10.幽閉
暗く狭い地下室で、私はただぼんやりと固いベッドに横たわっている。
やることがないのでときどき小声で歌を歌った。ローレッタが機嫌のいいときによく歌っている歌。
それも数分で飽きてしまう。
足首には黒々とした頑丈な鎖が嵌めてある。首には同じ色のチョーカーを嵌められた。これは魔力を使えないように押さえつけるためのものだ。
魔力制御の道具ならすでに左手の中指に嵌められているというのに、厳重なことだ。
よほど私が魔力を暴発させるのが恐ろしいのだろう。
「あーあ、暇ね……。元の部屋なら本は読めたし、窓もあったのに。それに、ローレッタも来ないし……」
元の部屋も見かけこそは姉のリディアの部屋そっくりに作られていたけれど、地下にあったから窓はただの飾りで、外の景色なんて見られなかった。
けれど、私は暇なときただ壁があるだけの窓を見ながら、本物の外の様子はどうだろうと想像していた。
元から監禁同然の生活だったのだから、さらに地下深くにある牢に入れられたとしてもそれほど応えないと思っていたのに、思いのほか地下牢生活は気が滅入った。
「うーん、もうちょっと考えるべきだったかしら。油断したわ」
あの日、夜に抜け出したことをリディアにバレてから、私はただちに使用人たちに取り押さえられ、お父様の命令で地下牢に入れられた。
それから一週間、この硬いベッドと洗面台以外に何もない小さな部屋に閉じ込められ続けている。
歩き回るスペースすらないので、そろそろ体が痛い。
一緒に取り押さえられたローレッタとは、あれ以来一度も顔を合わせていない。彼女には護身術を教えてあるのでひどい目に遭うことはないと思うが、少し心配だ。
「リディア、開けるぞ」
扉の外から声が聞こえてきた。
体を起こして返事をすると、ガチャリと音を立てて頑丈な扉が開く。そこには兄のブラッドと、彼の後ろに隠れるように立つシェリルがいた。
お兄様の私を見下ろす限りなく冷たい目と、シェリルの蔑みの滲む表情。この前一緒に学園に行ったときとは随分違うなぁなんて当たり前のことを考える。
あのときの二人は見事に仲の良い兄妹を演じながら、私が何か妙なことをしないようにと監視役を務めきっていた。
お兄様はこちらを睨みながら言う。
「リディから聞いた。お前、夜にこそこそアデルバート殿下と会っていたらしいな」
「ふふ。だって、昼間堂々と会うことなんてできないじゃないですか」
「……当然だろう。お前は本来アデルバート殿下と顔を合わせていい人間ではない。何を勘違いしているのか知らないが、お前はリディが表に出られない時だけ代わりを務めていればいいんだ。立場をわきまえろ」
「まぁ、ひどい。私だってクロフォード家を支えるためにずっと頑張ってきたのに。お兄様の先日の討伐だって、私が苦痛に耐えて溜めた魔力を使ったから難なく終わったのでしょう?」
私がそう言うと、お兄様は思いきり顔をしかめた。そうして心底嫌そうに言い捨てる。
「よその人間のいないところでまでお兄様と呼ぶのはやめてくれ。俺の妹はリディとシェリルだけだ」
「まぁ。血を分けた妹に向かってひどい。私だってお兄様の妹なのに」
私が口を尖らせて言うと、シェリルが口を挟む。
「ねぇ、リディアお姉様。苦痛に耐えて溜めた魔力なんて恩着せがましい言い方はやめてくださる? お姉様はこの家に尽くすためだけに生かされているのよ。魔力を提供するのは当たり前じゃない」
「あら、シェリルまで冷たいことを言うのね。あなたのこの間の魔力の実技テストだって、練習をサボってもいい点数を取れたのは私の魔力のおかげでしょう?」
「誰に聞いたのよ。気持ち悪い。何か文句でもある? リディアお姉様なんてそれくらいしか役に立たないじゃない」
シェリルは嘲るようにそう言った。外で囁かれている天使のような姿は見る影もない。
お兄様はシェリルの頭をその通りだと撫でた。そして私に鋭い視線を向けて言う。
「……いいか、リディア。立場を忘れるな。お前はクロフォード家の影で、それ以上の何者でもない。今度抜け出すようなことがあれば、その首を斬り落として地下の壺に沈めてやるからな」
お兄様は怖い顔をしてそう言うと、シェリルを連れ、乱暴に扉を閉めて出ていった。
ふふふ、と口から笑みがこぼれる。お兄様とシェリルがわざわざ私の元に出向くなんて、よほど警戒しているに違いない。
こんなに厳重に魔力を制限して、地下奥深くに閉じ込めているのだから、そこまで心配することはないのに。
それにしても冷たい兄妹だ。私だって確かに二人と血を分けた兄妹だというのに、彼らは私の双子の姉のことしか家族だと認めてくれていないらしい。
「本当に嫌な家ね」
呟いてから再びごろりとベッドに横たわる。
この部屋では本当にすることがない。私は目を閉じて過去のことに思いを馳せることにした。
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ちょっとタイトルを変更してみました