愛の力って信じますか?
俺達は一目散に弓道場内に駆け込んだ。
足がもつれそうになるのを何とか踏ん張って耐える。
――アッぶない…コケる所だった…。ここでこけたらダサすぎるというか、そんな死に方したくない…。
急いで扉を閉ざした後、鍵まで閉める。
――万が一、扉に体当たりでもされたらきっと破壊される。そうなったら逃げ場の無い俺たちは終わってしまう…。
とにかく体で扉を思いっきり抑え、ゾンビの攻撃に備えていたが…。
未だに攻撃してこない。
――多分見つかってから1…2分経ったはずだ。あいつらの足なら余裕でここまでたどり着けるはず…。どうして攻撃してこない…。
俺は外の状況が気になったがここからでは外の状況を確認することが出来ない…。
静かに耳を扉に当て、意識を集中させる。
「う…うぅうう‥‥あ‥‥あ…あぁぁあ」
――いる…今…俺の扉1枚向こう側に…あのゾンビどもが…。
一気に体から冷や汗が吹き出し、1つ扉の向こうに死があることを肌で感じる…。
口元を抑え…何とか冷静になろうとするも…。
鼓動が早まってそれ所では無い…。
「兄さん…」
「『直哉、お前って緊張しないタイプだろ?』」
「え?…まぁ、そんなに緊張はしないけど。なんで、そんな事を聞くの?」
「『緊張しないタイプって言うのは、いざ緊張すると一気に頭が馬鹿になるからな。その時の対処法を教えておこうと思って』」
「いや、俺別に緊張なんてしないから良いよ。この前の大会だって全然緊張しなかったし」
「『良いから聞いとけ。人ってのは、緊張したり、訳が分からない状況に陥ると一気に頭が馬鹿になる時があるんだよ。地震があった時や、津波なんかが起こった時とかな。そんな時に体は言う事を聞かなくなる。そうなると人は死ぬ。それを回避できる方法を教えてやるって言ってんだから大人しく聞いとけって。お前だって死にたくないだろ』」
「そりゃ…まぁ、死にたくはないけど。そんなこと滅多に起こらないだろ。10年くらい大きな地震起こってないじゃん。それに俺はちゃんと避難訓練やってるし。防災訓練もちゃんとやってる。どんな物事にもちゃんと対策を打ってあるんだから緊張しないって」
「『馬鹿だな~お前…、訓練と本番は違うんだぞ。お前はどれだけイメージできる?本当の災害を…』」
「え…いや。映像でしか見たことないから分からないけど…」
「『それじゃあ、ビルをも超える大津波が来たとき、お前ならどうする?』」
「え…いや死ぬじゃん。そんなの…どう考えたって。大津波が目で見えてる時点でアウトだよ」
「『ああ、死ぬ…確実にな。だが、どうしてこの状況になったか分かるか?』」
「え…それは…逃げなかったから…?」
「『そう、逃げなかったんだ。津波が発生する原因は地震だ。ビルほどの大津波が発生するのであれば相当な地震だったはずだ。その時津波が来ると分かって居れば逃げていたかもしれない、冷静でいることが出来ていれば、この場から離れなければいけないと脳が判断してくれただろう。しかし、その場に居た人間の状態は頭が馬鹿になっていた。だから死ぬんだ』」
「それで…いったい何が居いたいの。俺今から朝練なんだけど…」
「『4回で息を吸って、4回で息を吐く。それを繰り返せば冷静さを取り戻せる。とりあえず息を吸え、まずはそこからだ。人は酸素が無いと脳が働かないからな。パニックになったらとりあえず4回で息を吸って、4回で息を吐くを繰り返せ。そうすれば頭が馬鹿になることは無い。もし弓道の試合で緊張した時は試してみろよ。案外上手くいくかも知れないからな』」
「すぅすぅすぅすぅ…はぁはぁはぁはぁ…」
――まさか…こんな所で…兄さんの無駄話が役に立つなんて…。
「直哉君…どうしよう…」
「さ…さっきのが…今そこに居るんですか…」
「落ち着いて…2人とも…、怖いのは分かる。俺も怖い…。それに、野島さん…さっきはありがとう、あのまま行ってたら俺は食べられてたっぽい…」
「集中しすぎるのは直哉君の悪い癖だから…」
暗くて表情が見えないが…怒っているのだろうか…。
「とりあえず…外に居るゾンビがここから離れるのを待ってみよう…。もしかしたらすぐにこの場から離れていくかも知れない…」
「わ…分かった…」
「はい…」
僕は耳を澄ませながら外の状況を想像してみる…。
『くちゃ、ぐちゃ、ゴリゴリ…』
――足音は聞こえないが…何かを食べている音がする…。そこに何か食べ物でもあったか…。いや…俺たち以外の生きた人間は居なかったはず…、それじゃあもしかしたら、さっきの野球部でも食べてるのか…。クソ!外が全く見えないのが痛いな…。
スマホで時間を確認する。
――6時50分…。後10分で7時か…本当なら家帰って兄さんの大学準備課題を手伝ってたんだけどな…。あ…そうだ7時にラインしておかないと…。生きて会えるか分からないし…。
「2人とも、家族にライン送った?」
僕は少しでも緊張をほぐすために、2人に話かける…、そうしないと僕の方が滅入ってしまいそうになっていたからだ。
「私は…もう何回も送った…全然既読が付かいけど…。お姉ちゃんもお母さんも…誰も見てくれない」
「じゃあ…俺に見せてよ。そうすれば野島さんの怖い思いが少しでも和らぎそうだし。何なら俺のを見る、兄さんの訳分け分からない長文が送り付けられているライン」
「い、いいよ。別に…もうスマホの充電も無いんだし…。そんな余裕ないよ」
「まぁ…そうだね…。じゃあ、2人には好きな子は居ないの?」
「な!」
「へ!」
いきなり何を言い出すんだといった顔をしているのだろう…。
でも…俺は知っている…。
好きな人に会いたいという気持ち、愛とよべる気持ちを表に出す人は映画で良く死ぬ。大抵死ぬ。兄さんは何時もそれを見て怒っていた…。
「『だ~!何でそこで死ぬんだよ!お前はそこで生き残らないとダメだろ!メアリーはどうする!!』」
「兄さん…ここ映画館だよ…。皆引いちゃってるよ…」
「『うるせえ!ダリアン!お前は生き残らなければ成らない人間なんだ!!生き返れ、メアリーの為に生き返れバカ野郎!!』」
「だから…ここは映画館なんだって…この映画はフィクションなの…ねえ?分かる」
「『知っとるわ!だがな!愛の力がこんな簡単に終わる訳ないだろ!!例え仲間を裏切ったとしても生き残ろうとするのが本当の愛じゃないのか!生き残らなかったら、愛も何も伝える事は出来ないだろうが!』」
「ちょ…ガチ泣きはやめてよ…兄さんモテないからって…」
「『今それ関係ないだろおい…』」
その後調べてみたら本当に戦争で生き残った人たちは愛の力で生き残れたと証言する人が多い事を知った…。
――愛の力…なんかフィクションみたいだけど…。試してみる価値は有るかもしれない…。
「そ…そんなこと、今ここで…いったい何考えてるの…」
「そうですよ…そんなこと言って…どうにもならないじゃないですか…」
「俺…好きな人が居るんだ…今その人にめちゃくちゃ会いたい…」
――本心だ…特に嘘を付く必要もない…。
「え…直哉君…好きな人居たんだ…」
「え…誰なんですか!私スッゴク気になります!学校で1番人気の直哉君の好きな人!」
「はは…、恥ずかしいな…俺なんて普通だよ…。ただ、その人は年上の女性なんだ。丁度去年高校を卒業しちゃったんだけど…頭が良くて、運動が出来て、誰にでも優しくて、貧乏だけど凄い頑張ってるところとか…」
「あ!分かりました!私、その感じだと…桜先輩ですね!きゃ~!」
「へへ…。当たり…」
「直哉君…桜先輩の事好きだったんだ…と言うか今も好きなのか…」
「さ、俺は言った。2人の好きな人を聞かせてよ。これも生き残る為に必要な事なんだ」
午後6時59分30秒……。
「え~どうしよう。私、好きな人なんて…居ないしな~」
「花崎さん…あんまり大きな声を出すとゾンビにバレるから…」
「えっと…私の好きな人は…」
午後7時00分……。
『カンカンカンカンカン!!!』
「な!どでかい音…いったい誰が。音が鳴った方向的に…新体育館の方か!でもあんな大きな音を出したら…ゾンビが…!」
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