第68話:第三者の未来予想図
「まったく、フラン様に対して失礼ですよ?」
「へへ~」
フラン=お姫様という図式があまりにも似合わない為、野生児のような恰好で森の中を元気に駆けまわるフランを想像し、一人納得していたレキ。
ソファーに座ってうんうん頷いていたレキに対し、何を考えているのかと問いかけたリーニャに正直に答えてしまったレキは今、腰に手を当てたリーニャから苦笑交じりにお説教を貰っていた。
さすがにフォレストウルフの毛皮に身を包み、お手製の木の槍を手に、シルバーウルフの背に乗って魔の森を駆け回るフランという姿は、王宮で想像するには不敬だったようだ。
「似合うと思うんだけどな~」
「・・・ふふっ」
ただし、レキの想像したフランの姿は、リーニャにもしっくりきてしまったらしい。
レキ達がいるのは控えの間。
王と謁見を行う者が待機する為の部屋である。
レキは王族であるフランを救いここまで護衛を務めた、いわば国の恩人。
国としても万全の状態でレキを出迎えなければならない為、こうして準備している。
と言うか、現在進行形でレキの今後の扱いについて会議が開かれており、何らかの結論が出るまで謁見は行われないのだ。
もちろんそんな緊急会議が行われている事など、当のレキに言えるはずもない。
王様に会うにはそれなりの準備が必要なのですよ、というやんわりとした説明で納得してもらいつつ、リーニャがお茶やお菓子で持て成している。
年相応の好奇心はあれど、フラン程やんちゃでもなければ落ち着きが無いわけでもないレキは、控えの間の内装に興味を示しつつリーニャの用意してくれたお茶やお菓子を堪能していた。
控えの間に飾られている鎧なども、レキの興味を十分過ぎるほど引き付けているようだ。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「うんっ!」
「ふふっ。
お茶もお菓子もまだまだたくさんありますから、いくらでも言ってくださいね」
部屋にはレキとリーニャの二人だけ。
通常なら客であり恩人でもあるレキを持て成す為、あと数名は侍女を用意させたいところなのだが、あまり大勢で持て成してもレキが困惑するだろうとリーニャが控えさせた。
大食漢であるレキが先程からお茶とお菓子をおかわりしまくっている為、残りの侍女達には消費されるお茶やお菓子などの手配をしてもらっている。
レキについては侍女達も軽く説明を受けている。
フランの命を救い、ここまで同行した少年である事と、天涯孤独な身である事。
詳細を説明する時間が無かった為、レキがどれほどの事を成したかは説明されていないが、フランが深く感謝しており、同時にとても懐いているという事だけははっきりと伝えてある為、控えている侍女達もレキに対しては好意的である。
用意されたお菓子を美味しそうに食べる姿は歳相応で可愛らしく、フランよりおとなしい様子も好印象のようだ。
時折お茶やお菓子の補充をすべく部屋を尋ねる侍女達に、笑顔で礼を言うレキ。
侍女達がレキに向ける笑顔にも嘘は無い。
今も、隣室からは次はどのお菓子を出しましょうか?という会話が交わされている。
レキが今後王宮に住むのであれば、やはり印象が良いに越した事はない。
その点、無自覚にも好印象を稼ぐレキは、リーニャにとっても都合が良かった。
どうせなら味方が大いに越した事はな。
その点、隣室の侍女達は現時点では味方よりと言えるだろう。
今頃、フランはこれまでの旅の思い出を母親である王妃に一生懸命語っているのだろう。
その内容は考えるまでも無い。
フランにとって、レキは物語に出てくる英雄なのだから。
自分の命を救い、一度は死に別れたと思われたリーニャをも救い、街では暴漢を倒し、魔物の群れから立ち寄った村を救った英雄。
無詠唱魔術を操り、魔物の群れを剣の一振りで撃退したレキの姿は、フランの脳裏に強く刻まれていた。
惜しむらくは、その英雄の物語にヒロインと呼べるほどの女性がいない点だ。
野盗に追われ、魔の森に逃げ込んだ王国の姫となれば、通常ならヒロインと言っても良い。
にも関わらず、現時点でのフランはレキにとって仲の良い女の子という位置づけでしかなかった。
お互いまだ八歳の子供。
恋愛感情そのものが芽生えていないのだろう。
そういう意味では、先ほどレキが想像したフランの姿はむしろ良い傾向と言えるのかも知れない。
何せ、"レキが着ていたのと同じ"フォレストウルフの毛皮を身にまとい、"レキの友達である"ウォルンの背に乗って、"レキのいた"魔の森を駆け回っていたのだから。
無意識かも知れないが、レキの中でフランは当たり前の存在となっているようだ。
そんなフランもまた、レキをかけがえのない存在として王妃に語っているはず。
娘の命を救われた事もあり、王妃もレキに対して感謝せずにはいられないだろう。
問題は王と宰相。
この国のトップである王と、国政の頂に立つ宰相を説得するのは正直骨が折れるだろう。
説得するミリスとフィルニイリスとて、言葉を尽くさねばならないはず。
実力もあり、人格面でも問題のないミリスは、同性ということもあってフランや王妃の護衛を良く務めている。
王や宰相からの覚えも良く、騎士団の中でも選りすぐりの存在である。
そんなミリスの説得ならば、王や宰相も耳を傾けるだろう。
そしてフィルニイリス。
こちらはなんといっても宮廷魔術士の長である。
同時に魔術研究の第一人者であり、さらには現王が幼少の頃には教育係でもあった存在だ。
前王の相談役も務めた人物であり、それは現王が即位した際にも続いている。
今は相談役よりも王宮の魔術士達を率いる立場としての方が強いが、その信頼に変わりはなく、今でも良く相談を受けているらしい。
そんな二人が説明するのだ。
何を心配する必要があるだろうか。
リーニャにとって、レキはフランの恩人であり、同時にリーニャ自身の恩人でもある。
辛く悲しい過去を乗り越え、自分を諭してくれた心の強い少年。
純粋で真っ直ぐで、信頼のおける少年。
圧倒的な力を持ちながら、決して傲慢にならず、他人の為に正しくその力を振るう事が出来る少年。
その力が他者に恐れられた後も、躊躇なく力を振るえる少年。
力を振るってしまった後に、周りの反応を気にしてしまうような、そんな少年。
勝手ながら弟のようにも思っている。
ここまで一緒に旅をしてきて、リーニャはレキの様々な面を見てきた。
最初こそ驚きもしたが、次第に「レキ君ですからね」と納得している自分がいた。
それでも、カランの村を救った後の村人の反応にひどく落ち込んでいたレキを見て、それ以降はレキに頼るだけでなく自分なりにレキを助けようと思った。
ようやく、王宮まで連れてくる事が出来たのだ。
レキ君にようやく恩返しが出来ますね。
レキの飲むお茶のおかわりを用意しながら、リーニャは密かに喜びをかみしめていた。
そんなリーニャの見つめる先では、相変わらずレキが美味しそうにお菓子を食べていた。
――――――――――
「それでレキがのう」
「ふふっ・・・」
王妃の間では、先程から母娘が語り合っていた。
フランが道中の様々な出来事を語り、それを王妃が笑顔で聞き続けている。
フランの語る事は多い。
普通では味わえない体験をし続けてきたのだ。
魔の森でオーガに襲われた事や、ゴブリンの群れから村を救った事など、まるでおとぎ話の登場人物になった気分である。
話には自然と熱がこもるが、何分語る事が多すぎるせいで先程から支離滅裂になっていた。
「襲ってきた男共をレキがじゃな、こう手をかざしてえいっ!ってやるとじゃな、そういえばゴブリンを倒した時も剣をえいっ!って・・・」
それでも先程から語るのをやめない愛娘に、王妃も笑顔を向けている。
支離滅裂ながらも一生懸命語るフランの姿。
一月以上ぶりに再会した娘の可愛らしい姿を見ながら、王妃はその内容にもしっかりと耳を傾けている。
その内容はリーニャの予想道り、レキを英雄にした物語。
さしずめフランはその英雄の親友といったところだ。
物語の英雄は幾多の困難の果てに姫と結ばれるものだが、どうにも目の前のフランは自分が姫である自覚が足りないというか、ただ純粋にレキという英雄に懐いているだけの子供でしかなかった。
それでもこれだけ懐いているわけだし、何よりお互いまだ子供である。
このまま"一緒に"成長していけば、いずれは・・・。
フランの話を聞きながらそんな事を考える王妃である。
王妃の中に描かれるのは、フランという姫とレキという英雄が紡ぐ未来図だった。




