表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつでも愛は【化物】を生む  作者: 夢未多
第1章 黄金林檎
9/22

第9話

 既に辺りは真っ暗だ。月は出ているはずだが、この森の奥までその明かりは届かない。


 ロバートは待っている。


 左手には小さな木の実を握りしめている。右手には魔力を集めている。そして、ロバートは息を殺して待っている。


 ロバートは静かに掴もうとしていた。森の大地は柔らかい。その大地をかなりの重さで踏む音が聴こえる。彼は意識しているか、していないかで、こうまで聴力が違うのかと驚く。


 いや、驚いていてはいけない。どんな時も冷静に、確実に……。


 近付いてきているのが、先ほど聞いた巨大猪ジャイアントボアの特徴と一致しているのを脳内で確認する。


 巨大猪ジャイアントボアの直線的な動きは素晴らしい。しかし、横に動くのは人間にも及ばない。魔物であるからといって全ての能力が人間を越えているわけではない。動物と何も変わらない。人間にとって脅威になるから魔物と呼ばれているだけ……。


 ロバートは待っている。


 魔物の位置が狙いの場所に着いたと把握できた。


 ロバートは立ち上がり、口笛を鳴らす。その音に魔物は気付き、圧倒的な速さで近付いてくる。魔物と彼の間には障害物が何もない。だから真っ直ぐ進んでくる。


 ロバートは右の手のひらを魔物へ差し向ける。


「はっ! 」


 赤い光が放たれる。


 赤い光の線がロバートの手のひらと、魔物の眉間を結ぶ。魔物の頭が破裂したのは、その直後だった。


「一発で上手く行くなんて、やるじゃないか」


 ロバートの頭上、大きな木の太い枝に座っていたマリアからの声だった。


「多分、マリアの言うとおりで、左手に握った木の実で上手く形が掴めたんだと思う」


 魔力量を調整するにあたり、マリアから木の実を左手に握れと言われた。考えなくて済むのなら余計な思考は魔術の邪魔にしかならないと。右の手のひらから、木の実の大きさに圧縮した火球ファイアボールを飛ばしたのだ。


 自分の武器である魔術を、簡単に放てるように練習……と言われて、逃避行の最中に、それもただの小動物ではなく巨大猪ジャイアントボアで練習させられていた。


 ロバートはマリアの能力を魔物使い(テイマー)だと思っている。


 カラハタスからの脱出は汚い下水道を使った。匂いは確かに酷かったのだが、魔物はおろか、コウモリにも、ネズミにも一度も出会わなかった。


 たまたま? これだけの事であればロバートは不思議だなぁ、で終わっていたかも知れない。だが、下水道を出て、草原に、荒れ地に、森にと、獣にも魔物にも出会わない。


 魔術についての簡単な説明、マリア曰く、「魔術が使えない者でも常識として知っておくべき内容」らしいが、それを終えると必ず練習台に相応しい魔物が現れる。それも、現れる前に魔物の種類と、その出てくる方向まで教えてくれる。


「素直に相手の話を聞けるってのは人間として優秀さ」


「マリアの修行を続けていけば、賞金稼ぎ(ハンター)になれるよね? サンドラの隣に立てるよね? 」


「隣? お荷物を卒業できるかどうかだよ。月影の森にはもう少しで着くが、満月の夜までは鍛えてやる」


「ありがとう、ありがとう」


「泣くな……」


 ロバートは涙を流してしまって恥ずかしかった。でも、止まらない。彼には喜びと哀しみが一気に押し寄せていたのだ。


 ロバートは幼い頃からサンドラに憧れ、様々な訓練に取り組んできたが、何も上手く行かなかった。訓練で成長を実感したのが初めてだった。さらに成長を実感できた事で彼女の横に立てるのではと思えて嬉しかった。


 しかし、そのサンドラが今はいない。ロバートが魔術を使いこなせなかった事が原因で彼女は危うい立場になった。彼女が無事にカラハタスから脱出できるか、月影の森で再会できるのか、とても不安だった。


 泣きじゃくってしまったロバートは、彼を見るマリアの表情を知ることがなかった。



 ※ ※ ※



 フレディは目の前の宿敵に対して、違和感を覚えていた。彼女は彼に負けた。鎖に繋がれ、倒れた彼女は痛みを我慢している。それは間違いない。だが、悲愴感ひそうかんがない。いや、逆に達成感すらあるように見える。


「サンドラ、君の処刑の段取りが決まったよ」


「痛いのは嫌いなんで、早くして欲しい」


「恨み言ひとつないのは本当に頭が下がる」


「私はお前に負けた。野盗や魔物の命乞いは私も嫌いなんでね。容赦せずに殺してきたのが、私の優しさだと思ってるよ」


 フレディは笑って見せる。


「俺は優しくないんだ。処刑の日取りはカラハタスだけでなく、近隣の町や村にも報せを出した」


「盛大にやってくれるなら、優しさじゃないか」


「次の満月に行う。そして、その報せには追加の話も書いてる」


 サンドラは倒れたままの姿だ。返答がないので、フレディは続ける。


「主犯のロバートなる者が自首した場合は、犯罪者を匿っただけのサンドラを鞭打ちの刑で釈放する……あの坊主はきっと来てくれるさ」


 サンドラが顔を上げずに笑い出す。


「フレディは()()()()としては超一流かと思ってだが、剣の腕と同様で一流に成りきれないんだな」


「人質を取るのは一流ではないと? 俺はきっちり仕事する為なら何でも使う」


「違う、違う、あはは。仕事が失敗に終わるからさ。私に勝つ事が目的でないなら……ロバートを捕まえるのが仕事なら、お前は大失敗をした事になるからさ」


 フレディは目の前の女に違和感を抱いていた。何故、こいつはそう言い切れる?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ