追放された心優しいだけだった魔物使いは怒りを覚え、ヤツらに「ざまぁ」をぶちかます
「アイン、お前には今日でパーティーを辞めてもらう」
燃えるような赤髪を逆立てた戦士、レドは口を歪ませながらそう告げた。
「え?」
自分でも思った以上に声が震えていた。
分かってはいたことだった。いつかこんな日が来るだろうと。
けれど、やはり直面すると堪えるものがある。ああ、痛い。
「何をぼーっとしてるのよ。さっさと出ていきなさいよ。」
紫の美しい長髪をいじりながら魔法使いヴィオレッタは興味なさげに言葉を吐く。
仕方がない。仕方がないんだ。僕が悪い。
僕がみんなについていけるほどの力がないから。
仕方がないんだ。
「君の実力では足手まといだ。具体的には、君のステータスが三倍になってようやくこのパーティーに貢献できる。この意味が理解できるかね? 分からなければ君が役に立たない理由をまとめたこの資料でじっくり説明してあげてもいいがね。」
緑髪をオールバックにまとめた僧侶、グリンはどこから出したのか分厚い紙の束を見せつけながら厳しい口調で僕に迫る。
分かっている。このパーティー【天翔ける橋】に今、僕の居場所はないってことは。
ステータスといった数字を見なくても、ここ最近の結果で明らかなのだ。
僕は何も成すことが出来なかった。
「きゃはははは! まあ、仕方ないんじゃないですかー? アインほんと何も出来ていませんでしたもんねー!」
「そうそう! 俺たちが全部倒した後の荷運び程度しか出来てなかった! それすらいつ怪我するか転んじゃうか心配で心配でたまらなかったぜぇ~!?」
派手な黄色い髪を短く切りそろえた盗賊イェロと、橙のツンツン頭武闘家レンジの兄妹は大きな声をあげている。その声に反応してギルドの酒場からは笑いが起きる。
酒場の連中は頭角を現したパーティーの事を苦々しく思いながらも、その中で何も功績を残せていないお荷物である僕を嘲笑の的にすることで鬱憤を晴らそうと決めたようだ。突き刺さるような視線が辛い。
「……さっさと出ていきなさい」
靑髪の中性的な顔立ちをした精霊使いブルゥは背を向けたまま静かに僕に直ぐ出ていくよう促した。
ブルゥはアインの師匠でもあった。弟子のこんな姿を見たくはないのだろう。いや、見られたくないのだろう。この酒場にいる冒険者たちに。
不甲斐ない弟子ですみません。
口の中でそう呟き、立ち上がる。足が震える。うまく力が入らない。
「おい! 何してんだよ! さっさと出ていけ!」
レドが叫んでいる。
レドは、幼馴染で故郷を一緒に出た仲だった。
僕が魔物使いという変わった職業が天職であると知った時も、何も気にすることなく一緒に行こうと言ってくれた。
最初の頃は、たぶん僕のほうが強かった。
魔物使いは魔物を使役することが出来る。要は魔物を使って、パーティー数人分の役割を果たせる。
一方、レドの天職は戦士。基本的に出来ることは最前線で戦うことだけだ。
レドは冒険したての頃、僕に対し、お前がいなければ俺はすぐに野垂れ死んでいたと何度も感謝の言葉を熱く投げかけてくれた。
初めて二人で魔巣を攻略した時に得た【毒食む大蛇】の紅い罅が刻まれた牙は親友の証だとレドが首飾りにしてくれ、僕は今も首に下げている。
その後もことある毎に僕自身にも、周りの人間にも僕のおかげだと熱く語ってくれていたその姿は徐々に見ることがなくなっていった。
レドはどんどん強くなっていった。今滞在している冒険者ギルドでも上から数えたほうが早いくらいに。僕は、強くなれなかった。
見せびらかすように下げていた首飾りも今は、服の中に隠してる。
僕は彼の顔を見ることが出来ず俯いた。
「もういい加減にしてくれない? いつまでそこにいるのよ。そこで暮らすつもり?」
ヴィオレッタは苛立ちをとうとう隠せなくなったのか声を荒げてくる。
元々は貴族の令嬢だったヴィオレッタだけど、彼女の家がギルドに出した依頼を僕たちが受けたきっかけで知り合い、その後仲間となった。
彼女は出会った頃から貴族の割にやんちゃだった。
こっそり僕らの依頼についてきたものの魔物に囲まれて、僕らに助けられたという恥ずかしい話は笑い話としてよくしていたし、それを話されるたびヴィオレッタは激怒した。
その時倒した一匹の小鬼が僕の使役する魔物の一員になったのだが、当時のヴィオレッタの驚きようはそれこそ笑えるぐらいだった。
魔物使役にはいくつか条件があるのだけど、敵対した魔物に対する大きな条件は『心からの敗北』だった。ヴィオレッタの命の危機を感じ、我を忘れた僕は素手で小鬼達を殲滅していた。
その時の表情は大鬼のようだったと仲間になった小鬼は後に声を震わせながら教えてくれた。
魔物は強者に従う習性がある。それは、単純な腕力だったり、魔力だったり、はたまた、人柄(魔物柄?)だったりする。
小鬼はその後僕があまりにも優しく接してくるので戸惑っていたが、徐々に懐き今では一番といっていいくらい僕を慕ってくれている。
仲間となった小鬼にあの時の事を深く深く頭を下げて謝られ驚いていたヴィオレッタは助けられた恩もあってか非常に僕に良くしてくれた。
彼女は父親に自分が助けられた報酬も依頼に上乗せしてほしいと口添えしてくれたし、その後も僕らが滞在している間は毎日のように顔を見せてくれた。
時折休みに、僕を連れ出し街の色んな場所に手を引いて案内してくれた。あの街の一番の名所と呼ばれる丘の夕焼けと、何故か一緒に鳴らした鐘の音、そして、その時「私も冒険に連れてって」と言ったヴィオレッタの顔、どれもが美しくて一番の思い出だと思っている。
そうして、半ば強引に家を出てしまったヴィオレッタとの三人旅だったが、そこからの冒険は、ヴィオレッタの魔法使いとしての成長と僕の成長停滞が相まってちょっと苦い思い出が増えていくこととなる。
今となってはヴィオレッタの笑顔が思い出せない。
僕は彼女から背を向けた。
「おい、アイン。この紙の束を置いていくな。私たちには必要のないものだからな。」
グリンは僕に紙の束を強く押し付けた。
【イハンバ都市同盟】という商業が盛んな自治都市で出会ったグリンは教会の牧師だった。商業神の信仰が篤いその都市で彼のいる教会は【慈愛の女神フレンダ】を信仰しており、人の気配はほとんどなくボロボロであった。
偶然訪れたそこで僕が魔物を奴隷としてこき使っていると勘違いしたグリンは僕を責め立てた。
慈愛の女神は『すべての生きとし者を愛せよ』という教えで、人間、亜人、魔物など関係なく接することを教義としていた。なので、人間から差別されている亜人種などからは篤く信仰されているのだが、最も数が多い人間にはあまり受け入れられていない教えだった。
イハンバは金が全てと言えるような都市なのでまだマシで、他の街では教会の設立すら難しいらしい。
ちなみに、慈愛の女神信仰は北の果てにある亜人中心の国【精霊郷】が最も篤く、いつか行ってみたいとグリンは言っていた。
グリンはイハンバ都市同盟で元は商人をしていたのだが、『分け隔てのない商売』を目指すうちに慈愛の女神信仰と出会い、これこそが天命と感じ、僧侶の道を志したという変わった経歴の持ち主だった。だからこそ、魔物使いの魔物の扱いが許せなかったらしい。
魔物使いの技術には〔使役〕と〔支配〕がある。
使役は魔物との相互理解、もしくは、何かしらの報酬等を含めた取引による契約、それらによって協力を仰ぐ。
支配は字の通り強制的に動かす技術だ。
一般的に使役の方が簡単そうなので使役を使う魔物使いの方が多いと思われているが、圧倒的に支配の方が多い。【隷属の首輪】という奴隷にも使う絶対服従の魔導具を使うなり、力に物を言わせるなりすれば、あとは奴隷と同じ扱いでコストが低いからだ。
なので、魔物使いは〔魔物支配〕のスキルを使う方が多く、世間のイメージも今ではそっち寄りだ。
当時のグリンは、魔物との相互理解を深め協力して戦う、僕の魔物使役に衝撃を、また、魔物を人間同等に扱うレドやヴィオレッタにも感銘を受け、同行を申し出てきたのだ。
グリンは髪をオールバックにし、目つきも鋭い上に、流石元商人でお金の管理が上手く細かく厳しいので怖い人に思われがちだが、実際は誰よりも魔物に優しく、一時は僕らの食事よりも魔物達のごはんのほうが高くなりかけたことがあった。
だから、グリンは使役する魔物を強く出来ず怪我をさせてばかりの僕に小言ばかりを重ねてきた。そう、魔物使いはただ魔物の力を使うだけでなく著しく成長させる能力があるはずなのだ。
しかし、僕はグリンとの旅が始まり暫くしてから彼らを成長させることが出来なくなっていったのだ。
押し付けるように渡された紙の束を僕は強く握りしめる。
僕は一歩ずつ彼らから離れていく。
「はーい! おかえりはあちらですよー。またのおこしをおまちしておりまーす!」
「まあ、またのおこしが出来れば、の話だけどなー!!!」
ギルド内どころか、外にまで聞こえるような大声で兄妹はわらっていた。
イェロとレンジは元々悪名高い山賊団【穴熊】の一員で、その討伐依頼が僕らにやってきたのが出会いのきっかけだった。
彼らはその名の穴熊らしく洞窟をねぐらにしており、多数の罠を仕掛け、騎士団や冒険者たちを退けていた。
その頃戦闘能力において格段に足を引っ張っていた僕は魔物を使った探索能力を必死に駆使し出来る限り罠を回避することでパーティーになんとか貢献していた。
そして、罠を潜り抜けた先で山賊団、穴熊と相対することになった。そこからは言うまでなく僕は役立たずでレド達におんぶにだっこだった。
レド、ヴィオレッタ、グリンはその時には指名依頼を受けるほどの実力となっており、穴熊達はあっという間に倒された。穴熊で最後まで抵抗していたのはレンジ達だった。
しかし、とうとう追い詰められたレンジは武器を捨て、妹であるイェロだけは見逃してほしいと自分たちのこれまでの経緯を語ってくれた。
彼らの生まれは獣人国【ベアストアニア共和国】なのだが、世界が見たいと様々な国を巡る旅に出た。しかし、とある人間の国での獣人に対する不当な扱いに怒りを爆発させ暴れた結果お尋ね者になり、山賊として生きることを選んだのだそうだ。
自分は自らの意思で山賊になったが妹は付いてきただけだから見逃してほしい、とレンジは地面に頭をこすりつけ頼み、イェロはどうか兄もとやはり地面に頭をこすりつけていた。
悪事に加担したものは須らく許さないレドと慈愛の女神信仰篤いグリンで彼らの処遇で揉めに揉めたが、最終的に一線は超えていないのならばと言うヴィオレッタがグリンに付いたことと、魔物使いである僕の存在もあり、彼らはレドが条件として挙げた『自分の目に入る範囲で、そして、アインの契約スキルを受けたうえであれば』ということで罪が許された。
魔物使いのスキルの中にある〔契約〕は、商人なども使うことのできるスキルなのだが、相互の承認により結ばれた約束に魔法的拘束をかけたもので、簡単に言うと約束を破れば痛みが襲ってくる等の罰が科せられるスキルだ。
これにより逃亡・反逆・悪行の禁止を契約した二人は僕らの仲間となった。
その後は、穴熊のねぐらで限界だった僕の探索能力をはるかに凌ぐ実力をイェロは発揮し、僕と僕の魔物全員でかかってもかなわないほどの戦闘能力でレンジはパーティーに貢献したので、その〔契約〕も一年後には外されることになったのだが。
僕はギルドの出口を目指しどんどん足を進めた。
「……」
ブルゥはずっと背を向けたままで、あの一言以降もう何も言わなかった。
僕とレドが冒険者として旅立つことを決めたのはブルゥとの出会いだった。
ブルゥはソロの冒険者として当時から活躍しており、ギルドからの依頼を受け、僕たちの村に訪れた。
滅多に訪れることのない冒険者に僕とレドは度々話を聞きに行った。ブルゥが宿にいると聞けば宿に手土産をもって、酒場にいると聞けば大人の社交場にどきどきしながら足を踏み入れ、森に入ったと聞けば親たちの制止を振り切って行くくらい僕らはブルゥに夢中だった。
けれど、森だけは行くべきではなかった。
ブルゥは近年村で起きていた不作の原因が精霊にあるのではないかという依頼を受け訪れていたのだ。予想は見事に当たっており、森に棲む精霊が魔物化し、土や木々を少しずつ腐らせていた。
運悪く魔物化した精霊に出会ってしまった僕らは、既に天職の力を得始めていたレドの怪力と、僕の友達である狼の力で必死の抵抗を見せた。
が、所詮は子供の力、すぐに追い詰められ死を覚悟したその瞬間、ブルゥは来てくれた。
水の精霊を操り森の精霊だったものを一瞬で無力化、そして、封印をしたのだ。その姿に安堵と憧れの感情を僕らは抱いた。
その夜、僕とレドはブルゥのような冒険者になろうと誓い合い、翌日ブルゥに弟子入りを嘆願した。ブルゥは森の経過報告が終わるまでであればという条件で引き受けてくれた。
そして、少しばかりの修行の日々が終わり、とうとうブルゥが旅立つその日、僕らは餞別とばかりに一つずつ道具を与えられた。レドには精霊の宿った剣、そして、僕には精霊箱を。
精霊箱は異世界の賢者と呼ばれる人間が生み出した道具で、魔素のみで構成される魔物や精霊を納めておける箱型魔導具だ。
精霊使いであるブルゥは当然いくつか常備しており、僕が魔物使いとなるなら必要になるだろうからと高価なそれをいくつもくれたのだ。
いつかの再会を誓い、別れたブルゥとはこの街、星詠みの街【デステネ】で出会った。
この街は、占星術師にとっての聖地のような所で、大通りでは他の街ではあり得ない多くの占いの店が並んでいる。
また、数だけではなく、タロットを使った占いと投擲攻撃の両方とも絶対に外さないと言われる【必中の占術士】や基本四属性全ての精霊を操り助言する【四精の導き手】、多くの冒険者の人生の転機を占い大成させ、国からの依頼も絶えない【星詠の巫女】といった世界トップクラスの占い師達が集っているのだ。
それ故ここは『運命の街』という呼び方もされたりしていた。
僕がこのパーティーにいることの限界を、ブルゥはソロでの限界を、互いに感じていたこの時に、この街で出会ったこと。
やはりこの街は運命の街なんだろう。
そして、その一週間後、僕はブルゥと再び道を分かつ。
あの時は、僕とレドの希望に満ちた声がブルゥの背中を押していただろう。
今は。酒場の侮蔑に満ちた笑い声が僕の背中を押す。
あははははははははは!
ギルドを出れば、この嘲笑の声鳴り響くこの場所から離れることが出来る。
あははははははははは!
だが、必ず戻ってくる。
あははははははははは!
僕はヤツらを、僕は絶対に許さない。絶対にだ。
それは初めての感情だった。
激しい激しい怒り。
腹の底から生まれる熱い思い。
必ず、見返してみせる。
ヤツらには見えないかもしれない生まれたての炎。
待っていろ。
ヤツらに復讐を。
その日、僕はパーティーを抜けた。
********
一年後。
その日、冒険者ギルドでは軽い騒ぎが起きていた。
少し前まではこの街に滞在するパーティーの中でもトップと言われていた【天翔ける橋】のリーダーであるレドがギルドの受付にしがみつき懇願していたからだ。
「た、頼む! お願いだ! これ以上ランクを下げるなんて言わないでくれ!」
「何度も言わせないでください! あなたたちは何度依頼を失敗した思っているんですか!」
一年前絶頂にあった【天翔ける橋】だが、目に見えて弱くなっていたのだ。
自慢の攻撃力にまかせた魔物退治も、知恵や探索力を活かした魔巣攻略も、達成できることのほうが少なくなっていた。
「おい、またレドの奴が駄々こねてるぜ」
「おーい、【血だらけレド】今度はどこの雑魚にやられた傷だ~」
ギルドの酒場にたむろする冒険者たちはレドを揶揄う。
「なあ、ヴィオレッタ。お前もこんな落ち目のパーティーは抜けて、俺のところに来いよ。いい思いをさせてやるからさあ」
またある冒険者は見目麗しいヴィオレッタを自分のものにしようと勧誘をかけている。
ヴィオレッタは悔しそうに口を歪ませて俯いている。
「グリンさん、昔はあんなに金払いがよかったじゃないですかあ。ウチを助けると思って」
「……今は無理だ。力になりたいのは山々だがすまない」
悲しそうな獣人の商人に必死に頭を下げるグリン。
「イェロ、レンジ、今日も笑える失敗談を俺たちに聞かせてくれよ。そしたら、一杯くらいなら酒をおごってやるぜ~」
ギルドの賑やかしだった兄妹は無言を貫く。
「ブルゥも治療できない程の大怪我だって話だし、やっぱりアイツをやめさせたのが原因なんじゃねえか~」
「ああ、魔物使いの。最近話題になってるよな~。こいつらとは別の意味で」
僕はそんな声が響くギルドの扉を開ける。
一瞬、しんと静まり返る。
「お、おい。アイツ」
「え?もしかして?」
「ああ、さっき話してた魔物使いの」
「噂だとドラゴンまで使役してるらしい」
「っていうか、アイツ越しに見えてるの青いアレ! ドラゴンの腹じゃねえか!」
ああ、そうだった。
「ディグォ、ここに入っててくれる?」
精霊箱を差し出すと青い竜は小さく吠え、光となり精霊箱におさまった。
傷つき絶望の淵にいた彼を僕が命を賭けて救い、彼もまたレド達と別れ絶望の淵にいた僕を圧倒的な力で救ってくれた。そして、互いに永遠の友情を誓ったもう一人の半身ともいえる存在だ。
「お、お前……」
レドが呻くように声を絞り出す。
「アイン様、彼らが例の?」
僕の隣にぴったりと寄り添う悪魔族のモモが眉を顰め聞いてくる。
「うん、そうだね」
悪魔族でありながら僕を強く慕ってくれているモモが僕の腕を強く掴んでくる。
その力と思いの強さに少し苦笑いを浮かべながら僕はモモを落ち着かせるため、少し頭を撫でてあげる。
「めちゃくちゃ美人を連れてんじゃねえか。ヴィオレッタも形無しだな」
「馬鹿! ああ見えてあの女、悪魔族なんだよ。すげえ黒魔法の使い手であっという間に無力化させられるんだってよ」
「アイン……」
己の現在を恥じてか顔を真っ赤にしたヴィオレッタがばつが悪そうに顔を背ける。
「ふむふむ、にゃるほど。この値段でこの料理。にゃかにゃかいい商売をしてるにゃあ」
ケットシ―の中でも天才と呼ばれる賢猫クロが気づけば酒場の料理をつまみ品定めしている。
「クロ、気になるのは分かるけど今日はそれが目的じゃないよ」
その気になれば酒場の一つくらいすぐに買えてしまう大商会の元締めであるクロは早めにたしなめておかねばならない。
「うお! いつの間に!?」
「全然気づけなかった……」
「お、おいアレってケットシ―だよな」
「ああ、気位が高くて絶対に人間には従わないって話だが……アインの言葉には大人しく従ってるみたいだな」
「そ、そんな馬鹿な! ケットシ―だぞっ!!」
あまりの驚きにあげた大声を呼び水に僕の周りに一気に魔物が集まってくる。
僕にとって最初の魔物仲間であり、今となっては紅狼と言われる伝説の種族に進化したクレナ。
小鬼でありながら、絶やさぬ努力で魔人をたった一匹で倒したこともあるモス。
精霊郷での大事件を切欠に付いてきてくれることになった怪力自慢で【破城】の異名を持つ土人のチャア。
僕の周りを心配そうに飛び回る、精霊の中で最も使役が難しいと言われる光の精霊シィロ。
彼らだけでその気になれば国崩しも出来かねない。
そんな彼らの魔素に当てられ、敏感な魔法使い達は泡を吹いた。
「アイン……噂通り、凄い奴になったんだな」
「ああ……だって、アイツあれだろ? あの伝説のゴールドマンも認めたとか……」
「マジか……じゃあ、あの勇者が何人もいるっていう一家に所属してるってことか」
そう、僕はざわざわと噂する冒険者たちの間を抜けていく。
色んな思い出がよみがえる。
追放された僕は、ディグォと出会い、新たな自分の力に気づく。
それは、怒りだった。
『正確に言えば、厳しさだけどな』
その後出会った二人目の師匠にそう言われた。
『優しいのはお前のいいところだ。けれど、優しいだけではうまくいかないだろ? いってないよな、優しいだけのアインくん? はい、証明完了~。いいか、心を持つものはどこかで楽を求めちゃうんだな。え? 自分は楽してない? うそでしょ? マジで? マジで言ってる? ……お前さ、自分で自分を認められるくらい誰かを変えられたことある? 楽してないってのは他人の人生も自分の意志で背負えてるってことなんじゃない? お前、背負えてると思ってる? 誰かの為にソイツを叱ったことある? 俺の居た世界じゃあ、育てるコツは褒める八割、叱る二割つってな、叱ることも必要なんだよ。完璧じゃねんだから。強くなってほしいから厳しくもする。それは愛だろ。お前が本当に優しいなら優しい厳しさを持たないと。今のお前は人に嫌われたくなくて何もせず楽してるだけの自分に優しいだけの人間だよ、優しいアインくん。お前なら、背負うことが出来る。俺はそう思ってんだけどなあ。お前は、本当に、優しいから』
その時ハッとさせられた。
僕の怒りはヤツらに向いていた。
けれど、それは自分自身に対する怒りでもあったんだ。
無力な自分。
人任せな自分。
優しい人のふりをしている自分。
僕はぶん殴った自分を。思いっきり。
そして、僕はその日から本当の覚悟を手に入れた。
クレナを信じ厳しく接した。
モスと何度も死線をくぐった。
チャアと数えられないほど喧嘩をした。
シィロを命懸けで諭した。
クロと共に汚れても捨ててはいけない信念を貫き通した。
モモと一緒に人の闇を受け止めぶち壊した。
ディグォに命を預け、命を預かった。
どれもこれもただ楽しいだけの思い出ではない。けれど、最後には必ず笑っていた。
そうして、僕は『魔物使いと魔物だけのパーティー』としては世界初のS級認定を受けた。
「それにしても見ろよ、アインの元仲間たちの情けねえツラったら」
「自業自得だろ。アイツらが追い出したんだからな」
「ざまあねえなあ」
鳴り響く笑い声の中で僕たちとレド達は無言で向き合った。
「レド……」
「アイン……」
道を別った僕たちだったが、長い付き合いだ。互いに言いたいことは分かった。
僕らは同時に口を開き……
「「ごめんなああああああ!!!!」」
「へ?」
一瞬ギルド内が静まり返った。
レドが謝ることは勿論予測していたのだろうが、僕が謝ることは予測していなかったようだ。なんでだよ。
「本当は追い出したくなんてなかったんだけど、これ以上あの時のままのアインで冒険すればいつかアインが死んじまうってみんな気が気じゃなくて……それでこの街一番の占星術師【星詠の巫女】に占ってもらったらあの日あの時あの場所でアインに嫌われるような感じで追放するようにって言われて、みんなで一生懸命アインに嫌われる言い方の練習とかして……ごめんなあ、本当にごめんなああ!」
「いいんだよお、レドぉお! レドが無理やり嘘をつくとき必要以上に大声になるって僕知ってたから! レドは僕の為に無理をしてたってわかってたからぁ! それにあの時、僕も自分を何とかしたくてフォル先輩に占ってもらったらこれから起こるすべての事を正面から受け止めなさいって言われて、だから、きっとこれにも意味があるんだって受け止めなきゃいけないんだって! そう思ってたからあ!」
「フォル先輩……って、呼ぶってことはお前やっぱり【世界一の教師】の教え子になれたんだなあ! すげえ、すげえよアイン! 俺は……俺……アインがいなくなっても、アインに心配かけないようにって頑張ったんだけど、やっぱ、やっぱアインがいないとダメだった。ごめんごめんなあ」
「う、ううん、先生もレドの事を『優しい厳しさを知ってるいい友達だ』って! 僕うれしかったよ! レドが褒められて! 僕嬉しかったんだ! レドはやっぱりすごいんだよ!」
「アインー!」
レドが抱きついてくる胸のあたりでゴツンと音がする。痛い。
でも、これを肌身離さず持っていることは僕らの友情の証なのだ。ああ、精霊箱の中でディグォが暴れてるみたいだ。大丈夫、君にももう一人の僕の半身を紹介するからね。
「ヴィオレッタ、さん……アイン様と離れることは辛かったでしょう……! その気持ち、私にはよくわかります……よく、よく耐えられましたねぇえ!」
「モモさんですよね……手紙ありがとぉお! アインのこと教えてくれてありがとぉ! 私、もう辛くて辛くてどうにかなっちゃいそうで……でも、あなたの手紙のお陰でなんとか今日までがんばれたの! ほんとうにありがとぉ!」
僕も少し前に聞いたのだが、モモはヴィオレッタに僕の近況を【ディー通のペギオン便】で伝えていたらしい。ヴィオレッタからはいつも感謝の言葉と自分たちも諦めないという話が返ってきていたそうだ。
「クロ殿! いつもいつも援助頂いていたのに、このような不甲斐ない結果で申し訳ありません! 本当に……感謝に耐えません……!」
「にゃんのにゃんの! 君がアインに持たせた紙の束の価値を考えれば安いもんにゃ! アインの将来設計、金策のアドバイスから成長の為の具体的なアドバイス。そして、激励の熱い長文。あれがあったからこそ、アインはここまで頑張れたし、生きてこれたのにゃ。アインはにゃあたちの宝にゃ。にゃらば、あの額は妥当にゃ」
頭を深く下げ涙を流すグリンと、笑いながらも涙を零すクロ。クロには、レド達に気づかれないよう援助して欲しいとお願いしてたのだけど流石にグリンには気づかれていたようだ。
「うわ~ん! 兄さん! アインだよ! アイン!」
「イェロ! よくがんばったな! 俺たちの下手な演技でアインが中途半端に踏みとどまってたらとか、傷つけすぎてたらどうしようとかずっと心配だったもんなあ!」
「う、うぶぶ……それは兄さんのほうでしょうがあああ! ぶわあああ!」
泣いてるのか笑ってるのかわからないがとにかく騒がしい兄妹とそれを優しく囲む僕の魔物達。
「あ、そうだ……ブルゥの師匠にもアインのこと伝えなきゃ……」
レドがぐちゃぐちゃの顔で慌てている。
「大丈夫。師匠には先に会って……シィロの治癒で直してもらってるから。」
「そうか。そうかぁ。すげえな、アインは……だって、あの【世界一の教師】が師匠なんだもんな」
「二人目のね……僕にとってはブルゥ師匠が絶対に最初の師匠だよ。レドとブルゥ師匠と一緒だった修行の日々は絶対に忘れられなかった」
「アイン……お前、それ師匠にも言ってあげたか?」
「……うん」
「し、師匠……師匠泣いてただろ」
「だ、大号泣、だった……」
「「「うわああああああああん」」」
三人で泣いた。
「アイン、行こう。師匠のところに行こう」
「うん……でも、あれだけは済ませないと……」
僕はびしょびしょぐちょぐちょの顔で受付嬢のところに行き、
「僕、アインは【天翔ける橋】に再登録します! お願いします!」
僕が、S級評価を得たらまず最初にやろうと思っていたことだ。
あまりにも慌てすぎて、ディグォでこの街の門を飛び越えて冒険者ギルドの入り口まで飛んできてしまったけど。
「は、はあ。かしこ、まりました。いいん、ですよね?」
「悪いわけないでしょう! 僕の一番の夢だったんですから! みんなの元に戻ってくるのが!」
あまりの大声に受付の人がびっくりしている。そして、その言葉にパーティーメンバー全員が大号泣して、再びびっくりしている。
「は、はい! かしこまりました……リーダーであるレドさんは……?」
「あ、アインがいいって言ってんなら、俺から反対なんてあるはずないっ!」
「僕が嫌がるわけないだろう!」
「「うわああああああん!!」」
「わ、わかりました……では、この水晶にアインさんの手を置いてください。はい、では、アインさんとその魔物の皆さまはこれより【天翔ける橋】の一員です」
「「「「「「「「「「うわあああああああああああああああああん!」」」」」」」」」」
大号泣。
「レド、いこ。師匠のとこいこ」
「うん、いくぞ。いくぞお!」
「ヴィオレッタも、モモも、みんなも!」
「いぐぅ! アイン~会いだがったよ~」
「ヴィオレッタさん、これから一緒に支えでいぎばしょうねえ!」
「にゃは~ん! グリン今日は宴にゃ! 金ならいくらでも出すにゃ!」
「はい! 私のあらゆる人脈と知識を使って、最高の品々を集めてみせます!」
「「うわ~ん」」
まるでなめくじのように地面を濡らしながら集団がギルドの出口に向かっていく。
一年前絶頂を極めたパーティーが、一人の魔物使いを追放したことで落ちぶれていった。
一方、追放された魔物使いは魔物だけのパーティーを組み、見違えるほどの活躍をしてS級の資格を得た。
そんな、対照的な二組が手を組んだ。
あまりにも理解不能な光景にその場にいた冒険者たち全員が彼らを今は呆然と眺めることしかできなかった。
いや、今は、ではない。
彼らはずっと眺めることしかしていなかった。
【天翔ける橋】が活躍していた時も嫉妬の目で。
魔物使いが追放された時も嘲笑の目で。
二組のパーティーの状況が変わっていく時もただ奇異の目で。
そして、今も驚きの目で。
眺めることしかしていなかった。
いや、正確にはこの出来事に心動かされたこの場に居たとある鑑定士が世界最高の一家を目指し始めたことを後に知るのだけど、それはまた別の物語だ。
『観衆』はさぞかし楽だったろう、僕たちの戦いを眺めているだけで。
僕も元々はそちらだった。ただただ眺めていた。
レド達の成長を。それに喜び、誇りに思い、驚き、嫉妬し、困惑し、悲しみ、怒りに震え……僕は漸く動き出した。
みんなのおかげだ。僕の為に心を鬼にして動いてくれた。
だから、今度は僕が救う。心を鬼にしても。みんなを最強の仲間にする。
みんなは『動くことの出来る人』だから。
ヤツらとは違うから。
だからこそ、ヤツらは許せない。
横を見ると思い出したかのように怒りに震えていた親友。
一緒だ。やっぱり君は僕の半身だ。
いや、みんながそう思ってくれている。
家族のみんなが。
僕らは、出る直前足を止め……。
「アインのこと散々笑いやがって……」
「レド達のこと何も分かってないのに馬鹿にして……」
振り返りざまびちょびちょの人間達と魔物達は声の限り叫んだ!
「「「「「「「「「「ざまぁ!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
了