承
「とか言いつつ君ら互いに好き好きでしょ」
「は? ちげーけど」「そんなわけないでしょ」
交互に指をさされながら指摘され、食い気味に返事をするノムアイラとムサーカである。
司祭もといご先祖様は歯を見せて笑い、満足そうな顔でうんうんうんうんと高速で頷く。
「うんうんいい百合だ」
「ユリ?」「ゆり?」
「百合でござる」
ご先祖様の言う不可解な言葉に首をかしげる村の一同。
いい笑顔なのだがお爺ちゃん司祭なせいで歯がボロボロなので、実はビジュアル的に非常に残念なことになっていたりする。司祭悪くない。
「うん。好きじゃなくてもいいから結婚するんだよおう」
「だからなんでだよ!!」
「子供が出来ませんが……」
キレ散らかすノムアイラとわりと現実的な話をするムサーカ。
反応には荒々しく直線的な戦士と穏やかで俯瞰的な農民の違いが見られる。
「……子供いる?」
うんぐぇと思い切り顔をしかめて白目を剥くご先祖様。なんとも表情豊かだがジジイの顔なので色々と悲惨である。
娘二人は当惑した表情を見せつつこっくりと頷いた。
「まぁ……いずれは?」「そりゃ、ねぇ……」
目をあらぬ方向へと向けながら口を半開きにして喘ぎ声を出すご先祖様。
「……そ、そうだ! 子供を残さないことにはご先祖様に申し訳が立たない!」
「応とも! 女同士で結婚なんかせず、普通に男女間でするべきだ!」
そんな折に座り呆けていた当代の者たちの中から、若い男たちが立ち上がって荒く息を吐いていた。
どちらもいい筋肉をしたナイスガイだ。ほかにも若い男たちがいるが、この二人だけというのは要するにホの字というやつ。
「百合の間に挟まろうとする男は死ね」
「えぇ……」「死ね!?」
「すべからく死ね」
ヤバい顔をしていたご先祖様は野郎たちの声を聴いた瞬間、ヒトを殺しそうな恐ろしい形相になって冷酷に脅した。殺意を告げられた男たちは可哀そうだが、ご先祖様は当たり前のことみたいな表情をしているため仕方がない。仕方ない。
「ったくお前ら見て分からんのか!! 結婚告げられてからだいぶ経ってんのにこの娘らずっと手をつないでんのよ?」
っかっー! と額を抑えながら不意に娘達を指さすご先祖様です。指の先には手を絡めて握られたお互いの手。
「あいやそれは別に緊張して握ったら手を離すの忘れててちょっと離してよみんな見てるじゃん」
「私は生贄とか言われるの怖くてノムアイラの手を思わず握っちゃっただけで好きとか嫌いとかじゃなくてただあのあれそのどうしよ」
「知らないわよ」
すんごい早口で答えたノムアイラとムサーカの横で、髭もじゃのご先祖様はしわっしわの腕で鼻元を抑え。
「……やんばい鼻血出そう」
「司祭様の体で興奮するな」「やめやめろ」
もうお年寄りの体で興奮されては命に関わるので弟子たちが冷たい目で見ながら忠告。というかもはやため口だった。
「あなた達恋仲だったの?」
「そんなんじゃないよムサーカがいつも畑仕事をしてたり家畜たちの世話をしてるの頑張ってて凄いなー可愛いなーって」「ノムアイラが狩りに出てはでっかい獲物を仕留めててカッコいいな凄いなと思ったりはしてたけど」
「「え」」
娘たちが同時にしゃべったその横でご先祖様は突っ伏すように地面に倒れながら。
「死ぬ……」
ひどく小さい声で悲鳴をあげるのでした。
☆
「……その……結婚、いいですよ……」
「……はい……ご先祖様の言う通りに……」
互いに顔を真っ赤にしながらボソボソと呟くノムアイラとムサーカ。初々しい反応にご先祖様は空を仰ぎながら両手で目を覆ったものだ。
「ベネ(よし)!」
「なに「じゃあ結婚式をするんだ俺はクニで見ているからな」
余計な突っ込みをさせないようにしつつご先祖様はふんすと息を吐く。
「ついていけないのでもうツッコミませんけど一つだけいいですかご先祖様」
「なんじゃい」
置いてけぼり状態だった二人の両親のうちノムアイラの父が様子を伺いながら手をあげた。
「結婚式をするとして」
その時ノムアイラとムサーカに激震が走った!
「婿役とかそのあたり諸々どうしたらよいのでしょう」
「……どっちかが婿役やればいいんじゃない」
モジモジしていた二人だったが鼻をほじりながらテキトーにご先祖様の言ったことを聞き、物凄い勢いで司祭の顔を見る。
「そりゃ結婚式ぐらいは伝統的な形式が良いんじゃない?」
「え、いや……ですが……」
「もう俺疲れたし爺さんの体だもんなそりゃ疲れる。子供作るのもいいよ少しぐらい男とヤッて作れば畜生マジで嫌だけど子供は大事だからなおんどりゃ」
腕を組んで不満そうにぐちぐち独りごちるご先祖様。ノムアイラとムサーカは互いに司祭の肩をつかむと、ぐぐいと詰め寄った。
「待って待って伝統的な結婚式で婿役まで決めるって」
「“牛を差し出す必要がある”ってことですよね!!?」
ひどく焦る二人の婚約者たち。食い気味に司祭に迫るが、当の老人はちょっと前から寝ているかのように黙していて。
「……ん? うわ、なんじゃい急に目の前に居って! びっくりするじゃろうが!!」
目を開けた途端目の前にいた娘二人にガチビビりして肩を震わせる老人。
「え……う……司祭様……?」
「ワシ以外誰がおるんじゃい」
心臓を抑えながら不愉快そうにつぶやく“司祭”。もうとっくにご先祖様はあの世へと帰っていたのだ。
ノムアイラとムサーカは力なく司祭の肩から手を放し。うつむきながらそれぞれボソッとしゃべった。
「……ノムアイラは凛々しくて格好良くてとっっても真面目な素敵な女性だから婿役がぴったりだと思うなぁ」
「ムサーカは家畜たちも愛情込めて育ててて、やっぱり家の長としてお手本になれるだろうから夫になるのが良いと思う」
それぞれ意見を聞いて、両方額に青筋を立てながら顔をあげる。
「「ぜったい婿役とか嫌!!」」