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噂好きのローレッタ  作者: 水谷繭
第二部
20/47

9.裏表

ここからリディア視点に戻ります

 

 夜にアデル様と会ってクロフォード家の生贄の件についてお伝えしてから、三日が経った。


 三日では特に変化があるはずもなく、私はいつも通りの日常を過ごしている。


 部屋ではローレッタが、お世辞にも手際がいいとは言えない手さばきで掃除をこなしていた。



「でもリディアお嬢様、うまくいってよかったですよね! アデルバート様、あんなに期待通りの反応をしてくれるなんて。清廉潔白な人って単純で扱いやすいですよね」


「ローレッタ。殿下に対して失礼なことを言うんじゃありません」


 私はぺらぺらと軽率なことを言うローレッタを嗜めた。


 ローレッタは私の言葉など気にも留めず、鼻歌でも歌いだしそうな様子で床を拭いている。


「ねぇ、ローレッタ。アデル様はいつ動きだすと思う?」


「いつでしょうねぇ。でもあの人のことだから、生贄がいるかもしれないなんて話を聞いたらすぐにでも動きだすんじゃないですか? 仮にも公爵家を探るわけですから、下準備に時間がかかりそうですけれど」


「そうよね。王太子といえど、突然公爵家に押しかけて生贄の件を調べるなんて真似できないものね……」


 私はベッドの上に腰掛け、息を吐く。アデル様がいつ、どんな風に公爵家を調べるつもりなのか気になるが、私には知りようがない。


「ほかのことなら私が探って来れるんですけど、アデルバート様にはなかなか近づけませんから、困っちゃいます」


「そうね。アデル様も秘密裏に進めてくださるだろうし、情報を得られる機会なんてそうそうないと思うわ」


「また夜にでも呼び出して、お嬢様が直接お話しをうかがってみてはどうですか?」


「この前抜け出したのは三日前よ。そんなに頻繁に抜け出してバレないかしら」


「お任せください! ローレッタはこういうのが得意ですから!」


 ローレッタは胸を張って誇らしげに言う。彼女の提案にどうしようかと頭を悩ませる。できることならアデル様に会って話を聞きたい。


「そうね。……じゃあ、お願いしようかしら」


「承知しました! すぐにアデルバート様に手紙をお届けします」


「いつも悪いわね、ローレッタ」


「いいえ、リディアお嬢様のためならこれくらいわけありません」


 元気よくそう言うローレッタに、思わず笑みがこぼれた。どこまでも私のことしか考えていなくて、こちらが断ったって運命を共にしてくれる忠実なメイド。


 本当は、ローレッタがいればほかに何もいらないのだ。



***



 ローレッタは今日も完璧に抜け出す準備を整えてくれた。


 今日は私のほうがアデル様よりも早く着いたようで、人気のない王宮の庭園でローレッタと二人彼が来るのを待つ。しかし、約束の時間になってもなかなか現れない。


「遅いですね、アデルバート様。いつも約束の時間通りに来るのに」


「お忙しいんじゃないかしら。もう少し待ちましょう」


「時間大丈夫かなぁ」


 そんなことを話しているうちに、足音が聞こえてきた。見ると、アデル様が息を切らしてこちらに駆けてくる。



「リディア。すまない。遅くなった」


「アデル様! いいえ、お忙しいところを急にお呼び出してしまって申し訳ありません」


「いや、構わない。ちょうど私も話したいことがあったんだ。クロフォード家の生贄の件だ。調べたことをまとめていたら遅くなってしまって」


「まぁ。もう調べてくれたんですの?」


「まだ途中だがな」


 アデル様はそう言いながら、持っていた鞄から数枚の紙を取りだす。覗き込むと、そこには人名の一覧が記されていた。


「アデル様、これは……?」


「役人から借りて来た。十年少し前からクロフォード公爵領やその周辺で行方不明になっている人間のリストだ」


「こんなにたくさんいるのですか……?」


 リストには数十人、下手したら百人を超えるほどの人名が記されている。


 この全てが、わずか十数年の間にクロフォード領周辺で行方不明になったというのだろうか。それは少々異常な気がする。


「それだけではない。こちらも見てくれ。これは役人がとある貧民街を調べた時に出てきた証言だ。……その街では金のために人間を売るということが横行しているらしい。

それで、買い手の中に、何十年も前から毎年一定数の人間を買うものがいると。どうやらその買い手は相当身分の高い家の関係者らしいんだ」


「それがクロフォード家の人間ではないかと……?」


「その可能性はあると思い、今臣下に調べさせている」


 アデル様は眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔で言った。


「私が地下室で見た方たちは、領地でさらわれたり、貧民街で買われてきた人間だったのでしょうか……」


「まだわからない。しかし、そう考えても不自然ではないだろう」


 アデル様は痛ましげな表情でリストを見ていた。清廉潔白に育った彼にとって、自分の国の権威ある貴族が、国民をそんな風に扱っていたと知るのは耐えがたいことなのだろう。


 その後もアデル様は調査の結果を今わかっている範囲ですべて教えてくれた。


 たった三日でここまで調べてくれたことに驚いた。調査以外にも、彼にはやらなくてはならないことが大量に控えていて忙しいはずなのに。


 受け取った書類をめくりながら、アデル様の教えてくれる情報に真剣に耳を傾ける。



「……様、お嬢様!」


「えっ?」


 後ろから声をかけられ、振り返るとローレッタが焦った顔でこちらを見ていた。


 普段なら、少々礼儀を知らないローレッタと言えど、アデル様と話している最中に話しかけてくることなんてない。


「リディアお嬢様、そろそろ戻らないと。お屋敷の方たちに気づかれてしまいます!」


「え、あ、そうね。早く戻らないと……」


 そこでやっと、いつもよりずっと長く庭園にいたことに気が付いた。アデル様との話し合いに集中し過ぎて、すっかり時間を忘れていたのだ。


「アデル様、申し訳ありません。話しの途中ですが、もう戻らないと……」


「ああ、大分時間が経ってしまったな。夜遅くまで引き止めて悪かった。馬車を出して送ろうか? 女性二人では危険だろう」


「いいえ、大丈夫です。こちらのメイドはこう見えて護身術も心得ていますから。馬車なんて出していただいたら家の者にばれてしまいます」


 アデル様の申し出をすぐさま断る。こっそり抜け出して来たのに王家の馬車など出されては台無しだ。家中が大騒ぎになってしまう。


「それならいいが……。気を付けて帰れよ」


「はい。アデル様、また明日」


 私はそう言うと、ローレッタと二人庭園を駆け出した。


 庭園を抜けると、大急ぎで待たせておいた私たち用の馬車の所まで走る。夜に抜け出すときにいつもローレッタが送迎を頼んでくれる馬車だ。


 屋敷のそばまで馬車で向かっては家の者に気づかれるので、近くまで来たら降りて、歩いて裏道をくぐって中へ戻る。



「……ふぅ、よかった。まだばれてないみたいね」


「もう、お嬢様ってば話に夢中になって時間を忘れてるんですから」


「仕方ないじゃない。生贄がどこから集められたか気になってたんですもの。書類に書かれていた貧民街の一つ、あなたの出身地だったわね」


「あの街、人買いも人さらいもたくさんいましたからねぇ」


 私たちはそんな話をしながら、自室まで向かおうと階段まで歩く。


 しかし、階段近くの扉をくぐり抜けようとしたところで行く手を阻まれた。



「どういうことよ。なんであなたが外に出ているの」


 金色の長い髪に明るい緑色の目。真っ白なナイトウェアを着たその女は、私たちの前に立って道を塞いでいる。


「あら、お出迎え? こっそり出かけたつもりだったのに気づかれちゃったのね」


 目の前の彼女は、顔を赤くして怒りに揺れる目で私を睨んでいた。


 どうやら抜け出したことを気づかれてしまったらしい。観念して説明するしかない。私の後ろではローレッタがあわあわと取り乱してる。


「ふざけないで! 一体どこで誰と会ってたの!?」


「誰だと思う? 交友関係の極端に少ない私が会う人なんて、あなたにも想像がつくでしょう?」


 私の言葉に彼女は一層顔を赤くする。


 言わなくてもわかるだろう。私が会いたいと思う人なんて、ローレッタを除けばアデル様しかいないのだから。


「……おかしいと思ったのよ。ここ最近のアデル様の態度、急に変わったんですもの」


「あら、態度が変わったこと気づいていたの? アデル様の態度なんて気にも留めず迫りまくっているとばかり」


「生意気なのよ! あんたはさっさと地下に戻りなさい!!」


 眉を吊り上げて怒鳴られるが、ちっとも怖いと思わない。むしろ、なんだかこの状況が滑稽だった。


 目の前で、私と同じ顔の女が、顔を真っ赤にして同じ顔を怒鳴りつけている。私はゆっくり口角を上げて、優しい声で言った。



「ごめんなさいね。でも、地下室にばかりいると気が滅入るんですもの。許してくれるでしょう? リディア」



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