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黄金の双剣士  作者: ひろよし
一章:森の出会い
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第7話:願いと想い

「・・・ふぅ~~」


思わず、と言った様子で感情のままに飛び出し、目の前の男達を撃退してしまったレキ。

撃退した、と言ってもがむしゃらに腕を振り回したら男達が勝手に飛んで行ったという、戦いとはとても言えないものではあったが、それでも女性を助ける事は出来たようだ。


暴れたおかげで気持ちも落ち着いた。

まるで一仕事終えた労働者の様に軽く息を整えたレキが振り返ってみれば、そこにはなんともいえない表情をした女性、リーニャがいた。

呆気に取られていた訳だが、それも当然だろう。


「えっと、大丈夫?」


固まっている女性にレキが声をかける。

人と話すのは三年ぶりだったりする。

若干緊張しないでもないが、それ以上に三年ぶりに人と接する事の喜びの方が勝っていた。


年齢は二十歳前後だろうか。

少なくとも生前の母より若く見える。

本当は長いのだろう、栗色の髪の毛を頭の後ろで纏め、上品かつ動きやすそうな服を着ている。

今は若干間抜けな表情で固まって入るが、優しそうな女性である。

何よりとても綺麗な女性だ。


似ているわけでもないにも関わらず、何故か母親を思い出させるその女性がなんら反応を示さない為か、声をかけたレキもまた戸惑い始めてしまった。


ちなみにレキの服装はというと・・・森で狩ったソードボアの毛皮をなめし、適当に穴を開けた物をただかぶっているだけ。

とても服とは呼べない代物だった。

一応簡単には脱げないよう適当な木の蔓で腰の部分を縛ってはいるが、そこら辺の布を纏っているのと変わりない。

布より丈夫で温かいとはいえ、正直ゴブリンと大差ない。

先ほど襲ってきた男達の方が、恰好だけならまだまともと言えた。


「あっ!」

「えっ?」


レキがリーニャを観察しているように、唖然としつつリーニャもまたレキを観察していた。


格好は、一言で言えば「野生児」

助けてもらって(?)おきながらこんなことを言うのも悪いが、正直野盗より貧相であり、ゴブリンのような恰好である。

森から出てきた時点でかなり疑わしものの、見た目はただの子供。

かなり野性味が激しいが、どうやら会話は出来るらしい。


驚愕から戻りつつあるリーニャがなんとか言葉を返そうとしたが、それより先にレキが声を上げた。


「け、怪我」

「えっ?」

「怪我してる」

「・・・あっ、つっ」


リーニャの脇腹には矢が刺さったまま。

矢じりは貫通しているたが、傷口からは赤黒い染みが広がっている。

どう見ても深手だった。

声も痛みも感じなかったのは、先ほどから続く衝撃に忘れていたからだろう。

レキの言葉に、忘れていた痛みがぶり返したようだ。


「だ、大丈夫?」

「え、ええ」

「ど、どうしよう・・・」


あれほど荒々しく男達をぶっ飛ばした少年が目の前でわたわたしている光景に、リーニャの頬が少しだけ緩んだ。


思い出してしまった脇腹は痛く、全身も強く打っている為一歩たりとも動けそうにない。

フィルニイリスがいれば、魔術で治してもらえるのだが・・・。


「そ、そんなことよりお願いが・・・」

「えっ、何?

 大丈夫なの?」

「わ、私の事より、姫を・・・フラン様をお願いします」

「フラン?

 誰?

 それよりお姉さんの方が」

「わ、私の事はいいのです。

 フラン様を・・・」


リーニャが全身を強打してしまったのも、脇腹に矢を食らってしまったのも、この場に留まっているのも、全てはフランの為。

フランを無事に逃がす為、彼女は我が身を野盗に差し出した。


今、目の前にはそんなリーニャを野盗の魔の手から救ってくれた少年がいる。

彼なら、魔の森を逃げるフラン達の力になってくれるに違いない。


全身の痛みに耐えながらも、リーニャが考えるのはフランの事だった。

フランが助かるなら自分はどうなっても良かった。

だから。


「お願いします。

 私の、最後のお願いを・・・」

「さ、最後・・・」


目の前の少年に、リーニャは痛みをこらえ命がけの懇願をする。

いや、これは遺言なのかも知れない。

見知らぬ自分を救ってくれた少年に、リーニャは最後の望みを託そうとした。


「フランを・・・どうかお願いします」

「だ、ダメ。

 死んじゃ・・・」

「どうか・・・」


彼女の言葉がレキの心を揺さぶる。

両親の最後の姿が再びレキの脳裏に蘇り、その二人と目の前の女性が重なる。


あの時と一緒だ。

父さんも母さんも、自分より俺を逃がそうとして死んじゃった。

この人もだ。

この人も、自分が死にそうなのにそのフランって女の子の事ばっか気にして。


「ダメ・・・ダメだよ」

「・・・」

「ねえ、ダメだよ。

 それじゃその子が可哀想だよ。

 お姉さんが死んじゃったら、その子はずっと悲しくて。

 きっと泣いちゃうから」

「・・・それでも、私は・・・」

「なんで・・・なんでみんなそうやって・・・」


誰かの為、その身を犠牲にしようとする人達。

レキの両親はレキの為に。

目の前の女性はフランという子の為に。


それで本人達は満足かも知れない。

だが、救われ、残された者はどうすればいいのだろうか?

助かったと喜べばいいのだろうか?

否、そんな事はない。

そんな事は出来ない。

残された者は、ただ悲しむしかないのだ。

それが誰よりも大好きな人達だから。


大好きな人達が、自分の為に死んでしまう。

それがどれだけ悲しい事か、それを目の前の女性は知らない。

知らないから、そんな事が言えるんだ。


レキは怒っていた。

先ほど野盗をぶちのめした時と同じか、あるいはそれ以上に。

簡単に命を捨てようとする目の前の女性に。

そして、自分を残して死んでしまった両親に・・・。


レキの中に渦巻く激情。

それに呼応するかのように、レキの体から黄金の輝きが再びあふれ出した。


「これは・・・?」


黄金の光はレキを、そしてリーニャを照らす。


「なんで、なんでみんな、みんなそうやって

 そうやって自分はいいからって!!

 そして生きろって、先に行けって、それで死んじゃって、来なくて・・・。

 俺ずっと待ってたのに!

 ちゃんと約束どうり小屋にいたのにっ!

 母さん来なくて、来たのはゴブリンで。

 母さん、母さん食べられて・・・俺、俺のせいで死んじゃって・・・」

「あ・・・」


光はますます輝きを増し、リーニャを温かく包み込んだ。


「父さんも母さんも、オレに生きろって。

 だから俺生きてるのに。

 俺だけ生きててもダメないのに。

 父さんと母さんがいなきゃ、俺どうしたらいいか分かんないのに・・・」

「・・・」


激情に任せてレキが言葉を紡ぐ。

己の心を吐き出すかのように、目の前の女性に全てをぶちまける。

それがただの八つ当たりだという事にも気づかず、レキはただただ思いのたけをぶつけ続けた。


黄金の光に包まれたリーニャは、レキの悲しみを知り、同時にそんな少年に言ってはならない事を言ってしまった事を知った。

良く見れば、目の前の少年はフランと同い年くらいだった。

先ほどはもう少し上の年齢にも見えたが、今はむしろ幼くも見えた。

まるで雨の中捨てられた子犬のように、男達をぶちのめした少年とは思えないくらい、リーニャの目には頼りなく映った。


「だから、死んじゃダメ」

「・・・はい」

「死んじゃダメなんだ。

 生きなきゃ!」

「はい」

「その子が大事なら、ちゃと生きなきゃ!」

「はい・・・はい」

「うっ・・・うぅ~・・・」


気が付けば、リーニャは目の前の少年を優しく抱きしめていた。

全身の痛みも脇腹も気にならなかった。

ただそれ以上に、傷ついているであろう少年を、強く優しく癒してあげたかった。


森の中、リーニャに抱かれながら、レキはただただ涙を流した。

黄金の光は、そんな二人を優しく包んでいた。


――――――――――


「あの・・・ご、ごめんなさい」


感情のままに思いをぶつけ、その女性に抱きしめられながら泣いてしまったレキ。

しばらくの後、落ち着いたレキは、自分がとても恥ずかしい事をしてしまったと思い、目の前の女性に謝った。


女性、リーニャの服はレキの涙で濡れていた。

脇腹の赤黒い染みの広がりは、あれから止まったようだった。

理由は分からないが、リーニャの全身の痛みも治まっているようだ。


「私こそ勝手な事を言って申し訳ございませんでした」


レキが謝罪した後、リーニャもまたレキに対し心から謝罪した。

命を救ってもらった上に理不尽なお願いをして、レキの心を傷つけた事への謝罪だ。


何故レキがあれほど心を乱したのか。

その理由はリーニャにも何となく察することが出来た。

何せレキがほとんどしゃべったのだ。

察するのは容易い。


(この子は、そうだったのですね)


この子の両親は、この子を助ける為に犠牲になったのだろう。

少なくとも母親は、目の前の少年を救う為にゴブリンの犠牲になったようだ。

彼を生かす為に。


その人達の気持ちが今のリーニャには良く分かる。

なにせ自分も犠牲になろうとしていたのだから。

フランの為、自分の命を捨ててでも生かそうとしたリーニャ。

だからこそ、少年の両親の気持ちが理解できた。


だが、そうして助けられた側の気持ちなど考えなかった。

あの子さえ無事ならそれでいいと、ただそれだけを思っていた。

残されたあの子がどれだけ悲しむかなど、少しも考えなかった・・・。


仕方のない事だろう。

何故なら、リーニャは本当に、心の底から自分より大切だと思っているのだ。

彼女が無事ならそれで良く、彼女の幸せ以上の事を望んだ事など無かった。

まさか、その彼女が自分を失う事で不幸になるなど、考えた事が無かった。


フラン付きの侍女は現在リーニャのみ。

だが、侍女自体は王宮に大勢いる。

自分がいなくなっても、王や王妃はすぐさま代わりの侍女を手配してくれるだろう。

うぬぼれでなければ、彼女も己が死んだ直後こそ悲しむだろうが、それも時が癒してくれるだろうと思っていた。


これまでも多くの侍女が辞めたり怪我や病で亡くなったりした。

フランが生まれてからも数人、王宮からいなくなった侍女はいる。

フランの覚えの良い侍女がいなくなった時、フランもそういえばと気にするそぶりはあったが、いなくなった理由を述べれば「ふむ」と言って終わっていた。


たまに「リーニャは辞めないよな?」と聞かれたりもしたが、その時は「もちろんです、ずっとおそばにおります」と言えば「そうか!うむ、そうじゃよな」と満面の笑みで応えてくれたものだ。

あれが心からの笑顔だと、リーニャは知っていたのに・・・。


自分を失う事でフランがどれほど悲しむか・・・それを目の前の少年に改めて教えられた気がした。


「へっ?

 なんで?」

「先ほど、私があなたに身勝手な願いをしてしまったことに対して深く謝罪いたします」

「みがって・・・?」


「私は、大変身勝手な、自分勝手な考えしか持っていませんでした。

 例え自分はいなくなっても、フラン様さえ生きていればそれでいいと、心からそう思っていました。

 それがどれだけフラン様のお心を傷つけるかなど、今の今まで考えもしませんでした」

「私にとってあの子は、フラン様はそれこそ自分の命より大事な存在です。

 だからこそ何に変えても助けようと、そう思っていました」

「でも、私がそう思うように、あの子もまた私を大切に思ってくれているのだと、あなたの言葉で気付かされました」

「あの子に何かあれば私が悲しむように、私に何かあればあの子が悲しむ。

 そんな当たり前の事を、私は考えもしませんでした」

「私は・・・あの子の為に死ぬのではなく、あの子のために生きなければいけません。

 ですから先ほどのあなたの願いは取り消させてください。

 あんな身勝手で、そしてあの子を悲しませるような願いをしてしまった事を、深く謝罪いたします。

 申し訳ありませんでした」


目の前の少年に対して深く頭を下げる。

あんなに感情をさらけ出し、自分に対して怒りをぶつけてきた少年。

リーニャは、その言葉の中から彼の怒りの理由を知った。

それはきっと、自分が考えもしなかった事で、だが決して無視してはいけない事だからだ。


それを気付かせてくれた少年。

その少年に託そうとした身勝手な願いを、リーニャは後悔と共に撤回した。


「・・・?」

「なにより、そんな私の身勝手なお願いで、あなたに過去を思い出させてしまった事を謝罪いたします」

「・・・」


目の前の少年。

両親を慕い、両親に大切に育てられた少年は、その両親の犠牲によって今を生きている。

その苦しみや悲しみは、先ほどの激情で痛いほど理解できたリーニャだが、それは彼の古傷をえぐるようなものだった。


「でも、これだけは言わせてください」

「・・・?」

「私は別に、自分の命をないがしろにしたわけではありません。

 ただ、あの子の事が大事だった、ただそれだけなのです」

「・・・」

「あなたのご両親も、同じだと思います」

「・・・父さん、母さん」

「・・・すいません、また余計な事を」

「・・・うん、大丈夫。

 父さんと母さんがオレを大事にしてたの、オレ知ってるから」

「・・・はい」

「だってオレ、父さんと母さんのこと大好きだから」

「・・・そうですね」

「うん」


レキの悲しみは、レキがどれほど両親を慕っていたかという裏返しでもある。

それは同時に、レキの両親がどれほどの愛情をレキに注いでいたか、という事でもあった。

両親を失った悲しみが無くなるわけではない。

だが、注がれた愛情が無くなるわけでもない。

彼の中にも、確かに愛情は残っている。

レキが今も両親を慕っているのがその証拠だろう。


リーニャの言葉にレキは笑顔で頷いた。

リーニャの言葉は、確かにレキに届いていた。

同時に、己の浅はかな考えを反省し、同時にそれを気付かせてくれた少年に改めて願いを託す。


「・・・改めて、お願いがあります。

 先ほどの男達から逃れる為、この森の奥へ向かった子がいます。

 その子を助けて頂きたいのです。

 その子は私にとって命よりも大事な子です。

 どうか、どうかその子を助けてください」


「そして・・・私をその子の元へ連れて行ってください」


今度は間違えないように。

あの子が無事なら自分など・・・そんな身勝手で悲しい願いを捨て、本当に自分が望む願いを目の前の少年に乞う。


「お願い、できますか?」

「うん、任せて!」


その願いを、レキは当然のように快諾した。

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