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第3話:第二の人生スタート

(うっ……)



 教室に入った瞬間、出迎えられた数多の眼光に雷志は思わずたじろいでしまう。

 そこに敵意はない、から歓迎されているのはまず間違いない。

 しかし頬をほんのりと赤らめてにやついた顔を全員が浮かべていれば、不気味の一言に尽きる。

 やっぱり教室に入らず逃げておけばよかったと後悔する雷志の心情など知る由もない担任が、生徒達に向けて言葉を放つ――位置的に見えないのをいいことに、またしても尻をもみしだかれた雷志はいよいよ拳に訴えようかと、怒りを抑えるのに必死だった。



「誤った情報流すのやめてもらっていいですか? ……祓御雷志です。よろしくお願いします」



 ひくひくと頬が釣り上がり、自分でもぎこちないことこの上ないと実感しつつも、雷志は必死に愛想笑いを作ってみせた。

 どんなに過酷な環境でも、この世界に雷志の味方は一人もいないから、彼にはまず自身の味方を作ることから始めなくてはならない。

 その第一歩となるのがこの学園だ。

 幸いにも、男として存在する以上よほど彼が悪逆非道な人間でない限り見放されることはあるまい。

 これに基づくなら祓御雷志という人間は、自他共にお人好しな人間と部類される。

 困っている人がいるとどうも放っておけない、だからつい手を貸してはいつしか多くの者が雷志の元に集まるようになった。

 人には優しくするように……、両親の教えを雷志は愚直に守り続けている。例え異世界であろうとも、きっと――



(俺はお人好し、なんだろうなぁ……)



 自嘲気味に小さく笑うと、教室にどよめきが起きる。



「か、かわいい……」

「は?」



 誰かが言った、その言葉に雷志は豆鉄砲を食らった鳩のような顔で声がした方を見やった。

 それは燃え盛る紅蓮の炎――そうと連想させるほど色鮮やかな赤いポニーテールがとても目立つ少女だった。

 翡翠色の瞳は珍しさだけに留まらず、本物の宝石(エメラルド)がそこに宿しているかの如く美しく煌めいている。

 そして毛並みの良い耳と尻尾を生やしている――狐、だろうか。そんなイメージを、雷志はふと抱いた。

 とても個性的なその少女と目が合うと、ふいと目を逸らされる。



(嫌われた……って感じじゃなさそうだな)


 顔を背けられる刹那、彼女の頬がほんのりと赤らんでいるのを雷志は見逃さなかった。

 教師に指定された空席に向かう。

 なんの因果だろうか、件の少女の隣であることに運命……などとは一切思わず。単なる偶然としてあっさりと処理して雷志はどかっと腰を下ろした。



「次の授業は数学じゃん……」

「うげっ、数少ない男子教師だけど数学だけはどうもいただけないんよねぇ」



 ホームルームもそこそこに終えて、五分というわずかな猶予の間で一時間目の授業の準備に生徒達は取り掛かっている……別段、おかしいところはない。

 学校という場所ならどこでも見かけそうな場面に、雷志は関心の息をもらした。



「――、なるほど」

「ど、どうかしたの?」

(……へぇ)



 隣にいた赤いポニーテールの少女が話し掛けてきた。

 頬はやはり林檎のように赤らんでいて、目線が忙しなく泳いでいる。

 極度に緊張していることが(うかが)える挙措に雷志はほんの少しの興味を持った。

 というのも、このクラスに配属されている男子生徒は雷志だけではない。

 四名というとても少ないながらも、女子と一緒のクラスに編成されているのはただ単に共学だからだけではない。

 男子生徒の編入は、主に女子の成績で左右される。

 評価は単純にテストの成績に始まって、授業態度や人間性、などなど細かなところも評価対象とされていて、即ち男子生徒がいる教室はそれだけ優秀な生徒ばかりという意味もある。

 雷志が関心したのは、彼がここへやってくる以前からどの程度の友好関係が両者との間に築かれているかはさておくとしても、まったく交流がないわけではないはずである彼女がかわいらしく照れたからだった。

 自分から進んで話しかけてくる辺り、赤いポニーテールの少女は積極性があることがわかったところで――



「……改めて、俺は祓御雷志だ。そっちは?」



 無意識的に彼女の名前を尋ねていた。

 容姿もさることながら、女性ばかりが多いこの世界にて自らの価値観に当てはまる女性像を見せてくれた少女に雷志はほんの少しだけ興味を持った。



「ボ、ボクは可梨菜。貴津祢可梨菜だよ」

「可梨菜、か……まぁ、ぼちぼちよろしく頼むわ」

「こ、こっちこそ! そ、それじゃあ早速だけど――」

「はい、それじゃあ今日も元気よく授業を始めますよ~」



 可梨菜が何かを話し掛けようとしてきたところで、タイミングよく……もしくは悪くか、男性教師が教室へとやってきた。

 眼鏡をかけて優しい顔立ちは彼が温厚な人間と感じさせる。

 同性が極めて少ない環境下において、その優しい顔は雷志に心に安堵をもたらした。

 では逆に女子はきゃあきゃあと異様なぐらい喜んでいるかと思いきや、一様に表情(かお)を曇らせていて、予想とは真逆の反応に雷志はまたしても関心の息を静かにもらした。



(そういえば……さっき数学が苦手とかなんとか言ってたっけか)



 ふと隣を見やった可梨菜も、他の生徒と同様に苦虫を嚙み潰したような表情(かお)で教科書を開いている。

 例え男性教員であろうとも、自身が苦手とする授業の前では憂鬱(ゆううつ)な気分に陥ってしまう。

 どこの学校でも目にする光景に、雷志は自然と忍び笑いをしてしまった。

 異世界にいる――何かも自分が知らないものだらけで不安を抱かない人間なんて、この世に存在するはずがない。

 もし不安も恐怖もなく、がはは、と笑い飛ばしていられる人間がいたとしたら、余程強い精神力の持ち主か、頭のネジが一本抜け落ちてしまっているかのどちらかだろう。

 そういう意味だと、雷志はどちらにも当てはまらない。

 “生きた古代人”なんて大層な肩書きを与えられてしまった自分がやっているかどうか、強烈な不安にずっと苛まれていた。



「雷志くん、これからよろしくね!」

「あ、あぁ。こっちこそ」

「……古代人って僕達みたいな耳とは違うんだね、それにに尻尾とかもないし」

「まぁ、な。でも俺にしたらこれが普通だったからな」

「そうなんだ。あ、授業内容わからなかったらいつでも聞いてよ。まぁ、僕もそんなに点数がいい方じゃないけどさ」

「あぁ、ありがとうな」



 その不安は、どうやら杞憂に終わってくれるらしい。

 誰も彼も祓御雷志を警戒していない。

 人間とは自分達と異なる要因があれば拒絶する傾向にある、虫などに生理的嫌悪を抱くのがもっともわかりやすい例だ。

 祓御雷志は純度百パーセントの人間だ。

 ケモノビトのように獣耳も尻尾も生やしていない、この世界では異質である彼を、ここにいる皆は拒まずに歓迎した。



(これも体質のおかげ、なのかね……)



 幼少期の頃から、雷志は動物からよく好かれていた。

 特に何か特別な手法を用いたのでもなく、気が付けばどんどんと集まってきて収拾つかないなんて日も時折あった。

 どうすればそのように動物に好かれるのか、このように疑問を抱く輩は少なくはなくテレビ局でさえも、歩く動物園と本人の了承なしに勝手に決めつけた異名である雷志にインタビューをしたが、わからないが彼がいつも返す言葉だった。

 返答したとおり、雷志は特別な手法を一切用いていない。

 普通に接して、餌をやったり撫でていただけ。

 それなのによく懐かれて……後に、それらが全部雌だと気付いたのは、人生初だったデートを妨害されてからだった。



(どうせモテるなら人間の方がいい、なんて昔は思ったことがあったけど……)



 雷志は生まれてこの方、女性からとにかくモテたことがない。

 誰にも分け隔てなく接するその優しさは好感度を与えたが、いい人止まりで異性として彼を見ようとする者は誰も見なかった――一人だけいた。

 その少女は学校でも人気が高く、成績も優秀で教師からも信頼された人格者だった。

 大した功績もなく、家庭もごく普通の自分がよもや高嶺の花である相手から告白されるなんて、とこの時の雷志は周囲が苛立ちと怒りを募らせるぐらいノロけていて、そして告白をする日はこの上なく浮かれっぱなしだった。

 そんな雷志の幸せを奪っていったのが、動物である。

 雌の、街中では絶対に見掛けない狼や熊までもが、彼に近付こうとする女性を強烈に嫌った。

 以降、祓御雷志に近付いたら食われるという評判が一気に拡散されて、雷志は人間の女性からモテなくなった。

 この世界であれば、かつて抱いていた儚い欲望が現実となり得る。

 いずれにせよ、第二の人生をここで送っていくしかない。

 不意に、真横から鋭い視線を浴びせられているのに気付いた雷志は、横目をちらりとやった――ころころと表情(かお)を変えて教科書と睨めっこをしていた可梨菜が、その視線に気付く。

 たちまち頬を紅潮させて口篭もってしまう。



「まぁ、よろしくな」

「ここ、こちらこそ……うん」



 本当にこの子は面白いやつだ。伝えることだけどさっさと伝える雷志は、改めてそう実感した。

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