第6話
ロバートに震えが襲ってくる。倒した相手を忘れていたのは、魔力が尽きただからだけではない。恐怖が彼の記憶を奪っていたのだ。
「どうしたの? 大丈夫? 」
サンドラとマリアが戻ってくる。ロバートは打ち合わせを終えたらしいサンドラに答える。
「大丈夫だよ」
「やっぱり魔力を使いすぎてるのよ。全然大丈夫な顔じゃない。真っ青」
ロバートはどう答えようか迷う。彼は、既にいない悪魔の恐怖に震えたと、恥ずかしくて言えない。だが、魔力切れだと言うのも、不安がらせてしまうので言えない。
「言ったろ? サンドラ。ただの魔力切れだ。心配はいらない。安心して自分の役割を果たせばいい。私も約束は必ず守る」
ロバートを救ったマリアは、黒いローブに付いている頭巾を被っていた。
「ロバート、このお姉さんの言うことは必ず守るのよ」
「お姉さんの言うことはって、サンドラは? 」
「私が説明しておく。準備して派手にやってくれ」
サンドラはマリアの言葉に頷くと、ロバートを抱き締める。茶色の短髪をくすぐったく感じながら優しく包む。
「ロバートの夢は賞金稼ぎだったよね。夢を叶えて、成長した姿を私に見せてね。私は剣しか教えられないけど、マリアは物知りだから、魔術が使えるようになったあなたには彼女がぴったりよ」
サンドラの笑顔は美しい。そして、今日は儚く見えた。
「サンドラは? 」
「次の満月の夜、月影の森で……」
そう言うと、サンドラはロバートを突き放して、部屋を出て行く。彼も追いかけようとするが、腕を捕まれていた。
「さて、彼女との約束を果たそう」
「約束? 」
「サンドラに言われただろう? カラハタスから逃げるのさ」
「だから何言ってるのかわからないよ! 」
「君をここから逃がす。それが私の仕事だ」
「サンドラを残して逃げるのは嫌だ」
「彼女が逃げるのに、君が邪魔なのわかってないのか? 」
ロバートは言葉が詰まる。だが、彼は納得したくない。
「俺は力になれる。魔術だって使える」
「知ってるよ。獣一匹倒すのに、森半分吹き飛ばしたポンコツだってね」
「あ、あれは……あれは、魔獣じゃない……多分、悪魔」
「君が悪魔を御存知だったとは失礼しました。でもね、森半分吹き飛ばした上に、魔力切れ起こして、サンドラに連れて帰ってもらったんだろ? 」
ロバートは黙るしかなかった。彼は幸運がまやかしでしかなかったのを知っている。
「いいかい? サンドラは面が割れてる、腕利きの賞金稼ぎとしてな。その彼女がお荷物担いで逃げられると思っているのかい? 彼女は独りなら逃げられる。君がお荷物なんだよ。君は無名だ。だから私に託したのさ」
「……俺は……俺は何もで、で、できないの? 」
「君に出来る事? やるべき事があるだろう。絶対に無事に約束の場所へ行く事、それが彼女に出来る唯一の事さ」
「わかった」
ロバートは顔を上げて答える。無力だったとしても彼には果たすべき約束がある。そして、それを気付かせてくれたマリアに頭を下げる。
「お願いします」
「素直なのはとても良い。サンドラが大事にしているのはよく分かるな。これを持っておけ」
「え? 」
マリアが差し出したのは、サンドラが報酬として渡したペンダントだった。
「ちゃんと仕事を果たした時には私が貰うさ。それには強い加護がある。大事に首に下げげときな」
「あ、ありがとう」
ペンダントには美しい石が嵌め込まれている。その石は薄い青色で、穏やかな春の日の空。サンドラは旅の御守りだと話していた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。サンドラからの合図に遅れたら元も子もないからね」
※ ※ ※
「これだけあれば、あの旅人の石、簡単に買えるかなあ……」
サンドラは手に持ったいくつもの破裂石を見つめる。ドワーフ秘伝の破裂石。破裂石は彼等が地中の硬い岩盤を掘り進むのに使われていた。
「さて、派手に行こう」
破裂石を西門の関所横に投げる。投げた瞬間、サンドラは耳を塞ぐ。
爆発する。
帝国第二の都市カラハタスが止まった。
突然の爆発。それに続く難攻不落と云われ、過去に一度も落とされたことがないカラハタスの赤壁が崩落する。
一拍を置いて起こる悲鳴。関所に並ぶ人々は壁を見る。関所にいた衛兵達は犯人を見る。
犯人は一目瞭然だった。今日、関所の取り調べを厳しくした理由が目の前にいたからだ。藍色が鮮やかな麻の外套に身を包んだ女性。カラハタスでも五本の指に入る賞金稼ぎ。
「サンドラだ! サンドラがいるぞ! 」
「あの女の仕業だ! 」
サンドラは不敵に笑うと、剣を引き抜き走り出す。背を見せるのではなく、衛兵に笑顔を見せる。一番手前の衛兵の籠手を打ち付ける。激しい痛みにその衛兵は剣を落とす。
次の衛兵の剣を横に打ち付けてから、すぐに上から叩き落とす。あまりの早業に衛兵達は怯え、じわっと広がる。先頭に立ちたくはないが、逃がすわけにはいかないからだ。
「サンドラ。独りじゃないか? 何で独りなのかな? 」
その声は、最後にゆっくりと衛兵達のいた詰所から現れた男の声だった。
サンドラは尋ねずにはいられなかった。
「なんでお前がそこにいる? 」
「賞金稼ぎが仕事をするのがそんなにおかしいか?」
「約束を守ってないどこの話じゃないな」
「俺はサンドラみたいに趣味で賞金稼ぎをしてるんじゃないんだ。金を稼ぐ為に賞金稼ぎしてるんだ」
「仲間を売るのが仕事かい? 」
「仲間? ありゃただの化物さ」
「あー、もういいや。許す気が失せたわ。どちらが正しいかやってみましょ? フレディ」
フレディも剣を構える。片手半剣を両手でしっかり握って答える。
「力比べが好きってのが、真の一流に成りきれないとこだよ、サンドラ」