば貴重な服が一着なくなるしで、割とひどい目に遭った。
私は自分で掃除をすることと、古びて乾燥したパンを少しでも長く保存して非常食にする方法と、破れた服をハンカチや布巾として再利用する方法を覚えた。
ローレッタ以外のメイドは来なくなったが、使用人に一切会わなくなったわけではない。
地下室にはリディアの代わりを務められるようにと定期的に家庭教師がやって来て、勉強やマナーを教えられた。
ピアノを習ったり、テーブルマナーを教わったりする場合は地下室で行うのが難しく、時折地上に連れて行かれて授業が行われることもあった。
屋敷の住人と接する時間はわずかだったが、それでもローレッタの評価はすぐに耳に入ってきた。使用人たちの間でローレッタは「頭の足りないメイド」と言われているらしい。
今考えると、六歳の子供に向かってひどいことを言うものだ。
ローレッタは噂を気にする様子もなく、いつでもせかせかと働いていた。
「あなたって使えないのね」
今日も掃除に何時間もかけているローレッタに向かって私は淡々と言う。ほかの使用人たちに陰口を言われても顔色一つ変えなかったローレッタが、私の言葉には顔を青ざめさせた。
「つ……使えないですか?」
「自分が使えると思っていたの? まぁ、期待していなかったから別にいいのだけれど」
もともとこのメイドに何か期待していたわけではない。私を蔑んで不快な思いをさせなければいいのだ。
ローレッタといて不快なことがないわけではないが、蔑んでこないという最低ラインには合格しているため、大目に見ている。
しかしローレッタは泣きそうな顔になって言う。
「私、リディアお嬢様の役に立てます。きっと」
「別にいいわよ。あなたを専属メイドから外そうとは思ってないから」
「いえ、それでは意味がありません! 私はお嬢様の役に立ちたいんです! そうだ、私に何か命令をしてください。なんでもやり遂げてみせますから」
「何でもねぇ」
まさか本当に何でも叶えてくれるとは思わなかったけれど、おもしろそうなので何か命令してみることにした。
「じゃあ、身支度ができるような道具が欲しいわ。体をゆっくり洗って、髪を綺麗に梳かしてみたいの。できる?」
「身支度……」
ローレッタは顎に手を当てて考え込んでいる。無理だろうとは思う。侍女頭に相談したって道具を用意してくれるはずはないし、私の部屋にはお金なんてない。
「わかりました。でも、何もなしにというのは難しいので、お部屋にあるカラスの置物を持っていってもいいですか? お嬢様がよく邪魔だと言っているやつです」
「いいけど、まさかあれをお金にする気? あんなもの売ってもお金にならないわよ」
私の部屋に置いてあるくらいなので、あれは別に高価な品物というわけではない。ただの邪魔なガラクタだ。
「いいんです。では、もらっていきますね。後、シーツを借りてもいいですか? その灰色の」
「いいけど、シーツはこれしかないんだから汚さないでね」
「できるだけ汚さないようにします! ではいってきます。待っててくださいね、お嬢様」
ローレッタはそう言うと袋に置物を詰める。それからベッドのシーツを外して脇に抱えると、元気よく部屋を出て行った。
少し困らせるつもりで言っただけなのに、まさか本当に取りかかるとは思わず、呆気に取られる。
けれど、許可なしに上の階に上がることを禁止されている私は追いかけることもできず、まぁいいかとベッドに寝転んだ。
うまくいかなければ帰って来るだろう。