第76話:レキの戦い、前半
試合を見る者達の反応は、今度も二つに分かれた。
「やはり双剣士の戦いとなったな」
「う~む、確かに我流ではある、だが」
「ああ、実に実戦的な攻めだ」
騎士達はレキの戦いっぷりを正しく評価していた。
双剣は攻めに強く守りに弱い。
必然的に攻め続ける戦い方になりがちだ。
レキの戦い方も攻撃あるのみと言った感じで、これぞ双剣士の戦い方と言ったところだった。
攻撃のバリエーションもまた評価していた。
レキの攻撃に型は無い。
我流であり、実戦で培った攻撃。
いかに効率良く魔物を狩れるかを追求した戦い方である。
レキが双剣を使う理由もそこにある。
ゴブリンやフォレストウルフのような、群れを成す魔物を相手にする場合、剣一本で戦うより剣二本で戦った方が早く倒せる、という理由からだ。
折角腕が二本あるのだから、剣も二本持った方がいいよね?と考えた末(?)のスタイル。
一振りで大抵の魔物を倒せるレキだからこそ可能な戦い方である。
我流を通り越して野生的ですらあるレキの攻撃。
右の剣を盾にぶつけたと思えば、次は左を振るう。
足元を狙ったかと思えば、高く飛び上がって頭上を狙う。
顔面を狙い盾で防がせ、視界を潰した後に残った手で追撃する。
騎士が振るう、型にはまった剣ではないが、双剣士の名にふさわしい縦横無尽に振るわれる剣。
レキが休みなく攻め続け、ガレムが防ぎ続けるという攻防が続く。
双剣士対重騎士の、お手本のような試合展開だ。
「団長がああも守りに徹するとはな」
「レキ殿の攻めがそれだけ苛烈ということだろう」
攻撃は最大の防御。
その言葉を体現するかのように攻め続けるレキに対し、ガレムは守りに徹している。
相手の攻撃の隙を付いてカウンターを決めるのがガレムの戦い方。
だが、レキの攻撃に隙が見当たらないのか、ガレムはただレキの攻撃を防ぎ続けていた。
一方、貴族達はと言えば・・・。
「思ったより見応えがありますな」
「いやいや全く」
「しかし大したものですな」
武舞台上で繰り広げられる激しい攻防に、感心しているかのような感想を述べていた。
誰も、レキの攻撃の苛烈さも、それを防ぎ続けるガレムの巧みさも理解していない。
絶え間なく続くやり取りに、演劇を見ているような感想を言い合っているだけだ。
その証拠に。
「なんとも子供らしい戦い方ですな」
「ただ振り回している様にしか見えませんな」
「はっはっは、野生の獣のようだ」
レキの怒涛の攻めも、我流ながら実戦的な攻撃も、実戦を知らない貴族達には両手の武器をただ我武者羅に振り回している子供にしか見えないようだ。
それを防ぎ続けるガレムすら、そんな子供の攻撃に付き合う年長者としか映っていないのだろう。
レキの戦いが貴族達にも見える程度の速度に抑えられていると言うのも、貴族達が呑気な感想を言い合っている理由である。
レキが全力を出せば、開始の合図の直後にガレムがぶっ飛ばされていてもおかしくない。
盾で防げば盾が、剣で打ち合えば剣が、それぞれ粉砕されるだろう。
ではなぜ、そうならないのかというと・・・。
――――――――――
「そこじゃレキ!
そこでえいっ!ってやるのじゃ!」
「あらあら、レキ君は凄いのね」
「そうじゃろそうじゃろ!?
レキは凄いのじゃ!!」
観覧室。
フランがレキの戦いっぷりに大はしゃぎしていた。
隣に座る王妃も、フランが絶賛するレキの戦いに目を奪われている。
目を奪われたのは王妃だけではない。
国王や宰相も、レキの戦いの苛烈さに目を見張っていた。
「・・・なるほど」
「確かに強いようだな」
フィルニイリス達の報告を疑っていたわけではない。
それでも目の前で繰り広げられる戦いに、少なからず驚いていた。
なお、観覧室にいる全ての者がレキの試合に驚いているわけではない。
何故なら、ここにはレキの戦いを知る者がいるからだ。
そのうちの一人、フィルニイリスはレキの戦いに首を傾げていた。
「フィルニイリス様?」
そんなフィルニイリスに、同じくレキの戦いを知るリーニャが声をかけた。
「何?」
「いえ、何やら不満げな、いえ物足りなさそうな顔をされていましたので」
「物足りない?
確かに物足りない。
レキが全力を見せていないのだから」
「・・・そうですか?」
目の前で繰り広げられている戦いは、少なくとも国王や騎士達が感心する程度には素晴らしいものである。
王国最強の騎士ガレムが防戦一方になっているのだ。
戦いを知る者なら、レキの実力は感心せざるを得ないのだろう。
それでもフィルニイリスは不満だった。
「レキが全力を出せばガレムごとき瞬殺できる」
「いえ、殺されては困りますが・・・」
「姫の言う通り、えいってやれば終わる」
「まぁそうでしょうけど」
「では何故やらない?」
フィルニイリスの問いかけに、リーニャは答える事が出来なかった。
リーニャもまた、レキの実力を知る者の一人である。
一番最初にレキに助けられ、その力を知った上で助力を求めたのがリーニャだ。
ある意味、レキの力に魅せられた最初の一人と言って良いだろう。
そのリーニャが見る限り、今のレキは確かに全力を出しているとは言い難い。
魔の森のオーガに比べれば、こういっては何だがガレムなど足元にも及ばない。
そのオーガを瞬殺したレキであれば、ガレムもまた一瞬で終わるはず。
ではなぜそうならないのか。
「遊んでいる、という風には見えませんね」
「そう。
全力を出していないのに、全力で戦っているように見える」
レキの実力ならガレムごとき瞬殺できる。
にも関わらず、先程からレキは一生懸命攻撃をし続けている。
何か理由でもあるのだろうか?
リーニャとフィルニイリスが思考を巡らす。
「戦いを長引かせる理由・・・ガレムを痛めつけている?」
「まさか、レキ君がそんなことするはずありません」
「レキは怒っているとリーニャは言っていた。
ならばその怒りをこの戦いにぶつけている可能性も」
「ありませんよ。
間違ってもレキ君はそんなことしません」
「うん」
試合開始前に語っていた内容を思い出し、もしやと話してみたものの、即座に否定された。
レキの性格上ありえない事くらい、フィルニイリスも理解している。
ただ、他に理由が思い当たらなかった。
「戦いを楽しんでいる?
あの表情を見る限りそうは思えない」
「楽しそうには見えませんね」
「全力を出せない理由が?」
「レキ君の全力なら刃引きの剣でも危ないでしょうけど」
そして再び考え込む二人。
答えは意外なところからもたらされた。
「むぅ、レキはいつになったらえいっ!てやるのじゃ?」
「それはカランの村でのお話?
でもその時は魔術を使ったのでしょ?」
「別に魔術を使わなくともレキは凄いのじゃぞ?
いつも体が光って、それで・・・」
「・・・あ」
「フィルニイリス様?」
「もしかして・・・」
フランの何気ない一言にフィルニイリスが反応した。
いつも体が光って。
それはレキと出会った時に見た魔力の光。
オーガを瞬殺した時も、魔物を狩りに行く時も、レキは常に全身から黄金の魔力を迸らせていた。
それこそがレキの力の秘密。
それこそが、フィルニイリスが強く惹かれたレキの力だ。
その事に今更ながら思い至ったフィルニイリスは、同時にとある仮説を思いついた。
それは・・・
――――――――――
同じ頃、レキの戦いを知る別の人物もまた、レキの戦いに疑問を感じていた。
「遊んでいる?
いや、レキの性格上楽しむことはあっても遊ぶような真似はしないはず。
ならば何故?」
「隊長?」
「第一あの顔は楽しんでいるような顔ではないしなぁ・・・」
「あの、隊長?」
「ん、どうした?」
レキの戦いが始まってすぐ、レキが全力を出していない事にミリスも気付いていた。
だが、フィルニイリス同様その理由にまでは思い至れずにいた。
先程からその理由についてあれこれ考えていたところ、隣に座る隊員から声をかけられた。
「いえ、何をそんなに考えているのかな~って」
「ああ、レキが全力を出さないのは何故だろうかと思ってな」
「へ?」
「ん?」
ミリスの答えについ間の抜けた声を出してしまった隊員。
そんな隊員の声にミリスが首を傾げた。
レキの試合をそっちのけで、マヌケな顔で見合う二人がそこにはいた。
「えっと、全力を出していないって・・・あの少年がですか?」
「ん、他に誰がいる?」
「いえその・・・団長ではなくて?」
「団長は全力だろ?
全力で防いでいる」
「え、ええそうですね。
あの顔を見る限り・・・」
「だろ?」
観客席に座る二人には、舞台上の二人の表情が良く見えていた。
何やら眉を顰めながら攻撃を続けるレキと、そんなレキの攻撃を真剣な表情で防ぎ続けるガレム。
一見すれば、レキの表情もまた攻めあぐねているように見えただろう。
だが。
「レキは全力を出していない」
「えっ、でも結構必死そうな顔を・・・」
「あれは必死と言うより力を出し切れていない時の顔だ」
「そうですか?」
「例えば選んだ武器や鎧が自分に合っていなかったり、相性の悪い相手と戦ってる時の顔だ」
「・・・あぁ!」
フィルニイリスには脳筋などとからかわれる事もあるミリスだが、実際は騎士団の中でもそれなりに頭が回る方だ。
戦闘に置いては特に。
そもそも騎士団の小隊長にしてフランの剣術指南役をも務めるミリスである。
脳筋では務まるはずもない。
「武器は合ってますよね?」
「ああ、少なくとも自由に扱っている様に見えるな」
「鎧も着てませんし」
「着られるサイズが無かったのだろう」
ちなみに、ガレムはちゃんと専用の鎧を身につけている。
「相性が悪い・・・ですか?」
「双剣を使ってひたすら攻め続けるレキと、剣と盾で守りつつ相手の隙を伺う団長。
相性は悪くないと思うがな」
「攻めきれないだけじゃないですか?」
「う~む、それもあるだろうが」
レキの表情だけを見れば、ガレムの鉄壁の防御を突破できない事に不満を感じているようにも見える。
思い道りにいかない時の子供の顔だ。
だが、レキの力を知る者からすればそれは違うと言える。
全力のレキなら、ガレムの防御など意味は無いからだ。
レキの力なら、防御の上から軽く吹き飛ばせてしまうだろう。
だからこそ、何故そうしないのかが分からなかった。
「剣だろうが盾だろうが、レキならお構いなしに吹き飛ばせると思うのだがなぁ・・・」
「なんかとんでもないこと言ってません、隊長?」
「とんでもないのはレキの方だな」
「・・・はぁ」
思い出したのは初めて会った時の事。
魔の森で、絶望の中何も出来ずにただ倒れていたミリス達。
颯爽と現れ、黄金を纏ったレキがその絶望を切り飛ばしたあの場面。
ガレムを切り飛ばすのはまずいが、あの力ならガレムの防御ごと吹き飛ばせるはずだろう。
「・・・あ」
そこまで考え、ミリスも気づいた。
全力で戦っていた時のレキと、目の前で戦っているレキとの差異。
それは・・・黄金の光。
魔の森のオーガを切り飛ばした時。
魔物を狩りに行くと飛んでいった時。
カランの村でゴブリンの群れを一掃した時。
どの時も、レキは黄金の光を纏っていた。
つまり、あの黄金の光こそがレキの全力の証ではないだろうか?
とすれば・・・ガレムに対し全力を出していない理由と、あの表情にも納得がいく。
つまり。
――――――――――
「「レキは身体強化をしていない」」
フィルニイリスとミリスは、同時に答えを導き出した。




