第70話:騎士団長の覚悟
「フィルの報告の証明と、レキという少年を王宮に迎え入れる理由。
どちらも少年の武力にかかっておるのだろう?
ならばその武力を見せつければ良いだけの話ではないか」
「そうは言いますが陛下・・・」
「なんだアル?
他に案でもあるのか?」
「いえ、確かにその方法なら文句も出ないでしょうが・・・」
鶴の一声と言うべき王の提案に、宰相であるアルマイスは頷くしかなかった。
王の提案が間違っているかと言えばそうではない。
レキの実力を言葉のみで伝えても理解が得られないのであれば、いっそのこと皆の前で披露すれば良い。
自分の目で見た以上、文句は言い辛いはずだ。
「少年の武力が確かならば、我が娘フランの護衛に任命しても問題はあるまい。
同い年という利点もあるしな」
「護衛はともかく指南役は無理があるかと」
「何故だ、アル?」
「先ほどフィルニイリス殿が申されました。
レキ殿の剣術は我流であると」
「・・・そうか。
流石に王族に教える剣術が我流では問題があるな・・・。
魔術はどうだ?」
「魔力は膨大。
詠唱を必要とせず、初級魔術を中級魔術並の威力で行使できる」
「・・・なに?」
「現時点で赤・青・黄・緑、全ての系統の魔術を行使できる。
ただ・・・」
魔術とは通常、使用したい魔術をイメージし、呪文を詠唱する事で発動する事が出来る。
魔力・イメージ・呪文は魔術を行使する上での基本となる三要素と言われている。
その内、呪文に関しては省略しても魔術が発動する事は既に判明していた。
ただし、省略した分威力が減衰してしまう事も。
上級魔術は初級魔術並に、初級魔術に至っては発動すらしない場合がある。
発動に足る最低限の魔力が練られていない事がその理由である。
呪文の詠唱とは、発動に足る魔力を練る為に必要な行為でもあるのだ。
だがレキは、呪文を詠唱せずとも本来の威力以上の魔術が行使できる。
魔力をいちいち練る必要が無いほどの膨大な魔力を持っているからだ。
周囲へ与える影響を考慮し、上級魔術を教えてはいないが、初級魔術でも十分すぎるほどの威力を発揮できてしまう。
上級魔術を習得したなら、いったいどれほどの魔術士へと至れるのだろうか。
フィルニイリスが興味を持つのも当然だった。
「ただ?」
「レキは呪文を覚えていない。
必要が無いから」
「それでは指南役は無理でしょうな」
レキが呪文を詠唱する事なく魔術行使が出来るのは、膨大な魔力があってこその話。
常人の域を出ていないフランがレキの真似をするのは、現時点ではかなり難しいだろう。
「その少年は本当に純人族なのだろうな?」
「間違いない」
改めてレキの凄まじさが浮き彫りになった形だが、同時にレキという存在の有用性も上がったはず。
レキが有する武力は間違いなく国を左右するほどであり、味方に付ければ最強の剣となる。
敵に回せば間違いなく国が滅びかねないとあれば、取り込むしかないだろう。
先程までは敵に回したくないと考えていた宰相アルマイスですら、どうやって国に取り込もうかと考え始めていた。
「レキという少年の武力は、我が国にとって有益なものとなろうだろうな」
「ええ、無詠唱で魔術を行使できるとあれば、何としても我が国に来ていただかなければなりません」
「レキに最初に目をつけたのは私。
だからレキは私が迎える」
レキの実力に目を付け始めた王と宰相をフィルニイリスがジト目で睨む。
もともとレキを王宮に招こうと言い出したのはフランとフィルニイリス達である。
フランは恩人かつ友人として招待しただけだが、フィルニイリスは初めから興味本位から招いており、それは今も変わっていない。
出会って間もない頃はレキの魔力への興味が強かったが、今はレキ個人に対する興味の方が強い。
王や宰相を説得してまで、と考えている辺りその思いは強くなっているのだろう。
「レキ殿の扱いに関しては招いてからで良いでしょう。
今はどうやって城へ招くかです」
「だから先ほど言ったであろう?
レキという少年の力を見せつけてやれば良い」
「名目は?」
「フランの恩人かつ新たな護衛のお披露目でよかろう」
「となると相手は騎士団か魔術士団の誰かになるでしょうね。
流石に陛下や各団長の目の前で見せつけられば、貴族とて表立って非難は出来ますまい」
「文句があるならお抱えの騎士でも連れて来いとでも言ってやれ」
重要なのは大勢の前でレキの力を見せつけ、見た者達に納得させる事。
その力が誰の目にも明らかになれば、表立って非難する者はいなくなるだろう。
護衛が異性という点が問題になる可能性はあるが、文句があるならレキ以上に有用な者を連れてこさせ、勝負させれば良い。
勝てばフランの護衛を務められるが、負ければ王が決めた事に疑い剣を向けたあげくに敗北した者というレッテルを張られる事になる。
いくらフランの護衛という立場が欲しい者達とて、そうそう手は出さないだろう。
そもそもレキは子供である。
そんな子供と護衛の座を競うなど、醜聞的にもよろしくない。
ミリスやガレム、王宮の騎士団であれば見た目や年齢より実力の身を重んじるが、面子を重んじる貴族なら相手が子供の時点でまともに相手はしないだろう。
精々が同い年くらいの子供を用意して、レキと競わせる程度。
レキと同年代の子供でも武術や魔術を習っている者はいる。
もちろん王族の護衛を任せられる程の子供などいないが、いたとしてもレキ以上の者などまずいない。
レキが皆の前で力を見せつける事で、ある程度は解決するはずだ。
「王宮にも数名の貴族が滞在しております。
全ての貴族に見せつけるのが最も良い方法ではありますが、この際数名でも良いでしょう」
「王都にも貴族はいる。
レキを王宮に留めるなら早い方が良い」
「うむ」
レキの実力を全ての貴族に見せつけるのであれば、まず国内の貴族を王都へ招集する必要があった。
最も遠い領地の貴族が王都に来るまで早くとも半月、その間レキを意味もなく王宮に留めておけば余計なもめ事が起きかねない。
フランの恩人たるレキに近づき、甘い汁を吸おうとする者達や、恩人とはいえただの平民であるレキを排除しようとする者達も現れるだろう。
僅か半月とはいえ、そういった者達がどう動くか分からない以上、早めに手を打つに越した事はない。
事情を知ったレキが、自分がここにいるのは迷惑なのでは?と、魔の森へ帰ってしまう可能性も少なからずある。
貴族間のネットワークは侮れない。
今、王宮に滞在している貴族だけでもレキの情報を伝えれば、自然と国内はおろか他国にまで情報は拡散するだろう。
レキの功績とそれを裏付ける実力を知れば、王宮に住まわせる事も可能となる。
「相手は?」
「う~む・・・」
御前試合とも言える今回の催し。
レキの実力を見せつける為には、試合相手にもある程度の強さが求められる。
レキのこれまでの功績を裏付け、フロイオニア王国王女フランの護衛を務めるにふさわしい者である事を、その実力で証明しなければならないのだ。
相手が弱ければ説得力にかけてしまう。
とはいえ・・・。
「魔の森のオーガですら瞬殺したレキの相手にふさわしい者などこの世界にはいない」
「フィルはどうだ?」
「魔術を行使する間もなく終わる」
「・・・そうか」
宮廷魔術士長フィルニイリスと言えど、現時点では魔術を行使するのに呪文の詠唱が必要である。
騎士を相手にした場合、呪文の詠唱中は致命的な隙となってしまう。
魔術士が騎士を相手にする為には、相手の剣が届かない距離から魔術を行使するしか無いのだ。
御前試合のようにある程度限られた範囲での戦いでは、魔術士が騎士に勝つのは少々厳しい。
これが魔術士同士の戦いであれば、呪文の詠唱速度や魔術の威力で勝負が決まる。
同じ土俵であれば、宮廷魔術士長であるフィルニイリスに敵うものなどそうはいない。
ただし、今回の相手はレキだ。
「レキは身体能力もさることながら魔術も凄い。
呪文の詠唱を必要としないのだから。
そのかわり、目の前で使われても魔術に明るい者でなければ理解されない怖れがある」
「ふむ」
「レキはまだ魔術を使いこなせていない。
そんなレキに魔術を使わせたら・・・」
「っ!」
「ん?
どうしたミリス?」
「い、いえっ・・・」
フィルニイリスの思わせぶりな発言に、今まで黙って聞いていたミリスが思わず息をのんだ。
脳裏に浮かんだのはエラスの街での惨劇(?)。
初級魔術で襲ってきた暴漢をねぐらごと洗い流したり、襲ってきた暴漢を周りの景色ごと吹き飛ばした。
"手加減を間違えた"とレキは言っていたが・・・手加減を間違えただけで初級魔術が中級魔術並になるなら世話はない。
「僭越ながら申し上げます。
今回の試合、魔術なしの剣術のみでの勝負としてはいかがでしょう」
「ふむ、何故だ?」
「先ほどフィルが言った通り、レキはまだ魔術を使いこなせておりません。
レキの魔術は無詠唱であり、知らぬ者からすれば魔術を行使したかどうかすら疑わしいかと。
剣術ならば我流とはいえ理解は出来るかと思います」
「なるほど」
「そもそも護衛は魔術より武術に秀でたものが務めるとなっております。
レキの武力ならば問題は無いかと」
「ふむ、分かった」
護衛の多くは騎士が務める。
騎士が魔術士より優れているから、というわけではない。
不意に襲われた場合、呪文の詠唱が必要となる魔術士では対応しきれない可能性が高く、対応できても街中での魔術行使は周囲にも被害が及ぶからである。
よって、護衛には騎士団の中から選りすぐりの者が選ばれるのが常なのだ。
「・・・それで肝心の対戦相手なのだが」
「考えるまでもない」
「ん?」
御前試合が決定し、その内容も魔術の使用は不可で武術のみと決まった。
そして肝心の対戦相手なのだが・・・。
「レキの強さを魅せつける上で必要となるのは相手の強さ。
それも強ければ強いほど良い。
この国で最も強いものと言えば・・・」
と、フィルニイリスが背後に控えていた一人の男に目を向けた。
釣られて、部屋にいる者全ての目がその男に向けられる。
「・・・は?」
「フロイオニア王国騎士団長ガレム。
"オーガイーター"の異名を誇る彼こそ、レキの相手にふさわしい」
フロイオニア王国が誇る王国騎士団最強の男であり、騎士団を束ねる男。
数年前、とある森で猛威を振るったオーガを見事打ち倒し、国から"オーガイーター"の二つ名を授けられた現役最強の騎士。
フロイオニア王国騎士団団長ガレム。
フィルニイリスを始めとした会議室全員から目を向けられた王国最強の男は
「・・・分かった」
まるで、死地に赴く勇者のような顔で頷いた。




