第8話
「賞金稼ぎがなんで、俺達をこんな目にあわせるの? 俺はともかくサンドラが恨まれることなんてない! 」
力強く話すあまりロバートはふらついた。彼を支えながらマリアは話す。
「今、考える必要はない。それと絶対に転ぶなよ。君の持ってる荷物に干し肉と薬草が入ってる。下水まみれになったら食料がなくなる」
ロバートは頬を膨らませながらもマリアの言う事も確かなので、反論せずに別の質問をする。
「待ち合わせの、何とかの森って遠いの? 」
「歩いて行くから10日はかかる」
「宿とかは……」
「勿論ない」
暗い下水道の中を松明一つで進んでいる。ロバートは出発前に渡された赤い実で意識ははっきりしたし、体力も回復した気はするが、お腹は減っている。大変な状況でも腹は減るものらしい。逃避行の中でも食べ物の大切さがわかる。
当たり前だが、ロバートは旅なんてした事がない。交易都市カラハタスから出た事なんて、サンドラに連れられて木の実や薬草を近場の、日帰り出来る場所に行った事があるくらいだ。一番の遠出が巨大猪を狩りに行った、昨日なのだから。
「宿がないのが不安かい? 当然だけど、街道は使わないよ。獣道を通る」
「不安じゃない。俺の心は強いんだ。賞金稼ぎになるんだ。……追われてるから、獣道ってのはわかるよ。でも、何でそもそも俺は追われるの? 魔道具なんて盗んでないよ? 」
「帝国では帝国貴族以外の魔術師なんて存在しないってのが建前だしな」
「数は多くないけど、賞金稼ぎの中には貴族じゃない魔術師だっているじゃん」
「森を魔法で吹き飛ばすような賞金稼ぎはいない。いいかい? 帝国の貴族は何で貴族なんだい? 」
マリアは笑いながら話す。ロバートは少し考えてから答える。
「プリム人の中で魔術を使える一族だから」
「魔法を使える一族である貴族をプリームス帝国では何と話してる? 」
「神の力を扱える者、神の代理人」
「プリム人以外でも魔法を使える民族はいるんだけどな……。貴族は支配している帝国の民にそんな事を教えない。貴族は神の代理人だから魔法を使えるし、神に代わって民を支配し、守っている。それが帝国が民に教えている内容だ。帝国からしたら、貴族でもないのに強力な魔法が使える者は目障りでしかないさ」
ロバートは魔法が使えるように成りたかった。でも、貴族や国の方針なんて、まさか彼自身が帝国の敵になってしまうなんて考えていなかった。
「そしてな、ロバートの魔法の凄さを密告した奴がいるって事」
密告?
「わからないの? 森が吹き飛びました。魔物や魔族のせいにすりゃいいのよ。帝国に教えて上げる必要ないもの。でも、君の強さを、才能を認めたくない人がいたのよ」
あの時、あの場にいたのは、ロバート、サンドラ……そして、フレディ……。
「許せない」
ロバートは自分を売ったことより、あの場にいたサンドラの事まで売ったんだということに怒りを覚えた。
※ ※ ※
フレディには怒りしかなかった。いや、悔しさかも知れない。
フレディの剣はどうやってもサンドラに届かない。彼女の技量はよく知っている。片手半剣を極め、自分に敵う者なんていないと驕り高ぶる若き日に、彼の鼻柱は叩き折られていたからだ。
誰が護衛の指揮を取るかで、賞金稼ぎ達の意見が割れた。既に名声を手に入れ、力と技の両方を片手半剣で表現する、【才色兼備の優男】フレディと、彗星の如く現れた【剣に愛された女】サンドラと。
サンドラ自身はフレディにその座を譲ろうとしたが、一度剣の技を競ってみようじゃないかと、彼は提案した。年若い彼女を推している賞金稼ぎがいるという事と、彼が負けると思っていなかった事の二点から提案したわけだ。
フレディはこてんぱんにされた。信じられなかった。彼がどれ程の努力をして、気に入ってはいなかったが、あの二つ名を手にしたか……。
生まれた時から屈辱とともにあったフレディには、あの時の敗戦を塗り替える事なしに、未来はないのだ。
だが、フレディの剣はどうやってもサンドラに届かない。
疲れが少なからずあるはずのサンドラの剣は鈍る事がなく、衛兵達の槍は空を切り、衛兵を盾にしてのフレディの攻撃も受け流される。
フレディの一撃一撃は強力でまともに受けることはかなわない。サンドラは受けずに交わし、衛兵達の背後から衛兵もろとも斬り伏せようにも、衛兵しか殺せない。届くかと思った一撃も彼女の身を傷つけることも、剣を折ることも、態勢を崩すことも出来ない。
膂力と体重の乗った一撃は流される。態勢を崩すのはフレディの方だ。
だが、フレディは勝利を確信した。
既に立っている衛兵は二人。そして、フレディ。しかし、彼は大きく、とても大きく勝利を宣言する。
「待ってましたよ! 朱殷の鎧! これで俺の勝ちだ」
サンドラの周囲を取り囲むように十名の新しい騎士が現れた。時間が経った血液のような、暗い朱色の鎧に身を包んだ騎士。帝国の切り札、朱殷の鎧。
「さて、サンドラ。剣を捨てろ! そして跪け! いや、もしまだ持ってるなら破裂石を地面に置いた上でな! 」
サンドラは跪くしかなかった。フレディは帝国の、それも多分上の方にしっかり連絡を入れていたという事だ。跪きながら朱殷の鎧を確認する。式典なんかで遠目に見た事はあったが、身近で、それも敵として彼等を認識するとその脅威がはっきりとわかる。
一人一人がフレディと同等程度の力を持っているというのが感じられた。
「剣の腕だけが、賞金稼ぎの実力ではないんだよ、サンドラ」
「全くだ。フレディに剣の腕だけは負けてないからな」
フレディはサンドラの横っ腹を蹴りつけた。