救出(2)
――机に社員ロッカー、そうか…ここに桜さんたちが居るんだな。
そこに、よく出来たバリケードが作られていた。
ゾンビの進行を妨げようと言った意思が感じられる。
「――桜さん…僕です…樹です。いたら返事をしてくれますか…」
聞こえるか聞こえないかと言うほどの小声で僕は桜さんたちが居るか確認する。
暗い部屋から、口を覆い何とか声を漏らさないようにしているのか…鼻をすする音が聞こえる。
奥から一瞬光が見えた、多分スマートフォンの明かりだろう。
「――桜さん…いるんですね…入りますよ…」
僕はヘッドライトの明かりをつけ、バリケードの隙間を縫って部屋に入る。
「ドわ…」
僕はいきなり何かに押し倒された。
――しまった…まさかここにゾンビが…
そう思い何とかライトを押し倒してきたものに当てると…。
「な…なんだ、桜さんですか…驚きましたよ」
ライトの明かりでは暗くてよく分からないが…綺麗な桜さんの顔はブルドックのようにぐちゃぐちゃになりながら涙を流している…一瞬笑ってしまいそうになるのを何とかこらえた。
「う…う…樹君…ホントに来てくれた……私…私…どうしたら良いか分からなくって…お父さんと母さんに連絡しても全然つながらないし…南も、なっちゃんも全然ラインの既読が付かないの…どんなにラインを送っても…誰も既読が付かないの…」
「桜さん…落ち着いてください…はっきり言います。今は時間がありません…あと15分ほどでスーパーの中から大きな音が鳴ります。この音と一緒に僕たちはスーパーの外へと逃げ出しますので、今は体力を温存してください…」
僕は桜さんの口を手で封じ、泣く体力すらも温存してもらいたかった。
「ご…ごめんなさん…」
「それで…桜さん、親子というのは…」
「あ…樹君…こっちに…」
桜さんが先導し、僕はその後ろをついていく…
――それほど広い部屋ではないはずだけど、壁が分からないと結構広く感じてしまうな…
壁の隅で丸く固まっている親子の姿を見つけた。
「えっと…この方が、中村由香さん…こっちの女の子が…中村さんのお子さんで中野咲ちゃん…2人とも地震があった後に私の近くにいた2人なんだけど…まさかこんな事態になるなんて…」
由香さんの方は咲ちゃんをしっかりと抱きかかえ、何とてでも守る!と言った感情がひしひしと伝わってくる。
しかし…咲ちゃんの方はまだよく分かっていないのか…それとも、怖すぎて恐怖の先に行ってしまったのか…そんな表情だ。
「初めまして…樹智也と言います…桜さんとは高校の同級生でして…救出に来ました…えっと…自衛隊とか、そう言う特殊部隊じゃなくてすみません…」
由香さんはこくりと首を動かし…唇が震えている所を見ると…相当恐怖に支配されていることが分かる。
「立てますか…ここから脱出します…ここに居ても助かる可能背はほぼ0です。断言できます…」
由香さんは少し口を動かし…
「あ…あの…ここに居ても…ホントに助からないんでしょうか…まだバレていないのであれば…ここで身を隠し続けると言った方法も…」
「無駄です…今やネットの状態を見ればわかりますが、全くと言っていいほど動いていません…これが日本だけなのか…それとも世界全体で起こっているのか…まだ分かりませんが。地震が発生してから約2日以上経っています。それにも拘らず、自衛隊や各省庁の動き警察…消防…ここまで来るときに確認しましたが…」
グチャグチャに潰れたパトカー、壁に突っ込んでいる消防車、火を噴く救急車…など名だたる働く車が街の残骸と化している光景を思い出す。
「…体力のあるうちに判断しなければ…確実に間違った判断をしてしまいます。今は脱出するのが既知です…」
「で…ですが…中には多くの…し…死人が…」
「はい…確かに…でも、僕はここまで来ることが出来ました…つまり、ここから外に出ることも可能です」
「そ…そんな…無茶苦茶な…もし…襲われて殺されたら…どう責任取ってくれるんですか…」
僕は無の表情で…
「責任は取りません…こんな世の中になったら法律はもう機能しない…実際は法律に従わなければなりませんが。そんな事をしていたら則…死にます。僕も…ここには自己判断で来ました…正直…迷いました。例え桜さんが居るとしても…そんな危険を犯せば僕の死ぬ確率は高くなる…でも、僕はここに居ます。理由はよく分かりません…映画の主人公でもない僕が、僕の命を危険にさらしてまでここに来たんです…ですから、僕は由香さんに強要はしません…桜さんだけ来ると言うなら、僕はそれに従いますし、それに合った作戦を考えます…あとは由香さんの判断に任せます。もう10分しかないので5分で考えてください…」
――酷なことかもしれないが…今はそう言う状況だ…偽善だけじゃどうすることもできない。一番大切なのは自分の命なのだから…
5分間…沈黙の時間が流れる…
――僕にとっては短い5分だったが…由香さんにとってはさぞかし長い5分だっただろう、いや…人生最後の決断かもしれないんだ一瞬だったかもしれない。
「由香さん…決まりましたか…」
僕がそう聞くと、大きく頷き
「私たちも…一緒に行きます…」
賢明な判断をしたようだ…でも、人数が増えれば増えるだけ…見つかる可能性も上がる、そのことを考慮しておかなければ…
「では…作戦を伝えます。残り5分しかないので一度しか言いません、よく聞いておいてください」
2人は頷く。咲ちゃんはよく分かってない様子だ。
「まず…スマートフォンのアラーム機能がスーパーの右壁側で音が鳴ります…音量は最大にしてきたので、音に敏感なゾンビたちは必ずアラームに引き寄せられるはずです。その後…アルコールに火を付け、火の壁を作ります…これは上手くいくか分かりませんが…しかし、火を怖がることは確認済みですので効果は期待できると思います。奴らが右側面に集中している時…一気に左側面を走り切って外に脱出する…これが僕の作戦です」
「樹君…ホントにこれで…上手くいくのかな…」
「分かりません…ですが、ただ無鉄砲に突っ込むよりかは確実に脱出できる確率は上がると思います」
「走るって…咲が居ますし…」
「走ると言っても、駆け足程度です。万が一、音に反応しないゾンビが居た場合、対処しなければならないので、冷静かつ迅速な行動…と言ったことが求められます。なので、僕が先頭…次に咲ちゃん、由香さん…最後に桜さんの順で外まで向かいたいと思います」
「え…でも、このスーパーの地形をよく分かってる私の方が先頭に行ったほうがいいんじゃないの?」
「確かにそれも考えましたが…先頭は真っ先にゾンビと対面する可能性があります。そんな危険を桜さんには負わせられません…桜さんは後ろから、周りの確認をお願いします…」
「そ…そう…分かったわ…」
残り3分…
「では…この部屋から出ましょう…僕が先に出ますので次に咲ちゃん、由香さんの順で出てきてください…ライトを2回光らせるのでそれが出てきてもいい合図です…」
僕は入ってきた隙間にもぐりこみ…部屋の外にでる。
――大丈夫…ゾンビは居ない…
ライトを2回光らせる。
「よし…咲ちゃん、ゆっくり出てくるんだ…」
咲ちゃん、由香さん、桜さんともに部屋から出ることが出来た。
「では…行きます…」
残り1分…
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