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んでとりあえず村の一角でそれぞれの親子が集まって会議をするのでござった。
「うちはねェ! 大事な牛たちをこの飢饉のなかでもやせ細らないように大事に大事に育ててるんだよぅ! 村から出て飼葉を刈ってきて健康状態に気を配って!」
「私んところだって動物狩る合間にちゃんとお世話ぐらいしてるわ!!」
「狩りしながら世話なんか出来るわけないでしょ」
「出来るわ!!!」
それぞれ怒鳴ってそれぞれの立場を表明するノムアイラとムサーカ。お互いに譲れないものの為に、ガンと構えているわけなのだが。
「つまりどちらかが婿役にならねばならず、慣例に従えば十一頭前後の牛を相手にあげる必要性があると……」
はい司祭様説明ありがとうございますというところ。
アフリカ南東部、バンツー語族系の人たちは結婚式の際に、婿側が嫁側の家族に牛を贈る風習があるのだ。
大事な大事な娘を貰うんだからそれぐらいのことはしないといけないわよね。ええ。
「……ほんとに結婚するのか?」
「結婚は別にいいんですよ」
「うるせぇな」
「ノムアイラ? 一応ワシ偉い人じゃからね? 傷つくぞ?」
腕組み舌打ちしながらつぶやかれた女戦士の言葉は、司祭様の心を普通に傷つける。とは言っても年齢を重ねているだけあってちょっとやそっとの事じゃ凹まないんだから!
司祭は口元に手を当てて、むーんと考え事のポーズをとった。
「……牛の質的な意味ではムサーカの方が良さそうじゃな」
「それはもちろん。私がしっかり世話をしておりますから」
ムサーカはこっ……っくりと何度も満足そうに頷いて、太めの眉が緩やかな弧を描いている。なんというか満面の笑みというやつで、自らの牛の世話にとても自身があることが窺い知れた。
「可愛い」
「え……そ、そんなこと」
「ふぐっ……」
無意識にノムアイラから零れた言葉にひゃっと両の頬を抱えて照れるムサーカでございました。両目をつぶって顔をそらすムサーカの様子を見てはノムアイラも胸元をぎゅっと抱きしめて顔を伏せたものだった。
なんというか実に相思相愛という感じである。はたから見た家族は複雑そうな顔をしていたものだが。
「しかし牛の数はノムアイラの家の方が少ない、と」
「そんなに良い家柄でもないからね」
呼吸を整えたノムアイラはちょっと苦々しい表情で笑った。
凛々しい雰囲気から高貴な印象すらうける彼女であったが、家柄としては何の役職にもついていないごくごく平凡な家だ。飼っている牛の数は十頭程度なもので、慣例通りに差し出してしまえば一頭も居ないような状況へと陥ってしまう。
「……だらば、ムサーカの方が婿になるべきでは」
「私が婿になったら牛たちの世話が心配です!」
質もよく頭数も多いということで司祭が提案するものの、ムサーカは空中でぶんぶんと手を振ってイヤイヤと首を左右に振り回した。
あざといぐらいの身振り手振りにノムアイラは目元を覆って空を仰いでいた。話が進まない。
「ちゃんと世話してますよ」
「毛づくろいしてます? 蹄見てます? 歯並び大丈夫ですか? 骨盤しっかりしてますか?」
「すいません……」
いくつも飼育ポイントをあげてノムアイラの両親を封殺するムサーカ。両親もどちらかというと狩りやら戦いに身を置いている方のようで、畜農業に専念しているムサーカの前では知識の時点で負けていたのだった。
「しかしそこぐらいは折れないと、何もどうにも進まんじゃろう」
「……それは、そうなんですけど……」
牛が一頭も居なくなっては殖やすこともできないためノムアイラの方がよほど死活問題なのだ。
忘れているかもしれないが現在飢饉の真っただ中であり、牛は最終手段の食料として確保していなければならない。肥料で糞も使うし。
そうでなくとも貴重なもの・珍しいものを手に入れるのに牛と交換したりするのだ。牛は何事においても貴重で重要なのである。
「婿が男なら慣例通りで牛をあげるのも納得するが、女だと……本来贈る方じゃなくて貰う方だからなぁ……」
「結婚するのに家族になんら見返りがないのがキッツイ……」
それぞれの家族がボソボソと愚痴のような話をしている。
薄情に思えるかもしれないが娘を相手にあげる代わりに牛を貰うのは当然の権利というか、義務のようなものなのだ。娘が結婚してしまうのに牛を貰うどころか失ってしまうなど堪ったものではない。
婿役になっても利点なんて微塵もなく、ただ損をするだけ。
部族のためとはいえ司祭様でもってしても、どちらかに婿役を命じるなどは良心からして難しいものであった。
「ぐぐぐぐ……そもそもご先祖様が慣例通りにとか言うから……」
「しかし今更またご先祖様を呼ぶには難しいのう……」
「呪術に使う材料を集めるのにも手間がかかるんじゃ」と周囲の視線に弁明する司祭様である。
「はぁ……」と一様にため息をつく一同。
どれだけ話を重ねても平行線という状況がかれこれ2時間は続いていたのだ。みんな疲労困憊であった。
「もし、そこの者たち」
「はい?」
するとそこにやってきたのは豪華な服を着た人物。
集落の議会で知恵者とされ、長の信頼も篤い男であった。
「ならばこうしてはどうだろう」
突如話に割って入ってきた知恵者の言葉は、事態のいざこざをすべて解決するものであった。
現代でもングニ語族(ズールー族)ではこの風習が続いていますが、牛11頭でなくとも同等のお金(70万から90万)でもオッケーになってるそうです。時代の流れだなぁ。
(なお貧乏なら打ち合わせ次第でもっと安くなったりはするけど)