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第0-3話:現代の神隠し

 事の発端は今からちょうど一年前。

 春の陽気さに誰しもが心浮かれていたその日、一人の行方不明者が出た……名前は田端敏郎(たばたとしろう)。三十四歳のサラリーマンで十人の妻とたくさんの子供と一緒に暮らしていた。


 男性に自由というものは殆どない……世間はそう睨んでいるが、彼らを知る者から言わせると夫婦仲は円満だったという。

 これが事実だとするならば、どうして彼は忽然と姿を消したのか。

 事情がどうであれ捜索願が出された以上警察も動かないわけにはいかず――そうこうしている内にまたしても、新たな行方不明者が出た。

 しかも今度は小学生だった。

 最初は自由のない夫婦生活に嫌気が差して家出をしただけだろう、と認識されていたものが、ものの数日で重大な事件として世間に知れ渡るようになった。

 最初の行方不明者をはじめとして、まだ一人としてその足取りを掴めていない。

 そればかりか一人、また一人と新たな行方不明者が増えていく。

 いつしか人々はこの事件を、“現代の神隠し”と呼び怖れるようになった。

 同時に憤慨し、警察とは別に自警団を形成して事件解決に乗り出そうとする者も今となっては少なくはない。

 被害者となっているのはすべて、国宝と言い換えても過言ではない男性ばかりなのだから。


 男性ばかりが犠牲となっているこの由々しき事態を、可梨菜は快く思っていない。

 ただでさえ重婚制度が改正されるかもしれないという不安が渦巻く中で、将来生涯を共にする相手と巡り合える確率が更に低くなってしまうと考えれば、例え自分でなくともぞっとする。



「……早く解決してくれたらいいね」

「……そう、だね」



 行方不明者となった人々には一日でも早く見つかってほしい、そして子作りに精を出してほしい。

 一刻も早い事件解決を、可梨菜は切に祈った。

 不意に、教室の扉が独りでに開いた。やってきたのは一人の女性……白衣を纏い、黒縁の眼鏡をしている。



「はい、それじゃあみんな席に着いて。ホームルームを始めるわよ」



 その言葉と同時に校内にチャイムが鳴り響く。

 談笑に花を咲かせていた生徒達も素早く席に着いて、教壇に立つ彼女に視線をやった。



「相変わらず、エルちゃんは来るのが早いなぁ……」

「ホームルームをすぐに始められるようにしているから当然でしょう? 後、エルちゃん、じゃなくてエルトルージェ先生というように」

「エルちゃん固いって。そんなだから重婚制度がまだあるのに結婚できないだってば!」

「ううううう、うるさいわね! ワタシだって今すぐにでも相手が見つかるもん……それもまだ未婚のピッチピチの男が今すぐ私と結婚するもん!」

「あっはい……」

「ちょっと何言ってるかわからないです」



 幼い子供でもわかるほどの棒読みをした薫子に便乗するように、またかと他の生徒達も憐れみの目を向けた。

 百回以上も聞かされて、それで実ってなければ誰だってこのような反応を取るしかない。

 生徒からの冷ややかな反応にたじろいた教師は、咳払いをすることで場の空気を変えようと試みる――程なくしてすすり泣きを始めた。



(ちょ、エル先生泣いちゃったよ!)

「ぐすっ……とりあえず、今日のホームルームを始めるわよ――知っていると思うけど、今日からこのクラスの編入生がきます」



 教師から発せられたその一言に、生徒達が一斉に口を閉ざし――次の瞬間。

 ホームルーム中であるにも関わらず、さながらお祭りのように騒ぎ始めた。

 ついさっきまで、突然すぎる事態に慌てふためいていた生徒らも、男がそこに絡めばころっと手の平を返す。



「ちょっとうるさいですよA組!」

「自分らのクラスに編入されるからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」



 どんちゃん騒ぎに、とうとう耐えかねた他のクラスが可梨菜達がいる教室に殴り込んできた。

 学校にくるだけでも、それはもちろん嬉しい。

 そこで自分達のクラスにくるとなると、喜びは倍々だ。選ばれなかった者達にすれば羨ましいことこの上ない。

 そこで自重していれば事は大きくならなかっただろうが、そんなもの机上の空論でしかない。

 嬉しいものは嬉しいし、身体全体を使って喜ばない方が編入生に対しても失礼極まりない。

 そういう意味では、自分が誰よりも編入生の来訪を歓迎していると可梨菜は自負していた。


 まずは積極的に自己アピールをする。

 自分のことを知ってもらおうとするのは基本であり、だが引き際を見極めることも忘れてはいけない。

 できる女であることを誰よりも見せつけて、この場にいる全員を蹴落としてやる気概で可梨菜は高らかに手を挙げた。



「先生! それにみんなも一旦落ち着こうよ! こんなことばかりしてたら編入生も入りづらいじゃない!」


 自分もどんちゃん騒ぎに参加しておきながら、ここぞとばかりに率先して事態の収拾を図る。

 これでまずは一ポイント獲得した……なんのポイントかまでは、よく考えていないし最終的にどうなればいいのかも、設定していないがとにかく、先手を打ったと可梨菜は内心でほくそ笑んだ。



「カリカリ……美味しいどこ取りとか、マジで最低」

「ふっ……この世は弱肉強食だよ、かおるん」

「――、可梨菜さんの言うとおりね。ほらっ、他のクラスの子はさっさと自分の教室に戻る! 貴女達もいい加減落ち着きなさい!」



 教師の一喝によって、ぶつぶつと文句を垂れながらも生徒達は各々の場所へ戻っていく。

 教室に静けさが戻ってきた。それを見計らって教師が口を開く。



「え~……それじゃあ紹介するわね。今日からこのクラスの一員となる男子生徒にして、卒業後私と結婚する祓御雷志(ふつみらいし)くんよ! 入ってきていいわよ~」

「誤った情報流すのやめてもらっていいですか?」



 鋭いツッコミと共に、一人の男子生徒が教室に入ってきた。

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