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みやびな二人の恋愛話

作者: 大盛たこ焼きそば

 ■前書き

 ……短編の場合のあらすじを読んでくれる人、どんだけ居るんカナ

起/みゃーくんとみゃーさん


 幼馴染って居るよな。

 男か女か、歳がちょっと離れていても幼い頃に馴染みがあれば、立派な幼馴染だ。


「残り一分……ん、いける」


 ただ、うんと幼い頃にほんのちょっと馴染みがあった、程度で幼馴染と呼べるのかは、俺にはちょっと分からない。

 相手にとってみればとっても印象深い出会いとか瞬間があったとして、けれど俺にはそこまで大した出会いでも瞬間でもなかった~なんてことになっていれば、俺はそれを幼馴染とは呼ばないだろう。


「よし、時間内に準備完了!」


 そんな、たまぁに考えることがある深く考える必要のないことを頭の片隅に、長くも短くもない黒髪を玄関の鏡の前で撫でつけると家を出て、鍵をかけた。

 鍵がかかったかを確かめるためにドアノブをジャコッと動かすと、手に持つ鞄を持ち直して忘れ物の確認。OK。と、なんとはなしに視界に入る『高梨 弥弥弥』のネームプレート。“たかなし みやび”と読む。“ややや”でも“いよいよいよいよいよいよ”でもない、俺の名前だ。

 既に一人暮らしを始めて一年。子供の頃からここに住んでいるとはいえ、ちょっぴり心配事もある現在高校二年の俺は、今日も一人で元気です。


「忘れ物無し、食事OK、歯磨き、洗顔も含めた身嗜みの確認もOKと……」


 指折り確認しては、最後に笑顔を作ったあとに今日一日分の気合を入れる。ルーティーンってやつだ。一人暮らしは気楽なもんじゃあございません、自分との闘いであり、気合は必要です。

 当時を適当に振り返れば溜め息も出ようものだけど、流れはこんな感じだった。


“おぅい! 父さん遠くへの出張決まったから、家族みんなでここ出るぞ!”

“え? 待ってよパパン、僕もう行く高校決まったのYO?”

“マジでか”

“みゃーさんと同じ場所って伝えたじゃん。ていうかささやかなる合格おめでとうパーティーとかしたじゃん”

“すまん忘れてた。しかし、みやちゃんを一人にさせるのは忍びないな! よし弥弥弥、ここはお前に任せて俺は行く! 一人暮らしとか男子高校生の憧れだろうし、そういやお前連れて行くと約束も努力も無駄になるしな! お前もそういうそのー……一人の努力とか好きだろう!”

“いやべつに好きじゃないよ!?”

“嬉しそうになっちゃって~♪”

“いやいやいやほんとなってないから! かーさんなんか言ってやって!”

“パパが行くならママもいくわ。弥弥弥、一人暮らしよおめでとう! お金は毎月スイス的なあそこに振り込んでおくから!”

“そこに俺の口座があるだなんて俺初耳だよ”

“冗談よ、雅ちゃんの口座に振り込んでおくから”

“なんで!? 俺の生活みゃーさんの一存で決まるの!? 心臓を捧げよレベルじゃん!”

“……息子よ。女性と生きる、ということは……そういうことなのさ。あ、ところでかーさん? 今月のお酒代……”

“はいはい、私が管理しますから飲む時は言ってくださいね。勝手に飲んだら潰しますから”

“腎臓を捧げよ!?”

“それじゃあ弥弥弥? 努力を忘れずにね。約束よ?”

“はぁ……はいはい、努力しますよ母上様”

“式には呼んでね~?”

“なんの!?”

“ん? ん~……んっふふ~♪ ミッソ・スゥープ!”

“余計になんの式!?”


 とまあそれぞれの言葉とか完全に覚えてないけど、大体はそんなノリで。

 両親がラブラブだから、二人きりってところは……うん、そこんところはまあよかったんだと思う。いっつも見てて砂糖吐けそうなほどのラブラブっぷりだったし。

 けどべつに一人暮らしがしたかったわけじゃあないのだ。全国の専業主婦や専業主夫の皆様にはごめんなさいだけど、やりたいことが多い場合って炊事洗濯掃除って大変じゃないですか。それをやってくださる親が居るというのは、それだけで大変ありがたいことなのです。

 まあ、一年も経てばそれも慣れてくるってもんだけど。大事なのは一度した失敗を出来るだけしない努力をすること。気をつけるだけじゃなく、努力する。これ大事。世の少年少女は、こうやって親の有難味を知っていくんだなぁって。いつか孝行しますので、頭ん中がもっともっとガキ以上になるまでお待ちください。


「さってとー……」


 鍵を制服の胸ポケットに入れて、腕時計で時間を確認。よしよし、待ち合わせには余裕で間に合うなと頷く。で、小さななにかだろうと実行出来た時、多少でも自分を褒めることを忘れない。“努力して生きる人に必要なこと”だそうで。よし、俺頑張った。俺偉い。よく出来ました。でも慢心は敵です。明日も出来るように頑張りましょう。

 誰も居ない扉に、それでも「いってきます」を呟くと歩き出す。家の前の片開きの門扉を開けると、出る前から見えていた幼馴染の姿を確認。

 待ち合わせ場所はいつも、家の前か互いの家の中間あたりだ。歩いてきた俺に気づいたそいつが「あ、来た。おはよー、みゃーくん」なんて言って手を軽く挙げる。


「おはよ、みゃーさん」


 隣の家にお住まいの、幼馴染の高藤(たかふじ)(みやび)。みやび、で女性だからみゃーさん。俺の場合は男だからみゃーくん。呼び名なんて案外適当だ。


「今日もみゃーさんが先だったかぁ。これでも頑張ったんだけどな」

「十分早いよ? そんな急がなくてもいいのに」

「いやいや、一度注意されたことは直していかないと、ろくな大人になりません」

「その心は?」

「たとえ顔が普通でも、幸せを願うなら努力は惜しまぬべきです。そうした日々の積み重ねが、いつか誰かの心に安心を届けるのだとか思いたい。やっぱ、生きてるなら幸せになりたいしなー」

「みゃーくんは頑張り屋さんだからねぇ。日に日に注意するところが無くなっちゃうと、みゃーさんは少し退屈ですよ」

「人の努力不足をお楽しみ要素にしやがらないでください」


 丁寧にしみじみ文句を垂れる幼馴染に、こちらも丁寧に対応。丁寧か? まあ、おふざけレベルでなら丁寧ということで。

 そうして軽口が終わると、朝の挨拶とばかりに二人同時にノックをするみたいに、お互いの手の甲をペチっとぶつけ合う。学校に行きましょうの合図だ。

 子供の頃から続けている習慣で、まあ、意味はない。ないけど続けている。そういうの、あるよな? ない?


「みゃーさん今日天気予報見た?」

「やー、見なかったなぁ。みゃーくんは?」

「朝から昼は晴れるけど、夕方あたりから雲行きが怪しくなるって。ただそれがここらの地域の予報かを確認できなかったから訊いてみた」

「なるほど。……でもそれ、もうちょい家の近くの内に聞きたかったかも」

「うん、すまん、俺も今思い出した」

「あー……あるねぇ、そういうの。私も昨日の夜コンビニにさ? 二粒入りのあのー……キュウPゴーア・メタリックシルバー? を買いに行ったんだけど、途中で目的忘れちゃって。あ、ほら、朝のうちに頼まれてたんだけど、みゃーくんと帰ってくる時に買うの忘れちゃって。……で、コンビニでミッションをこなして、家に戻った私の手には……お父さんに渡されてたお金で買った、ほのかに温かい肉まんの姿が……!」

「渡されてた、って……つまり飲みたかったの修二さんなのか。それからどした? ていうか女の子が夜一人で出歩くんじゃございません。俺に言え俺に」


 修二さんは雅の父親である。かなり若いけどヴァリヴァリに仕事が出来る人。

 その所為で上司にも部下にも頼られまくってて、休日にヘルプを頼まれることも結構ある。が、彼は断れる人なので、よっぽどまずい案件以外は断っている。素敵だ。


「いやぁ、一応家の前には行ったんだよ? そしたらさ? ココーン、バッシャア、フンフフーンって、お風呂独特の音と鼻歌が聞こえてくるではありませんか」

「嘘つけ、そこまで明確に外まで音聞こえたら怖いわ。中入ってきてたなら言えよ、泥棒じゃあるまいし」

「不用心だよ? 一人暮らしなら、家帰ってきた時点で鍵かけたほうがいいって。ということで勝手に鍵かけて、一人で向かいました。ところであの音楽なに? ノリノリだったから私もノリノリで聞いてたんだけど、聞き覚えがなくて」

「…………適当に鼻ずさんでたら、なんか思ったよりも良くて……ほら、その。自分がノリにノったアレだよ…………わかるだろ? そしてどんなに気に入ろうが、もう音楽思い出せねぇ……!」

「あー、あるねー、あるあるー。えっとね、デーンデッデデレ・デーンデッデデレ・デーンデッデデレ・デーンデッデデレ」

「それ違う絶対違う」

「昨日たまたま思い出して殿下ステップを見たのさ」

「前に踊れるものか試してみて、指ぶつけて悶絶してたアレか」

「そこは思い出さなくていーの」


 くだらない、とまではいかないまでも、どうでもいいような話題をお互いに提供しては、笑ったり呆れたり。

 日常ってのはまあそんなものの連続で出来ています。ずうっと腹抱えて笑える話題を提供しろとか無理でしょう?


「で、合い鍵だけど」

「ん? 欲しい? 許可得て入ってもらわないと困るとかだったら渡すよ? 私もみゃーくんが嫌がることしたいわけじゃないからね」

「や、返さなくていいしいつだって入ってきていいんだけどさ。無くしたり盗まれたりするなよ、って。それだけ」

「あー……私の失敗でみゃーくんの家に泥棒入るのは、心に乗っかる重しがヘビィだね」

「おーいぃ? 罪悪感だけで済ますなよこんにゃろー。べつに俺に盗られて困るもんとかないけど、入られるってだけで嫌なもんだろ、そういうの」

「あはは」


 そう、幼馴染。

 両親が親友同士で、産まれた病院が同じで、産まれた日時も同じで、名前も漢字違いなだけで同じ“みやび”。

 そんな俺達は、みゃーくんみゃーさん呼び合う仲であり……恋愛のれの字も知らない、けれども腐らせるつもりもない仲であった。

 そんな俺達だから、時折将来のことを考えては、お互いに呟いたりしている。


「私達、将来どーなってるかなぁ」

「まあ、どっか就職するとして、仕事場が同じじゃなけりゃあいずれ疎遠になっていくんじゃないか? 家から通うのかも怪しい」

「アパートとかマンションに部屋取るの?」

「仕事に寄るだろ。まだ漠然としてるけど。それより大学の心配じゃないか?」

「あっはは、大学の心配かー……来るところまで来たって感じで、心に乗っかる重しがネバついてそうだねぇ」

「将来のこと話し出したら、お前いっつも拷問レベルで重し乗っけてるだろ」

「まだ早いよー。もっと気楽に生きたい。私の全部をあげるから、養って、みゃーくん」

「あー……それもいいかもなー。一人暮らししてみて気づいたけど、家帰って“おかえり”が無いと寂しいんだよ。お前が家に居てくれて、おかえり言ってくれるなら頑張れるかもなー……」

「愛は無いのに?」

「縁ならあるだろ。腐らせるつもりはないけど」

「うん、腐らせるにはもったいないよね、幼馴染って関係」


 やっぱりくすくす笑って、雅は俺の腕に抱き着いてくる。

 その顔には照れも恥もない。いつも通りの、少し眠たそうな顔がそこにあった。少し楽しそうにしながら俺を見上げるこいつは、部分的に肩まで伸びる茶髪を頬ごと俺の腕にこすりつけて、「どうどう? 相手が私でもこういう仕草の女子ってドキっとする?」なんて笑う。ほれ、こんなもんだ、幼馴染。よーするに、俺達は近くで育ち過ぎたのだ。こいつは俺をからかい始めると、自身の豊かなる実りの下まで届くもみあげを、指でいじくり出す癖がある。何故もみあげだけそんなに伸ばすのだろう。なにかの願掛け?

 まあともかくだ。……幼馴染の話だが、幼馴染同士が結婚する確率とかご存知? 結構。呆れるほど低いから、コメは望めてもラブなんて滅多なもんじゃない。それが幼馴染だ。

 そして、俺達の間にそういった恋愛感情、なんてものはこれっぽっちもなかった。

 そのくせ関係は大事にしてるから、嫌うでもなく離れるでもなく、気を許し合っては身を寄せ合って、同じ漫画や動画でわははと笑う。そんな、仲の良いキョーダイレベルな関係だった。


  ……そう、“だった”のだ。




承1/幼馴染同士が結婚までいく可能性は3%程度らしい


 ファーンフォーンチャーンチョ~ン…………音の外れたチャイムを耳にしつつ、今日も今日とてお昼である。


 Q:学校で過ごす時間の中で、どんな時間が一番好き?

 A:ヴェンジョにてスモールを解放し終えた、あのぶるるっとくる瞬間とか


 いや、そうではなく。いや、そうだけど。

 多くの人はメシ時だと答えるのだろう。まあ、俺も中々好きではございます。窓際真ん中の席が俺の席。前は幼馴染。そんな幼馴染が、椅子を軽く引いてからぎゅるりとこちらを向く。


「みゃーくん、お昼お昼。お昼どうする? 学食行く? 購買行く? それとも、わ・た・し?」

「おかえりなさい云々の話をしたその日の昼に、まさか『ごはん、お風呂、わたし』以外の選択肢が来るとは思わなかった」

「ちなみに私を選ぶと私の行動に付き合うことになるので、シェフのお任せフルコースになるよ? 私に全部任せるって意味で」


 任せる? たまにはいいかも。それにフルコースって響き、なんかいい。


「ほほうフルコース。ちなみに前菜はなにかな?」

「青汁」

「青汁!?」


 訊ね返すと、雅はその豊満な胸の先にある胸ポケットから、粉末スティック青汁を二本取り出してみせた。みせた、っていうか……一本渡してきた。


「いや青汁だけ渡されても。飲み物とかは?」

「水道水」

「いや……うん、予想はしてた。……え? スープ? それスープ枠なの? 聞きたくないけど……あ、いや逆に聞きたくなってきた。魚料理なに?」

「うおのめコロリとか」

「“魚の目”は魚じゃねぇよ。料理の二文字どこ行った」

「“口直し”には、幼馴染とのかぁるいお話合戦でも」

「そのお話の所為で困惑してるってわかってて言ってる?」

「もっちろんだよ、気づくの遅いよ大親友。はい、“肉料理”には皮肉をプレゼント」

「言葉遊び好きなぁお前……」


 今のところ、前菜が青汁、スープが水道水、魚料理に魚の目コロリ、口直しは会話、肉料理に皮肉、と来て、“デザート”と“コーヒーと小菓子”にはいったいなにが……?


「……なるほど、読めたぞみゃーさん。デザートは砂漠に見立てた“きな粉系”のもので、コーヒーと小菓子はそのまんまコーヒーゼリーかなんかだろ!」

「や、グラウンドの隅が空いてるからシート敷いてお昼食べない? コーヒーもお菓子もあるよ?」

「グラウンドの隅って。……砂マウンテンじゃねぇか。デザートを砂漠にしたのは間違ってなかったのに、そもそも誘い方が雑オブ雑だわ」

「べつに愛しの誰かを誘うわけでもないんだから、誘い方なんて雑でいいでしょ。参考までに、みゃーくんは私のことどう誘う? んー、たとえば免許取って、ドライブに誘う~なんて時」

「えー……我唱えん。我らを宿す黒き大地の上に、さしずめ、鈍色(にびいろ)(つるぎ)の如く、太陽の目から遠く、死の岸辺に誘う」

「それ運命という名のRPGのグレイブの詠唱ね。ドライブだよドライブ」

「それ以前に、俺とドライブとか嬉しい?」

「嬉しい嬉しくないで言うなら“楽しい”じゃない?」

「嬉しい嬉しくないで言ってないじゃないか」

「気になる相手誘って一緒に行けても、ガッチガチで緊張して会話どころじゃなかったら空気とか最悪じゃない。私はそんな、重苦しい息苦しい目まぐるしいの苦しいだらけより、たったひとつの楽しいを選ぶわよ」

「……まあ、恋ってガラじゃないもんなぁ」


 これだけ一緒に居て、互いのことを知って、けれど一緒になるというイメージは湧かない。

 あるのはあくまで超至近距離を許せる赤の他人だ。


「けどさ、自分にそういう相手が出来る未来自画像とか描けるか? 恋だの愛だの~って」

「無理だね。即答出来る」

「その心は?」

「自分が認めた奴じゃないのに、自分の体を許すとかさぁ……私にゃ無理だ。で、私は男を認める度量がこれっぽっちもない」

「俺は?」

「みゃーくん男っていうか幼馴染だし。むしろ家族的な?」

「お前は家族だったら誰であろうと腕に抱き着くんかい」

「おや、言われてみれば。んー……よしみゃーくん、私にキミを男として認められるように頑張っておくれ? 好きになれたら結婚しよう。私の全部をあげるから養って?」

「だからそれがハードル高いっつーとんのじゃい」

「大親友相手を恋人として見るって、やっぱり難度高いよねー。私だってみゃーくんに男を感じてアイラビュンとか難しいし。みゃーくんは?」

「正直俺もだな。や、そりゃ異性は感じるぞ? 女性にすることじゃない、って線引きはちゃんと出来てる」

「ん、そだね。でもそれだけだねぇ」

「そう、それだけだ」


 最低限を守っていられてるだけだ。それ以外はかなりズヴォラ。

 などと言っている内にグラウンドの隅にある、何の用途でここにあるのか分からない、砂の山の傍まで来る。

 雅はそこにシートを引くと、すとんと座って横をぺしぺし叩く。座れってことらしい。


「ほいおべんと。残念なお知らせだけど、青汁のおかわりは無いの」

「ちっとも残念じゃないんだが」

「そう? そりゃ結構だね」

「ていうか普通に習慣的に野菜食ってる奴に、青汁奨めるのってどうなんだ?」

「んー……例えばさ、野菜好きの人が居たとして、様々な野菜を摂取してると思う? 野菜めっちゃ好き! でもレタスしか食いません。はい、栄養足りてますか?」

「ちくしょう言い返せねぇ」

「うんうん、自身の敗北を認められるって、素晴らしいことだ。男の子なら特にね。負けず嫌いと負けても負けてないって性格のハイブリッドが男性って存在だー、なんてなんかどっかの研究者さんが言ってたし」

「お前、ゲームで負けたら勝てるまで挑んでくるだろうが」

「負けを認めた上で挑戦するという、その素晴らしい向上心を認めてくれたり?」

「わざと負けたらリアルファイトに移行するくせに」

「合気道を極めんとした私に、一般人男性のみゃーくんは時折負けるサダメにあるんだよ。あ、ところで今まで試した合気道の技で、一番効果があったのってなに?」

「合気道の超基本、受け身マッスルアタック」

「わー……なんだろちっとも嬉しくない」


 寝転がりながらゲームをしていると、背中に女性の全体重のほぼが落下してきます。胃が口から飛び出るかと思った。

 他の合気道技? 受け身に比べれば子供の遊びだった気分だよ。こいつ、合気道なんてネットで齧った程度ですぐやめたし。

 まあ、原因は受け身マッスルアタックで俺がしばらく動けなくなって、こいつが両親にガチ説教喰らったからなんだが。極めるつもりは一応あったらしい。


「けど弁当かー……急に作ってくるとか、なにか考えがあってのことか?」

「昨日たまたま幼馴染ものの好まれるランキングーみたいなのを見てさ。ふむ、ヴェントゥ……作ってみるのもいいかも、とただのノリで」

「……お前ってそういうやつだよ」

「中身はコーヒーゼリーとクッキーなんだ、味わって食べてほしい」

「さっきの“口直し”まだ続いてたのか!?」

「なんだかむしょーにコーヒーゼリーにハマる時ってない? 私はある。あとクッキーはなんだかんだ美味しいし」

「せめて主食くれない? 男子高校生の昼メシにゼリーとクッキーってお前……」

「先にシェフのお任せフルコースって言ったよ? 私」

「OH……絶望しかねぇ」


 ていうかこの楕円形の、いかにも女子が食べますよって感じのおべんと箱に、ぎっしりとゼリーとクッキーが……!? 想像するだに恐ろしいんだが。

 なんてことを思っていると、雅がそっと目を伏せ両の頬に揃えた指を添えて、くねくねし出した。


「そ、それでっ……! 私、誰かに愛してるって……言ってもらえそうかなっ……!」

「え? そこに繋がるの? 世界中の男子高校生に宣戦布告してるとかじゃなくて?」

「恋という名のバトルに宣戦布告、って意味では。漫画とかの女の子はすごいねえ、演技で頬を染めるとか無理だよ私」


 あっはは、と手をひらひらさせて笑う幼馴染。……うん。こいつ結婚とか無理だわ。しみじみ思った瞬間だった。

 そういや晴子さんもこいつのことかなり諦めてた感じだったし……ちらちら俺を見る回数が最近増えた気がするしなぁ。

 働き者の奥さんで、娘がコレで、嫁の貰い手とか大丈夫かな……とかたまに俺に漏らすから、なんだか最近周囲が怖い時がございます。

 や、俺選べるほど顔面偏差値とかよくないと思うんだけどね。

 ていうか俺への性格がこれなだけで、外見も成績もかなりいいから、俺から離れりゃ引く手数多だと思うんだが。

 ああでも身内として知っている分、晴子さんも俺と同じ気持ちなのかもなぁ……。


「んー……でもさ? そんながっついてまで相手欲しいかなぁ。そんながっついてもさ? どうせ我儘放題のクソ異性しか掴まらないよ?」

「お前は外見もいいし、性格だって“いい性格してやがるぜ……!”って顎をグイと拭われそうな性格してるんだし、俺よりは選べるだろ」

「その無駄に豊富な比喩表現はどっからくるのさ。顎グイってバトル物とかでライバルキャラがやるやつじゃん。あーでも、選ぶ……選ぶねぇ。あのね、みゃーくん」

「なんだいみゃーさん」

「私、クソ異性しか掴まらないって言ったよね?」

「選んでもクソ異性なのかよ。辛いな、現実。わかる気もするけど」

「でしょー? 騒ぎ始めりゃウェーイしか言わないような集まりばっかじゃん、カーストがどーとか言ったって、結局はノリが良くて顔がいいかで選ぶんでしょ? 私、ちゃんと日本語で騒げる恋人が欲しいのよ? そんな、MUGENでキャラ作ろうと思って陽キャ寄りの誰かをイメージした瞬間、ネタに走ってヴォルフガング・クラウザー=サンをベースにした謎キャラを作るが如き無謀さとか要らないから」

「例え長ェよ」


 ツッコんでみれば、ふむと顎に指を当てる雅は、当てていた人差し指をくるりと回し、言ってくる。


RBSP(リバスペ)のクラウザー=サンいるじゃない?」

「居るな」

「カイザーウェーブのボイスあるじゃない?」

「あるな」

「編集でウェーブだけ取るじゃない?」

「取るなぁ」

「ウェ~イとしか聞こえないじゃない?」

「聞こえないなぁ」

「勝利ポーズに少し溜めたあとに腕突き上げるアレ、あるじゃない?」

「あるなぁ」

「そこにウェーイボイスをつけるじゃない?」

「なんでだよ」

「ほら、陽キャ」

「あのデコバッテンマッスルを陽キャと言い切る勇気」

「はじめてMUGENに手を出してみたきっかけがそれでねー? クラウザー=サンの行動ボイスを全てウェーイにしたら、もう笑ったね、お腹抱えて笑った。ブリッツボールもレッグトマホークもアンリミテッドデザイアーも、ウェーイしか言わないの」

「………」


 想像してみた。…………笑った。特にデザイアー。DMCの連続“ンウェー”を彷彿とさせるなにかがあった。


「ウェーイって言って腕をクロスして相手を引きずり込んで、ウェーイって言いながらギガティックサイクロンするクラウザー=サンの完成を以って、あの日私の腹筋は翌日の筋肉痛を余儀なくされた……」

「そういえば新種の腹筋方法が確立されたんだ……! とか親指立ててた時期があったな……」

「飽きるまではかなり効果あったね。そしてMUGENも引退したの。まあそんなわけで……うん。とりあえずウェーイ言って、ディヤッヒャッヒャッヒャって笑いながら手ェズッパンズッパン叩いてれば陽キャなんだよね? あ、あと顔がいい」

「お前の陽キャ知識」

「陽キャの定義なんて知らないしね。陽キャって書いて一発で変換されるようになった世の中なんて、正直頭痛のタネレベルだよ」

「それはわかる気がする」


 でも大丈夫かなぁこいつ。顔もいいし性格も“いい性格”してるのに、いろいろ台無しな部分もあるしなぁ。

 悪い人には騙されない慎重さは持ち合わせてるけど、騙されなくても自爆でいろいろとやらかしそうな……なぁ?


「というわけで、私としては将来そんなウェーイなノリだけで女をモノにしようとする、面白みの欠片もない男なんてごめんなわけなんだよね」


 雅は弁当箱からサンドウィッチを召喚、もふりと食べ始めた。

 対する俺はゼリーとクッキーらしいのだが……と、開けてみれば……その先にある黒い物体にヴ、と妙な音が喉から出そうになったけど、ふわりと香るものにアレ? と首を傾げた。


「どジャアァァァ~~~ん! のり弁風のり弁当さ!」

「いやそれのり弁やん。ていうかゼリーのゼの字もないんだが」


 黒い物体は海苔であった。その下には……ふりかけごはん。あら大好物。安上がり? 結構じゃないの。


「嘘だからね。で、そのおべんとさんは、お弁当屋さんののり弁に限りなく近い作りをしております。参考にのり弁買ってきたくらいだし。でもそれを渡すのは味気ない。なので1から作りました。ビショージョの手作りヴェントォーだぞぅ? ウ~レスィー?」


 ……参考に海苔弁を買ってきた、とな。こいつまさか、その所為で修二さんのキュウPゴーア・メタリックシルバーが肉まんになったんじゃあるまいな。

 まあ、過ぎたことだし、嬉しいとは感じるわけだから、すいません修二さん。


「…………なるほど、一周回って嬉しいわ。サンキュ」

「おべんと作りって報われないよね。あんな手間暇かけてんのに返事がサンキュだけだよこのトーヘンボク」

「おーいシェフのお任せフルコースー」

「お任せ言ったのは今日の私だ! 昨日仕込んだ私は言ってない! つまりこれは昨日の私の悔しさだ! 甘んじて受け取れ炸裂馬鹿!」

「おう、受け取って、現在進行形で食ってる…………んまいなコレ。ほんとありがとな。明日は俺が作るから、手ぶらで登校よろしくな」

「こ、このエロスが!!」

「手ブラじゃねぇよ」


 阿呆なやりとりをしながら食事を続ける。まあ、うん。な? わかるだろ? こいつと恋仲とか……なぁ。でも言いたいネタが一発で分かるくらいには、こいつのことも分かってしまっているわけで。そんな女性とはそうそう会えるとは思えないわけで。

 でもなぁ、こいつが自分に惚れるイメージとか沸く? 誰かに惚れたこいつとか、想像出来る? 無理だろ。

 惜しいなぁほんと。友人枠ならほんと気も許せるし、ほんと背中も預けられるような奴だし、ほんと傍に居て安心できる相手なのに。ほんとほんと。


「………」

「? どしたの?」

「いや。性格……っていうのかな。自分の意識改革とかがズバっとできれば、お前のこと好きになって、お前にも好きになってもらって、こうして馬鹿やりながら好きでいられたりするんかなーって」

「んー…………おー、あー……んん、いいねそれ。好きになれるかもしれない人、を探し続けるよりよっぽど有意義な気がする」

「どんだけ探したくないんだよ」

「クソ異性はどうやったってカテゴリ分け出来ないでしょ。出来て、クソウェーイ人か、クソナルシス人くらいじゃない? 私には無理だよ、あのテの人種と会話するだけで寒気が走るのさ。基本人の話なんて聞かないし、ノリだけで強引にグイグイ来るし」

「彼女はナンパに遭ったことがございまして、その時の男が大学通いの集団粘着性ミリオンウェイサーだったのでした」

「説明あんがと。ウェイ系サークルってなんだろね。ウェイ言ってりゃ人集まるの? とか思ってたら、頭おかしいくらい部員居て引いたよわたしゃ……というわけでハイ採用。意識改革、やってみよう?」

「具体的には?」

「んー……習慣自己催眠って知ってる? 毎日起きた時と寝る前に、鏡を用意して自分に言い聞かせるんだけど」

「あー……聞いたことあるな。ていうか俺が勉強してる横でお前がWetubeで見てたアレか」


 思い出して言ってみれば、雅がこくこく頷く。口には唐揚げ。冷めても美味である。

 俺はといえば、海苔の下にふりかけがまぶしてあるご飯をがぼりと口に放り込むと、もぐもぐと味わっている。……んまいなこれ。のり弁の再限度が高い上に美味い。いい仕事。

 ところで唐揚げをどこぞで買ったとして、作り置きをパックで渡された時ってショック無い? 俺、二度揚げすると硬くなるとかそんなんいいから、“熱くてカリッとした唐揚げ”が欲しい男です。


「んぐんぐ……ふぉう、ふぉれをふぁ? …………ぷはっ、そう、それをさ? お互いにやってみるのはどうかな。好きになれれば万々歳。お互いに最高に気を許せる恋人が出来るわけさ! 素敵じゃない! まあそんなもんが効くだなんてこれっぽっちも信じてないわけだけど」

「ちったぁ信じる心を養えアホゥ」

「信じてるものくらいあるわよ失礼だなぁ。まずみゃーくんの人間性を信じてる。あとはみゃーくんの将来性とかみゃーくんの凡人性とかみゃーくんの───」

「一言で済むことをわざわざ増すな。恥ずかしいでしょーが……!」

「え? 済む? んー……一言ぉおお………………、…………あ」

「?」

「……みゃーくんは巨乳好きだ」

「信じる心の在処(ありか)よぅ」


 まあ、巨乳大好きですが。そして、雅のバストは豊満ヤッター! と、こんなことがございましたからには、ちったぁ努力なさいってことになりまして。

 話し合った結果、友人、親友って意識をお互い無くした先に、自分達の理想の男or女が居ると分かれば、躊躇も必要ないわけで。


「じゃ、早速今日からね」

「今日から、って。実際どうやるんだこれ」


 さて、こうして俺達の習慣自己催眠? は始まったわけだけど、やり方が少し違っていた。

 習慣自己催眠は文字通り、自分で自分に語り掛けるっていう変な行動を習慣化させるものだ。

 しかしこれが案外効く。

 些細なことでもチリツモでございます。そう、ピュアなる粉雪のように……!


「じゃあみゃーくん」

「なんだいみゃーさん」

「好きだ!」

「声だけ迫力あるのに顔が無表情ってスゲーなおい」


 漫画とかなら“どーん!”とかオノマトペ貼られてそう。それもう告白現場の効果音じゃないよね?


「ほらほらみゃーくんも。お互い好きだ好きだ言って、心の底に“実はあいつのこと好きだったんだ”を刻み込むの。ていうかむしろ私に恋を教えて? 恋出来たら私の全部をあなたにあげる」

「だから養え?」

「好きになれたら、全力でサポートするよ? あなたのためなら全力で働いてみせるーとか言える自分を、自分でも想像出来ない私を変えてみたいって思わない? むしろ私はそんな自分を見てみたい。実感したい。人が変わる、って自分がなったらどんな気分なんだろ。気にならない? その先で生涯の伴侶が見つかるとか最高じゃないのさ」

「…………親に存在疑われて追い出されないか?」

「相手がみゃーくんだったら手放しで喜んでくれそうだけど。私の両親、顔がいいだけの友人たちに散々と騙されたらしいからね、中身で勝負! でも自分達は顔がいい。理不尽だよねぇ」

「お前が言うな」

「んー……私綺麗? みゃーくんから見ても?」


 照れる様子もなく、軽く腕を挙げて自分の腰回りをキョロキョロ見るような仕草のまま訊ねてくる。まあ、綺麗かどうかと言われれば確実に綺麗なんだが。


「綺麗で胸大きくて安産型で、腰もスラっと。性格なんて傍に居て欲しいランキング常に一位で、俺の理想が全部詰まってんのに、なんでモテないのお前」

「みゃーくんにべったりだからじゃない? ていうかそのランキングもみゃーくん基準でしょ?」

「……外から見るとそうなのか。マジかよ」

「うんうん、……んっ、んんっ! ……すぅ、はぁ───“なんで……なんであんな普通顔の男とっ!”…………なんて言ってくる男子も居たからねー」

「アルティメット級に熱の籠った演技でそれを俺に言う必要」

「馬鹿だよねー、それを相手に言う男子が、言った相手に好きって言ってもらえるって思ってるのかね? 私は人を蹴落として一番を目指す人よりも、努力で悪いところを直せる男性に好感を持つ女だよ? だからみゃーくん、是非私を惚れさせて? ハッキリ言うと、これだけ良い条件揃ってるのに惚れない自分がなんかヤだ。私の理想ランキングだってみゃーくんダントツ一位なんだよ? なんで惚れないかなぁ私」

「だからそれを俺に言う必要性」


 告白したわけでもないのに、面と向かってあなたに惚れてませんって言われる男子の身にもなってくれ。


「潜在意識内の私よ……顔か、顔なのか。私みゃーくんの顔大好きなのに。見てて安心する顔ってよくない? 私は良いと思います」

「それ言われた俺はどう反応すりゃいいんだ」

「というわけで、気がついたら告白する、みたいな習慣を作ろう。大丈夫大丈夫、周りにはまた新しい遊びが始まったーくらいにしか思われないだろうし」

「それでお前が男子から告白されまくるようになったら?」

「え? あー……俺も俺も~って? ……みゃーくん、“なったら?”と訊かれても、普通断らない?」

「そりゃそうだ」


 訊くまでもなかった。

 というわけで、なんか告白型習慣自己催眠が始まるらしいです。

 これ、起承転結で言ったら、決着はどこに落着するんだろう。

 あ、たぶん今が丁度起承転結の承あたりだと思います。


「ところでみゃーくん。一言で終わる信頼の在り方ってなに?」

「信じることを並べても、俺のことしか出てこないんだったら“俺を信じる”、だけで十分だったろって話」

「うん、私みゃーくんが巨乳好きであることはこっれっぽっちも疑ってないよ?」

「そうじゃねぇよ」


 ……承か? これ。





転/弥弥弥(みやび)くんと(みやび)さん


 放課後、外に出ると雨だった。天気予報はここらの地域のもので間違いなかったらしい。


「雨かー……傘、無いよな?」

「好きだ!」

「少しは脈絡持とう?」

「隙あらば告白、とかよくない? 人間ってほら、不意打ちでドキィッとさせられるの、好きでしょ?」

「お前の例えのそれは、ホラーハウスとかで嫉妬に狂って自殺したマダム系ゴーストが言う類のものだ」

「……なんか血の涙とか流しながら、アタイと死んでェエェエとか言って襲ってきそう」

「外見マダム呼ばわりのゴーストが自分をアタイってお前」

「既婚女性をただ普通にマダムって呼ぶことあるけど、“地位の高い女性”って意味もあるからねー……でも地位が高くてもアタイって言っちゃいけない理由はないんじゃない?」


 昇降口で突っ立つ。どうしよう。あの時引き返してでも傘を持ってくるべきだったか。


「こういう時に忘れ物の置き傘を望むお話とかあるけどさ、普通に窃盗だよね」

「返せば問題ないとか、そういう話じゃないもんなぁ……なぁみゃーさん」

「ん? どったのみゃーくん」

「好きだ」

「窃盗が?」

「そうじゃねぇよ」


 不意打ちにもなりゃしねぇよ。

 まあでも、俺達ってそんなもんだよなぁ。


「しとしとと雨が降り、昇降口に並んで立つ高校男女。静謐なる空間にて、幼馴染である二人は互いに意識し始め……ついに、言葉を発した。───いつ止むかなぁこの雨」

「雰囲気出しながら語っておいてそのオチ」

「男女が居るからってなんでもかんでも恋愛に結び付けるなーって教訓じゃない? みゃーくんだったらそんな意識した異性になんて声かける?」

「傘持ってるか?」

「え? みゃーくんにとってその異性って、傘持ってない相手を傍に感じつつ、実は自分は折り畳み傘を鞄に仕込んでいるのに持ってないフリして愉悦に浸っているような、頭ン中クズの女なの……!?」

「だから例え長ぇーって。あとなにその愉悦女子。怖いわ」

「みゃーくんの理想の女子像ってどんな感じかなぁ。愉悦女子は怖いんだよね?」

「理想はお前だよ。なんで惚れないのか謎だけど」

「私の理想もみゃーくんだ。好きって気持ちが無いことだけがほんと残念」


 人って不思議。なんともふーしーぎー。

 けど惚れないのも事実なわけで。

 世の中の男女はどうやって結婚まで踏み切ってるんだろうな。

 物語の中にあるような燃え上がる恋とか、してみたいのに沸き上がりもしない。


「みゃーさん。好きだ」

「みゃーくん、好きだよ」

「………」

「………」

「ドキっともしねぇ……俺頭おかしいのか……!?」

「私もだー……なんかほんと自分が嫌になるなぁ。理想がたっぷり詰まったみゃーくんなのに、なぁんで惚れないかなぁ。こういう時ってほら、胸にズキュゥウウンとか来るもんなんだよね?」

「人の告白を“ブ厚い鉄の扉に流れ弾丸の当たったような音”で例えるのはやめろ」

「わはは」

「……難しいなぁ意識改革。実際、お前みたいな女子に嘘でも告白されりゃあドキっとするもんだろうに」

「ちぃとも心が動かない?」

「お前もだろ?」

「まさにまさに」

「……試しに別の誰かに告白してみる、とか?」

「大親友が適当な男子に好きだーって言ってる場面、思い浮かべてみて?」

「俺そいつ嫌い」

「私もそうなるって話。つまり私達はね、みゃーくん。お互い大親友として好き合っているのに、相手に異性の相手が出来ることにとても深い嫌悪感を抱くという、とーってもめんどくさい人間なのだよ」


 OH……なんてこと。まじか。まじだった。想像しただけで腹立つわ。

 “じゃあ好きなんだろいい加減にしろよめんどくせぇな”と自分に向けて苛立ってみても、“や、親友にそんな感情向けないから”とか心の波が凪ぐ始末。

 男女の友情は不可能だ、なんてものがOワイルド氏の言葉で存在する。情熱と敵意と崇拝と愛はあるけど友情は無いんだそうだ。

 これは……俺らの場合は何に分類するんだろう。友情じゃないなら……情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ? はたまた速さか早さか早坂ハーサカ。


「俺達の場合、Oワイルド氏の目から見てどう映るんだろうか」

「愛じゃない? 家族の方の」

「あー……」

「情熱敵意に崇拝と愛、これらじゃ愛くらいしか無いでしょ。情熱で言ったらなにがありそ? みゃーくん的に」

「情熱かー……物事に関して激しく燃え上がるような感情。……ないなぁ」

「ないよねー」


 しとしとと降る雨。雨空をぼーっと眺めつつ、そんなことをだらだらと言い合う。


「じゃあ、私が他の男子に告白してたりしたら、みゃーくんの心情は?」

「んー……情熱的だな。敵意側で」

「おお、敵意の項目が埋まった。じゃあ崇拝は?」

「俺みたいな性格のヤツを大親友って言えるだけで、凄い、偉いって思えるわけだが」

「あ、そっか。お互いが好きな理由ってそういうところもあるよね。あくまで友達として、なんだけど」

「だよなー。項目『愛』は……まあ、そういう感じだよなぁ」

「やっぱり愛なのかねぇ私達。家族方向での」

「幼馴染っていうのもいろいろあるんだろうけど、俺達のはちと特殊?」

「例は結構あるんだろうけどね。幼馴染としては家族級に気が許せるけど、お付き合いって感じじゃないんだよね。世に恋愛感情、なんてものが存在しないんなら、みゃーくん以外を選ぶ理由がこれっぽっちもないくらいだ」

「恋に恋してるよなぁ俺達。でも、自分の感情に妥協すんのがすげぇムカツク」

「そうそれ。恋をしてみたいのよね。それこそ情熱って言えるほどの恋を。あと友情否定されるのも腹立たしいっていうか。自分でこれは友情じゃなかったー、って自覚するならいいよ? でも他人に“いや男女間に友情とかないから”って言われて納得するのはなんか違うでしょ」

「きっちり納得した上で、友情か家族愛か、はたまた恋愛に発展するのかを見届けたいよなー」

「そうそれっ! もうみゃーくん通じ合ってる! 好き!」

「俺も好きだぞー。ちっとも胸トキメかねぇけど」

「ちくしょう私もだ」


 ガスガスと昇降口の石床を踵で蹴る雅。

 しかし動かん心は動かんわけで。

 意識改革なー……難しいなぁこれ。


「で、傘どうする?」

「みゃーくん、私を抱き締めて?」

「あ、そうか。抱き締めてりゃその部分はそう濡れないよな」

「うんうんっ! じゃあ、はいっ♪」


 両腕を広げてカマン状態な幼馴染。

 ……うん、清い男女なら、こんな時は赤くなってもじもじするんでしょうね。

 抱き締めてとか言われてもこれっぽっちもトキメかねぇよ俺。


「なんなら俺がお前をタワーブリッジすれば、俺はかなりの面積で濡れずに済むんだが」

「そんな理由で女子に触れたがる男子なんて初めて見たよ私」


 とりあえず抱き締める。

 よくあるすっぽりさんなくらい、雅の体が俺の腕の中に納まる。


「好きだ」

「……………………だめだ、今絶対抱き締めた瞬間言うだろうなぁとか準備出来てた所為もあってか、余計にトキメかない」

「だろうなと思ったよ」


 分かり合いすぎる幼馴染っていうのも、これはこれで問題だった。


……。


 歩く際に問題はなかった。

 二人の息は、どんだけ練習したんだってくらいぴったりだったし足を蹴り合うこともなく、スタスタと歩けた。

 雅が前、俺が後ろを歩くことで。

 抱き締めてるんだから当然、俺の前半身は雅の背や腰、尻に当たるわけだが。

 異性は感じる。相手はきちんと女性なわけだから、裸を想像すればそりゃあ興奮はするのだろう。

 けど、それに対して“性的に穢したい欲求はあるか?”と訊ねられればNO。

 歩くたびに動く安産型さんがむちりと揺れ、俺の股間が当たっても、ジュニアがご起立くださる様子はない。大丈夫なのか俺、と心配になる今この時。


「私って女としての魅力とかないのかな」

「美人さんだし胸大きいしお尻大きい腰細い。魅力満点だろ。むしろ俺に男子の魅力とか欲しい」

「みゃーくんは私の好みドストライクすぎるし、言うのが私だけでいいなら魅力満点だよ?」

「……なんで惚れないかなぁ」

「……なんで惚れないかねぇ」


 胸がドキュンとくるような恋愛がしてみたい。

 が、それは案外レベルの高い感情というものだったらしく……俺達は、好ましい相手がすぐ近くに居るというのに、その人物にこそ恋が出来ていなかった。


「……好きだぞ、みゃーさん」

「好きだよー、みゃーくん」

「好きだー」

「好きー」

「好きー」

「好きー」


 歩くたびに、体が触れ合うたびに言ってみるけど、効果はない。

 そのくせ、濡れた雅を誰かに見られるのは嫌だからと、制服の上を雅の胸の上で縛ってガード。

 うむ、これで胸は濡れない。


「今さらだけど、こうしてると前から後ろからみゃーくんに抱き締められてるみたいだねぇ」

「ブレザーの袖、背中側で縛ってる感じだしなー。なるほど、言われてみれば確かに」

「恋愛ものとかだと、こんな瞬間に頬染めたりして頭の中でそーゆーこと思い浮かべるだけなんだろーね」

「ああ、そーだなー」


 しかしトキメかない。

 時折傘を差した人が横を通っていくわけだけど、目が合うとぎょっとしたのち、なんだか微笑ましそうな顔をして通り過ぎていく。


「でもさ、みゃーくん? ブレザー貸してくれるなら、抱き合う必要無くなかった?」

「胸デカくて前がきゅーくつになるからそうなったんだろうが」

「OH、みゃーくん好みに育ってくれやがって、このわがままおっぱいめ」

「ほんと、なーんで惚れないかなぁ」

「……もしや惚れすぎてて、感情が麻痺してるとか?」

「なんなら一定期間、関わらないようにしてみるか?」

「好きだ合戦始まってから一日も経ってないのにその提案なの?」

「いや……正直効果無さそうだろ、これ」

「もっと真剣に言ってみるとか。なんかどうにもさ、ほら。おふざけ混ざっちゃう気がしない?」

「まあ、わかる」


 けど、真剣にって言われてもな。

 じゃあ……んん、あー……おう? どうやって?

 真剣、真面目……? いや、こういう場合は硬く考えるのではなく……そう、いっそ、こう……こいつを絶対に、俺のものに……俺に惚れさせて、俺も好きになって、ずっと傍に居てほしいって想いを込めて。


「…………雅、好きだ。ずっと俺の傍に居てくれ」

「………」

「………」

「………」


 効果無しである。まあ所詮こんなもんだ。


「……あっ、雅って私のことか!」


 ていうか届いてなかった。


「みゃーくんみゃーさんで慣れてたから気づけなかった……やばいねこれ、相当やばい」

「真剣な告白も、呼び方云々で抜けた感じになるからなぁ……一応真剣味を出すために、みゃーさんじゃなくしてみたのに」

「にゃはははは、残念だねー。でも、まあ、うん。それならこっちもだ」

「?」

「……うん。私も、弥弥弥くんにずうっと傍に居てほしい」


 回している腕に、雨に濡れた手を添えるようにして、自分の肩越しに俺を見上げる雅。

 ……雨のしたたる髪が顔に多少張り付いても、息を飲めるほどの美人がそこに居た。

 うーん。


「わっ……ど、どったの? 急に頭なんて撫でて」

「恋と愛って、勉強してどうにかなる感情なのかなーって」

「あー……なるほどねー……」

「勉強しなきゃだなー」

「勉強しなきゃだねー」


 頭、というか……成績はそう悪いものじゃなかった。

 成績は似たり寄ったり。

 そんな俺達二人は家の前までえっちらおっちら辿り着くと、お互い手を振って別れた。

 こういう時、お隣同士ってのは分かれるのも別れるのも簡単で助かる。

 鍵を開け、家に入り、直行で風呂まで行って水を解放。温度が熱くなってくれば服を脱いで洗濯機に突っ込んで、風呂場に入れば頭からシャワーを浴びる。


「……………」


 ざああと、雨とは違って熱めの雫群が体を打っていく感触が心地良い。

 温度の所為か赤くなっていく肌を見下ろしつつ───


「~~~~~」


 きっと赤くなっているであろう顔面も、今なら誤魔化せそうな気がした。

 いや……いや。いや、いやいや。いやぁ。

 ……………………イヤァアアアアアアッ!?


「弥弥弥って! 弥弥弥くんってお前! アホだろ俺! え!? 呼び方!? 呼び方ひとつで!?」


 雨の中、俺の名前をちゃんと言って、振り向き見上げてくる雅。

 安心しきった、俺の、男の腕の中なのに緊張のひとつもないあの笑顔が、ちゃんとした弥弥弥な俺に向けられて。

 あ、あー! あーそう!? そういうこと!? 俺みゃーくんなんて親が決めたあだ名じゃなくて、弥弥弥って、ちゃんと弥弥弥って、雅にこそ認められたかったの!? アホじゃない!?

 うっわやば! やばい! 恥ずかしい嬉しい口角が持ち上がんの止めらんねぇ! うっわ嬉しい!! 好き! なんかもう……好き! あーこれなの“好き”って! 今まで反応しなかった分が、いっぺんにやってきたくらいに好き! うぁああやばい! やばいやばい! やっ……ヴァアアアアアアア!!




-_-/高藤雅


 ぱたん、と。玄関が閉ざされたのと一緒に、ぱたたっと落ちた雫が玄関のタイルを濡らした。

 あー、結構濡れちゃったなー。胸とお尻だけはみゃーくんガードで全然だいじょぶだけど。


「おかーさーん、ごめーん、タオル取ってー!」


 こういう時、頼ってしまうのはお母さんだと思う。

 お父さんにタオル取ってーなんて言っても届かないだろう。


「………」


 返事がない。まるで空き家のようだ。


「あ、そだった」


 二人ともまだ仕事の時間だ。お仕事大好きな二人はもうちょい経つまで帰ってこない。あ、仕事好き、っていうのはちょっと違うか。家族の将来のためになることが好きなんだ。

 ははは、やだなぁ、鍵自分で開けた時点でそれ気づかないとかもー。


「しょーがない、っか。よっ、ほっと」


 濡れてしまった靴を脱いで、吸い付くように脱ぎづらい靴下をスポンと取って、ぺたぺたとお風呂へ直行。

 脱衣所で鞄を置いて、中身の体操服をカゴに出して、自分も脱いで……しまう前に、水を出してお湯になるのを待つ。この瞬間って寒くて寒くてたまらない。

 なので温度が変わってきたのを確認すると、早速脱衣所に戻って服を脱いですっぽんぽんに。

 ゆさりと揺れるお胸様に、よくぞここまで育った……と無駄な感慨深さを抱きつつ、いざ、シャワーを頭から浴びる。


「………」


 ……。


「………」


 あぁあああああああああっ!!

 みっ、みやっ、雅って! みゃーくんが雅って!

 みゃみゃみゃみゃーくみゃみゃみゃみゃみゃくみゃみゃみょみゃみょみょみみやぁああああああっ!?


「ななななんで!? なんで!? 馬鹿じゃないかな馬鹿じゃないかな!?」


 今まで全然平気だったのに! 呼ばれ方ひとつで!? あんなコロリって!? いやなんていうか重すぎてた感情の蓋がゴトリというかゴコッ……ズゴゴゴゴ……って動いたような!?

 でもそこから溢れ出したのは、今まで蓋がされながらも熟成された感情っていうか、アァアアアアアアアッ!!

 顔ちりちりする! 顔がっ! 頬がむゆむゆして……むずむずじゃないの!? なにこの表現しづらい感覚! 口角が! 口角が波立つ! 普通持ち上がるだけじゃない!? 波立つってなに!?


「あわわわわわわわみゃみゃみゃみゃーくんが……みっ……みやっ……弥弥弥くん、が、さっきまで、私のコト抱き、だき、しめ……めめめ……」


 みゃーくん違う、弥弥弥くん。言い直したら、重苦しかった心の蓋が、ドンチュウウウンって空へと飛んで行った。

 そして封印されし感情の奥底からは、やあ、と挨拶をするかのような親し気加減で、当然のように私のこれまでの感情に寄り添うと、ジョセフを喰らわんとするサンタナ、胡蝶しのぶを喰らわんとする童磨のように、私の感情を抱き締め吸収した。

 途端。


「……ぁ……」


 とくん、ことん、と……胸の奥が高鳴った。

 高鳴って、高鳴って……たたた高鳴って……! こ、これまで大親友として超至近距離で触れ合ってきた思い出を一気に思い出させて、手を繋いだことや腕を組んだことや、異性を意識させるためにわざともにゅりと胸を押し付けたことや───アーーーーッ!!

 馬鹿ぁああ!! 私馬鹿あぁあああああっ!! 痴女じゃん! 超軽い女じゃん!

 ちちち違うの! 違うのみゃ……弥弥弥くん! ああああだめだこれだめだもうみゃーくん呼べない!! み、みやっ……みやび……あああああああああっ!!

 YAHHHHHH(ヤーアアアアアア)!! YAHHHHHH(ヤーアァアアアア)!!


「あわわわわわわわわ……! はわぁあわわわわわわわ……!!」


 とくんとくんがどくんどくんになって、ドゴゴゴゴゴとトキメキどころかアレこれやばくないですか!? 私死なない!? 死因『初恋』とか恐怖以外のなにものでもないのですが!? ていうか恥ずかしさのあまり頭の中がサンドマンになってた! スパイダーマン3のサンドマン(まだ人間)って、なんで体が砂に分解されていく時、“ヤーアアアア!”って二回言ったんだろうね!? ───どうでもいいよそんなの!


「っ………………みやび、くんっ……!!」


 名前を呼ぶだけでこんなに恥ずかしくて、嬉しくて、……同時に、自分ってアホだなぁと思うのでした。

 あれだけ好きで、なのに惚れていない理由が、親が決めた呼び名でずーっと自分が認識されていたから、だとか。

 子供の頃からそう呼ばれていたから、きっと子供の頃に蓋をしてしまったんだ。

 私は弥弥弥くんが好きだった。だから、みゃーくんは好きになっちゃいけない。

 私をみゃーさんと呼ぶのがみゃーくん。なら、雅と呼んでくれるのが弥弥弥くんだ。

 おじさんもおばさんも、弥弥弥くんのことは“みやー”って呼ぶ。

 お父さんもお母さんも、私を呼ぶ時は“みゃーこ”って。

 だから意地になったんだ。いつかそう呼んでくれたなら、って、蓋をした。

 その蓋が強固すぎて頑固すぎて、でも好きは隠せないから、せめて家族として、みたいに。


「馬鹿だなぁ、あはは」


 あっつい雨が降る。さっきまで冷えてた体は温かい。

 でも、一番温度が高いのは、きっと胸の奥だった。


「───」


 今すぐこの想いを伝えたい。まさかたった一日で心の重しが飛んでいくとは思わなかった。

 あ、無意識だったけど心の重し言ってたのって自分的にヒントだったのかな。

 アホだなぁ私。

 伝えたらどうなるんだろう。伝えたら───


「あ」


 今までのみゃーくんの反応を思い出す。

 あれ? これ……詰んでませんか?

 え、え? これから私、こんな気持ちのままに自分を好きになってくれない人にアタックしていくの?


「えぇええぇぇ……」


 凄まじい試練がそこにあった。

 まさか同じタイミングで私のことを好きになってくれてるなんて、アホで馬鹿で、だけど奇跡みたいなことが起こるわけがない。

 では……では?


「───」


 声をかけてもぶつかっていっても、自分の所為で空回りして沈黙がお生まれになる未来しか浮かんでこなかった。


「うう、好きになるって大変だぁ……! だが負けぬ! 必ずしやあのトーヘンボクめをこの私に惚れさせてみせーる!!」


 よ、よし、まずはそこまで頓着してなかった容姿の方とか考えみよう。

 ファッションとか正直よく知らないけど、お母さんに訊いたりして。

 お、男心はお父さんに訊いてみればいいかな? ……からかってきたらどうしてくれよう。

 ん、んん……とにかく……とにかく今は、だ。


「~……今までの自分がめっちゃくちゃ恥ずかしい……!!」


 悪ガキのように弥弥弥くんにぶつかっていった自分が、どこか別の次元の野生児に思えてきた。死にたい。

 けど、でも、行動開始から一日で意識改革が出来たんだ、この調子でこなしていけば、きっと弥弥弥くんも……!


「ぁあああ……!! 頭の中の優先順位がなんかどんどん更新されていってる気分だー……! どーしてくれるんだよぅ、弥弥弥くんのあほー……!」


 弥弥弥くん。そう口にするたびに、口が勝手にだらしなく緩む。

 そう。同じ呼び方の名前。あの口が、雅って。私のコト、ちゃんと見つけて、認識してくれて。雅、って。あ、あぅ、あぅあ……えへへ……!


「───あっ、そ、そうだ、おべんと仕込まなきゃ……あっ、手ブラで来いって……えぇええっ!? あやぁあやや違う違う手ぶらで……でででも真心こめたおべんと食べてもらいたいし……って明日土曜休みじゃなかったっけ!? じゃあえっと、弥弥弥くんも忘れてた? そそそそれとも家でごちそうするから手ブラててて手ブラで来いってあわわわわ……! ……あ、そ、そう、弥弥弥くん、おべんと美味いって……サンキュって……えへへ───じゃなくてあああ、あぁああっ!!」


 感情がぐちゃぐちゃだった。どうしてくれよう。


「そそそうだ! 明日のおべんとがダメなら今日の晩御飯! 腕に縒りをかけて、頑張って……あっ、一緒の台所で一緒に料理とか新婚っぽくて……えへー……♪ へぷちっ!」


 シャワーを頭からかぶりながらえへへしてた所為で、ヘンなところに水が入った。

 へぷち、とくしゃみをしつつ、けれどとろける頭は安定してくれなくて。

 そんなこんなで慌てて狼狽えて暴走して、落ち着こう、ともかく落ち着こう───落ち着け! 落ち着いて!? ええい落ち着かんか馬鹿者ー!! などと自分をとにかく冷静にさせようと思考を巡らし、その方法を弾き出してみた。うん結論。


「……ワイズ」


 その日、男性が到達するであろう賢者タイム……サウイフ名ノモノニ、私ハ(すが)ッタ。

 ほ、ほら、私さ? 顔は良くても性格が男みたいとか言われたことあるし、きっとそういうのしても男の子みたいにえーっと賢者タイム? に入るに違いないし! みみみみみ弥弥弥くんだってそんな私だから異性は感じても惚れたりしないんだろうし!?

 いいもん! 私いいもん! 明日から頑張るもん! だから今日は賢者になるんだそうなるんだー!

 え? オカズ? …………


  ……結果。


  落ち着くどころか留まるところを知らなかった。




-_-/高梨弥弥弥


 風呂から上がると、体は程よいだるさに包まれていた。

 着替えを用意するのを忘れていたこともあって、丁寧に体を拭くと替えのタオルを腰に巻いて、部屋へと急ぐ。

 部屋に入れば着替えを済ませて、鞄を吊るしてエアコン発動。

 洗濯物は洗濯機に突っ込んできたし、では───


「有言実行だな」


 勉強しないとなー、と言った通り、異性に恋した男のこれからを……学ばねばならぬ。俺が学ばねば。


「えーと……」


 俺と雅は基本、ケータイとかいうものを持っていない。

 親の方針で、それを持っているとお互いの関係が希薄になりやすいからだ、とか。

 一緒に居るのに相手じゃなくケータイを見る人間になどなるな、というのが両親同士の決め事なのだ。

 そんなわけでインターネット系の環境は自分の部屋にしかないわけで。時間の確認が腕時計なのもそのためである。


「っと」


 SSDだからか起動が早い。

 そんなPCにニコリと笑みを送りつつ、早速ゴォグレクロームを開くと、メール通知。


「……みゃ……雅、から? ……」


 勝手に緩む口に手を当てつつ、メールを開く。と、晩御飯作りに行っていいか? とのこと。送信はついさっきだ。


「───」


 夜。好きになってしまった幼馴染と、二人きり。

 や、修二さんらが帰ってくれば、そりゃああいつも戻るだろうけど。

 でも、それまでは二人きり。


「っ……」


 ごくりと喉を鳴らすと、首を横に振る。

 はっはっは、おいおい現金だなぁみゃーくんよぅ。

 ついさっきまで体密着させて、尻に股間が当たろうがちぃとも反応しなかったくせによぅ。

 …………ご立派様がグワッハッハしております。誰か助けてください。

 思い出しただけでこれって! 馬鹿なのか俺馬鹿なのか!? ていうか痛っ! いったい! どんだけ漲ってるんだよ痛いって!

 あぁあああクラスメイトの馬鹿話に男って単純だなー、とかそんないいもんかー? とか言ってた俺、めっちゃピュアだった!

 でもだめもうだめ雅大好き愛してる!!


「どどどどどどーすんだ俺どーすんだよ! こんなマラ=サンのまま雅を家に招く!? 死ぬよ俺の精神!」


 むしろ嫌われたら死ねる! 幼馴染が家に来るだけでそんな反応して、変態なのかなみゃーくんは、とか惚れてもないなんでもない顔のままに言われて……あぁああああああっ!!

 そそそそうだ俺そうだよなんで忘れてた!? 雅、俺に惚れたりもしないんだぞ!? このままこうやって俺だけが好きで、なのに好きだ好きだって感情の籠もらん顔と心で言われ続けるの!?

 泣くぞ俺! 最初はグヘヘとか、あいつ俺のこと好きって言った~とか喜べるかもだけど、結末考えるだけで泣けるぞ!?


「アッ……」


 ジュニアが悲しみに屈した。息子よ……よくお聞きなさい。これからお前に話すことは、遠い昔から続く、それはそれは悲しい物語……これからお前とともに味わっていく、絶望に続く物語なのですよ……。


「…………好きになってもらうしか……ねぇよなぁ……」


 努力は大事。それはもう大事。

 故に、また難度でも、もとい何度でも努力するだけだ。

 頑張ろう、届かなくても、好きって伝えるんだ。意識改革、習慣自己催眠なんて前提での遊びでも、この想いがいつか届くと信じて───!


「……よし」


 メールを返した。晩飯、頼む。楽しみにしてる。好きだ。と。

 そう、そうだ。好きって、場所も場面も気にせず言える。我慢なんかする必要もなく。

 あいつのことだから、あの手この手で、それこそ顔を赤くする技法まで習得してでも意識改革を、習慣自己催眠を続けるだろう。

 それが実るならよし。催眠なんてものに頼らなければ自分を好きになってもらえない自分が情けないけど、贅沢なんて言ってられないほど好きになってしまったから。

 あいつの隣に居る男が俺以外だなんて、想像するのも嫌だ。

 だから……努力、していこう。


「ん、じゃあ掃除から始めるか。水滴、そうそう乾かないだろうし」


 焦って、テンパって、呆れられることがないように、出来ることはやっていこう───!!



  ……ところで。


  いつまで経っても幼馴染が来なかったんですが、どうしたんでせう?


  かなり遅くなってから届いたメールには、『賢者になれない、ごめんなさい。好きです』の文字だけ。


  え? なに? 賢者? え?



───……。


……。


 翌朝。

 目が覚めると空腹だった。

 結局自分で作って食うような時間でもなかったため、そのまま寝たのだ。

 今日は休日ということもあって、なんかこのまま無気力でいるのもいいかなー、なんて寝ぼけ眼で思っていると、人の気配に気づいた。


「ん……みゃーさん?」


 なんとなく、雅だと分かった。

 だからそちらを向きつつ言ってみれば、一瞬とろけるような幸せ笑顔っぽく見えた顔が、スンッ……と無表情になった、気がした。


「おはよ、……んみゃーくん。今日もいい天気だよ?」

「……ゾザー、ってすげぇ雨音聞こえるんだけど」


 なんだろう。みゃーくんって言われた途端、トキメケが膝をついて瀕死になった。

 反応が少し遅れる程度には大ダメージだった。


「さっきまでいい天気だったんだよ……誰かさんの一言で台無しになったけど」

「マジか」


 いい天気だったらしい。続いてなにか言ったようだけど、風と一緒に窓を叩く雨の音で聞こえなかった。


「ところでどした? 朝から来るなんて珍しいな」

「~……んみゃーくんが手ぶらで来いとか言ったんじゃん。ガッコ、休みなのに。だから来たの」

「あー……うん、ごめん、すっかり忘れてた。ガッコのことも、おべんとのことも。……ところで、さっきから呼ぶ時、なに? なんか溜めがない?」

「昨日から私のんみゃーくんはんみゃーくんになりました」

「どっから来たの、“ん”」


 言いつつベッドから降りると、着替えるための着替えをタンスから……むむ。

 これから雅と過ごすんだよな。雨だし、外に出る、なんてことしないだろうし。

 基本、雅はこういう日はこの家でだらだらしてるし。

 じゃあ…………マテ、こんなもっさり部屋着でいいのか? い、いや、意識しすぎると逆にからかわれたりしないか?

 ほ、ほら、雅だっていつも通りの軽めな服に───


「───」

「───」


 アノ。なんかめっちゃ気合い入ってません?

 え? これからオシャァ~ルェなお店にでも行くの? ていうかお前そんな服持ってたの?

 意中の男性相手に最終決戦奥義を仕掛けんばかりの意気込みを感じるんですが?

 え? これから出かけるの? 俺には関係ない案件ですか? 俺が弁当のこと言ったから朝食のみここで食って行くおつもりで?

 ドッ……ドナァタ!? ソレッ……ドナタディェエスカァアーゥ!?

 知ってる奴!? 知人!? 友人!? 山田!? 林田!? 飯田!? 本田!? 上田!? 岡田!? 堀田!? 多田!? ……田率多いな俺の知り合い!

 く、くそぅ負けてなるものか! 俺だって本気を出せば、こんなもっさりさんよりいい服がだなァアアアーッ!!


「………」

「?」

「あの。着替えるから部屋出ててもらっていいか?」

「えー? やだなぁ今までだってそんなことなかったじゃん。どうぞどうぞお気になさらずー」

「パンツから変えたい気分なんだが」

「詳しく」

「詳しくじゃねぇよ」


 ただ夢の中にお前が出てきて、目覚めたらフルボルテージだっただけだ。

 たぶん寝て少ししてからずうっと。

 なんかそのー……そういうのが長時間続いたであろうパンツを履いたままなのは、こいつに悪い気がしたのだ。……ご起立くださったのは紛れもない事実だが!

 最初に見たのがこいつのスンッとした顔でよかった……もし昨日の、あの振り向きざまのやわらか笑顔だったらフルボルテージを超越していた自信がある。


「あ、あー……その、なんだ」

「な、なにかな? もしやそのー……藤巻十三がご降臨めされたとか」

「さすがに夢精はしてない。ていうか女の子がそういう表現するんじゃありません」

「じゃあ……?」

「いや、これからどっか行くのか?」

「? や、そんな予定はないけど」

「?」

「?」

「……いや、見たことない綺麗な服着てるから。どっか行くのかと」

「え、え? 普通、でしょ? 普通普通。それに出かけるって意味ならここが終点で目的達成してるし。あ、もしかして家に朝ご飯のための材料がないとか? だめだなぁ、み……んんみゃーくんは。へたっぴ……! 人の持て成し方がなっちゃいない……! へたっぴさ……!」

「食材ならあるよ。安い時に纏め買いは独り暮らしの基本だ。てか、前の時に手伝ってもらっただろ?」

「前の───、───!?」

「そうそう、スーパーの会計のおばさんに、“悪いけど兄妹じゃ、おひとり様一つまでは二つ買えないのよぉ”って言われて、恋人です、って、言…………った…………」


 …………自爆。

 だがここは根性。顔に出すな。顔に出したら俺の恋が、芽生えた恋が終わる気がする。

 好きだ好きだとどれだけ言っても許される権利を得た。しかし馬鹿真面目に、面白みもなく本気で好きだ好きだ言ってみろ、面白いこと好きのこいつがドン引いて、距離とか置いてきたら俺は死ねる!!


「あぁあははあったねぇあったあった。恋人ですって言いながら腕組んでぎゅーって……し、て……」

「………」

「………」

「………」


 雅がンギィギギギって頬をつねり始めた。何事だろう。


「で、服なんだけど」

「普通だから。これただのロイヤル部屋着だから。今時の女子高生の間じゃこういうのがオサレなだけだから」

「え? 王室部屋着ってなに? あ、ああ、そのレベルできっちりした部屋着ってことか。てかそれがオサレの普通ってマジでか……き、気合い入ってんだなぁ最近の女子高生……!」


 え? じゃあ好きな人とデート、なんて時にはもっと気合いの入った服を?

 想像できねぇ……どうなってんだ女子高生という生き物は……!


「まあとにかく、着替えるから出ててくれって。あ、でも料理作る~とかは無しな。ちゃんと俺が作るから」

「ディェ~フェフェフェフェもしや何かを隠してやがるんですかい、……んんみゃーくんてば。なななにを───」

「好きだぞ」

「へぅ───脈絡がないねやっぱり。もっと理由付けっていうか、どうして好きか、何処が好きかーとか明確化した告白の方が胸に来たりするんでないのかい?」

「何語だよ。けど、脈絡か───」


 昨日、キミに名前を呼ばれたら惚れました。…………あれ!? なんかこれ最悪じゃね!?

 今まで散々傍に居て、惚れないし好きになれないし性格すげぇな~とか超至近距離で相手に直接言いまくるとか! そのくせ名前呼ばれただけで!? うわっ、ひえっ、ギャアーーーッ!!

 よよよよーしよーく考えろよーく考えろー……! この軽薄に感じる想いを相手に気づかれるわけにはいかねぇ……!

 俺は、そう、あくまで、あくまでこの習慣自己催眠で雅に惚れた、ってことに……!


(…………あれ? なんだろう、泣きたい)


 え? 俺、蓋がなされていた気持ちをようやく解放出来たっぽいのに、その気持ちを“催眠で好きになりました”って言わなきゃいけないの?

 ……あ、やべ、泣きそう。

 違うよ? 違うんだ。俺、子供の頃からちゃんとこいつのこと好きだったんだ。

 子供みたいな意地じゃなくて、子供の意地でそんな気持ちを抑え込んじゃっただけで、ちゃんと好きだった。

 蓋が取れてしまえばどうってことのない、ただの意地が蓋になっていただけの、くだらない話。なのにそれが首を絞める。

 うわあ、恋ってめんどくせぇのに、なんでこんなにも意中の相手が眩しく見えるかなぁもう。


「その服を着たみゃーさんが好きだ」

「───」


 スンッと一蹴。反応無し。やべぇ死にたい!!

 あーあー気持ち真っ直ぐ明確化したらこれだよチクショーイ!!


「あ、いや、これじゃないな。……その服着なくても、みゃーさんが好きだ」

「───」


 スンッと一蹴。反応無し。……いっそ殺せよ。

 俺ほんと相手にされてねぇ! あっれ!? 親友ってこんなに辛い立場だったっけ!?

 いやぁああばばばばばばばおちおちおつつおつけくけかこえこけきえぇえええええっ!?

 ……落ち着け。そう、落ち着くんだ。よく考えろよ、っはは、そうそう、前から考えてたことだろう?

 こいつが惚れる~とか好きになる~とかあると思う? たとえばナナメ前の席の砂田くんがさ? ……だからなんなんだよこの田率。……ともかく砂田くんがさ? こいつと付き合うー、なんてことになったら───


「砂田殺す」

「え!? なにやったの砂田くん!」

「ハッ!?」


 うわやべ声に出てた! いやほんと落ち着こうな!? 想像で友人を殺すとか最悪だぞ!?

 はー、はー……はぁああ……。ん、落ち着いた。

 そうだよな、もし付き合う~なんてことになったって、こいつのことだから俺に嫉妬させるため~なんて理由があって、そこに付け込んだ砂田が“これくらいしねぇと雅のヤツ反応しねぇよ? あ、今の雅はあっちの方の雅だから、高藤さんのことじゃないからね?”とか───


「スゥウウウんナダァアアア……!!」

「だからどしたの!? 砂田くんなにかしたの!? なんなの!?」

「砂田ってさ、殺したい顔してるよな」

「なんで!? 今生きてることが不思議な顔ってことだよそれ!」


 力の入るところ全てにンギィイイギギギと万力のような力が籠ってた。とある刀とかめっちゃ赫くなりそう。

 あー……ああもう。恋ってスゲー。こんな単純なことで嫉妬に狂えるんだな。今までの自分が冗談の塊に思えてくるくらい、良くも悪くも他人のことを想える。


……。


 あーだこーだはあったものの、雅をソッと追い出して着替えを済ませて、ルーティーンのままに身支度を完了させるとさあいざ料理開始。

 朝に相応しい料理を手早く作っ───あの。なしてエプロンさ付けて横に立っとっちゃ?


「手伝うね」

「え……なんで?」

「習慣自己催眠の続き続き。朝から隣り合って二人のための料理を作る……それっぽいとは思いませんか?」

「どれっぽいんだよ」


 はははーと苦笑しつつ顔を背けて手で口を覆う。

 やっべエプロン姿眩しい! もう好き! ほんと好き! ずっと俺のために味噌汁を作ったり、お前のために味噌汁を作らせてください!

 あ、そ、そう、そうだ、よな? エプロンつけなきゃだよな。

 努力出来る俺は、きちんと料理する時はエプロンをつけましょう、を守ってきたんだ。

 それを恋にうつつをぬかすくらいで忘れてしまってはいけません。


「…………よし、と。……ん? どした? 顔背けて」

「ん、んんっ! ん、ごめん、眩し……んほんっ! ちょ、ちょっとしゃっくり出そうになって」


 え? 出そうになったしゃっくりって一発目から止められるもんなの?

 ん、んん? まあいいや、出来るんだろう。こいつなら出来る気がする。


「それで? 今日の朝食はなんですか? 先生」

「誰が先生か。普通にサラダとか厚焼き玉子とかそっちのでいくか。俺玉子いくから雅は味噌汁頼む」

「───! ……任せて。本気、出すから」


 え? なんで?

 訊きたかったけど、腕まくりをする彼女の目が過去最高にマジだったので、邪魔する気になれなかった。

 なれなかった、けど。あの。その鰹節(塊)、どっから出したの? え? 昆布も?

 うわ、削りだした、本格的ですね? ……やばい負けてられない!

 一人暮らしの腕を見せ───ん? んん? いやマテ? これ……俺がこいつのことを好きって自覚してから、初めて振る舞う料理ってことに……なるんだよな?


(………)


 勝負とかどうでもいい。

 心を込めて作ろう。喜んでもらいたい。美味しいって言ってもらいたい。

 ただ……こいつの笑顔を見たい。

 よし───努力しよう!





-_-/───


 ……その日は随分と平凡で当たり障りない一日だった。

 暇潰しにラジオは聞かなかったからまあどうでもいいことだが、いつも通りの一日といえばそれまで。

 けれども意識をひとつ、コトンと動かすだけで、そんな一日も変わるものだと二人は知った。


「みゃ……んん、みゃ……み、みやっ……」

「雅、濃い口取ってくれ」

「みゃーっ!?」

「オワッ!? ど、どした?」


 二人で並んで料理を作る。ただそれだけのことなのに、二人は真剣で、互いのためを真っ直ぐに思って、けれどそんな中でも息を合わせてものを作っていく。


「みやっ……~……弥弥弥、くん。これ、味見……」

「みゃー!?」

「みゃー!?」


 互いが互いの気持ちに気づかないまま、けれども気づけば、ではなく気づかないままに名前を呼び合い、愛称を忘れて。


「うまっ! なんだこれっ、ン~マイな!」

「えへへー、取る直前に削った鰹節のお出汁はサイキョーなのですよ」

「お、じゃあ俺も一人暮らし中に編み出した最強ドレッシングを味わわせねばならんな……!」

「えー? ドレッシングなんてどれも一緒でしょ? そんな珍しい味なんて───ンんマッ! わー! なにこれ! 味に目覚めるってこれだね! 弥弥弥くんすごい!」

「んっぐ……! ま、まあ、これでも料理についてはかなり研究したからな。……そういや、昔はこうして二人で、競うみたいに料理したっけ」

「そだねー。そういえばなんでだったっけ? 別に競う理由なんてなかったと思うんだけど」

「そりゃお前。雅が晴子さんにどんな旦那さんと結婚するー? って訊かれて」

「んん? え? それ違うでしょ。うんうん違う違う。弥弥弥くんが、陽子さんにどんな奥さんが欲しい? って訊かれて」

「「“自分より料理が上手で、幸せをくれる人”って」」


 そうして、子供の意地が蓋になっていた記憶は、そんな平凡な競い合いの先で蘇る。

 二人は顔を見合わせて、あー……なんて言いつつコリコリと頬を掻いて、


「……そういや、どの料理で優劣を決める、なんて決めてなかったよな?」

「あはは、うん。我ながら子供だったー……そしてそれを敢えてツッコまない我らが親のなんたる……」

「ま、約束忘れてお互い料理上手にはなったよな。のり弁の再現なんてかなり手間かかりそうなのに」

「約束を守れる女性になりなさいって言われた私ですから」

「おう。で、俺が努力なわけだ」


 約束を、努力を思い出した。

 子供の頃に誓った物事は、大人になるにつれその“大元”を忘れがちだ。

 それをするための何かは覚えていても、肝心なものこそを忘れている。

 大切だった筈なのに、経験すること、覚えることが多い子供の頃は、そうした様々とその大元が混ざりがちだから。

 故に過程だけを覚えている。その過程がなければ大元に辿り着けないという意識だけは残るから、それだけが残る。


「……ねぇ、弥弥弥くん」

「ん、なんだ? 雅」

「~……えへへー、好きー♪」

「ッ……! すっ……好きだ!」

「おお、今のはなかなかにどかんと来たかも。でででも満足には遠い……カナ? だからこれからも───」

「好きだ」

「コレッ!? ……ここ、これからも、続け、よ? ね?」

「……好きだ」

「~~~っ!!」


 思い出せればあとは届けるだけ。

 だというのに、お互いがまだお互いを好きだということに確信が持てていない臆病者二人。

 ならば、もう。催眠がどうとかなど関係ない、俺は私はずっと前から好きで、既に自覚して、好きだから好きって言っとんのじゃ何が悪い、とばかりに突っ走った。


「ふわっ……な、なにこの厚焼き玉子……! ほっぺたとろける……! え、えー? どしたのどしたの? なんかすごい、私の味覚にぴったりフィットなこの味付け……! 心の重しとか宙に浮いちゃうレベルだよっ……?」

「うンまっ……! なんだこれこの味噌汁だけでご飯めっちゃ進む……!! おぉおほっぺがじんじんじゅわじゅわする……! うンめェエエ~っへへ~……!!」

「サラダいい……! 手が止まらない……!」

「この漬物もいーなぁああ……! 味噌汁の塩気と絶妙にマッチして……! ご飯、ご飯が足りない……!」

「はいはいよそるよー? 貸して貸して」

「お、サンキュ」

「……おおう。まさかおべんとの時と同じサンキュで、これほど威力が違うとは」

「雅?」

「~……んんっ、うん。お、大盛りでいいカナ? あ、でも胃もたれしたらせっかくの料理がマイナス評価だね。はい」

「……丁度欲しい量を普通に渡せるとか、雅スゲーな」

「んへへー♪ 努力してる人が傍に居るとね、約束を守りたい人っていうのは無意識にでも努力できちゃうのだよ」

「……? まあ、伊達に何年も一緒に居ないよな」

「おうよ~。お嫁に行く準備は出来てるから、いつでも養ってくれていいよ?」

「お、そうか。じゃあ───」


 だから。チャンスがあるのなら、いつだって突っ走れるのだ。

 叶わなかったら、なんてことは考えない。走らなかった所為で届かず、誰かの手に渡ってしまうくらいなら、同じ玉砕するにしても可能性のある道を。


「雅、お前が好きだ。毎日、俺のために味噌汁を作ってくれ」


 蓋をしていた所為で溜まりに溜まった想いは、葛藤はあれど背中を押すばかり。

 彼はもう気持ちを隠すことはせず、朝っぱらから心からの告白に躍り出た。


「───…………ハッ!? お、おおう、今のはさすがの雅さんも呼吸が止まった。ナ、ナナナナルホド? きゅんってくる瞬間っていうのは、こういうののことをいふのカナ?」


 しかし相手はテンパって、取るべき行動を間違え───


(あぁあああ違う違う違う! そうじゃなくてそうじゃないのにそうじゃないでしょばかあああっ!! み、みやっ、みやびくんが、みや弥弥弥くんが言ってくれたのに! 毎日、お味噌汁を、って言ってくれたのに! これを聞きたくて、お出汁の取り方とか美味しいお味噌汁の作り方とか頑張ったのに! お父さんにも味わわせたことのない、私のとっておきだったのに!)


 混乱し、暴走し始めた。

 テンパる者の行動のほぼは意地と見栄で出来ている。

 こうなってしまうと何を届けても突っぱねてしまうことが多い。

 雅もそれが分かっているからこそなんとかしようとするのに、焦れば焦るほど感情が暴れて本音が引っ込んでしまう。

 そして、そんな返答が出てくれば、男は当然───


「そうかキュンって来たか! じゃあ───」


 ……喜んだ。幼馴染だから。

 今まで無反応だった、好きだった相手に反応があったのだ。それを知る幼馴染だったからこそ、そんな反応にシラケたりなどしなかった。

 むしろ料理を褒め、美味しいと素直に告げて、褒めて、ありがとうと感謝をし、ご馳走様をきちんと届けると、え? え? え? と困惑する彼女を抱き締め何度も何度も告白した。


「へぁああああああのあのあのあのみやーみゃみゃみゃ弥弥弥くん!?」

「好きだ雅! 好きだ! 本当に好きだ! 冗談なんかじゃない! お前に惚れた! ずうっと昔からだ! お前が好きだ!」

「みやー!? みゃっ……み゛ゃーっ!?」


 頭の中がショートしそうなほど目が渦巻き状に回り出した彼女は、抱き締められながらじたばたと暴れるものの、余計にぎゅうっと抱き締められて「きゅう」と鳴いた。

 鳴いた途端に大人しくなり、彼の腕の中でもぞりと動くと、顔を真っ赤にしながら……


「……あ、の」

「好きだ」

「うにゅうっ!? ~……あの、弥弥弥、くん」

「好きだ」

「ふきゅぅ! ……ほ、ほんと? ほんとに、好き? 催眠、効いちゃってる……?」


 訊ねておきながら、彼女の心の中は大変複雑だった。

 催眠の効果だと言われれば、スンと熱が消えてしまうと思えるほどに。

 朝だって早くから彼の部屋に来て、寝顔を見下ろしきゅんきゅんしてたのに、まさかのみゃーさん呼びに、スンと無感情になってしまった。


「……約束。努力。俺とお前が昔、ガキの頃、互いの両親に誓ったもんだ。料理だけじゃない、俺は平凡な顔してっから、いろんな努力をしてお前に好きでいてもらう」

「……私は、忘れっぽくて馬鹿だったから、弥弥弥くんがいっぱい努力してくれる限り、弥弥弥くんの傍で約束を守るよ、って」

「覚えてんじゃねぇかこんにゃろ……」

「思い出したのっ。……ほんと、なんでこんな大切なこと忘れちゃうかなぁ……!」

「……たぶんだけど。俺達は俺達になりたかったんだよ」

「? なにそれ」

「親が親友同士で、結婚。子供が男女。仲良くなって、将来は結婚したりするのかなー? なんてからかわれて。……子供心に、親に言われたからそうなるんじゃなく、俺達は俺達のまま好きになったんだ、って……思いたかったんだろ」

「…………あ。みゃーくんと、みゃーさん」

「……マジか。お前もそれで思い出した?」

「うん」


 結局、二人は子供の頃に自分たちにつけた仮面を思い出す。

 呼び方ひとつでスイッチを入れたかのように、自己の輝いていた将来の夢、関係に蓋をしたのだ。


「うわー……うわ、うわー……すごいすごい、芋づる式っていうのかな、どんどん思い出してくる。そうそう、私、お母さんたちにからかわれる前に───」

「……っはは、おう。……ずっと、俺のために味噌汁を作ってください」

「っ……弥弥弥くん……!」

「おっきくなったらそうぷろぽぉずしてね、だったよね、“雅ちゃん”」

「~……ん、うんっ、うんっ……! わたし、頑張ったよ……? いっぱいいっぱい練習して、美味しいお味噌汁作れるようになったから……!」

「うん。……そこは、約束も努力も逆になった、かな?」

「えへへ……努力している好きな人の隣で、女の子の方が努力しないわけないでしょー? えへっ、えへへ……あぅー……!」


 彼女は彼の胸に顔をうずめ、ぐりぐりと顔をこすりつけた。

 彼はそのくすぐったさに頬を緩めつつ、背中と頭を撫で続けた。

 今朝から大雨だった天気模様はまだ続いている。

 振り返ってみれば……出かける必要もなく、一日中傍に居られるなぁという考えに到った途端に、彼は寝起きのひと時と彼女の言葉を思い出し、なるほどと頷いたのだった。


「“弥弥弥くん”と一緒に居られると思った途端、みゃーさん呼びは嫌だよなぁ」

「……、……~♪」


 呟いてみれば、彼女の機嫌は大変よろしいものへと変わっていった。




-_-/高梨弥弥弥


 朝食が終わった。プロポーズした。受け入れられた。

 そして……そして。


「「どうしよう……!」」


 大絶賛照れていた。

 世の成功した若人たちはこれからなにをどうしてらっしゃるのか。

 告白して終わりとか、どこのギャルゲー? 伝説の木の下で告白とかそれで終わるわけがなかった。

 ていうかさ!? ひと昔前のギャルゲーってさ!? 順序逆じゃない!? なんでデート回数三十回を軽く超えるような関係続けてから告白してんだよ!

 しかもそれを三年続けてからようやく告白って! 卒業の日に告白って! い……いやァア~……過去の男女の関係が分からない……!!


「ね、ねぇ弥弥弥くん? 普通さ? 男女の関係って、告白して付き合ってからデートとかするよね? それ以前に出かける場合、仲間内で~とかだよね? 二人っきりとか有り得ないよね?」

「あ、同じこと考えてた」

「だだだだだって普通そうじゃない!? そりゃさ!? 好き合ってるかもわからないのに告白するわけにはいかないから、それなりの関係は作ると思うよ!? この恋愛素人の雅さんですらそう思うんだから、きっとみんな思ってると思うなぁ! でもさ、だからって三年も二人きりでデートしたり関係深めたりって、それ出来る人現実に居るのかなぁ!」

「いや……普通は一年も関係続ければ、告白して恋人になって、その上で残り二年を、とか考えるよな……」

「恋って複雑だねー……ん、んーふふへへ~……♪ ねぇねぇ弥弥弥くん」

「はいはいなんだい雅ちゃん。好きです」

「すっ……不意打ち無し! わわ私が言う筈だったのに! のにー!!」


 のど元過ぎれば胃袋灼熱とはよく言わないもので、俺の心の奥底では今まさに、十数年の好きがぐるぐると灼熱地獄窯のように蠢いている。

 なんというかそのー……胃袋があって、胃液があって、それが血の池地獄みたいになんか赤くて灼熱で、その中で“好いとーよ♪”がね? こう……出せ~、解放しろ~、言わせろ~、ウンダリャー、って呻き続けておるの。

 今はこうして鋼鉄の心で再び蓋をしているわけだけど、隙を見せれば好きが出る、みたいなダジャレ状態なのだ。

 いや、いいんだと思うよ? 言ってやったほうがいいと思うの。言われて俺も嬉しいし。

 でもさ、聞いたことない? ラブラブバカップルほど、ベタベタバカップルほど、飽きるのが早い、冷めるのが早いって。

 人の恋愛感情は4年しか持続しないと、先程さっそく調べました。

 4年ですって。今から4年しか、こいつと好き合うことが出来ないかもしれないのだ。ならばレーシェン、もとい冷戦状態みたいな感じでも長々と恋を育みたいと思いませんか?

 そんな、ねぇ? バカップルみたいにところかまわずヴェタヴェタしたり、好きだ好きだ言ったりさぁ……ねぇ?

 ………………あ。昨日帰るまでやってたわ。バカップルだったわ俺達。

 自分の行動を思い出してたそがれつつ、最後の食器を片付け終わった。


「………」

「………」

「~……」

「…………」


 で、タオルで手に付いた水滴を拭きながら見てみれば、ソファに座ってクッションをグミューと抱き締める雅が、じとーとこちらを見ていた。

 ふむんむ? はて、こはいかなる反応ぞ?

 うーん……みゃーさんから雅になった、というか戻った? 反動か、今までの雅といろいろと行動パターンが違う部分が多くて。


「雅」

「!」


 クッションがソファにヴォサァーと突き飛ばされるようにして落下した。

 そして雅はなにやらわくわくそわそわ、期待を込めた目で俺を見てくる。ご丁寧に、胸の前ではぎゅっと握り締められた両手がガッツポーズよろしく、微妙に震えている。期待に震える、なんて言葉、あったっけ? ……あれ? 震えるのは喜びじゃなかったっけ? まあいいや。緊張と期待に震える、っていうのはあった気がするし。ともかく期待を全身で表しているような恋人さんに、見つめられております。


「………」

「……!」

「………」

「……!!」


 沈黙が続くほど、期待が膨らんでいってるのは気の所為で?

 ああこれまずいパターンや、行動を間違えるとなんか男ばっかが悪いと決めつけられるアレ。

 ならばどうするか? まず傍に行きましょう。と、傍に行ってみれば、クッションがベシィと弾かれ、空いたスペースをポスポス叩く雅さん。座れ、ということらしい。

 座ってみれば胴に抱き着いてきて、「んん~♪」となにかを堪能するように、頬ずりしてくる。くすぐったい。

 あ。あー……。


「子供の頃から、雅はそうして俺の胸に頬ずりしてきたなぁ」

「うちは両親が共働きのバカップルさんだからねー、子供ほったらかしで仕事仕事~って。お陰でお父さんお母さんよりおじさんおばさんの方が親って感じがするよ」

「なるほど。その反動で俺に甘えていると」

「甘えるっていうのかな、これ。たぶん人肌恋しいとかそんなのだと思うのよ」

「怪しい響きになるからやめんしゃい」

「……雅くんは、忙しいからごめんな、なんて言わないからさ」

「ふはははは、平凡顔の男子高校生は、身の程ってのを弁えてるから暇なのさ」

「結婚しても、構ってくれなきゃヤだよ?」

「あの。告白とかされたり、したりしたばっかなんですが」

「弥弥弥くん。あれはプロポーズです」

「あ、はい」


 プロポーズだった。そういえば、何処に出しても恥ずかしくないほどの日本伝統のプロポーズでした。そして受け入れられたんでした。ワァイ、まだキッスもしてないのに。あれが通用しない、流されるのが許されるのなんて、めぞん一刻くらいで十分な気がする。


「さっきの例えじゃないけど。そういや俺達も、告白以前にデートまがいのこと散々してきたっけ……」

「あれは親友枠のただのお出かけ。デートはこれから。OK?」

「……そだな。じゃ、デートプランでも一緒に考えるか。どうせ一人で悶々考えたって失敗するのがオチだ。それなら一緒に考えて、楽しいデートにしよう」

「思い切りがある考えだねー。じゃ、まずはお家デートしよっか」

「うん。……うん? ───エッ!?」


 馬鹿な……! つまり、もう始まっている……だと……!?

 ……いや待て? 始まっていたからといって……なんの問題が? ハテ、好きな人とお家デートですよ?

 なんの問題ですか? なんの問題もないね? 大丈夫だ、問題ない。うんOK、ラミレスビーチの誓い。


「じゃ、まず」

「お、おう。まず?」

「……お家デートってなにするんだろ」

「……………………大問題だ」

「ね。でも他人の知識に縋って関係を深めるのもどーかなぁと思う私も居るわけで」

「なるほど……じゃあ、あれか? まずデートでしそうなこと、片っ端から?」

「お家デートって、外でやるデートをお家でやることなのかな」

「や、知らんけど」

「うん私も知らない」

「………」

「………」


 やってみることにしました。

 ソファに座って、二人でスーハーと深呼吸をして、さあいざ!


「えーと、まずは……ごっめーんお待たせー! 待った?」

「エッ!? 座ってるのにそっからなの!? ……あ、ああっ! あーと……だだ大丈夫! 俺も今来たところだからっ!」

「───嘘をついたんだね……!?」

「いきなり真顔になるなよ怖ぇええよ!!」

「弥弥弥くん。私は嘘は好きません」

「コーヒーゼリーとクッキー」

「ごめんなさい」


 即行で謝られた。


「でも恋人間で嘘はなしでいよう! せーじつで清らかなる恋! そげなことが出来る恋人に、私はなりたい! ところで“恋人間”って、文字にすると恋・人間って読めるからややこしいよね」

「コイビトカンとコイニンゲンか。あー、たしかに。……そういやさ、せーじつで清らかなるで引っかかったんだけど。昨日の夜、そっちからメールしてまで晩飯のこと言ってきたのに、晩飯作りに来なかったのってどうして?」

「こ、このエロスが!!」

「なんでじゃあ!!」


 ……その後、せーじつで清らからしい彼女を問い詰めまくって、追い詰めて、ついに壁ドンならぬソファドンしたあたりで、真実を知りました。

 はい、言葉に詰まって真っ赤になりつつ、なんかメチャ興奮しましたごめんなさい。


「えーえそうですよ!? 名前呼ばれただけで即オチですよ惚れちゃいましたよ! 惚れたどころか興奮して持て余しちゃっていろいろシちゃいましたよ何度も何度も! いっそ笑えー! けけけ賢者になれなかった私を笑えー! うわぁああん!」


 あ、賢者になれないってそういう。

 あー……アホやわー、安心するほどこいつアホやわー。

 真っ赤になって目ぇ渦巻き状にして騒ぐこいつが、今となってはとっても可愛い。


「ふぐぅううっ……なんという心の重し……! 私はこのまま弥弥弥くんにこれをネタに、あげなことそげなことを強要されて……!」


 コンニャロまーた人のことで勝手な妄想を。ていうか大事で好きな相手にグヘヘな行為を強要するように見えるのか。

 俺はそういうのは同意が無いとしたくないタイプです。強要なんて愛のないこと、してたまるもんですか。

 ……しかし? だったら一度言ってやって、わかってもらうのも一つの手。

 ならば? ならば。しからばほなら。


「……雅? 嫌なの?」


 ソファドンしたまま真っ赤な彼女の顎をさするように、こちらを向かせて顔を近づけて、耳に口を近づけて、ソッと言ってやる。そうしてから顔を離して目をまっすぐに見つめて。

 そう、イケメンだからこそ許される行為。半端モンフェイスがやれば心がスンと冷える行動! ウッヒャア恥ずかしい! こんなもん平気な顔で出来る奴ァフィクションの中だけだぜェェェェ!!


「ぁ……、……み、みやび、くんが……のぞむ、なら……っ……!」


 うん。いやうんじゃないが。

 ぽふんと、真っ赤な顔を桜色に染め直した雅が、とろんと潤んだ瞳で俺を見つめて来た。

 …………ヴァーアアアアッ!! ちがっ……ちっがぁああ!!

 こういう時はむしろ呆れたような反応をっ……あぁあああああっ!!

 冗談で済まされない状況にされるのが、言ってみた方としては一番辛いんだってばさぁあああっ!!

 あ、でも俺限定でなら、俺が望めばそういうあげなことそげなことな関係もありだそうです。天使ですね。

 で、俺もこんな心を許しきった目で、好きなやつにこんなことを言われりゃトゥンクするってもんで。

 顎から手を離して、ぁ……と小さく漏らす彼女を胸に抱いた。

 すると雅の手が俺の背に回されて、きゅー、と思いっきり締め付けてくる。

 かわええ……とほっこりしつつ、慈しむように雅の背中をさす……と撫でつけると、びくーんと震えて抱き締めの力がへにょりと緩み切った。

 あ、ああ、あぁああ……! なんかっ……なんかこう、……なっ、なんかっ! なんかー! だだだ抱き締めて振り回してなでなでして抱き締めて持ち上げたり振り回したり抱き締め直したりななななんかいっぱいめちゃくちゃしたいぃいいっ!!


(あ)


 お家デート。デート。デートなら、ほら、抱き締めたり、抱き締めた女性を持ち上げてくるぅりと回転するアレもありなのでは!?

 よ、よよよよし!


「雅!」

「ひゃ、はいっ!」

「御免!!」


 立たせた雅をがばっと抱き締める! その際、若干腰あたりを抱き締めるのが良い!

 その上で持ち上げてぇえええっ!!


「えっ!? えっ!? ぇええっ!? やっ、ちょっ、弥弥弥くん本気!? い、今からっ!? ……でも強引な弥弥弥くん、いいかも……って、あ、でも待って!? ちょ……あぇあっ……そりゃっ……しょ、勝負服と、勝負下着、だけど……ででででもやっぱりその前にお風呂入りたいっていうか! あののあのあのアノノアイノノォーオオォーオオォーヤ!?」


 彼女の頭の中で熱情が律動しているっぽい。

 抱き上げた彼女はやっぱり涙を溜めた目を渦巻き状にして、栗みたいな口しやがってラロラロラロリラロローと叫んでいる。

 うん、盛大な勘違いをしてるのは俺にもよーくわかるっていうか、相手が慌て過ぎな分、とても素晴らしく冷静になれた。

 そしてやっぱりこいつは俺以外とじゃ無理だ。男に抱きかかえられて勝負下着がーとか言ってる女の子が、普通次の瞬間に熱情の律動歌いますか?

 なので、その場で駅のホームとかで再会した恋人が、抱き合って持ち上げられてくるぅりと回るかのように回ってみた。

 ……借りて来た猫の拒絶反応並みにみ゛ゃーみ゛ゃー鳴き出したんだが。

 叫ぶ猫、もとい雅をなんとか宥めようとするも、これがまた暴れるのなんの。


「こらこら落ち着け、雅? 雅ー?」

「みゃあああああ!! みゃあああああっ!!」

「雅ー!? ちょ、こらこら暴れるなっ! なんもひどいこととかしないからっ!」

「やー! おふろー! お風呂入るのー! お味噌汁飲んで汗掻いたもん! きっと汗臭いもん! そしたら弥弥弥くんが私のお味噌汁飲む度に私の汗臭さ思い出してみゃあああああああああっ!!」

「思い出さないから! っつーか人の感動的思い出を汗の香りで上書きしようとするなアホー!! お前それ言わなけりゃちっとも意識しなかったのにアホー!!」

「それ見たことかこのトーヘンボク! 放せ離せ解き放て解放しろー!! 私はお風呂で自分を清めて石鹸の香りを身にまとってからっ───わうっ!?」

「おわばっ……人が抱き締めてんのに暴れるかっ───」


 …………OH。

 抱き上げてた腕が外れた瞬間、見上げていた俺の顔面を豊満な柔らかさが……!

 咄嗟にもう一度抱き締め直した瞬間だったもんだから、力の抜きどころがそのー……あ、だめ、ここ桃源郷だ。俺、ここに辿り着くために今日まで生きてたんだな、って……。


「…………」

「………」

「ぐしゅっ……ひっぐ……! ~……宅の双丘さんの感触は、どうですか……?」

「結構なお点前で……!!」

「死ねどあほー!!」

「グワーッ!!」


 殴られた。理不尽だ。が、愚かなりクラウザー……! ここで離すはただの愚か者ぞ……!

 え? 俺? 離さん。何故ならおっぱいが大好きだからだ……!!


「ぎゃー! ばかー! 離せ離せ堪能しないでよばかー!!」

「俺の巨乳好きは既知であろう! 故に断る! あといい匂いです。大好きです」

「ふにゅうっ!? ここここのエロスは……! ど、どーせ乳に埋もれていたいから出てる出まかせでしょ! だって汗のにおいなんて誰だって嫌ですものそーですもの!」

「意中の相手の香りにはフェロモン的な効果があって、なんか知らんけどいい匂いに変換されるらしい。よく知らんけど。そんな先人が言ったからどうだって話なんて知らん。俺は、お前の匂いも香りもすべてが好きだ!」

「……強いて言えば?」

「おっぱい!」

「死ねオラァ!!」

「グワーッ!!」


 殴られた。これは俺が悪い。

 だが離さん。何故ならこれは事故なのだ。俺は持ち上げてただけなのに、こいつがっ……こいつが急に暴れるから仕方なくっ……!!

 だからこいつが何度、自身の胸に埋まる俺の頭をロシアンフックで殴ろうが、離さん。いいか、離さん。絶対にだ!! え? 話に落着がついたら? ……離すんでないかい?


「~……男ってばかだー……」

「おう馬鹿だとも」

「女なら誰でもいいの? おっぱいおっきくてかわいければ誰でもいいの?」

「まあ実際、男ってやつはその状況になると、そうそう我慢とか出来ないんだろーなぁ」

「こ、このエロスが!!」

「お前それ何回目? ……あーのーなぁ、雅ー?」

「……なに? あのね、私とっても怒ってるよ? これでもかってくらい怒───」

「お前を好きになる前、綺麗で可愛くて巨乳なお前を前にして、俺がお前に欲情したかよ。手ぇ出したかよ」

「弥弥弥くん愛してるー!!」

「お前の手の平どうなってんの!?」


 抱き締められた。むしろ胸でむぎゅうと顔面を覆われた。

 あー! あーああああ! もー! あー! と謎の声をあげながら、俺の頭を抱き締め抱き締め撫でて撫でて、わしゃわしゃして、その上から鳥が餌をついばむがごとくキスを降らせてくる。


「あーああぁあああーあー! あーもー! 弥弥弥くん! 弥弥弥くーん!! 好き! 好きぃ! 弥弥弥くーん! あー!」

「もがー!?」


 巨乳に挟まれ窒息……一度は夢見た世界がここに…………!!

 …………あ、なんかフツーに息できます。服着てんだもんね、そりゃそうだよ。

 でもぎゅむぎゅむ押し付けられ、時に角度とか変えられると、服の隙間さえも圧倒的な乳圧に塞がれ、息がつまることは確かにあった。

 だが本望よ……! この口元を塞ぐものが愛する者の乳ならば、拒む必要など皆無……!


「……でもステイ、ステイだよ私……! 勢いで初めてを散らすなど愚の骨頂……! そう、清い精神を磨くのだよ高藤雅……そう、思い出せばいいだけ。大親友だった頃の自分を。クラスメイト達を。私達はあんなに清い関係だったじゃない……!」

「………」

「…………砂田コロス」

「なんで砂田!? いや俺が言えた義理じゃないけど!」


 彼女の中で砂田が何かやらかしたらしい。

 なにかあっただろうか。男の友人の中じゃあ一番仲が良くて、あいつが俺に肩組んできたりするくらいだと思うが。……ハッ!? もしや嫉妬!? それは嫉妬でござるか雅!?


「すぅー……はぁーぁあああ……」

「幸せです」

「人の深呼吸に合わせておっぱい堪能する幼馴染なんて初めて見たよ……あのね、弥弥弥くん? 私が弥弥弥くんのこと心底好きじゃなきゃ、変態認定されて殴られてるよ? 別れられてるよ?」

「プロポーズ受け入れた上に勝負下着着て来た人が何をおっしゃる」

「ちくしょう言い返せない! でも勝負服と勝負下着のことは忘れてお願い!」

「……いや、目に焼き付ける。俺のためだったんだな、その服」

「んぐ…………っ……一応、その、ど、どう?」

「似合ってる。可愛い」

「………………~……!! くっ、くうう……! こんな辱しめを受けたのに、それだけで許すどころか嬉しい自分が恥ずかしい……!!」


 恥ずかしがってる雅をすとんと下ろす。と、胸を庇って涙目でこちらを睨む雅さん。そりゃそうだ。

 だが半端はしません。愛すればこそ、届けよう。


「ナイスおっぱい」

「くぅうっ……! どーせ弥弥弥くんのために成長したおっぱいですよーだ!! 将来泣いて堪能しやがれちくしょーめぇ!!」

「おう、努力する。約束だ」

「ギャー! 思い出の努力と約束がとんでもないもので上書きされたー! なのになんで喜んでんだあたしゃー!」

「まあまあ。……デート、続けよう?」

「~……うん」


 くすんと鼻を鳴らし、俺を見上げる彼女は、ギャーギャー騒いだわりには俺の服の袖を掴んで離さない。

 恋人になる前の方が積極的に腕とか組んできたのに、なんだか……うん。新鮮だ。


「……で、でもね? 弥弥弥くん。デート始めた途端にエロォスはよくないと思うのだよ?」

「なんの話だドアホ」

「ドアホとな!? ……だ、だって、私のこと持ち上げて、ベッドインしようと───」

「……駅。ホーム。男女。再会。抱き合う。持ち上げる。回転」

「ほわぁああああああっ!! いっそ殺せえぇえええええっ!!」


 俺の彼女が賑やか可愛い。

 頭を抱えて叫んだのち、しっかり謝ってきた彼女ともう一度“駅ホームハグサイクロン”をした。

 お互いがそうしようとすると、これが案外綺麗に回れて面白い。

 雅もかなり気に入ってくれたようで、しばらくそうしてくるくる回っていた。

 が、テーブルに足をぶつけ、バランスを保とうとした結果、結局ソファの上に二人して倒れることになり───


「あ……」

「あっ……」


 雅の頭は奇跡的にクッションの上に。俺はその上にのしかかるような格好で倒れ、咄嗟についた肘が雅の顔の横をどすんと叩く結果となり───超至近距離、壁ドンならぬソファドンが完成した。


「み、やび……」

「みやび、くん……」


 持ち上げられた位置から落下する恐怖と、急に恋人と顔が近づくドキドキ。それが合わさって、俺も雅も声を出せずに胸を高鳴らせていた。

 ……、あ…………顔、近……。え? これ……キス、出来…………?


「………」


 ゆっくりと、目を閉ざしていき、顔を近づける。

 雅はふわりと頬を緩めて、まるでその行為を待っていたかのように瞼を閉ざしていき───


「「はい、ここで邪魔が入る!」」


 …………。


「「………」」


 誰も来なかった。

 来なかったので、二人してくすっと笑って───キスをした。

 ……ファーストキスは味噌汁味だった。

 それに気づくや雅は俺を連れて洗面所に。


「歯、磨いて!」

「え? ど、どした?」

「歯! 磨いて! さっきのキスノーカウントで!」

「やだ。むしろ俺的にファーストキスが味噌汁味って最高に嬉しい」

「ふみゅうっ!? ~……だ、だだだだって、ファーストキス……レモン味……っ!」

「……雅。贅沢……言っちゃだめだ。世の中にはな、ファーストキスの味がキムチラーメンだった女の子も居るんだぞ……?」

「今私その乙女にすっごいシンパシー感じてる」


 なんにせよ。こいつの味噌汁飲む度、汗の匂いよりもキスのこと思い出しそうだ。


……。


 さて……昼である。


「………」

「んん……違う、こうじゃない……こう? こう……、んー……んぅ……?」


 もぞもぞと腕の中を恋人が蠢いている。

 頭を撫でるとえへーと笑う。で、またもぞもぞ動く。

 人をソファに寝かせてなにがしたいのか、背もたれにしたクッションがギュミーと二人分の体重で潰れる中、もぞる恋人を自分勝手に愛でていた。

 それにしてもたった一日で凄いレベルアップです。まさかキスまでするとは。

 果たしてこの連休で、俺達は恋人レベルをどれほどアップさせるのか。

 ……ま、まあ、普通にキス止まりだと思いますけどね? 人との関係をレベル~とか言ってる時点で俺も相当なガキャアなんだろうし。

 子供の頃は早く大人になりたい~って思ってたもんだけど、大人になるってそういうことじゃないんだろうな。

 一人暮らしをして家事をし始めるといろいろわかることがある。独り立ちした程度で大人になれるかっていったらそうじゃないし、それが年齢で決まるわけでもない。

 いい歳した大人がクソガキめいたことで喚き散らしている場面なんて、俺達は腐るほど見てきている筈だ。

 ああはなるまい、なんて思ってるヤツこそクソくだらないことですぐに怒って誰かに突っかかる。

 大人になろうね、いろんな意味で。努力、大事。

 その第一歩として恋人の甘やかし方を模索中なんだけど───


「ん、んー、んー……」


 抱き心地選手権でも脳内で開始したのか、雅は人の上に寝転がった状態で、もぞもぞと体勢を変えまくっている。

 あのー、これもお家デートに入るんで?


「───……ハッ!?」


 そしてとうとう俺の上で仰向けになる、という行為で、彼女の動きは止まった。

 ……いや止まったじゃねぇよ、どうすんだよこれ。

 大事な人の重さって……イイネ! どころじゃないんだが。


「………」


 けどまあ、当然ずるる~とずり落ちるわけで。

 背中にクッションあるしね、どうしても体ナナメになるし。

 なので少しずり落ちた彼女をきゅむと抱き締めて、俺の方で体勢をずらして、足と腕の間にすっぽり治める。


「…………おお」


 彼女は良ポジションを手に入れたらしい。俺の胸に後頭部を預けると、はふー……と長く長く気を吐いた。吐いて吐いて……がくりと力尽きた。


「…………エ?」


 や、力尽きたって。あの? ちょい? もしもーし?

 …………疲労、だったんじゃよ……。

 大賢者様を目指した彼女は、きっとろくに眠れなかったに違いない……。

 ていうかそんなん思い出させんといて!? 俺今そういうことやってたと自白しちゃった恋人を足の間に納めちゃってるんですが!?

 ~……いぃいいやいやいや大丈夫、大丈夫……! 後ろから抱きしめて、お尻に股間が当たっても不動であったこの弥弥弥くんに、こんなところでご起立なさるほどの興奮など……! ぁごめん無理です立ちます勃っちゃいます! 血がぞわりってそっちに向かうの感じちゃいました!

 ていうかなんでこんないい匂いするのこの幼馴染! 柔らかいし小さいし、無防備に男の腕の中で寝るなんてっ……あぁああもぉおおおお!!


(と、とにかく雅を軽くどかして、股間が当たらない状態に───)


 手を伸ばし、体を支え、起こしていく。

 出来るだけ刺激しないように、起きないように……! 身動ぎとか勘弁してくださいね!? お尻がジュニアに当たってて、今相当我慢して不動の地位にいてはるジュニアはんですから!


(……アッ)


 肩越しに見下ろすとなんと凶悪なるお胸様か……! さ、さっきまで俺、あそこに顔を───オォオオオオオ!! やめろてめぇ起きるなやめろ! 死ぬ! 俺が死ぬからなんていうか恋人的に! お願い! パパからのお願い! おっきしないで!

 アワワワワやばいこれやばいでもここで勢いよく持ち上げたりどかしたりすると、逆にいかがわしいことをしてたんじゃないかとか怪しまれて……ァアアアア!!

 こういう時! こういう時はそう、スンッと気持ちが冷えるなにかを───…………


(砂田アァァァァァァ!!)


 イメージ……完了。そしてやり遂げた。マイサン、ご就寝。


「はぁ……はぁああ……!」


 無駄に体力を使った気がする……! 身体動かすよりも精神的ダメージのほうが疲れるって、ほんとかもな……!

 さ、あとは雅を下ろすだけ───


「………」

「………」


 やあ、目が合った。


「…………ねえ。なんで人のこと抱き締めて、はあはあしてるの?」


 …………俺死んだわ。


「我が恋人よ……よくお聞きなさい。これからあなたに話すことは……とても大切なこと。私達が、ここから始める……彼から彼女へと、絶え間なく伝えてゆく……長」

「そういうのいいから」

「ぁはい」


 そういうの、いいらしいです。ごめんなさい。


「じゃあ嘘は無しとのことなので真実を」

「うん」


 俺は……重い口を開くと、語り始めた。

 俺達がこの場で、ソファの上で体験した……とてもとても残酷な、男の尊厳をかけた長く辛い戦いの軌跡を……!


「や、普通に起こそうよ」

「はい、ごめんなさい」


 そりゃそうだった。


「へー、でも、ふーん? そ、そっか、そっかそっか。ちゃんと私でも反応してくれるんだ。これだけ近くに居ても抱き締めてくるだけだから、魅力ないのかなーとか……その、理不尽にもちょっぴり思ったりしてたから……」

「うーわー、ほんと理不尽」

「ふぐっ! ……うう、ごめんね、自覚はあるんだけどね、感情って、こんなにも上手くいかないものだったんだねぇ」

「ていうかイチャつきの先をするにしたって、ソファの上が初めてとかはさすがに俺もひどいと思う」

「私も。もしするんだったら弥弥弥くんの部屋のベッドか私の部屋のベッドかなー」

「行為自体は恥ずかしがるくせに、そういうことは普通に言えるのな……」

「女子って結構そういうものだよ? 言葉にロマンを求めてるのに、求めるもの以外にはドライなのさ。勝手に期待してるのに、欲しい言葉が貰えなきゃ拗ねるのもまあ毎度のこと。そーゆーのをずっと頭の片隅で覚えておいて、いつもいつだって我慢してるの。男子が知らないところで、女子は案外傷ついて溜め込んでるものなのよ? はい、弥弥弥くんの次のセリフは」

「「いや発散しろよ」」

「───だ」

「……ハッ!?」


 馬鹿な……読まれた!? まさかリアルでジョセフの十八番やられるとは思わなかった!


「男子の思考回路は結構単純だからね。まあ私の場合は相手が弥弥弥くんだから、っていうのもあるけど」

「マジか……俺そんなに単純か……?」

「弥弥弥くんだって私の行動とか先読みできるじゃん。私の場合はそれが言葉なだけ」

「は~……すげぇなぁ」

「乙女は男より精神的成長が早いのさ。まあそのくせ、男の前では綺麗な私で居たい~っていうのも女の在り方なんだけどね」

「その心は?」

「程度の違いはあっても、結局子供なんだよね、性別関係なく」

「なるほどなー……」

「子供だー、って言われて、弥弥弥くんの感想は?」

「妥当だなぁと。似たようなこと考えてたし」

「わ、そうなんだ。子供扱いされると、男の子は怒るもんだけどね」

「そこはもう努力側で注意されたことだからな」

「あ、そっか」


 自分勝手なことで、キレて八つ当たりしたことがある。

 悪いのは自分って分かってるくせに、一度火がつくと止められない。

 その日ほど、男ってだせぇ、って思ったことはなかったから、努力も身が入った。

 勝手に怒って当たり散らして。……笑顔にしたいって女泣かせてりゃあ世話ないもんな。


「弥弥弥くんは勤勉だなー……ほんと、注意点が無くなってばっかでわたしゃ寂しい。ほらほらー、構えー、恋人さんが寂しがっておるぞよー」

「はーいはいはい、俺の恋人さんは寂しがりだなぁ」

「子供扱いすんなー!」

「お前が怒ってどうすんだよ」

「大人の女性としての対応を望みます。激しく」

「……大人。……雅」

「? なになに弥弥弥く……ふむっ!?」


 ザ・大人の対応。

 体勢を変えた彼女に、ちゅむ、とキスをした。

 するとどうでしょう、ムキーと子供のように怒っていた彼女が、一発でとろんとした女性の目になるではありませんか。


「……はふ……ほい、大人の対応。気に入ってもらえた?」

「…………はい」


 キスしたあとは大人しくなる。よし、覚えておこう。

 ………………。ただし首に抱き着いて離れなくなる、と。よ、よし、覚えておこう。

 離れたくない時は存分にご利用する方向で。

 ……あれ? じゃあ一日中してりゃあよかと? ……よかとね。




結/みやびな二人の幼馴染な日々


 土日という連休が過ぎて、今日も元気に起床。


「……おはよう」


 すると隣で寝ていた恋人が、肘を立てながらニヒルな声で言ってきた。


「………」

「………」

「……あの。ネタに走ったあと、無言が一番辛いんだけど……」

「いや……寝顔見たかったなぁと」

「ふふん、幼馴染さんの朝は早いのだ。好きな人に見られることも考えなきゃだからね、気合いも入りますとも」

「今は?」

「すっぴんさん。わぷっ」


 すっぴんさんを抱き寄せた。朝っぱらから感触と香りを堪能する。

 一緒に寝ているのは初体験を済ませた~なんて高速レベルアップをしたわけでもない話なものの、まあようするに。


「むふー……おちつくー……」

「けど、レベル高いよな……好きな人と一緒に暮らしつつ、本番はNGって」

「学生だもの、そこの線引きは大事だよ」


 土曜のうちに雅の両親には挨拶した。アイサツは大事。古事記にも載っている。

 なので、仲良くラヴラヴに帰宅した二人に、二人で挨拶しに行ったら……


“おおっ! ようやくか! 進展したぞかーさん!”

“もー! 遅いわよぅみやくん! みゃーこ、ずーっと待ってたんだからー!”

“おかおかあさん!? そういうこと言わなくていいから!”

“もー、この子ったら普段はツンケンしてるくせにみやくんのこととなるともうやかましいのなんの! あ、これ絶対にみやくん以外じゃ結婚とか無理ねーっておかーさん心配で心配で!”

“みやくん以外が相手だとちっとも女の子らしく振る舞わないどころか、近寄るんじゃねぇオーラとかすごいからなぁみゃーこは……!”

“おっとぉ!? なんばいいはらすばい!?”

“……何語だい? みゃーこ”

“まあっ、とにかくっ! ……みやくん? プロポーズはもちろん大歓迎だしおばさんもおじさんも大変嬉しいの。でもひと~つだけ条件があるわ”

“おうそうだな。こんなんでも可愛い娘! 気心知れたみやくんでも条件を出そう!”

“じょっ……条件、とは……!?”

“今まで通り努力を忘れずに、みゃーこを幸せにする努力もすること”

“ああ、そのために用意しておいた提案があるんだ。結婚後に普段のみゃーこを知って愛想を尽かさないように、今のうちに同棲をしてもらおう”

“同棲!? 用意しておいた、って……えぇえ……?”

“そうそう、丁度みやくんも一人暮らし中なんだし、早速今日からでも”

“え、ええっ!? みっ……みみ弥弥弥くんと、二人きり……? 同棲……!?”

“喜んで”

“弥弥弥くん!?”

“あ、ただしみやくん? ……本番はNG。婚前の女の子をキズモノにする行為は、お母さん許しません”

“や、それはもちろん。俺だって責任を取れる立場になってからじゃなきゃ嫌───”

“本番以外は許します”

“お母さん!?”

“神よ───!!”

“弥弥弥くん!?”

“ふふ……かーさん、今日からまた……二人きりだね”

“みゃーこ? 弟か妹が出来るかもだけど、しっかりおねーちゃんになってね?”

“それか!? それが狙いなのか!? 今さらキョーダイって……ていうか生々しい話やめてよぅ!”

“なに言ってるんだ、みやくんの両親だって今頃……なぁ?”

“ええ、うふふ”

“両親って、父さんと母さん? …………ハハッ……エッ!? いやあの……エッ!?”


 ……とまあこんなやりとりがあったわけでして。

 いやー、修二さん大爆笑だったなぁ。……いや、キョーダイ出来ないよね? 今さら弟か妹と義弟か義妹が出来るのは勘弁願いたいというか……。


「よし、じゃあ早速努力のルーティーン始めるか」

「うんうん、最初はなにから?」

「軽いストレッチから、手洗いうがい洗顔のあと、朝食の下ごしらえと朝食。着替えて身嗜みチェックしてGO」

「おはようのキスと行ってきますのチューは?」

「是非入れませう」


 ルーティーンが追加された。

 土曜の夜から両親に許可を出された雅は、“本番なる行動以外、全てを認めます”と言われてしばらくすると、キス魔になった。寝る前のちゅーはもちろん、寝転がってからのちゅー、腕枕しながらのちゅー、ていうかなんで普通に一緒に寝ることになってんだを塞ぐためのちゅー、俺をとことん黙らせるためのちゅー、黙ってくれてありがとうのちゅー、寝ようとしている俺へのちゅー、興奮を紛らわすためのちゅー、抑えきれなかったからちゅー、唇をこじ開けてのべろちゅー、とにかくちゅー。

 ……ええ、はい、俺は一昨日の夜、大賢者様となりました。もちろん本番はいたしません。誓って本当です。

 ただ本番以外なら、と……様々を、その。

 そうなれば日曜という休みの日は乱れた(淫れた)日になるわけで。

 互いで互いに訊きながら、賢者様へと到る道をゆっくり何度も昇りました。


……。


 朝、しっかりと雅の味噌汁をいただき、準備を済ませて家を出る。

 行ってきます、は忘れずに。鍵をかけてはいOK。

 二人向き合って、手の甲をペチンとノックし合う。学校に向かいましょうの合図……じゃなかったりした。昔っからやってたことなのに、みゃーくんになってた頃は忘れていた。

 これ、子供の頃に俺達二人で決めた、“ずっと一緒に居ましょう”の合図だった。

 忘れてたくせにほぼ毎日やってたんだから、ほんと二人してどんだけ互いが好きだったのか。


「んふふへへー♪ 弥弥弥く~ん♪」

「はいはいなんだい雅」

「晴れてよかったねー」

「だなー。ていうか、土日どっちも大雨とか珍しかったよな。まあ、お陰でいちゃいちゃ出来たけど」

「人生初の恋とイチャイチャは幼馴染にくれてやった……! これからの私にはいったい何が待ち受けるのか……!」

「下着の洗濯についての葛藤じゃないか?」

「考えたくなかったぁ!!」


 同棲、とくればいろいろと乗り越えるべきものがあるわけで。

 これが案外、受け入れてみれば楽しかったり可笑しかったり。

 わからないことはまあ、経験者である修二さんらに訊いて、乗り越えていこうと思っている。

 まだまだ思考がガキだからなぁ、俺達……。

 あ、ちなみに一昨日の夜から昨日の夜までかけて淫れた僕らの洗濯物は、冷静じゃなかった僕らがそのまま俺側の家の洗濯機にシュゥウウッ! 超ォゥ! エキサイティイン! した。回したまま干すのも忘れる有様ですが。そのまま風呂に入った雅は俺のシャツを着ることになり……はい、襲いました。誓って本番は致しておりません。


「ねーねー弥弥弥くん」

「なんだい雅さん」

「ええっと……将来的には子供は何人欲しいですか?」

「……双子で男女とかいかがでしょう」

「……双子出来るまで、するの?」

「曲解にもほどがある」


 ───幼馴染って居るよな。

 男か女か、歳がちょっと離れていても幼い頃に馴染みがあれば、立派な幼馴染だ。

 ただ、うんと幼い頃にほんのちょっと馴染みがあった、程度で幼馴染と呼べるのかは、俺にはちょっと分からない。

 相手にとってみればとっても印象深い出会いとか瞬間があったとして、けれど俺にはそこまで大した出会いでも瞬間でもなかった~なんてことになっていれば、俺はそれを幼馴染とは呼ばないだろう。

 じゃあどんな過去があれば、幼馴染なんて言葉を当て嵌めやすいのかといえば。


「ま、のんびり幸せになりましょう。喧嘩するにしても仲直り出来るレベルで」

「じゃあ、喧嘩したらまた習慣自己催眠から始めよっか。それが嫌ならお互いに譲り合って与え合って、許し合いましょう」

「……そだな。お前が俺より味噌汁を作るのが上手で、幸せをくれるなら」

「ん。弥弥弥くんが私より美味しい朝食を作れる人で、幸せをくれるなら」


 大人になったら結婚しましょう、なんて約束した過去がある二人、なんじゃないかね。

 律儀にそれを守るため、努力出来る奴が何人居るかは知らんし、同性の幼馴染は結婚の約束はしないだろうけど。ただ、“将来俺達で○○○しような!”、みたいな約束はするだろうから。

 努力もしないで“約束だから”と何もしなけりゃ、どんな奴でも見切りをつける。

 だから、俺達はお互いに努力をし合い、いつかきっと、なんて夢を見ているわけで。


「弥弥弥くん弥弥弥くん!」

「ほいほいなんだい雅さん」

「学校につきましたのキスもしよ? 教室に入りましたのキスと、トイレに行ってきますのキスももちろんだし、トイレからお帰りなさいのキスも───あっ! 家から500歩歩きましたのキスも!」

「どんだけキスしたいのお前!! 学校ではいたしません! 風紀を守りなさい!」

「……私、生徒会長になって校則変えよっかな……」

「あのお願いマジやめて? 動機が不純にもほどがある」

「……したくないの?」

「めっちゃしたい」


 俺達は学生らしくを貫きつつ、今日も今日とて“幼馴染をやっている”。

 恋人らしいこと、を思い浮かべて、もうとっくに幼馴染のままやってきたなと笑ってみるけど、恋人としてそれをやるだけで呆れるほどに頬が緩む。


「そういやさぁ」

「ん? なに?」

「モミアゲだけ長いの、なんでだっけ」

「……昔、誘拐などに注意しましょうって連絡網があった時、どこぞのエロスなクソガキャアが、そこが長ければ誘拐されて裸にされてもそれで隠せるって言ったんだよ」

「マジか。勇者だなそのクソガキ」

「勇者なもんか。とんだおっぱい星人さこのエロスが」

「…………エ?」

「……そのくせ、登下校とか買い物は、俺が絶対一緒に居るからーとか言い出すし」

「…………俺?」

「私にそんなこと言える男、弥弥弥くん以外何処にいるのよ」

「OH……」

「まあ……んふふー♪ んみゃーくんになっても、買い物一緒に行ってくれるってキミで、私はとっても嬉しいよ?」

「へ? ぇ……ぁあっ!? ……~……」


 そんなわけだから、俺達は今日も今日とて恋人として、幼馴染をやっているのだった。自分の言ったことを忘れても、ベタ惚れなままの自分に呆れつつも。



  さて、目標も出来たし頑張らないとだ。努力努力。


  とりあえずはまあ、こいつのことを養えるようにならないと。


  じゃないとこいつ、自分の全部をくれないそうだし。


  それを伝えると真っ赤になって、「ミミミミッソ・スープ、ガンバリマス……!」と言った。


  ……俺が一日を頑張れる理由は、こいつがまだまだ増やしてくれそうだ。


 ■後書き

 たぶんゲームとかだとここまでが体験版。

 突っ走らない系主人公だと、グイグイ行かずに先にバスすることで、ルートが増えるか日にちが増える。

 続きません。

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