第75話:試合開始とレキの構え
「それでは、レキ殿とガレム様の試合を開始致します。
両者、構えっ!」
「ぬん!」
「うんっ!」
審判役の騎士の言葉を合図に、相対するレキとガレムがそれぞれ構えた。
ガレムは盾を前にした防御の構え。
対してレキは、両手に持った剣を肩より少し後ろに下げた独特の構えだ。
膝を軽く曲げ、わずかに前傾姿勢を取ったその姿勢は、獲物に飛び掛からんとする野生の獣の様だった。
「・・・ほう」
その構えを見たガレムが、感心するような声を漏らした。
レキの構えは独特で、防御も何もあった物ではない。
ある意味子供らしい構えとも言えるだろう。
だが、レキの全身から感じる気合と、何よりレキの身体能力を知っているガレムは、その構えこそがレキの身体能力を活かした物だと理解した。
相対するガレムとは違い、この試合を見守る他の者の反応は大きく二つに分かれた。
「レキ殿の構えはまた独特だな」
「速度を活かした戦いと見て良いだろう」
「ふむ、双剣使いは我流が多いが、やはりレキ殿もそうなのだな」
レキの力量を知る、あるいは伝え聞いている騎士達は、レキの構えを冷静に分析し頷く。
双剣使いは我流が多く、故に構えも独特な者が多い。
武舞台上のレキも同様で、おそらくは瞬発力を活かした構えなのだろうとそれぞれ判断した。
双剣士に良く見られる、相手に攻撃をする隙を与えない怒涛の攻め。
攻撃こそ最大の防御、それを体現するのが双剣士の戦いなのだ。
流石にそれほどの試合を見られるとは思っていない騎士達ではあるが、これから繰り広げられるであろう試合に対し、興味を沸かせていた。
一方・・・。
「ほっほっほ、無邪気なものですな」
「いかにも子供と言った感じではありませんか」
「剣など持った事も無いのでは?」
「いやいや、なかなかの構えではありませんか、はっはっはっ」
騎士団の反応と事なる様子を見せたのは、観覧席に集った貴族達だった。
王宮に勤めている者、あるいは王都に居を構えている者、数日前の騎士団の様子から、何かあったのではと王宮にはせ参じた者、たまたま王宮にいた者など、一人でも多くの者にレキの力を見せつける為、宰相が急遽声をかけた者達である。
フロイオニア王国の貴族は多少なりとも武を修めている者が多いが、大抵の者は形ばかりで実戦経験のある者は少ない。
平和と言えばそれまでだが、そもそも貴族は戦場に立つより後方より指示を出す役割を担う場合が多いからだ。
だからこそレキの構えから実力を察する事が出来ず、双剣かつ独特の構えから騎士団長に挑む無邪気な子供としか見えなかったのだろう。
「姫の恩人と言われてどんな者かと思いましたが・・・」
「おそらく一夜の宿を提供したとかでしょうな」
「あるいは道に迷った姫をここまでお連れしたとか?」
「おお、それなら確かに恩人として招いたのも分かりますな」
レキに関する情報は、現時点ではあまり知られていない。
フラン王女の恩人であり、ここまで旅を共にした少年。
その程度。
詳細を話したところで、今はまだ信じられないだろうと判断したからだ。
先ほど国王が大々的に宣言した「護衛を任せる」という言葉すら、ほとんどの者が聞き流している。
注意深く聞いていた者でも、おそらくはフラン王女の側に控えさせる為の方便か、あるいはフラン王女の我儘としか考えていない。
この模擬戦すら、ただの茶番としか思っていないのだ。
何せ相手はフロイオニア王国最強の騎士ガレムである。
誰が相手でも勝てるはずもなく、それが子供ならなおさらだろう。
これは恩人に対する一種の礼を兼ねた試合。
フランの恩人だという少年が、憧れの騎士団長と手合わせを望んだ。
そんな、少年に対するお礼の試合。
試合場に出てきたレキを見て、多くの貴族がそんな風に考えたらしい。
彼らのレキを見る目はとても微笑ましいものだった。
更にもう一人。
観客席の中で唯一、レキの力量をある程度把握しているミリスはというと・・・。
「レキが構えただとっ!?」
「ミリス隊長?」
初めて見せるレキの構えに、一人戸惑っていた。
隣りにいるミリス小隊の隊員である騎士の声にも気づかず、剣姫ミリスは冷や汗すらかいている。
レキが構えた。
今までレキの戦う姿は幾度も見てきたミリスだが、戦いの前にレキが構えたのを見るのはこれが初めてだった。
カランの村では魔術を放つ為、剣を振るった事もある。
だが、相対する相手に対し、こうも攻撃的な姿勢を取った事は一度も無い。
我流とは言え双剣士らしい構え。
つまり、それだけレキは本気で戦おうとしていると言う事に他ならない。
レキの本気・・・。
それがどれほどの物か。
まだ見ぬそれに、ミリスが戦慄を抱いた。
魔の森のオーガを撃退した時は本気だったのだろうか?
ゴブリンの群れを殲滅した時は?
レキが試合のような形で戦うのも初めてだった。
ミリスが目撃したレキの対人戦は二度、どちらもエラスの街での魔術暴発事件である。
全力はおろか剣すら振るわず、手加減を間違えたという初級魔術一発で終わっている。
それ以外の対人戦すら、リーニャから聞いた限りもう二度だけ。
一度目は魔の森。
傷ついたリーニャを追ってきた野盗共をレキが文字道りぶっ飛ばした。
リーニャ曰く「おそらくは死んではいないでしょう」との事だが、確認はしていないらしい。
二度めはトゥセコの街。
フランが絡まれ、リーニャと一人ずつ撃退した件。
「かなり手加減してました」と言っており、事実夜に襲撃してきた時は五体満足だったので間違いないだろう。
どちらも素手で撃退したらしく、つまり剣を用いた対人戦は今回が初めてという事になる。
万が一があるとは思えないが、それでもレキだ。
魔術を暴発させた前例がある分、手加減を間違える可能性は十分ある。
そんなレキが構えを取ったということは、つまり。
「団長・・・」
武舞台上にいるガレムに向かい、ミリスは心の中で合掌した。
――――――――――
更に観覧席では・・・。
「おおっ、レキが構えたのじゃ!
リーニャ、リーニャ!」
「はい、フラン様。
どうされました」
「レキが構えたのじゃ!
リーニャもこっちに来るのじゃ!」
「いえ、私は・・・」
「良い、リーニャ。
フランの側にいてやってくれ」
「・・・はい、陛下。
ありがとうございます」
「レキが本気に?」
「フィルニイリス殿?」
「ガレム・・・合掌」
「?」
レキの姿に一喜一憂するフランと、そんなフランと思いを共有するリーニャ。
レキの本気を察し、ミリス同様ガレムに合唱するフィルニイリスと、そんなフィルニイリスを見て首を傾げる宰相アルマイス。
なんとも賑やかな観覧席である。
レキの力量を知る者、知るが故にレキの動向に気を向けるもの。
伝え聞いているが故に、正しく判断しようとするもの。
更には・・・。
「レキ君が勝つと良いわね、フラン」
「大丈夫じゃ!
レキは勝つ!」
レキとフランの将来に思いを馳せる者まで、様々な者がレキの試合を見守っている。
――――――――――
「始めっ!」
審判役の騎士の腕が振り下ろされた。
開始の合図は宣言されたものの、両者は構えたまま対峙し続けた。
「・・・どうした少年。
いつもの様に飛び出さんのか?」
意外にも様子見をするレキに、盾を前面に構えながらガレムが挑発する。
レキの実力はガレムもある程度は知っている。
そのレキに先手を譲る事がどれほどの愚行かも、ガレムは理解しているつもりだ。
だが、この試合はそもそもレキの実力を観客に魅せ付ける為のもの。
年長者としても、騎士団の長としても、レキに先手を譲らねばならなかった。
「ん~・・・」
対するレキ。
最初の構えから僅かに重心を前に移動させつつ、どこかやりにくそうに首をひねっていた。
ガレムの鉄壁の構えに攻めあぐねているのだろう、と周囲は判断した。
大抵の騎士は攻めより守りが得意であり、更にガレムは守りに特化した構えをとっている。
いくらレキでも攻め辛いのだと、安易に考えるのも仕方ない。
一方、レキを知る者達は違った見解を示す。
「いつもみたいにえいっ!ってやれば良いのにのう」
「フラン様。
この試合魔術は禁止ですよ」
「魔術を使わずともレキの速度なら一瞬で懐に入れる。
レキの力なら盾ごとガレムを吹き飛ばせ・・・」
「じゃからいつもみたいにびゅっ!て行ってえいっ!ってやれば良いのじゃ」
「そのびゅっ!もえいっ!も魔術なのですから」
「・・・魔術?」
――――――――――
「まずは様子見か。
レキにしては慎重だな・・・ん?
慎重?
レキが?」
「ミリス隊長?」
「ああ、いや、普段のレキならそのまま突っ込んで行くだろうと思っていたのでな」
「この間のミリス隊長みたいにですか?」
「なっ!?」
「フォレストウルフの群れに何も考えずに一人で突っ込んじゃうし・・・」
「あ、あれはだな・・・。
仲間を呼ばれる前にと思って」
「いくらミリス隊長でも一人じゃ危険ですよぅ」
観覧席と観客席、それぞれでレキを良く知る者達が試合場に注目している中、
「ま、いいや」
武舞台上のレキが何か呟き、ようやく試合が動き出した。
――――――――――
「てやっ!」
気合とともに飛び出し、一瞬でガレムへと詰め寄ったレキが、右手の剣をガレムへと叩きつける。
「ぬんっ!」
ガンッ!という音が試合場に響いた。
レキの、子供らしい無邪気かつ全力の一撃は、子供らしからぬ音を立てつつもガレムの盾に防がれた。
「ていっ!」
「うおっ!」
直後、レキが左の剣を真っ直ぐ突き出す。
右の剣を防いだ盾により出来た死角。
それを付くかのような攻撃を、ガレムは顔を背けるようにして躱した。
防がれ躱された攻撃。
次はガレムの番かと思いきや、レキはガレムの盾を蹴りつけ、その反動で距離を取る。
再び開始位置に戻ったレキ。
やはりどこかやりづらそうに首をわずかに傾げつつも、再び前へと飛び出した。
今度はガレムの膝下を斬りつけるように、左の剣が低い軌道を描く。
「甘いっ!」
盾で見えないとでも思ったかと、レキの攻撃をガレムは剣を地に突き立てるようにして防いだが。
「狙いは良いがまだま、うおっ!」
直後、レキの右の剣がガレムを襲った。
下から切り上げるような軌道の剣を、ガレムは胸を反らすことでなんとか躱す。
「ん~」
切り上げた勢いのまま体を回転させつつ、レキは再び距離を取る。
「いや、今のは良かったぞ。
もう少しリーチが長ければ危なかった」
実際、タイミングは悪くなかった。
ただ、剣が届かなかっただけなのだ。
「む~・・・」
「いや、そんな顔をされてもな」
今の攻撃が不満なのか、レキが頬を膨らませた。
いや、不満なのはリーチが短い、つまり背が小さいと言われたからかも知れない。
「今度は当てるっ!」
「うむ、こい!」
そして再び、レキの攻撃が始まった。




