第80話:レキ争奪戦の回避
御前試合も無事(?)終了し、レキは最初に通された部屋へと戻ってきていた。
今度こそ王に謁見する為だ。
レキの力を目の当たりにした貴族や文官の一部から、レキと国王が直接対面する事の危険性を問われたりもしたが「あれほどの力の持ち主がその気になればどこに居ようと意味はない」というフィルニイリスの意見により無事謁見する運びとなった。
今はその準備中である。
フランを助けた事に対する礼や、レキの今後の扱いについては試合直後の王の演説にて既に語られている。
良く分かっていないのは当事者のレキくらいだろう。
故に、謁見を待つ間再びレキのお世話をするリーニャが説明を行う事にした。
「先程のはあの場にいた方々に対する説明だったのですよ」
リーニャの言葉にレキは首を傾げた。
レキの仕草に苦笑しつつ、リーニャは説明を続ける。
「先程の試合でレキ君はその力を示しましたよね?
王国最強の騎士であるガレム様を一撃で倒してしまったのですから、誰もレキ君を敵にしようとは思わないでしょう」
「う~ん・・・そうかな?」
「それに、レキ君は王族であるフラン様の恩人でお友達でもありますから・・・どうなると思いますか?」
「?」
そんなこと言われても分かるはずもなく、レキは更に首を傾げる。
「ふふっ。
レキ君とフラン様が仲が良いということはですよ。
レキ君と仲良くなればフラン様とお近づきになれるかも知れないという事です」
「う~ん」
「簡単に言えば、レキ君とお友達になればフラン様ともお友達になれるかも、という事ですね」
「お~・・・」
貴族達の思惑。
今後レキという存在に対し、貴族がどう接してくるのかをリーニャは分かりやすく説明したつもりだ。
「お近づき」という表現では難しかったレキも「友達」という言葉なら分かる。
「フラン様は王族です。
王族というのはこの国で一番偉い人達です。
そんな王族であるフラン様とお友達になれば、無茶な願いも叶えて貰えるかも知れませんよね」
「そうなの?」
「ふふっ。
レキ君はそんな事しないと思いますが、残念ながらそういう考えを持つ人もいるのですよ」
「ふ~ん」
「通常ならフラン様とお友達になるのは難しいですが、レキ君とならなれますよね。
そしてレキ君にフラン様を紹介してもらえれば、フラン様ともお友達になれるでしょう」
「う~ん」
願い事のくだりでは分かりやすい反応を返し、フランと友達になるのは難しいと言われて首を傾げる。
フランに叶えて貰いたい願いなど無く、フランと友達になりたければ友達になろうと言えばいいのに・・・と考えているのが良く分かるレキに、リーニャが笑顔を見せつつ更に説明を続けた。
「レキ君は王国最強の騎士すら圧倒したわけですからね。
フラン様のお友達以前に、レキ君ともお友達になりたいと思う人達も多いでしょうね」
「ん~・・・」
友達が増えるのは良い事だが、誰とでも仲良くしたいかと言えばそうでもない。
例えばエラスの街で襲ってきた暴漢やトゥセコの街の冒険者崩れども。
あと、残念ながらカランの村の人々など。
ユミやその母親はともかくとして、ああいった人達と仲良くしたいかと問われれば、レキは首を横に振るだろう。
レキの試合を見ていた多くの人達。
騎士達はまだしも、貴族の面々はレキに好意的とは言えない。
リーニャの言う通り、その多くはレキを通じてフランと友誼を結び、あわよくば王に近づこうとする者達なのだ。
一部の貴族は騎士団長ガレムを倒したレキの力に目を付け、己が配下に加えようと我策するだろう。
「レキ君とお友達になりたい人達は多いでしょう。
それこそ先程の試合を見た方々は、すぐにでもレキ君とお話をしようと思ったはずです」
そういった面々は、別にレキ本人に興味があるわけではない。
あるのは王へ繋がるパイプとしての役割、あるいはレキという純粋な武力。
お話くらい、とレキは気楽に考えるだろうが、もちろんお話だけで済むはずもない。
あの手この手でレキを取り込み、自分の役に立てようとするだろう。
何せ王国最強の騎士すら相手にならない程の力と、王族であるフランの恩人にして友人という立場を持っているのだ。
そんなレキを抱え込めば、武力と権力、その両方が手に入ってしまう。
貴族の中で、壮絶なレキ争奪戦が繰り広げられるのは確実だった。
レキはまだ子供である。
力は強くとも精神はまだ未熟。
そんなレキを利用すべく近づいてくるであろう貴族達。
レキ自身に身を守る術があれば良いが、残念ながらレキにあるのは武力だけであり、権謀術数に対応する力は皆無だ。
話をしたいと呼び出され、食事を取らせた後に食べた分だけ働けなどと、そんな単純な駆け引きすらレキは躱せない。
騙されたとすら思わず、喜んで働くかも知れないのだ。
本来貴族の私兵が行うべき魔物や野盗の討伐すら、レキなら一人でこなしてしまうだろう。
それならまだしも、言葉巧みにレキを騙して対立する貴族に攻撃を仕掛ける事すら可能なのだ。
「あいつはフラン様を泣かせたのだよ」と囁やくだけで。
「レキ君は良い子ですが世間を知らなすぎますからね。
お菓子を貰って着いて行ってしまう子供のようなものです」
「え~・・・」
「珍しい武器があると言われてついて行かない自信がありますか?」
「う・・・」
何も言い返せず、腰にあるミスリルの剣に手をあてつつレキが顔を背けた。
そんなレキに再度苦笑しつつ、リーニャはなおも話を続ける。
「レキ君の力は強すぎるので、貴族の方々の良いように扱われる訳にはいかないのです。
ですが、そんな貴族の方々から自分を守るには、レキ君には知識や経験が圧倒的に不足しています。
先程陛下がおっしゃられたレキ君へのお礼にはそういう意味も含まれているのですよ?」
「ん~・・・」
「それに」
「ん?」
「先程の陛下の宣言。
あのお言葉で他の貴族はレキ君に手が出せなくなりました」
「へ?」
王宮で学べ、という国王の言葉の意味に、レキはようやく気付いた。
自分に足りない知識をお城で学べ、という事だ。
だが、続く言葉に再び首を傾げる。
ここからは正直レキには難しい話であり、むしろレキに教える必要がないかも知れない。
だが、出来れば知っていてほしいとリーニャは思う。
・・・レキの味方は自分達だけではないという事を。
「陛下はおっしゃられました。
レキ君が新たな道を見つけるまでお城に住みなさいと。
何より、フラン様の護衛に任ずるとともに、お城に住まわせ正しい知識を学ばせるとも」
「う、うん」
正直、国王の言葉をレキは良く覚えていない。
ガレムに勝利した事と、そのおかげでこれからもフラン達と一緒にいられる事。
その喜びが大きく、また周囲から浴びせられた称賛の声に喜ぶのが忙しくてそれどころでは無かった、という面もあるが、何より難しくて良く分からなかったのだ。
「陛下が直々にレキ君を庇護下に入れる、そう宣言したようなものです。
そう言われては他の方々が手を出すわけにはいきません」
「ひご?」
「レキ君は陛下に守られる事になったのですよ」
「へっ?」
リーニャの説明に、思わずまぬけな声を漏らしたレキだった。
「レキ君の力は強すぎて、野放しにするわけにはいきません。
かと言ってどこかの貴族の庇護下に入れば、その貴族に過分な力が付いてしまいます。
レキ君の力を放置せず、なおかつ全ての貴族から守る為には陛下の庇護下に入れるのが一番なのですよ」
「ん~・・・良く分かんない」
「大丈夫です。
陛下はレキ君の力を利用しようとはしませんから」
「それって大丈夫なの?」
「・・・もしかして、陛下のご迷惑になると思ってますか?」
「うん」
フランを救いここまで護衛を務めた少年に対し、国王が迷惑など思うはずもないのだが、レキにとってフランは友達であり助けるのは当たり前だった。
にもかかわらずお城に住まわせてくれる、勉強も教えてくれるという事は、レキからすれば「困っている友達を助けたら、その親がお礼として自分の家に住まわせ今後の面倒まで見てくれる」と言っているようなものだ。
レキからすれば、お礼としては大げさすぎる話だった。
「レキ君一人住まわせるくらい陛下にはなんてことありませんよ?」
「そうなの?」
「フラン様を助けたのですから、その御礼ならばこのくらいは当然では?」
「フランは友達だから」
「レキ君を庇護下に入れるのは他の貴族との兼ね合いのためですし」
「ん~・・・分かった」
貴族云々は良く分からないが、とりあえずレキが考えるほどこのお礼は大げさなものではないらしい。
そもそもこれだけ大きなお城に住んでいるのだ。
自分一人くらい増えたって大丈夫なのだろう。
そう考え、レキも納得した。
あまり迷惑なら森に帰ろうかな、などと考えもしたが、もし口にすれば間違いなくリーニャが止めただろう。
そもそもこれは、レキを森に帰さない為にフィルニイリス達と考えた話なのだ。
王宮に着いていきなり模擬戦を行うなどリーニャは思っていなかったが、レキの力のお披露目というなら正解だったと今なら思う。
このような事態になったのも、その模擬戦のせいなのだが。
そういったリーニャ達の考えなど知らず、再び用意されたお茶やお菓子を食べるレキ。
「ふふっ、これからはお茶もお菓子も食べ放題ですよ?」
「ほんとっ!?」
その言葉は効果覿面で、レキの笑顔がこれでもかと言わんばかりに輝いた。
その顔を見て「これは餌付けという事になるのでしょうか?」と悩んだり、「こんなので良かったのですか・・・」と自分達があれこれ悩んでいたのが少しだけ馬鹿らしくなったり、「やはり貴族の方々との対面は避けるべきでしょうね」とお菓子一つでホイホイついていきそうなレキに不安を抱いたりするリーニャだった。
――――――――――
一方その頃。
「陛下、何故あの場で?」
観覧室から戻った国王と宰相は、レキとの謁見の準備をする為会議室へと戻っていた。
「何故、と言われてもな・・・」
準備、と言っても特にする事は無い。
レキへの褒美は既に発表されている為、せいぜい謁見用の服に着替える程度。
むしろレキの準備が整うのを待っているようなものだ。
「レキ殿をフラン様の護衛に任ずる事、そして王宮内に住まわせる事。
更には、知識が身につくまで陛下の庇護下に入れる事。
どれもあの場で公表してよろしかったのですか?」
その時間を利用して、宰相アルマイスは先程国王が皆の前で発表した内容について確認していた。
「問題はあるまい?」
フランの護衛という肩書を与える事は、レキを王宮に住まわせ、フランの傍に置く為に必要な措置である。
知識を、つまり勉強させると言う点については、レキに一般常識を教え自身の力を自制させる為に必要だろうという判断だ。
周りの貴族に対して最低限の立ち回りが出来るよう、ある程度は学んでもらう必要があるからだ。
何もかもこちらで対処するのではなく、レキが自分で判断出来るようにする為、フィルニイリスを始めとした王国の知恵者に面倒を見させるつもりなのだ。
それらは全てレキの為であるとともにフランの望みでもある。
また、レキに恩を売るという意味では王国の利益にも繋がるだろう。
護衛の件も王宮に住まわせる事もフィルニイリス達と協議した結果であり、教育に関してはフランの護衛にする為にも必要である。
唯一の懸念は、国王の庇護下に入れるという点だろう。
レキを国王の庇護下に入れる事自体に問題はない。
むしろレキほどの存在を一貴族の庇護下に入れてしまえば、貴族間の力関係が崩れるだろう。
そうならない為の措置としてもっとも有効だったのが、国王の庇護下に入れるという事であった。
問題は、それを他の貴族に説明ないし説得する前に発表してしまった事である。
「貴族達の反論はどうするおつもりで?」
レキの存在は貴族達に知れ渡った。
誰もがレキに注目し、どうにかして知己を得ようとするはず。
あのままレキを王の庇護下に入れずにいたなら、近く貴族間でのレキ争奪戦が始まっただろう。
国王が庇護下に入れると宣言した事でレキ争奪戦は回避された。
だが、貴族達が納得したかと言えばそうではない。
「反論などさせんよ。
むしろいらぬ騒動を回避してやったのだ。
感謝して貰いたいくらいだな」
国王の言う事は間違いではない。
そもそも王が他の貴族に断りもなくあの場で宣言したのは、レキの力が予想以上だったからだ。
王国最強の騎士ガレムと互角に渡り合うどころか、身体強化をしたとはいえ一撃で倒すほどの力。
どの貴族も、自身の手元に置きたいと思うに違いない。
国王があの場で宣言しなければ、下手すれば内乱に近い騒動すら起きかねなかった。
それでも事前に説明なり話し合いを設ける必要があったのでは?とアルマイスは考える。
これは宰相という立場が貴族間の意見の取りまとめ役かつ調整役でもあるからだろう。
もちろん国王が決めた事に反論など許されない。
理不尽だったり、国や各領地に不利益しかもたらさないような内容であれば、反論から反抗、そして反乱へと繋がるのだろう。
だが、今回の件に関しては国王が先手を打ったが故に「先を越された」という不満にしかならない。
取り合いに発展していたなら、レキを手中に収められなかった貴族からの不満はそれ以上になっただろう。
国王がレキを庇護下に入れたからこそ、みな平等に矛を収める結果になったのだ。
とはいえ、貴族に口を挟む暇を与えずレキを庇護下に入れてしまった事は多少なりとも問題である。
それが貴族間での反抗の意思を煽る可能性がある為、こうしてアルマイスが宰相という立場から意見を述べているのだ。
「アルは何故と問うたが、俺としてはあの時しか無いと思ったのだがな」
「それは・・・そうですが」
「だろう?」
国王の判断が間違っていたとはアルマイスも思っていない。
むしろ、あのタイミングで宣言した事は、アルマイスとしてもベストな判断だと思っている。
「レキ殿の力を知った貴族達が我先にと手を挙げる前にかっさらったわけですから、まぁ間違いではありません」
「かっさらったとは人聞きが悪いな」
「事実そうでしょう。
争奪戦が始まる前にその景品を懐に入れたわけですから」
「はっはっはっ」
国王がレキを庇護下に入れると宣言しなければ、ぜひにと手を挙げる貴族は多いはず。
庇護下に入れる、騎士として迎え入れる、はては養子にするなどその手段は様々だが、誰もがレキの力を我が物と欲するに違いない。
本来なら貴族達の意見を取りまとめ、話し合いの場を設けつつレキの処遇について語らねばならなかった。
それが、試合終了直後に国王が宣言した事により、貴族達は手を挙げる隙すら与えられなかったわけだ。
不満の一つも言いたくなるのは当然である。
「おそらくは殆どの貴族から・・・」
「ふむ、まぁ頑張れ」
「・・・陛下」
自分の思惑道りに事が進んでご機嫌な国王と、これから来るであろう貴族達のあれこれを考えて不機嫌になる宰相。
実に対象的な二人であった。
「あのままレキを放置すればそれこそ大事になった。
王の判断は間違っていない」
そこに、念の為ガレムの様子を見に行っていたフィルニイリスが戻ってきた。
「おお、フィルか」
「フィルニイリス殿。
ご苦労様です。
して、ガレム殿の容態は?」
「問題ない。
もうすぐ来る」
「そうですか、それは何より」
レキの一撃により闘技場の壁まで吹き飛ばされたガレム。
鎧を纏っていたとは言えその一撃は凄まじく、万が一を考えてフィルニイリスが様子を見に行ったのだ。
「ああみえてレキは手加減が上手い。
それにガレムは頑丈だけが取り柄の脳筋。
心配する必要は無い」
「いや、それはそうだがな」
「ええ、万が一があると事ですので」
先程行われたのはあくまで模擬戦であり、命がけの決闘ではない。
それでも運が悪ければ怪我を負い、最悪命を落とす事もあるだろう。
レキの全力は、その最悪の事態を十分に引き起こすものだ。
もし命を落とすような結果になれば、レキの処遇を再考する必要もあったかも知れない。
「レキの力を危険視する材料は少ない方がいい」
王宮にいる魔術士を総動員して万全の体制を整えてはいたが、何も無いに越した事はない。
万が一が起きた場合、レキ争奪戦ではなくレキの危険性についてのやり取りが勃発する事になっただろう。
それを回避できた事に、宰相だけでなく国王もまた安堵の息を漏らした。
「それはそうと」
「ん?
なんだフィル」
「何故レキを王の庇護下に?」
「ん?
それはもちろん貴族達の介入を」
「それは知ってる。
聞きたいのは、何故私ではなく王の庇護下に入れるのか、と言う事」
「・・・は?」
フィルニイリスの唐突な問に、フロイオニア国王が固まった。
そんな国王に構わず、フィルニイリスの追求は続く。
「レキに出会ったのは私が先。
最初に目をつけたのも私。
ならばレキは私の庇護下に入れても良いはず」
「・・・」
「私は宮廷魔術士長。
私の庇護下に入れても結局レキは王宮に住まう事になる。
ならば私がレキを庇護下に入れても問題は無いはず」
「・・・あ~、なんだ、フィル」
「何?」
「庇護下には置くが干渉はしない。
王宮内でレキがどう過ごそうが、俺は基本口を出すつもりは無い。
・・・で、いいか?」
「うん」
要するに、フィルニイリスもまた、国王にレキを横取りされた一人なのだ。




