犬型ゾンビ...
「ねえ…直哉君…、さっきの話…本気…」
「うん…、2人には悪いけど…全力で校舎から外へ逃げてほしい。俺の行動はどう考えても危険でしかない。2人を巻き込むつもりは無いから…、どうか生き延びて」
直哉は、2人に逃げるよう伝え、自身は校舎の中へ急いで走る。
周りには数体のゾンビが居たが、3人にはまだ気づいていない。
「ちょ…、逃げろって言われても…。こんな状況からどうやって逃げればいいって言うの…」
「野島さん! 直哉君の所へ私達も行きましょう! 私達だけで逃げても…、すぐ食べられちゃいます! 」
花崎は直哉の後を追い、校舎の中に走って行く。
「は、花崎さん! ちょっと…待って…」
野島の足は全く動かない。
足はがくがくと震え…、地面に浮いているような感覚さえする…。
その為、全く体は安定せず、一歩足を踏み出す行動さえとれない。
「う…動かないと。このままだと、私が食べられる…。…他の生徒みたいな…動く屍になってしまう…」
野島は懸命に足を出そうと試みるが、気持ちに反して体は全く思い通りに動かない…。
上履きと地面に数センチの隙間も開けられず…、焦る気持ちだけが前に出てしまった。
「うぅあぁう……」
一体のゾンビが野島に気づいたらしく、少しずつ近寄ってくる。
眼に光りは無く…、焦点は全く合っていない…。
白目は充血し…既に真っ赤に染まっている…。
グリングリンと黒目を動かし…、状況を確認しているのか…、野島の存在を確認しているのかは分からない。
「嘘…、どうしよう…、あのゾンビ絶対に私を…狙ってる…」
野島の足は全く動かない、死がそこまで迫っているにも拘らず、自らの足で…逃げられないのだ…。
「どうして動かないの…。私ってこんなに弱かったかな…。1人じゃ何もできないダメな女じゃん…」
「うあぁあぅあうあがあぁ…」
野島を狙うゾンビは、しだいに姿勢を低くしていき、4足歩行をおこない始めた。
それに伴い、人型だった体は変化し初め、犬のような姿となっていく…。
体がグズグズと音を立てながら変化し、骨格そのものが変わってしまった。
見かけはドーベルマン…、すらっとした長居足と体を持っているが…、腐った肉体は変わりない。
相変わらず焦点の合わない眼を回し、よろよろと動き初める。
「お願い…こっちに…こないで…」
野島は息をひそめ…何とか音を立てないよう試みるも…、既にゾンビは野島の一直線上にいる。
犬型のゾンビは、動かしていた眼を止め…、そして、全力で走り始めた。
「グアァアア!」
「何で…、4足歩行なの…。犬みたいに口が前に出てるし…。しかも絶対に人の動きじゃない…。ゾンビって体が変化するものなの…。ハハ…何でこんな状況で私…、冷静に分析してるんだろ…。弓くらい構えたらいいのに…。」
野島の左手には、自身が使っていた弓を強く握りしめている。
それにも拘らず、左手は前に出ない。
まず腕を上にあげる動作すら、おこなえない…。
「矢筒から矢を引き抜かないと…」
そう思えば思うほど、肩に掛けている矢筒はズルズルと垂れ下がり地面へ落としてしまった。
矢筒は落ちた反動で転がり、野島の足もとから離れていく…。
「う…、何してるの…わたし…」
通常のドーベルマンより格段に速い犬型ゾンビが、野島の首元へ噛みつこうと大口を開け跳躍した。
「グアアアアア!!」
「うう…」
『人は…死の直前、自身に死が訪れているという現実を忘れる為、思考を止める』
『思考が止まれば、体は動かない』
『誰かの思考が止まっている時…、それを助ける行動が出来るのは、思考の止まっていない人』
「野島! しゃがめ!」
「!!」
聞き覚えのある、その声に反応して頭で考えるより先に野島の体は動いた。
理由は分からないが、野島はしゃがめたのだ…。
「グアァァ! ッツ! 」
野島の頭上を飛び越えた犬型ゾンビは、空中を浮遊している。
犬型ゾンビは丁度野島の立っていた身長とほぼ同じ高さを浮遊し、驚きも、焦りもない、ただ食い殺したいという欲望に満ちた表情をしている。
重力によって地面に着地する際には、走っていた速度のまま地面を滑り、犬型ゾンビは動かなくなった。
野島は犬型ゾンビに目をやると、眉間に矢が刺さっていのだ…。
こんな芸当をおこなえるのは、知り合いの中でたったの1人しか野島は知らなかった。
「直哉君、どうして…」
野島に走り寄ってきたのは、先ほど校舎に向っていったばかりの直哉だった。
「ごめん。野島さんは恐怖を感じたら動けなくなる体質なの…、すっかり忘れてた。後ろから花崎さんだけ追いかけてきたから、おかしいと思ったんだ…無事でよかった」
直哉はしゃがみ込み、野島を抱きしめた。
恐怖で引きつった野島の顔を少しでも、和らげたかったのだ。
「う…うう…、ごわがっだ…」
「ご、ごめん。野島さん、流石にこの状況で1人は怖いよね。さ! 早く立って」
「う…うん…」
直哉は、野島の手を取り、引き上げる。
「直哉君! 早くしないと。ゾンビたちが!」
校舎側から、花崎が直哉に声を掛けた。
「分かってる。でも…、僕だけじゃ…皆を逃がすには…もう間に合わない…。お願いだ2人とも。一緒にゾンビを食い止めてほしい」
「勿論です! だって、直哉君がいないと私達、すぐ死んじゃいますから!」
「花崎さん…そんなにハッキリ言わなくても…」
「何言っているんですか! 野島さんは、今、直哉君に助けてもらったばかりですよ。私もさっきゾンビに食べられそうなところを助けてもらいました! ゾンビの頭に矢が刺さるの、何かゲームみたいで凄く面白いですよ!」
「花崎さん…助けられた経験は、あんまり自慢できることじゃないからね…。それに…、今起こっているのは…ゲームじゃないから…」
「無駄話をしている時間は無い。今から急いでゾンビ達の足止めをしないといけないんだ」
「分かってますよ。それで、私達はどこに向うんですか?」
「とりあえず、皆が逃げられる時間を稼ぐには、逃げ道の確保が必須だと思う。水島は、2階の非常階段から皆を避難させるはずだ。皆を逃がすために塞がないといけないのが2階に繋がっている階段2つ。それと非常階段の出口…。ここを防がれたら誰も逃げられない。誰かが、非常階段の出口を守らないといけないけど、外だから一番危険だ…」
「つまり、結局3人バラバラになるんですか!」
「そうなる…でも、皆が逃げるためには、3人分かれた方が良い…。矢も無限じゃない。無駄打ちは出来ないし、矢を外したら…とんでもなく危険だ。それでもやらないといけない…。勿論僕が非常階段の出口を守る」
「私達で階段ですね…。分かりました。やって見せます!」
「花崎さん…、よく『やって見せます』なんて口に出せるね…。私…自信ないよ」
「野島さんなら大丈夫ですよ。女子の中で弓道一番上手いじゃないですか! 私だって野島さんに、一から教えてもらったんですから」
「野島さん、大丈夫。危ないと思ったら、すぐ引き返せばいい…。自分の命が優先だと思う。誰も攻めたりしないさ」
「でも…」
「でもは、無し。さあ、行こう…皆を救えるのは…俺達しかいない」
直哉は、野島の手を引き、廊下を走る。
――まだ、ゾンビ達はそれほど校舎の中に入ってきてない。入口が閉まっているおかげか…。でも…突き破られるのも時間の問題だな。
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