第74話:すれ違う思い
「あれがフラン殿下の恩人?
まだ子供ではないか」
「平民とは聞いていたが子供とは」
試合場に姿を表したレキに周囲がザワつく中、対戦相手となるガレムはレキが近づいてくるのを悠然と待っていた。
「よっと!」
控室から続く通路を歩き、開けた場所に辿りついたレキはそこから一足飛びに武舞台へと上がる。
「きたか、少年・・・む?」
スタッ、という音と共にガレムの前に立ったレキに気負った様子は無い。
だが、ガレムはむしろその様子に息を呑んだ。
今から行われる試合は、レキという少年の力が本物だという事を皆に魅せ付ける為の、ただの模擬戦である。
使われるのも刃引きされた剣であり、まともに当たっても精々骨折する程度で済むはず。
治癒魔術士も控えており、万が一にも命を落とすような事にはならないだろう。
何より相手はまだ子供。
確かに無類の力を持ってはいるが、同時に歳相応の無邪気さも有している。
フランに比べれば幾分かおとなしいものの、それでもフランと共に楽し気に野営地を駆け回る姿は実に微笑ましいものだった。
周りの騎士へも憧れの目を向け、狩りすらも楽しんでいた。
この試合も、きっと笑顔で向かってくるのだろうと思っていた。
だが、いざ相対してみればそこには何かしらの決意を秘めた少年が居た。
フランと一緒に笑い、遊び、喜び合っていた子供とは思えず、ましてや喜々として狩りに向かった子供と同一人物とも思えない、強い光を目に宿した少年。
レキの全身からほどばしる、覇気とも言えるオーラを感じ取り、武舞台上でガレムが武者震いをした。
先程までの悲壮な覚悟は消え去り、圧倒的な強者に挑む一人の戦士となっていた。
「これより、フロイオニア王国王女フラン=イオニア様をお救いになった英雄、レキ殿と騎士団長ガレム殿の模擬試合を開始いたします」
両者が揃った事で、審判役である騎士が試合前の説明を始めた。
これから始まるのはただの模擬試合であり、恩人であるレキを歓迎する為の試合でもある。
だが、両者のまとう覇気を感じ取った騎士は、今から始まる試合がただの模擬試合では無い事を感じ取っていた。
「魔術の使用は禁止です。
武器は今お互いが持っている刃引きの物を使用して頂きます。
勝敗はどちらかが降参するか、あるいは気絶や怪我など試合の続行が不可能と判断した場合になります。
両者、用意はよろしいですか?」
「ああ」
「えっ?
あ、うん」
「では陛下、よろしいでしょうか?」
一瞬、レキから間の抜けた声が聞こえた気がしたが、緊張で良く聞いていなかったのだろうと審判役の騎士は話を進めた。
御前試合でもあるこの模擬戦。
試合場を見渡せる場所に用意された王族専用の観覧室では、二人の試合を観覧する王や王妃、宰相、フラン、フィルニイリスが並び、少し後ろにはリーニャも控えていた。
ミリスもまた、観客席で他の騎士達と一緒に見守っている。
遠くから見るフラン達に、レキのやる気は伝わらない。
この国の騎士団の頂点に立つ男との試合。
刃引きされているとはいえ、武器を両手に持つレキは、遠目にはいつもどおりに見えた。
「これより行われるのは、我が娘フラン=イオニアの恩人にして今後フランの護衛を任せる少年レキの、その力を見る為の試合である。
彼の功績はどれもその姿からは信じられない物ばかりであり、内容を語れば疑う者が出るのは必然であろう。
だからこそ、それが嘘偽りではない事、それを成したのが確かに目の前の少年である事を我らが知る為の試合である。
皆の者、刮目せよ!」
「誰?」
観覧室より国王の声が響く。
初めて見る国王の姿に、レキは純粋な疑問を口にしていた。
「あっ!」
その横に、レキはフラン達の姿を見つけた。
フランと目があい、続いて隣にいるフィルニイリスも見つける。
その後方にはリーニャの姿も。
フランがこちらに向ける笑顔も、フィルニイリスのジトッとした目も、誰もがいつも道り、先ほど分かれたままだった。
「お~い!」
フラン達に気付いたレキが笑顔で手を振る。
観覧室ではフラン達もレキに手を振り返してくれた。
後ろに控えたリーニャもこっそりと。
先ほど別れたばかりの三人。
ミリスの姿こそ無いが、魔の森で出会ってからずっと一緒だった三人がいる。
武舞台上からは見上げなければならない場所。
まるで天を見上げるかのように、顔を上げないと彼女達の姿は見えなかった。
手を伸ばしても届かない。
大声で叫ばないと声も届かない。
精一杯見上げないと姿が見えない。
そんな場所に彼女達はいる。
さっきまで隣に居たのに、今はもうあんな遠くにいる。
でも、試合に勝てばまた側にいられる。
その事が何となく分かった気がした。
「よしっ!」
自分が望む明日を勝ち取るべく、レキは全身にやる気をみなぎらせた。
――――――――――
試合場に現れたレキを見て、いつもどおりだとリーニャやフィルニイリスが安堵した。
フロイオニア王国国王の宣言を聞き、いよいよ試合が始まろうとしたその時である。
フランは、武舞台上でガレムと対峙していたレキと目が合った。
「頑張るのじゃぞ~!
レキ~!」
観覧室から大声で応援するフランだが、残念ながらその声は試合場のざわめきにかき消されてしまった。
身を乗り出し、試合が始まるのを今か今かと待っているフラン。
本音を言えば、レキの傍で応援したかった。
同じくレキの顔を見たフィルニイリスもレキに声援を送った。
もちろんフィルニイリスの声もレキには聞こえない。
だが、心なしかレキのやる気が増したように見えたのは、きっとレキがこの試合にかける思いの強さ故だろう。
笑顔で手を振ってくれたレキが、フラン達から目を離してガレムを見据える。
その顔が今まで見たことのないほど凛々しく力強く見え、フランは感心した。
「あんなに真剣なレキは初めてじゃな」
王宮に着くまで一緒になってはしゃいでいた時とはまるで違い、なんだか急に大人びたようにも見えた。
この試合はレキの力を皆に見せつける為のもの。
レキの力を存分に見せつけ、みんなにレキを認めさせ、王宮に住まわせる為のもの。
今から行われる試合について、フランはそう聞いている。
同時に、レキを王宮に住まわせる事は決定しており、試合はあくまで周りを納得させる為の、いわばお披露目のようなものである事も。
そもそもレキに敵う者などいるはずもない事をフランは知っている。
だから、あとはいつも道りレキの凄さを皆で一緒に見れば良い。
そう思っていたのだが・・・。
「・・・レキ」
フィルニイリスは、レキの表情を見て困惑していた。
この試合は周りを納得させる為のもの。
ここでレキがガレムを瞬殺し、皆に讃えられ、栄光を掴み、これからもずっと一緒に過ごす為に用意された、いわば茶番劇。
決してレキの進退を決めるようなものではなく、そもそもレキの力があれば万が一にも負ける事はないだろう。
第一、レキが負けた所で何も変わらない。
少しばかり周りの貴族がうるさくなるが、その時は自分達が黙らせれば良いだけの話なのだ。
対戦相手にガレムを指定したのも、レキならば誰が相手でも負けるはずがないからと、皆に分かりやすいようあえて騎士団最強の男を指名しただけ。
あるいはやり過ぎてもガレムなら耐えられるだろうと指名したに過ぎない。
誰が相手だろうと、レキなら瞬殺するに決まっている。
レキの力を分かりやすく示し、後は国王が礼とともに王宮へ迎え入れて終わり。
そのつもりだった。
「レキが本気」
「・・・やりすぎなければ良いのですが」
「リーニャ?」
リーニャがぽつりと呟いた言葉に、フィルニイリスが振り向き聞き返す。
何気ない呟きだが、対象がレキである以上看過できなかった。
「試合場に着くまでの間、レキ君がいやに静かだったので気にはなっていたのです。
控室に着いた時には元に戻っていたので、杞憂かとも思ったのですが・・・」
「でも違った?」
「はい、少なくとも今のレキ君はいつもとは違うようですから」
本気になった。
それだけ聞けば何も悪い事は無い。
騎士団長に挑むのだ、むしろ当たり前とすらいえるだろう。
だが、それがレキとなれば話は別。
魔の森のオーガをたやすく屠り、たった一撃でゴブリンの群れを殲滅した少年である。
やる気を出しすぎた結果、ガレムはおろか試合場すら吹き飛ばしかねない。
さすがのレキでもそこまでは、と思うフィルニイリスだが、レキの全力を未だ知らない以上被害がどれほどになるか予想が出来なかった。
先程まで会議をしていた為、レキがどんな様子だったかをフィルニイリスは知らず、唯一共に居たリーニャがそう言うのならばと思ってしまうのだ。
「根拠は?」
「レキ君の様子、ですかね。
試合場へ着く間は妙に静かでしたし、控室で武器を選ぶ時も真剣でした。
ただの模擬戦とは思えないくらいに」
「そう」
移動中静かだったのはフランの父親について想像していたからであり、武器選びなどはそれこそ色んな武器を前に嬉しくなり、つい夢中で選んでしまっただけである。
試合に関してやる気になっているのは確かだが、仮にこの試合がレキの進退を決めるものでなくとも、騎士団長との試合ならレキは真面目に挑むだろう。
そもそもの失敗は、レキにこの試合の趣旨をちゃんと説明しなかった事にある。
あくまでレキの実力を見る為の試合。
勝ち負けは関係ない。
仮に勝てずとも、それなりに良い試合をすれば貴族は納得するだろう。
相手は王国最強の騎士ガレムである。
まだ子供のレキなら、そこそこの試合をするだけで十分なのだ。
勝利など、観覧席にいる貴族の誰もが期待も、想像すらしていないだろう。
つまり、レキが全力を出す必要などどこにもないのだ。
そのことを誰も教えなかったのが悔やまれた。
「恩人であるレキ君を城に招いておきながら、礼より先に試合をしろと言っているのです。
力を持って追いだそうとしていると思われてもおかしくありません」
「そんなつもりは・・・」
「分かっています。
レキ君の力を予め見せておくことで、反対する者を封じようとしたのですよね?
でもレキ君にはそれが伝わっていません。
そもそもまだ子供のレキ君にそんな難しい話が分かるはずありませんから」
「じゃあレキは?」
「ええ、いきなり試合をしろという理不尽な要求に機嫌を損ねているのかも知れません」
まだ子供のレキに、という下りは正しい。
現時点で、レキは試合をする理由について良く分かっていない。
負ければ一緒に居られないのでは?と勝手に思い、気合を入れて試合に望んでいるだけだ。
レキを王宮に招き入れる事は試合の結果に関係なく決まっている。
そう伝えていたなら話は違っていただろう。
とはいえ。
「レキは怒っておるのか?」
「もしかしたら、ですが」
「むぅ・・・」
レキが怒っている。
そう聞かされ、フランの口から声が漏れた。
元々レキを王宮に招きたいと言い出したのはフランである。
そこには打算も何もなく、ただ仲良くなった友達とこれからも一緒にいたいという純粋な想いからだ。
もちろん助けられたお礼もしたかったが、それはあくまでオマケの話。
レキも王宮に行きたい、一緒にいたいと望んでくれた。
にもかかわらず、ガレムを使ってレキを追い出そうとしていると思われているらしい。
そう聞かされたフランが、不満を漏らすのは当然である。
「大丈夫です。
何があろうとレキ君をお城から追い出すような真似はしませんから」
「私も、宮廷魔術士長の地位にかけて誓う」
そんなフランの機嫌を治す様に、リーニャとフィルニイリスがそう宣言する。
レキを王宮に招いたのはフランだが、リーニャもフィルニイリスも心から賛同している。
ミリスも加え、レキを王宮に招き入れるのは皆の望みであり意思でもあるのだ。
それをこんな茶番劇で台無しにされてはたまったものではない。
試合を放り出して森に帰るとは思えないが、これ以上レキの機嫌を損ねてはどうなるか分からない。
レキが負けるとは思わないが、試合をさせられる事にレキが不満を感じているのなら何としてもレキの機嫌を取らねばならないだろう。
それに・・・。
「今からの試合がどうなるか」
「にゃ?
レキが勝つに決まってるのじゃ」
「レキの手加減無しの攻撃を喰らえば、ガレムがどうなるか分からない」
「にゃ!?」
「あ~」
「試合場その物も無事では済まないかもしれない」
「・・・ですね」
「にゃう」
レキの力を見せつける、という目的に関しては問題ないだろう。
あるのは、やり過ぎるのではという懸念。
その懸念を想像し、三人は仲良く項垂れた。
そんな三人が心配する試合が、いよいよ始まろうとしていた。




