第85話:王様について
「そろそろ食事も終わりとしようか。
フランとレキ殿はもう就寝の時間ではないか?」
「あら、もうそんな時間?」
「にゃ、まだ話足りないのふぁあ~・・・っ!」
「ふふっ」
食事の開始こそいつもどおりの時間だったが、終わる時間はいつもよりだいぶ遅くなっていた。
一月以上の旅を終え、レキという友人を連れてきた愛娘フランと共に食べるいつも以上に賑やかで楽しい食事。
食後の団欒も長くなり、気が付けばフランのいつもの就寝時間を過ぎていた。
久しぶりとなる家族揃っての食事。
フランも物足りなさを感じていたが、まだ子供のフランとレキに無理をさせるわけにもいかない。
お子様二人は、普段なら既に眠っている時間なのだ。
ただでさえ慣れない環境で、模擬戦に続いて王族との会食というイベントが続いたレキ。
食後の満足感も手伝い、今ははしゃいだ直後で眠気を感じていないが、一息つけば眠くなってくるに違いない。
フランはフランで、久しぶりの家族との食事と会話でテンションは上がりっぱなし。
何より、念願のレキを我が家(王宮)に迎え入れる事が出来た為、眠るのがもったいない気分だった。
出来る事ならこのまま朝まで語り続けたいのだろうが、そこはまだ子供のフランである。
不満を言ったその口から大きなあくびが漏れ出てしまい、慌てて口を押さえたのだが後の祭り。
母親であるフィーリアとばっちり目があい、恥ずかしそうに顔を反らした。
「はっはっはっ。
何、無理に語り尽くす必要もなかろう。
明日からの食事の楽しみに取っておけ」
「うむ・・・わかったのじゃ」
「明日は私とレキの二人で食事する」
「にゃ!?
なぜじゃ!?」
すかさずフィルニイリスがレキを奪おうとすれば、眠っている場合ではないとフランが立ち上がった。
ある意味持ち直したフランに皆が笑う。
森を出てからずっと続く賑やかな食事は、王宮に来てからも変わらずそこにあった。
「それではレキ君を案内してまいります。
レキ君、こちらに」
「うん」
フランとフィルニイリスの言い争いも無事(?)終了し、まずは客であるレキが退出する。
勝負の結果、明日はフィルニイリスとレキ、そしてフランとリーニャ、ミリスも加えた五人での食事となった。
二人きりでは無くなったフィルニイリスではあるが、両親よりレキをとったフランも大概である。
「ではなレキ。
また明日なのじゃ!」
「レキ、明日からもよろしく」
「あっ。
うん!
また明日っ!」
フランとフィルニイリスの言葉に満面の笑みでレキが応える。
道中「おやすみ」は言い合ったが「また明日」という言葉を言う機会は無かった。
常に一緒に居たので言う必要が無かったのだが、「また明日」という言葉にはフラン達が思う以上の意味がある。
「ふむ、レキ殿。
明日からも頼むぞ」
「ええ、フランが面倒をかけると思うけどよろしくね?」
「にゃ!
そんなことないのじゃ!」
「うん」
「うむ、それではな」
ロランとフィーリアとも挨拶を交わし、リーニャに連れられてレキが部屋を出る。
「また明日」という約束の言葉。
両親や村の人達と果たせなかったその言葉を、レキは今度こそ守れるだろう。
「ふふっ、嬉しそうですねレキ君」
「ん?
そうかな?」
「ええ」
嬉しそうなレキについリーニャが声をかける。
おそらくは本人も分かっていないのだろう。
それでも様子を見れば良く分かる。
「それはそうとレキ君、何故陛下の前では緊張していたのですか?」
「へっ?」
ふと、リーニャがそんな質問をした。
本来なら聞くまでもない事である。
緊張する理由など「国王の前だから」に決まっており、緊張しない方がおかしいのだ。
ただし、レキは緊張した覚えが無かった。
王様と言われてもやはり村長さんより偉いのかな?としか思っていないし、どれほどの権力を有していようとも、レキは権力の意味すら知らないのだ。
それでもリーニャがそう言うのだからそうなのだろうと納得しかけ・・・やはり覚えがないので首を傾げる。
「えっと・・・?」
「いえ、陛下の前で緊張するのは当然なのですが、レキ君の緊張はそれとは違ったようなので」
「・・・ん~」
リーニャとしても「王様は村長より偉い人」という認識しかないレキが、実際に謁見した所で緊張するはずがないと思っていた。
だが、実際に食事を共にすれば、どことなく緊張しているように見えたのだ。
レキ本人に自覚が無いのは、おそらくこれが初めての事だったからだろう。
国王に対する緊張感なら疑問にも思わなかった。
「レキ君も緊張するのですね」と、意外に思いつつ納得するだけだっただろう。
でも、注意して観察してみれば、レキの緊張は一国の王を前にしたものとは違うように思えた。
言葉遣いがいつもどおりだったのもあって、緊張していないようにも見えたくらいだ。
それでもリーニャの目にはレキはいつものレキとは違って見えた。
「えと、王様、陛下だっけ?
えっと」
「レキ君ならどちらでもかまいませんよ?」
「じゃあ王様。
王様はその、フランのお父さんなんだよね?」
「ええ、まぁ」
「だからその・・・えっと」
呼び名はともかく、なんとも歯切れの悪いレキ。
言い辛いと言うより言うのが恥ずかしいようなレキを見て、リーニャにとある考えが浮かんだ。
「・・・もしかして、フラン様のお父さんだから緊張したのですか?」
「・・・うん」
もしやと思い確認してみれば、恥ずかし気に頷くレキがいた。
レキが緊張したのはこの国の王に対してではなく、友達のお父さんに対してだったようだ。
「・・・オレ、友達のお父さんに会うの初めてだから」
「お友達の?
村にいた時のお友達は?」
「えっとね、子供はオレとマールって女の子しかいなくて、でもマールはお母さんしかいなかったから」
マールという、レキと同じ村で生まれた女の子。
レキの過去話を聞かされる際には、幾度か耳にした名前である。
そう言えば話の中にマールのお母さんは出てきてもお父さんは出てきませんでしたねと、リーニャは思い返した。
この時代、父親のいない家庭など珍しくない。
男は仕事で家を留守にする機会が多く、仕事中に命を失う事もまた少なくない。
マールの父親もおそらくそうだったのだろう。
「どう接すれば良いか分からなかったと?」
「だって友達のお父さんなんて初めてだし、なんて呼べばいいのかすらわかんなかったし・・・」
「さすがにおじさんはまずいですからね。
まぁ、陛下の場合は陛下か、レキ君なら王様でいいと思いますよ」
流石に一国の王に対しておじさんは無い。
完全に私的な事で、周りも家族や親しい者のみならばあるいは許されるだろうが、現段階ではレキとフロイオニア王はそれほど親しく無い。
陛下という呼び方はなんだか言い辛いので、リーニャの言う通り王様呼びにしようとレキは思った。
呼び方が決まっても、友達のお父さんとの接し方は分からないまま。
レキにとって、友達のお父さんという存在は初めてなのだ。
マールの父親は既におらず、カランの村で出会ったユミの父親は出稼ぎで不在。
初めて会う友達の父親という存在に、レキはどう接してよいか分からなかったのである。
もちろんフランの母親であるフィーリアも、レキとしては接し方に戸惑う人ではあった。
友達の母親ならマールにもユミにもいたのでそこまでではなかったが、その二人、いやレキの母親を含めた三人とフィーリア王妃はどこか違った。
王妃である以上平民の母親とは違って当然なのだが、王族や貴族を知らないレキにとって、フィーリアもまた未知の存在とも言えたのである。
「そうですか。
でもまぁ、ロラン陛下もフィーリア陛下もそんな気難しい方々ではありませんよ」
「きむずかしい?」
「少々無礼を働いても笑って許してくれる方々です」
「・・・そうかな?」
「そうですよ。
だって、先程レキ君が夢中でおかわりしてても何も言わなかったでしょ?」
「・・・?」
先程の食事の事を言われても、レキにはなんの事だかさっぱり分からない。
「王族や貴族の方々と食事をする際は、やはりお行儀が大切ですから」
「おぎょうぎ・・・」
「ええ、スープは音を立てずに飲む。
サラダを食べる時は器を持ち上げない。
肉料理は食べやすい大きさに切りながら食べる、などですね」
「・・・うへぇ」
「静かに、そして優雅に食べるのが王族や貴族の方々と食事をする上でのお行儀です」
王侯貴族の食事とは会談の後に行われる事が多く、あるいは大切な客人を迎える為に用意される場でもある。
故に相手が不快に思うような食事をとるわけには行かず、無様な真似を晒せば侮られるだけ。
加えて、雑談や世間話を通じて互いに有益な情報をやり取りする場でもある為、当然ながら食事は静かに取る必要もあるのだ。
リーニャが例えで出した食べ方は、レキは今までした事なかった。
スープは音を立てて一気に飲み、サラダ等は器を持ち上げて一気に食べる。
肉料理などは焼いたらそのまま食らいつくのがレキの食べ方だ。
つまり、先程の食事でのレキはこれ以上無いほど無礼だったという事になる。
そんなこと今更言われても困るだけであり、なにより面倒くさそうだとレキがため息を漏らした。
「ふふっ。
ですから言ったでしょ?
ロラン陛下もフィーリア陛下も、そんな事気にする方々ではありません」
「・・・うん」
「むしろ美味しそうに食べるレキ君を見て微笑まれていたではありませんか」
「覚えてないや」
食べるのに夢中で、などと言うまでもないだろう。
マナーなど知らずにひたすら食べ、目一杯おかわりし、満足気にお腹を擦っていたレキである。
自分がどう見られていたかなど気にする余裕もなく、余裕があった所で気にはしなかっただろう。
美味しい料理をお腹いっぱい食べられればそれで満足なのだ。
「ですから、あまり硬くならずに普通に接すればいいと思いますよ?」
「言葉遣いとかは?」
「それはおいおい覚えていけばいいのです。
時間は十分ありますから」
「うん」
言葉遣いに関して言えば、既にいつもどうりで良いと言われている。
鵜呑みにしない方が良いと言えば良いのだが、いきなり正せと言われて出来るはずもない。
それでも明日から少しは気を付けようと思うレキだった。
「レキ君はこれまでお勉強などした事なかったのでしょう?
それを咎める方は、少なくとも今はいません。
もちろん勉強を疎かにすれば咎められるかも知れませんけどね。
何事もこれからです」
「これから」
「ええ、これからゆっくりと学んでいけばいいのです。
陛下がおっしゃったではありませんか。
この国で学んでいけと」
そう言えばそんなこと言ってたなぁとレキは思い出した。
国王の言葉は難しく、ろくに勉強をした事のないレキには理解し辛かったのだ。
それでもなんか学べと言われた事は覚えていた。
いや、思い出した。
「わかった、頑張る」
「ええ、頑張ってくださいね」
勉強の重要性を改めて知り、頑張ろうとレキは心から思った。




