汗と泥に塗れた青春の勲章『ユニフォーム』
2人は俺の手を取り、生まれたての小鹿よりも足を震わせながら何とか立ち上がる。
「俺みたいに油断してたら危険だ…。今、実感したよ…この学校にはもう安全な場所は無い…。急ごう…このまま行くと真っ暗になる。真っ暗になったらそれこそ終わりだ」
「分かった…」
「はい…」
俺達は先ほどの事が有ってからさらに慎重に行動するようになった。
しかし…慎重になればなるほど時間がドンドンと過ぎていく。
既に6時前…電気が無いと大分暗い…。
窓の外を覗いても、明かりがついている場所は1つもない…街灯すらついていないのだ。
「もうすぐだ…もうすぐ弓道場に付くぞ…。周りにゾンビはいない…さっきの大声でここら辺のゾンビは新体育館側に移動したみたいだ…」
現在の位置は校舎1階廊下の最も奥、この先に出ると、外だ…。
新体育館と旧体育館、柔道場、弓道場までの道が枝分かれしている地点でもある。
新体育館から少し移動した所に各部活の部室が設置されているのだが…。
俺達弓道部の部室は、弓道場に隣接されている。
「さすがにあの数が襲ってきたら私達逃げきれないよ…」
野島さんは新体育館に群がる大量のゾンビを見て再度腰を抜かしてしまったみたいだ。
「大丈夫…。あのゾンビたちは新体育館の方に集中しているから…こっちから近づいたり音を出したりしなければ気づかれないはずだ…。それに俺たちの向う弓道場はすぐそこにある…。俺が先に行くから…その後についてくるんだ。ゆっくりでいい、声を出さないで静かに歩いて来るだけで良いから…」
俺は外に出るドアノブを握り…ひねる。
少しの音も鳴らしてくないので、在り得ないくらいゆっくりと回す。
ドアノブが180度回転した所で…ゆっくりとドアを押し込む…。
ドアを限界まで押し込むと、ドアはそのまま停止した。
一歩足を踏み出し、音が成らないように注意する。
更に一歩前に踏み出す…一歩一歩着実に前へ進む。
――ゆっくりと歩く…足音でも気づかれる可能性があるかもしれないんだ…。もしそうだとしたら、少しの音も出せない。
『ジャリ…』
――しまった…少し音が…。
だが、此方に反応するゾンビはいない…。
――これくらいの音であれば反応しないのか…。距離のお陰かもしれないが、それなら…少し駆け足でも問題ない…。
『ジャリ…ジャリ…ジャリ…ジャリ…』
直哉の思った通り此方に反応するゾンビは1体もいなかった。
新体育館が壁に遮られ此方が見えなくなる所まで移動した。
俺は2人に手信号を送る。
コクリと頷いた2人は野島さんから少し早足で駆けてくる…。
泣きそうな顔をしながら、勇気を振り絞りこちらに向ってくる。
2人とも無事壁際まで移動することが出来た。
「よし…あとは弓道場まで走ろう…」
もう目の前には弓道場の入り口が見えている。
周りを見渡しながら全力で走る。
――ここからはグラウンドが見えるな…注意しないと…。
花崎さんがカギを手にしており、弓道場のカギを開ける。
俺が周りを確認しながら静かに弓道場の扉を開けると…、中は真っ暗だ…。
光が届きにくい部分は既に何も見えない。
午後6時10分…。
「2人とも…弓道場には鍵が掛かっていたから、この中にゾンビはいないと思う…。花崎さんがカギを持っていたから、他の人は入れないはずだ。でも油断は禁物だから、出来るだけ周りを警戒しながら物色しよう。これだけ暗いと俺にはもう自分の弓がある所しか分からない…。必要な物の物色は2人に任せる。俺は万が一ゾンビが現れた時に対処できるようにしておくよ」
「わ…分かった。任せて…。花崎さん、私が弓と弦を集めるから、矢と弓掛をお願い」
「分かりました、が…頑張ります…」
俺達は弓道場に入った瞬間から行動を開始した。
弓道場に入ってすぐ、俺は自分の弓道セットが置いてある場所まで走る。
「道着は必要ない…弓と矢…矢筒…弦が切れた時の予備…弓掛…矢筒に入れられるだけ矢を入れて…羽が痛むけど回転さえすればそれでいい」
矢筒に矢を20本ほど詰めこみ、すぐさま必要な物を持って入口まで走る。
「弓道場の入り口はここだけ…。この入り口を死守すれば教室まで逃げられる…」
俺が入口に到着した時…。
何故か分からないが、数100ⅿ先のグラウンドに居た1体のゾンビがこちらに気が付いた…。
――マジか…結構、離れてたのにどうしてバレた…野球部だから目が良かったのか…。どちらにしてもこっちに向ってきてる。俺がどうにかしないと…。
ゾンビは全速力でこちらに向って走ってくる…。
服装からして野球部、既に100mほど走っているだろうが、全くスピードが落ちない…。
走り方は野球部そのものだ…しかしその顔は既に人ではない…化け物だ。
目も鼻も口も…原形を留めていない…ただその走りだけは人の走り方と同じ…野球部のベースを狙う走り方そのモノ…
スピードは落ちる所かさらに上がり、数10秒後には弓道場に到着するだろう。
――俺が、確実に点中させられる距離は約20m…。だけど、矢羽が折れている事を考えると…もっと近づかせないとだめだ…。放てるのは1回…これだけ近づかれてたら2回目を引く余裕なんてあるわけない…。確実に脳天を撃ち抜かないと…俺と後ろの2人が確実に死ぬ。
心を殺し…息を殺し…ただその一瞬だけに集中する。
部活の練習とも違う、大会とも違う、何もかもが違う状況でいつもと変わらない集中力を発揮することがどれだけ難しいか。
しかし…直哉にはそれが出来た。
いつものように、左手で弓を持ち上げる。
右手で矢を持ちながら、そっと左手の人差し指に掛ける。
スーと息を吐き…周りの雑音をかき消した。
吐き切った瞬間から、息を吸い弧を引き始める。
最大の所まで引き終わったら、呼吸を止めた。
この時…既にゾンビは20m付近にまで接近していた。
――足を地面に付ける度…頭が揺れる…これじゃあ、上手く当てられない。近づかせるんだ…出来るだけ近づけさせてから放て…。もっと、もっと近づかせろ…もっと…もっと…もっと!
「直哉君!!」
「!!!」
ゾンビまでの距離2m…自分の名前を呼ばれた瞬間に放たれた矢はゾンビの脳天を貫通し数m先の地面に突き刺さった。
ゾンビは脳天を撃ち抜かれた瞬間に全身の力を失い、猛スピードで走って来た勢いのまま地面を転がっていく。
勢いが収まらず、そのまま弓道場の壁へ衝突した。
腐った血痕が飛び散り、見るも無残な姿に…。
汗と泥にまみれた青春の勲章であるユニフォームはゾンビの腐った血によって汚されてしまった。
「バカ!!どれだけ集中してるの!あんなに近づけなくても当てれるでしょうが!」
「野島さん…しー、静かに…。って…マジか…」
ゾンビが弓道場に衝突した衝撃音で引き寄せたのか…それとも野島さんの怒号に引き寄せられたのか、分からないが、此方に気が付いた数体のゾンビが勢いよく弓道場に向ってきていた。
「これはダメだ…2人とも!早く弓道場の中に!」
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