第6話:一肌脱いじゃいました(天然)
教室に戻ると、逃げ出していた生徒達の姿こそあれど、可梨菜ともう一人の女子生徒の姿はどこにも見当たらなかった。
教室も荒らされている形跡もなく、穏やかな時間がただ静かに流れていた。
「あ、雷志君戻ってきたんだね!」
「まぁ、な。あの二人は?」
「多分屋上かな。喧嘩する時はいっつも屋上で激しく殴り合ってるんだ、あの二人」
「本当に女子ってさぁ、す~ぐ暴力っていうか、力でなんでも示そうってするよねぇ」
女子に対する愚痴を吐露して盛り上がる男子陣に出迎えられながら、雷志は残り少ない昼休みをすごした。
やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く、と同時に教室にぼろぼろになった女子生徒が戻ってくる。
貴津祢可梨菜だ。制服の損傷具合から察するに、さぞ派手にやりあったのであろう、がそれよりも雷志は別の要因に目のやり場を困らせていた。
(なんつー恰好で校内を歩き回ってるんだこの娘は!)
肌の露出がとても多い。もはや服としての機能はほとんどなくて、ぼろ布をただ肌に纏わせているだけも同じ。
赤く変色している肌よりも、少しでも動けば意識せずとも見えてしまう。何が見えるかというと、要するにおっぱいだ。形もよく、それなりに大きい。
とにもかくにも、女性が半裸な恰好で授業を受けるなぞ聞いたこともないし、見たこともない雷志は慌てて自身が羽織っていたブレザーを脱いだ。
半裸のまま授業を受けさせるのはあまりにもかわいそうだと、そんな厚意から自ら率先して行動で示さんとした彼へと送られる眼差しは称賛ではなく、一様にして怪訝な視線だった。
いきなり何をするんだこいつは、とそんな声さえも今にも上がりそうな、この異様な空気に雷志は眉をしかめる。
可梨菜でさえも、大きく目を見開いて唖然としているものだから、ますます雷志の思考を埋め尽くす疑問は増大していく。
(な、なんだ? 突然どうしたっていうんだ……?)
訳がわからない雷志は、戸惑いながらもブレザーを可梨菜へと手渡す。
「と、とりあえずこれでも着てくれ。流石にその格好で授業を受けられるのは俺が困る……」
「…………」
「ん? おいどうした?」
「ななな、いきなり何やってるのさ雷志君!」
「え?」
「ほら早く隠してって!」
男子陣から責め立てられるように促されるも、何をどうすればよいのかが理解していない雷志は、眉間のシワを強くするのみ。
一方で女子陣は、皆息遣いがとても荒々しい。
あちこちからごくり、と生唾を飲み込む音がするというのもそうお目に掛かれるものではないが、不気味にしか感じられない。
いよいよをもって、雷志は教室の空気に恐怖を憶え始めてきた。
女子からは飢えた狼のような鋭い眼光をねっとりと浴びせられて、男子からは早くしろと急かされるばかり。
「お、おいいったいなんなんだよさっきから……!」
「当たり前じゃないか! そ、そんな恰好をするなんて破廉恥だよ!」
「そうだよ! その、見えてるってば!」
「見えてる?」
そこまで言われて、雷志ははたと己に視線を落とした。
ブレザーの下に着用していた白いワイシャツが映って、あぁそういうことか、とようやく周囲の反応を雷志は理解した。
ワイシャツがうっすらと透けている。
生徒達が見ているのはワイシャツの更に下、雷志の素肌だった。
彼の元の価値観に当てはめれば、女性が素肌を公の場で露出しているのも同じことで、異性やエロに関しては男性よりもずっと好奇心も渇望もある彼女らを刺激するには十分すぎるほどの行為をしている――たかが上半身を見られたぐらいで何を大袈裟な……、まだこの世界に馴染んでないが故にそう口走りそうになった己を雷志は慌てて制した。
辛うじて言葉を喉の奥に留められて、雷志は安堵の息を一人もらす。
深く根付いている常識を基準にして先の発言をしようものなら、その瞬間祓御雷志の評価は尻軽男、露出強、などと思いつく限りの異名を自分で想像しては不名誉の極まりなさに雷志は頬をひくりと釣り上げる。
(そうなったら、確実に襲われるな……)
同人誌などでよく目にする、そうしてほしかったんだろうと勘違いも甚だしい台詞を吐かれて心身共にぼろぼろになるまで蹂躙されるヒロイン的立場を望む男は、この世にはおるまい。
ましてや、男女比率が目に見えて狂っているこの世界だったら尚のことだ。
しかし、雷志にも譲れない部分はある。
「俺はいいから、お前はこれを着てろよ」
「あ、うん……本当にいいの? 返せって言ってもボク返さないからねいうんありがとう!」
「自己完結してるじゃねぇか……」
「って、そんなことより雷志くん早く隠して!」
「いいんだよ、別に。俺は気にしてないから、な?」
「き、気にしてないって……!」
「いいんだ。上ぐらい……他に比べたらまだ我慢できるからな」
「え……? そ、それって……」
「……悪い、この話はあんまししたくないんだ。だから詮索してもらえると助かる……」
時に嘘とは、そこにほんの少しの事実を混ぜ合わせることによってより信憑性が高まるらしい。
雷志は真実をあえて告げた。素直に嘘偽りなく告げてしまえば、自他共に尻軽男となってしまうので嘘を少々、より効果を飛躍させるために一芝居を雷志は打った。
瞬時ではあったものの、彼の行った一計は周囲の生徒達から同情を引かせて、女子でさえも憐れんでいる光景に雷志は思わずガッツポーズを取りそうになった。
(う~ん。我ながらなかなかいい演技ができたな)
将来は役者を目指してみるのも一興やもしれぬ。
我がことながら馬鹿な空想と一笑に伏したところで、雷志は教科書に視線を落とした。