第67話:母娘の再会と帰還の報告
この国の一番偉い人であり、友達であるフランのお父さんでもある国王に会い、フランを助けた事へのお礼を受け取るという、はたから見れば大変重要な行事に挑むレキだったが、王族とはなんぞやという話を聞いたレキの頭の中は、王様ってどんな人なのだろうという疑問でいっぱいだった。
王様、国王陛下がこの国で一番偉い人だと説明されはしたものの、そもそも"偉い"という事が良く分かっていないのだ。
レキがいた村で一番偉い人と言えば村長だろう。
だが、レキの村の村長さんは、別に威張る事もなく、みんなの為に率先して働くお爺さんだった。
自分と幼なじみのマールが遊びに行けばお茶とお菓子を出してくれたし、いろんなお話を聞かせてくれる優しいお爺さん。
レキは知らないが、村長とはすなわち村の取りまとめ役であり、村の管理や領主への税を納めるなど多くの仕事を持っている。
村で何か問題が起これば村長を中心に話し合いが行われ、祝い事などを仕切るのも村長の仕事である。
レキにとっては優しいお爺さんでも、村人から見れば村のほとんどの権利と義務を有する上役なのだ。
それを知らないレキからすれば、村長さんは優しいお爺さんでしかなく、ただ、そういえば毎日何かお仕事してたなぁと思うくらいだった。
村長さんでもあんなに忙しかったのだから、王様はもっと忙しいんだろうな。
ただ会ってお礼を言うだけなのに準備が必要なくらいだから、王様って大変なんだな。
そんな事を考えるレキだった。
「じゃあ行ってくる。
レキ、また後で」
「おとなしく待ってるんだぞ?」
「ん?
どこ行くの?」
「王のところ。
帰還の報告に」
「ふ~ん・・・」
「私も護衛の一人として報告に立ち会わねばならないのでな」
「そっか~。
じゃあ行ってらっしゃい」
「うん、また」
「またな」
まだ見ぬ国王への想像に頭を働かせていたレキを置いて、まずミリスとフィルニイリスが連れ立って部屋を出た。
レキには帰還の報告をしに行くと言ったが、実際は王や宰相、その他文官を交えてレキの今後についての話し合いを行う為だ。
ミリスとフィルニイリスが行うのはレキを王宮へ住まわせるための説得。
その際必要なのはレキの功績と実力である。
だからこそ、宮廷魔術士長と王国騎士団小隊長の二人が、それぞれの面から報告をするのだ。
「フラン様もそろそろ行かなければなりませんよ?」
「にゃ?
わらわも帰還の報告か?」
「はい、王妃様に」
「おおっ!?」
フランもここでお別れ。
と言っても、フランはミリスやフィルニイリスとは違い、ただ帰国の挨拶をするだけ。
相手はフランの母親にしてこの国の王妃である。
フランが野盗の襲撃に遭い、行方不明になったと聞いてからというもの心配で満足に食事が取れず、ベッドに伏せっていた。
騎士団の出した早馬にて、フランの無事と、まもなく帰還するという報告を受けたからか、今はベッドから体を上げフランの帰りを今か今かと待ちわびているらしい。
「母上・・・。
では行ってくるのじゃ」
「えっと、行ってらっしゃい?」
「うむ、また後でじゃ!」
ミリスとフィルニイリス、ついでフランを見送ったレキは、世話係として残ったリーニャに促されておとなしくソファーに座った。
「うわっ」
座ってみて気付くソファーの柔らかさ。
びっくりしてそっと撫でてみれば、あまりの手触りに感動すら覚えた。
レキの知るどんなソファーより、柔らかくて座り心地が良い。
レキの知るソファーとは、魔物の毛皮で作られた簡素な物だった。
中に詰められているのは草や落ち葉などで、多少は柔らかいが今座っている物とは雲泥の差があった。
因みに、魔の森の小屋にあるソファーは、森で狩った魔物の毛皮を何枚も重ねただけの物であり、やはり比べるに値しない。
「すごいっ!」
「ソファーですか?」
「うん、すごいすべすべ!」
「ふふっ、仮にもお城のソファーですから」
「うわぁ~・・・」
こんなつるつるですべすべで柔らかなソファーなどレキは知らない。
ここまで来る間に立ち寄った街や村にも、これほどのソファーは無かった。
違いに気付いたレキは、ここでようやく自分がお城という別世界にいる事を実感した。
今まで立ち寄った街や村とは違う、フロイオニア王国の中心にある王宮。
その一室に今、レキはいる。
そういえば、フランは魔物の捌き方を知らなかった。
最初に内臓を取り出す事すら知らず、レキがあれこれ教えながら解体したのだ。
肉を切り分ける時だって、慣れない剣を思いっきり振りかぶって切ろうとした。
その際ふらつくフランを支えようと手を伸ばしたレキの指を軽く切りつけ、レキ以上に慌てていた。
あれはやはり、今までやった事が無かったからだろう。
そりゃそうだと、レキは今更ながらに思った。
こんな立派なお城に住んでいて、こんなすごいソファーに座りながら、毎日お菓子を食べているのだ。
魔物などわざわざ解体する必要が無い。
きっといつもは、森で食べたオーク肉より美味しいものをたくさん食べているんだろう。
知識不足から王族の暮らしが想像できないレキではあるが、それでも自分とは違う世界の住人である事は分かったようだ。
もちろんそれで何が変わるわけではなく、ただ自分とは違う生活を送っていたのだなと思うだけで終わった。
「う~ん」
「レキ君?」
ただ、普段のフランを思うに、やはりフランが王女というのが理解できないというか似合わないというか・・・。
お城のお姫様と言えば、綺麗なドレスを来て、綺麗なお城に住んで、確か舞踏会とかいうものに毎日出て、それから・・・。
王族というものに対する知識が圧倒的に不足しているレキが、それでも幼い頃に両親から聞かされたお話を元に王族という人達を改めて想像する。
そして、想像の中のお姫様とフランを結びつけようとして・・・。
「・・・だめだ」
「レキ君?」
どうにも結びつかなかったようだ。
では今度はレキのようにみすぼらしい(レキの中では格好いい)服装で森の中を元気に駆けまわるフランを想像した。
「うん」
「先程から何を想像しているのですか?」
「へへ~」
レキの中でのフランはお城のお姫様などではなく、レキと一緒にそこら中を元気にを駆けまわる少女でしかなかった。
その事に妙な納得をしたレキが、リーニャに笑顔を見せた。
――――――――――
レキが野山を駆け回るフランを想像して一人納得していた頃、フランはお城の廊下を元気に駆けていた。
その様子はまさに、服装以外はレキが想像した通りの少女の姿であり、それこそがフランという少女だった。
いつもならリーニャを始めとしたお城の侍女に注意されるところだが、今日ばかりは皆フランを涙交じりの笑顔で見送っていた。
皆、元気なフランの姿を見ては「姫様・・・よくぞご無事で」と安心したのだ。
中には、フランの姿が見えなくなった後で泣き崩れる者まで出る始末である。
フランが王宮内でどれだけ慕われ、愛されているかが良く分かる光景であった。
そうして、フランは王宮の最上階にある王妃の間へ辿り着いた。
いつもなら「お行儀が悪いです」と怒られながら扉をノックして入るのだが、今日ばかりはそれすら煩わしいのかいきなり扉を開け中に入った。
フランも十数日ぶりの母親に少しでも早く会いたかったのだろう。
「母上っ!」
「フランっ!!」
突然開かれた部屋の扉と、聞こえた声に王妃がベッドから立ち上がりフランの傍へと小走りに近づいた。
「ただいまじゃ、母上!」
「フラン・・・。
あぁ、フラン!」
開け放たれたドアから飛び込んできた我が子を、王妃が強く抱きとめる。
一月半程前に城を発った時と同じ、元気な我が子の様子に王妃は心から安堵した。
行方不明の報を知らされた時は、気が遠くなりそのまま倒れてしまった。
「あくまで行方不明」という、王であり夫の励ます言葉に一筋の希望を抱きながらも、食事は喉を通らず、夜も満足に眠れなかった。
寝れば悪夢にうなされ、起きて周りを見渡しても我が子はおらず・・・。
もしフランが死んでいたのなら、もしかしたらそのまま悪夢に捕らわれベッドから起きられなかったかも知れない。
そのフランが、腕の中にいる。
「ああフラン。
心配したのですよ・・・」
「う~、ごめんなのじゃ母上。
でもほれ、ちゃんと無事帰ってきたぞ!」
「ええ、良かった・・・。
本当に良かった・・・」
両手でしかと抱きとめ、その温もりを確かめる。
そんな王妃を上目遣いに見ながら、フランが満面の笑みで帰還の報告を行った。
それから、二人は存分に語り合った。
道中の様々な出来事を身振り手振りを交えて熱弁するフランと、それに笑顔で頷く王妃。
「カランの村でのう・・・」
「ええ」
王妃の間、母娘は時を忘れて存分に語り合った。
――――――――――
更に別の場所では・・・
「宮廷魔術士長フィルニイリス、帰還しました」
「王国騎士団ミリス隊小隊長ミリス、ただいま帰還いたしました」
「うむ、よくぞ無事戻った」
控えの間でレキと分かれたミリスとフィルニイリスは、謁見の間へとやってきた。
先に出した早馬にてフラン達の無事は既に伝わっているが、詳細までは報告されていない。
野盗の襲撃に遭ってから今日までの事を、当事者であるミリスとフィルニイリスの両名が直接報告しに来たのだ。
報告の中心はやはりレキについて。
魔の森で助けられてから今日まで、レキには返しきれないほどの恩を受けていた。
そんなレキにフランが懐いている事、自分達も信頼を置いている事と、何よりレキの実力について。
ミリスとフィルニイリスは言葉を尽くして報告した。
「・・・にわかには信じがたいが」
「でも事実」
「はい、報告内容に虚偽や誇張などはありません」
「ふむ・・・」
報告を聞いたフロイオニア王の第一声はそれであった。
二人が報告した内容はどれも一概には信じられない事ばかり。
平原の魔物の中では高ランクのアースタイガーは言うに及ばず、魔の森のオーガをも瞬殺した事や、ゴブリンの群れを一撃で殲滅した事については、まさに物語の英雄のごとき所業である。
それほどの力をフランと同い年の子供が振るったと聞けば、畏怖より先に疑惑の方が強くなってもおかしくはない。
「ガレムはどうだ?」
「どう、と言われましても、実際に見たわけではありませんからな」
「それでもここ数日は一緒だったのだろう?
ならば多少なりとも分かったことがあるはずだ」
「・・・少なくとも我ら騎士団の中隊長以上は確実ですな」
「根拠は?」
「我らと合流後、あの少年は連日魔物を狩ってくれました。
それも単独で、数十頭もの数をです。
我ら騎士団でそれが出来るのは中隊長以上の実力の持ち主でしょう」
「・・・そうか」
ガレムの言葉に考えこむフロイオニア王。
ガレムの語った内容はミリスやフィルニイリスの報告に比べてかなり現実的であった。
だからこそレキの実力にも真実味が増していった。
八歳の少年。
その一点さえ除けば、数十体の魔物を一人で狩ると言う話は十分あり得るのだ。
なお、ガレムの語った内容に嘘は無いが正直情報が足りていない。
数十体の魔物を一人で狩る。
それだけならば確かに騎士団の中隊長でも十分可能だろう。
種類さえ問わなければ、それこそ小隊長クラスでも出来てしまう。
だが、レキが連日狩ってきた魔物はダークホーンやソードボアといった小隊長クラスが何とか倒せるレベルの魔物である。
それを短時間で数十体倒すのは、おそらくは中隊長でも難しいだろう。
それをレキは、遥か遠く認識外の魔物を一人で狩りに行き、なおかつ自分達の野営地まで一人で持ち帰っている。
それはもはや中隊長どころか大隊長でも不可能である。
それをレキは、合流してから王都に着くまで毎日やってのけたのだ。
ミリスやフィルニイリス程ではないにしても、レキの実力が並大抵ではない事はガレムを始め合流した騎士団全員が把握している。
ガレムはその事実をあえて伝えなかった。
自分が言わずともレキの実力についてはミリスやフィルニイリスが十二分に語っていたし、これ以上はレキが危険人物として扱われる恐れがある。
他ならぬガレム自身がそうだったのだ。
国を重んじる立場の者なら、いくらレキが恩人といえども同じ判断を下す可能性がある。
王はもとより、同席している他の者がどう判断を下すか・・・。
それがガレムには気がかりだった。
「確かに、陛下の仰るとおりにわかには信じられませんが、他ならぬフィルニイリス殿がそうおっしゃられるのであれば事実なのでしょう」
謁見の間にいるもう一人の男が口を開いた。
「魔の森のオーガを屠る程の力をもつ少年。
にわかには信じがたいですが・・・それはこの際置いておくとして」
「アル?」
フロイオニア王国で宰相を務める男、アルマイス=カラヌス。
フロイオニア王国の国政の頂に立つ男であり、王の右腕と呼ばれる男である。
清廉潔白であり、時に王を諌める事すら行う男。
国と民を重んじ、だからこそフィルニイリス達の語る内容に対し、言わねばならない事があった。
「その少年の今後の扱いについて、どうされるおつもりでしょうか?」
魔の森のオーガすら屠る力を持つ少年。
その少年を放置するなど出来るはずがない。
国と民を重んじる男は、そう判断した。




