8.失望① フィオナ視点
リディア様に最初に呼び出されてから数日間は何事もなく平穏な日々が続いた。
しかし、一週間ほど過ぎた頃から、彼女に頻繁に呼び出されるようになる。
『フィオナ様のことメイドに少し調べさせてたの。お母さまは平民で、ローレンス男爵の妾だったそうね。そんな方がこの学園に入学できるなんて驚いちゃったわ』
『フィオナ様、この学園にも王子という肩書に憧れてアデル様に懸想している女生徒は多いのよ。大半は到底釣り合う身分でもないというのに。笑っちゃうわよね? まさか、あなたはそんな人たちと一緒じゃないわよね?』
リディア様は私を人気のない場所に呼び出しては、毎回嫌味を言った。
私が少しでも反論しようものなら、馬鹿にしたような目で「平民上がりって礼儀がなっていないのね」と笑う。
そのうち、嫌味だけでなく嫌がらせまで加わるようになった。制服を隠されたり、彼女の取り巻きに突き飛ばされたり。
アデルバート様と時折話すことは、ここまで責められるほどいけないことなのだろうか。
リディア様はこの国の貴族たちの中でも最高峰の家柄である、クロフォード公爵家のご令嬢だ。そんな彼女に疑いと敵意を向けられて過ごすのは大分精神にきた。
一度など疲労で倒れかけてしまったが、それをよりにもよってアデルバート様に見られてしまったことがある。
倒れかけた私を親切なアデルバート様は腕で支えてくれたが、私はその様子を誰かに見られてリディア様に報告されるのではないかと気が気ではなかった。
疲労は日に日に溜まっていく。
「リディア様、私、本当にアデルバート様とはやましい関係なんかではありません。……けれど、リディア様にそこまでご不快な思いをさせてしまったのなら、今後は一切関わらないようにします」
度重なる嫌がらせに耐えかねて、私はついにそう言った。リディア様に屈服するようで嫌だったが、もう彼女には関わりたくなかった。
「一切関わらないと本当に約束してくれる?」
リディア様はまだ疑わしそうにこちらを見ている。ため息を吐きたくなるのをこらえながらうなずいた。
「破ったらどうなるか、覚えておいてね」
リディア様は優しげな笑みを浮かべてそう言うと、背を向けて去って行った。どっと疲れが押し寄せる。けれど、これでもう大丈夫なはずだ。
それからは、リディア様に言った通りにアデルバート様と会うのを避けて過ごすようにした。
といっても、前からそれほど関りがあったわけではないのだけれど。
アデルバート様とすれ違いそうな道は避け、それでも偶然見かけてしまったら、逃げるように元来た道を引き返した。アデルバート様にはおかしな奴だと思われただろう。
そんな風に避けていたというのに、アデルバート様はある時逃げようとする私の腕を掴んで引き止めた。
「フィオナ、君、大丈夫なのか? 顔色が悪いぞ。最近元気がないし……。何か悩みでもあるのか?」
悩みならあります。
今目の前にいるあなたと、あなたの婚約者様のことで悩んでいます。
ついそんな意地悪な言葉を返したくなった。アデルバート様は心配して声をかけてくれたというのに。
「いえ、大丈夫です。ちょっとテスト勉強で疲れているのかもしれません」
そう言って立ち去ろうとするが、アデルバート様は手を離してくれない。
「フィオナ、悩みがあるなら生徒会室に来ないか? 今の時間なら人もいないから、話を聞かれることもない」
「え、いえ、本当に大丈夫ですから……」
私は慌てて首を横に振る。生徒会室で二人きりになんてなったら、後からリディア様にどんな嫌がらせをされるかわかったものではない。
「頼む。確認したいことがあるんだ」
アデルバート様は私の手を離し、真剣な顔でそう言う。頭まで下げられて、私はすっかり狼狽してしまった。
「わ、わかりました。少しだけ……」
周りで誰か聞いている人がいないのを確認してから、仕方なく了承した。