結
はてさてその数日後。
ムサーカとノムアイラは伝統的な結婚式を開いていた。色鮮やかな織物の衣服を身にまとい、頭には獣の皮で作られたヘアバンドに大きな鳥の尾羽が添えられている。体の動きに合わせて羽が揺れ動き、その装いをさらに華やかに魅せていた。
「さぁってノムアイラ! 夫役となればこの儀式は外せんぞ~!」
「っはっは! 痛かったらあとでしばき殺すから覚えときな」
「う、は、い……」
笑っているけれど笑っていない目をしているノムアイラは、近場にあった手ごろな大きさの棒を手のひらの上で躍らせている。
ムサーカの親族にあたる阿呆な男は意気揚々と笑っていたが、彼女の静かなけん制を聞いた途端に徐々に存在感が小さく消えていった。
怒らせる男が悪い。
「はーい毛布1枚!」
「わぷっ!?」
「はいはいこちらもこれもどうぞどうぞ」
「どわわわぁ!!」
まだほんのり怒気を孕んでいたノムアイラのそばに毛布を手に持ったムサーカの親族たちが集まり、つぎつぎと毛布を使ってノムアイラを包み込んでいく。
2、3枚もくるまれれば布団の山に顔が埋まり、毛布の脇から顔を出してぷはっと息を吐きだした。ノムアイラがそのまま足元の茣蓙の上に座り込むと、さらにさらに毛布を重ねて被せられる。
もう被せられすぎて山のごとしのシルエットだ。頭だけ出して背を伸ばしてみるとフクロウのようにも見えなくもない。
「あ、あっつい!!」
「プレゼントですよぅ」
「ぶっちゃけこんなにあっても使いどころあるんかな……」
あんまりに何重にも被せられたせいか、もこもこすぎてうんともすんとも内側から脱出できないノムアイラ。
そんな婿(役)を甲斐甲斐しく毛布の山を崩して助け出すのはムサーカだ。右に体を揺らし、左に体を揺らして毛布を回収していく。
「いよと、ありがとうムサーカ」
「明日は私の番ですから助けてくださいね」
「はいはい」
しばらくしてやっと抜け出せたノムアイラは自分の肩ぐらいの背の高さである配偶者の頭をぽんぽんと撫ぜた。
ちょっと慣れたムサーカは少しぶっきらぼうに手を叩き落とし、ぷうと頬を膨らませる。
「はいもう良いからここに早く寝てくださいな」
「了解しましたお嫁さん」
「明日はあなたもお嫁さん役です」
けらけら笑って茶化すノムアイラの背中をぐいぐいと押してノムアイラは台の上に敷かれた毛布の上に乗せた。
ノムアイラは靴を脱いで毛布の上に寝転がると、ムサーカが先ほどもらった毛布を何枚か持ってきてノムアイラの上にふぁさっと被せたのでした。
「あ、暑い……」
「耐えて耐えて」
暑いところから抜け出したのにまた封じ込められたわけだが、そんなノムアイラの周りに再びムサーカの親族たちが集まってくる。
「うちの娘幸せにしないとこうだからな!」
細っこいしなる木の棒で毛布の上からペシンッとそこそこ勢いよく叩いてくるムサーカの父。毛布が分厚いことで痛みはないため、ノムアイラはじっとその毛布のなかで寝ている。
「女性同士だと大変でしょうけど、うちの子を大事にして頂戴ね」
その横では同じく細い棒で弱く2、3度叩いている母親の姿。声はすごく優しいのだが、娘が変わった結婚をすることにまだ心の整理がついておらず、微妙に顔が悲しそうにも見える。
ノムアイラは布団の中で寝ながら、わずかに頷いたのだった。
そして肉親に続くのはムサーカの兄妹や等親の近い親戚たち。ある程度大人の連中は女性であるノムアイラを気遣って弱めで叩くのだが、幼い子供というのは遠慮のないこと。力任せにバッシバシと叩いて、そのたびに「いっ、あだっ」と布団の中の婿が悲鳴をあげる。
「あわわわぁ……」
「あだだだだだだだっ!」
「もうストップすとーーっぷっ!!」
叫ぶノムアイラの声が面白いのか何度も叩きまくる子供たち。嫁役のムサーカには止められないのでただ右往左往しながら慌てているところで、先ほど脅された男が止めに入る。
「この姉ちゃん怖いからお前ら後で泣かされちゃうぞ!」
「失礼な……」
苦々しい表情をしつつも「まぁお仕置きは許してやるさ……」とちょっと優しくするノムアイラであった。
ほんのちょっぴり微妙な雰囲気になったが、そこは陽気なヌグニ語族。どこからともなく太鼓が現れ、軽快なリズムを打ち鳴らす。
「おっとダンスの時間か!」
布団から飛び起きたノムアイラはすぐに靴を履いて、太鼓の音に合わせて体を震わせながらムサーカのもとへと歩いていく。
「ムサーカ、ムサーカ! 私の麗しき、愛しき第一にして唯一の妻よ!
博愛にして繊細なる腕は己の動物どもを余すことなく愛で包み込んだ!
植物のすべてを知る司祭のようにその知恵は畑の食物を健やかに実り豊かにした!
芦原のごとくなべてを包み込む私どもの大地のように。
そなたの無償なる愛は我らが部族と未来の子らを、ご先祖様のように守り続けることでしょう。
恐れながらそなたを妻と迎えんとするノムアイラに。
万の象牙よりも価値ある愛の踊りを交わしてはもらえませんか?」
片膝を地面について見上げながら、ノムアイラは愛を唄う即興詩をムサーカに捧げた。
どこまでも直球な唄を聞いてムサーカはドキドキと胸を押さえながら。
「はい貴方……」
その手を取ったのでありました。
☆
「ではこうすればよろしい。ノムアイラを婿役として結婚式を行い、“そのあと”ムサーカを婿役として“もう一度”結婚式を行うのです」
集落の知恵者が提案したのは、結婚式を“二度”行うというものだった。
「二度……!? まさかそんなこと」
慣例にのっとればそんなこと出来るわけがないと、皆が首を横に振った。
「出来るんじゃよ。ほれ、別の部族と結婚する時など、それぞれの風習に合わせて二回やったりするじゃろう?」
「「あっ!」」
それは盲点だった。
言われてみればたしかに他部族と結婚する時に二回結婚式を行うことがあるのだ。他部族とはいえ同一カップル間における結婚式を“二回”行っていることには変わりない。
ご先祖様の言う伝統的な、という結婚式の様式にも変則的ながら当て嵌まるのだ。
「ノムアイラが牛を十頭プレゼントし、その翌日、その牛十頭をムサーカからのプレゼントとすれば良い」
「な、なるほど……」
どちらも牛を失うようなことはなく、そのままを維持できる案であった。
「それに長老が祝い……というか、苦労をかけたとしてそれぞれに牛をあげると言っておったしの」
「長老太っ腹な!」「さすが村一番の家……」
集落一番の家なだけあって牛の数も多い長老。
まぁ実に好い人で、大変だろうからと牛をプレゼントすると。
多少の財産的損失はあるが、牛を貰えるとなればどちらかというとプラスにもなる。
ノムアイラとムサーカのそれぞれの家族は知恵者の意見を取り入れ、二日間に分けて結婚式を行うことにしたのだった。
☆
「ノムアイラ……」
「ん?」
時刻は夕暮れも過ぎたころ。空は闇に包まれたが、焚火の周りでは太鼓の音に合わせてビールに酔っ払った大人たちが歌い踊り狂っている。
「よ《・》か《・》っ《・》た《・》?」
ただ、一言、不安そうに聞いたムサーカ。
ノムアイラは三秒ぐらい配偶者の顔を見つめて、焚火へと視線を戻す。
「実は、ご先祖様に感謝してんだよね私」
「……」
「ご先祖様からのお告げじゃないと、ただ普通に男と結婚して子供を産んで育てて……」
側頭部を指で掻く。
「いやそれが幸せではない……とまでは思わないけど。たぶん、最良では無い……とは」
「わかるよ。……私もそうだもん」
「ほんとに?」
ムサーカは一度だけ口をつぐみながら頷いた。
「指名されるまでは自分の気持ちには気が付いてなかったけど、いまこうして、婦婦になって」
ノムアイラは、隣に座る、新たな家族の手を握って。
二人はちょうど、誰からの視線もはずれたその時に。
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