第92話:ミリスの指南
「おおっ!
凄い、ミリスが勝ったのじゃ!」
「当然。
伊達に剣姫と呼ばれていない」
レキが負けた事に驚きつつも、自分の指南役であり仲も良いミリスが勝った事もまた嬉しかったらしいフランが素直に称賛した。
ミリスとコンビを組む事の多いフィルニイリスは、この結果も予想していたようだった。
「いや~、流石はミリス隊長」
「結構ギリギリだったよな」
「それでも勝ちは勝ちですよ」
「まぁそうだな」
「・・・うむ」
二人の手合わせをずっと見ていた他の騎士達も、ミリスの勝利に感心していた。
もちろんただ見ていただけではなく、しっかりと分析も行っていた。
一部始終を見届けたガレムも、どこか満足気に頷いていた。
「あ~!
負けた~っ!」
「ふっ、レキもまだまだだな」
「う~・・・次は勝つっ!」
「ああ、その意気だ」
悔しそうに大声を出しながら、懲りずに再戦に向けて気合を入れるレキと、そんなレキの頭を笑顔で撫でるミリス。
手合わせとはいえ、先程まで全力(と言っても身体強化していないが)で戦っていた二人。
負けて悔しい、という気持ちはあるが勝敗にケチを付けたりはしない。
これがフランだったら、あるいは駄々をこねたかも知れないが。
「む~、レキっ」
「あっ、フラン」
そして、そんなフランが負けたレキに突っかかった。
「何故負けたのじゃ?
レキはガレムに勝ったのじゃろ?
ならばミリスにも勝てるはずなのじゃ」
「え~、ミリス強かったよ?」
「それでもじゃ」
先程まで勝利したミリスを褒めていたフランだが、レキが負けたのはそれはそれで嫌だったようだ。
レキが格好良く勝つところを見たかったのだろうか。
期待していた結果が見られず不満なのだ。
レキの本気の実力からすれば、相手が誰であろうと勝つと思ったのだろう。
「レキは一番強いのじゃ!」
「でもなぁ~」
「む~・・・」
「姫、そこまで」
敗者であるレキに不満をぶつけるフランと、それを宥めるレキ(敗者)。
普通は逆であろう二人に、フィルニイリスが割り込んだ。
「ガレムとミリスは戦い方が違う」
「うむ。
団長は相手の攻撃を真正面から受けつつ隙を突く戦い方。
私はレキの攻撃を逸し隙を作る戦い方だ」
「・・・何が違うのじゃ?」
「ガレムのは御前試合。
ミリスは指南した」
「にゃ?」
共に隙をつく戦術ながら両者は大きく違う。
ガレムがレキと試合したのは、あくまでレキの力を測る為。
同時に、国王や貴族達にレキの実力を見せつける為でもある。
だからこそ、ガレムはレキの攻撃を真正面から受ける戦い方をしたのだ。
ガレム自身がレキの実力を正確に測る為であり、あの場にいた者達に分かりやすく教える為でもあった。
ミリスとは純粋な手合わせであり、レキの実力をある程度知っているからこそ出来た戦いである。
真正面から受けるのは難しいと判断し、レキの力を逸らし、受け流しながら、レキの体勢を崩す事に専念していたミリス。
相手の隙を作り一撃を入れる、と言うのが今回のミリスの戦い方だ。
時折フェイントを混ぜながら、レキの隙を付くのではなく隙を作る戦い方をしたのである。
何故ミリスがそんな戦い方をしたか。
単純にそうしなければ勝てなかったからという事もあるが、もちろん他にも理由がある。
「ガレムの戦い方はレキの力を皆に見せる為のもの。
ミリスの戦い方はレキにこういう戦い方もあるのだと教える為のもの。
ミリスは戦いながらレキに指南した」
「・・・おぉ!」
「一応武術指南役だからな」
魔物との戦いになれ、バカ正直に真正面からぶつかる事しか知らないレキに、こういった戦い方もあるのだとミリスは身をもって教えたという事だ。
レキに理解させ、納得させる為、卑怯だと罵られようとも全力で勝ちにいった今回の手合わせ。
幸い、レキは負けを素直に認め、ミリスの戦い方に対しても不満は抱いていないようだ。
「じゃあミリスはガレムにも勝てるのか!?」
「それは無理ですね」
「そうなの?」
「流石に団長相手では」
レキの攻撃は強く鋭いが、ガレムはそれに加えて重い。
そんな攻撃をいなし続けるのは、今のミリスには難しかった。
「そうでもないかも知れんぞ?」
「えっ?」
「あ、ガレムのおじさん」
「おじ・・・」
そんなミリスの自己分析を、他ならぬガレム自身が否定した。
先程から試合を見ていたガレム。
己が負けたレキに勝利を収めた部下であるミリスに、称賛を送るべくやってきたのだろう。
「ここでは団長と呼んでくれ」
「分かった、団長のおじさん」
「いやそうじゃなくてだな・・・」
「そんな事はどうでも良い」
「ひ、姫・・・」
一応コレでも騎士団の団長である。
だが、レキにとっては意外と親しみ易いらしく、ついおじさんと呼んでしまうようだ。
周囲の目もあるので訂正してみるも・・・なかなかに難しかった。
肩を落とすガレムを無視し、フランが続きを促した。
「ミリスの方が強いのか?」
「いやいや、私とてそう簡単に負けるつもりはありません。
ですが、今のミリスとなら良い勝負ができそうですな」
ミリスの実力は旅立つ前より遥かに上がっているとガレムは判断している。
道中の様々な経験が今のミリスの中に生きているようで、レキの攻撃を冷静に捌いてみせたのがその証拠だ。
フランを助けられず、更には圧倒的なレキの力を間近で見て、思うところがあったのだろう。
ガレムですら防ぐのが精一杯だったレキの剣。
レキに敬意と恩義を抱き、レキの戦いを見ていたミリスだからこそ、レキの動きにある程度対応出来たのだろう。
「だ、団長」
「ん、なんだミリス。
なんなら今からやってみるか?」
「いえ、流石にそれは・・・」
「ミリスはレキとの手合わせで疲れ切っている。
ガレムもそれは分かっているはず」
「まあな」
だからこそ、今の自分とも良い勝負が出来るはずだとガレムは言った。
とは言え、今のミリスは正直限界である。
なにせあのレキを相手にしていたのだ。
限界まで集中した結果の勝利であり、余力など無いに等しい。
「ともかく、良くやったなミリス。
レキを相手にあれほど冷静に渡り合うとはな」
「だ、団長」
それでも勝ちは勝ちである。
何より試合内容が素晴らしかった、そうガレムが称賛する。
騎士団長からの思わぬ賛辞に、照れるより戸惑いが強いミリスだった。
「それで、ガレムはなんの用?」
「ん?」
そういえばとフィルニイリスがガレムに問いかけた。
試合内容を振り返りつつミリスを褒めに来た、というだけでは流石に無いのだろう。
そう考えての問いだったのだが・・・。
「いや、ただ良くやったと声をかけたくてな」
「・・・そう」
残念ながらそれだけだった。
流石脳筋、そうフィルニイリスが嘆息したが。
「あと、折角だから私も手合わせを願いたくてな」
「・・・はぁ」
ガレムの脳筋っぷりはフィルニイリスの予想以上だった。
つまり、目の前で楽しそうに試合をする二人を見て、ぜひ自分もとやってきたのだろう。
先程ミリスに「今からやってみるか?」と言ったのも、あながち冗談では無かったのだ。
「どうだレキ?
私と一戦交えてみないか?」
「ん~・・・」
「ダメじゃ!
まだわらわとの鍛錬の時間じゃ!
ガレムとやるのはその後じゃ!」
忘れているようだが今はフランも鍛錬の時間である。
様々な事情(レキを一人にしない為とか)の為騎士団との合同という形を取ってはいるが、レキもフランも鍛錬する為にいるのだ。
先程の手合わせはフランが休憩している時間を使っての事であり、フランの休憩が終われば再び鍛錬の時間である。
「そ、そこを何とか」
「ダメじゃ!
レキはわらわと鍛錬するのじゃ!」
「一時間、いえ三十分で良いですから」
「ダメじゃ!」
目の前であれほどの手合わせを見せつけられてしまっては、脳筋なガレムが我慢できるはずもない。
旅に出る前より明らかに腕を上げたミリスとも戦ってみたいところだが、ミリスが疲れ切っているのはガレムも分かっている。
そんなミリスと戦うより、まだまだ元気なレキと是非!と考えるのは脳筋なら当然だろう。
リベンジという意味もあり、騎士団長としてレキに指南したいという気持ちも多分にあったが、強者とやり合いたいという気持ちが一番強かった。
フロイオニア王国騎士団長にして王国最強の騎士ガレム。
彼は強者との戦いに飢えていた。
「私が指南しますから」
「イヤじゃ!
わらわはレキと鍛錬するのじゃ!」
「そこを何とか!」
「い~や~じゃ!」
「止めなくていいの?」
「ああなった団長を止めるのは無理だな」
「脳筋がああなったら止まらない。
まさに猪突猛進」
断固として譲らない両者。
一応は主従の間柄なのだが、フランは王族として命令するのを好まないし、ガレムもそんなフランだからこそ言いたい事を言える。
それが時として面倒くさい事態を招くという、素晴らしい事例であった。
今は鍛錬の時間。
フランと一緒に鍛錬をする約束をしていたレキとしては、ガレムよりフランの味方をしたいのだが・・・。
言い争う二人を前に、どうすればよいか分からず戸惑っていた。
ミリスはガレムの(脳筋的)思考を理解している故に諦め気味であり、フィルニイリスは傍観者に徹していた。
「いい加減になさったらどうですか、ガ・レ・ム・さ・ま?」
「ひっ!」
どうしよう、とレキが本気で困っていたところ、ガレムを止める猛者が現れた。
「・・・リ、リーニャ、か?」
「ええ、そうですよガレム様」
フラン付きの侍女リーニャ。
常にフランの為に行動するリーニャが、この事態を収拾すべく参戦した。
「それで、ガレム様はフラン様の貴重な鍛錬時間をどうされるおつもりで?」
「い、いやそのだな・・・・」
「フラン様はレキ君との鍛錬の時間をそれはもう楽しみにしていたのですよ?
先程だってあんなに一生懸命レキ君の真似をしていたではありませんか?
それを騎士団長ともあろう御方が・・・」
「いや私はその・・・」
「あれですか?
御前試合で無様に負けたのを根に持っていますか?
それともレキ君とミリス様の手合わせに触発されてしまいましたか?
騎士団長ともあろう御方が」
「ね、根になど持ってはおらん。
だが触発されたのは確かだ」
「騎士団長ともあろう御方がご自身の都合だけで動くのはどうかと思いますが?」
「き、強者とやり合いたいと言うのはだな、この国の騎士ならば」
「この国の王族たるフラン様の都合も無視してですか?」
「うっ・・・」
「リーニャ凄いね」
「まぁ・・・リーニャだからな」
「そう、リーニャだから」
ガレムを口で圧倒するリーニャ。
いくらフラン付きの侍女だからと言って、相手は騎士団長。
立場としてはガレムが上だが、そんなことはお構いなしとリーニャが一方的に口撃している。
いくらリーニャが正論をぶつけているとはいえ、騎士団長ともあろう者がこうも一方的に言われ続けるのもおかしな話。
どちらが悪いかなどレキにも分かるが、それでも目の前のやり取りに首を傾げてしまった。
「そう言えばレキには話してなかった」
「ん?」
「リーニャはガレムの娘。
ガレムは娘に弱い」
「そうなのっ!?」
「ついでに言えば奥さんにも弱い」
驚愕の事実に、レキが驚きのあまり両手の剣を落とした。




