???(補足)
ちょっと社会風刺的なお話が入っております。
このお話にて「アフリカ百合」、完全に完結。
「お主、どこに行っておったんじゃ急に姿を消しおって」
「ちょっと現世にまで」
「何しとんじゃい。我らが気軽に降りるべきではないのだぞ」
ここは地ではない。
地の底か、はたまた空の彼方か。
摩訶不思議な空間だった。
果ての見えない道が延々と続き、右へ、左へ視線をむければあみだくじのように何処へつづいているかもしれない道の上をヒトが歩いている。
道より外れた空間にはターコイズブルーの背景が目に焼き付くかのように広がっている。
「結構好きな感じの相思相愛達が居ましてね」
男が道の端に寄ってそっと道端の“空”を見つめた。
「お、良かった良かった結ばれたらしい」
のぞき込んだ空には焚火を眺めて座る二人の少女の姿が映っている。
少女たちは初々しく手を握り、静かにぽつぽつと、話をしているようだった。
「やはりいい百合だ」
「……なんじゃ? 女子同士の結婚かの?」
髭だらけの翁が同じく道の端を覗き込み、奇妙そうに顔をしかめた。
男はボタボタと鼻血を流し、空へと血の雫を垂らしている。
『あ、見てムサーカ! 流れ星がいっぱい』
『ほんとだ……赤い尾を引いてキレイ……』
『神様達も祝福してくれてたりして』
『そんなまさか……でも、そうだったら嬉しいな』
鼻血が垂れるたびに空の暗闇に一筋の光が落ちる。あんなりにも血が出続けているため、翁は男の後頭部を殴って鼻を拭わせた。
「……お主、あの娘たちを結婚させたのか?」
翁が男から2、3歩離れた場所に移動して、その空を覗き込んだ。
“そこ”の空には老人の司祭が大勢の人々の前で少女たちを呼びつける姿が映っている。
「そうです。あ、そうだ。豊穣を約束していたんだった」
そう言って男が立ち上がると、自身の腕にはめていた鉄の腕輪を取り外し、道の端の空へと、投げ入れた。
「これで良し」
「ふぅむ……お主も酔狂じゃのう。娘同士を結婚させることになんの価値があるんじゃ」
翁は髭をさすりながら聞いた。
「俺は女性同士が仲良くしているのが好きなんですよ」
「別に友人でよいではないか。男と結婚させず、こんな非生産的なことをしてなんになるのじゃ」
訝しげにつぶやく翁に、男はしばし考えたあと。老人の後方……道の彼方を指さしながら悲しげに呟いた。
「私は未来の先祖です。彼女たちよりも、ずっと先。彼女たちの部族の名が失われた時代の」
「ワシ等の子孫は部族を失ってしまうのか」
翁は少なからず驚いた様子を見せた。
「幾千もの集落が集まって、私たちの時代では巨大な国が出来上がったのです。民の数は5千万にもなります」
「すさまじいものじゃな」
「ええ。……そして私たちの国は、このアフリカと呼ばれる大地において、唯一同性婚の許された国となったのです。本人たちの意思だけでも」
男は立ちながら、そっと道端の空に視線をやった。
「それでも、同性同士で結婚することはあまり良い認識ではないのです」
「可能であるのに?」
「やはり奇異の視線はあるのですよ」
男は大きく息を吐きだして、目をつぶる。
「私たちの時代ですらそのような風潮なのです。ならば、遠い過去の時代。互いに好き合っているはずの娘達は、どうなのだろうかと」
一つの家で共に暮らす少女たちが空に映った。
仲睦まじく。片や農業に精を出し、片や牛の世話をして時折狩りに出かけて。
夜には共に食事をしながら、寄り添って眠っている。
「ご先祖様の言葉というのは従わなければならないそうですから」
「そうじゃな。神のもとに現世の者たちを案内するのはワシら先祖じゃから」
「未来に生まれたご先祖様なんていう、変な存在ですけどね」
男は鼻血を垂らしながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「……ま、当人たちが好き合っておるのなら儂は何も言わんよ。ほれ」
「え、わ!? 鉄の腕輪!」
「お主にやるわい」
「ええぇ!?」
翁から突然のプレゼントを受け取り、男はただただ困惑気味の叫び声をあげる。
「儂には好意なんてわからんからのう。儂の代わりに、子孫たちを幸せにするんじゃぞ」
「……! はい、はい! わかりました!」
背中を見せて“神の下”へと向かう道を歩いていく翁を、男はぎゅっと、腕輪を握りしめながら頭を下げる。
果ての見えない道のたったわずかに満たない長さの道端を。男は愛おしそうに、時に悶え鼻血を流し、顔を覆いながら。ほんの少しずつ覗き込んでいた。