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黄金の双剣士  作者: ひろよし
一章:森の出会い
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第6話:森の出会い

フランの命を受け、フィルニイリスが御者を務めるミリスに指示を伝えようとしたその時である。

不意に、馬車が大きく揺れた。


「くっ、車輪がっ!」

「姫っ!」

「フラン様っ!」

「うにゃぁ!」


野盗の放った何本目かの矢が車軸に当たり、ついに馬車が横転した。

その衝撃で、フラン達は外へと投げ出された。


「くっ、姫、ご無事ですかっ!」

「うぅ、わ、わらわは大丈夫じゃ。

 でもリーニャが」

「リーニャ、どうしたっ!?」

「倒れたときにわらわを庇って、それで」


投げ出される直前、リーニャはフランを庇う様に抱き、そのまま碌に受け身も取れず地面へと投げ出された。

その際、全身を強く打ち付けてしまったようだ。


「わ、私は大丈夫です。

 それより早く」

「・・・分かった。

 ミリス」

「ああ、フィルは姫とリーニャを頼む」

「任せて」


リーニャの言葉が強がりである事など誰でも分かる。

だが、リーニャの言う通り少しでも早くこの場を離れなければならない。


少しでも遠く、野盗から逃げなければ・・・。

気丈にも立ち上がり、森の奥へと入って行こうとしたフラン達だったが・・・。


「フラン様っ!」


フラン達を追う野盗。

その一人が放った矢が、彼女達を背後から襲った。


「あぐっ!」

「リ、リーニャ!」

「しまった!」

「っ、まずい!」


その矢にいち早く気づいたのはリーニャだった。

地面に投げ出された際に痛めたであろうその体を、なおも襲い来る野盗の一矢からフランを庇う為の盾とした。


「リーニャっ!

 リーニャっ!!」

「・・・フラン様・・・ご無事、ですか」

「わ、わらわは大丈夫じゃ。

 でもリーニャが」

「良かった・・・」

「リーニャっ!!

 リーニャぁ!!!」


野盗の放った矢は、彼女の脇腹を貫いていた。


「リーニャ!

 くっ!」

「これではもう走れない」

「フィル!」

「リーニャ・・・」


ただでさえ全身を強く打ち付け、歩くのですら辛かったリーニャである。

この上更に怪我を負った彼女は・・・正直足手まといでしかなかった。


その事を、リーニャ本人が理解していた。


「分かって・・・います」

「リーニャ!」

「フラン様。

 私は・・・ここまでのようです」

「リーニャ、何をっ!」

「この怪我では、走れません・・・から」

「でも!」

「姫様、早く」

「リーニャ!

 嫌じゃ、嫌じゃリーニャ!!」


物心付いた時には傍にいた。

時に厳しく、時に優しく、まるで母のように、あるいは姉のように接してくれた女性だった。

どこへ行くにも一緒で、もちろん今回も当たり前のようについてきてくれた。


これからも、ずっと一緒にいるはずだった。

なのに・・・。


自分を二度も庇い、そして深手を負ってしまったリーニャに泣いてすがるフラン。

野盗はすぐそばまで迫っていた。

もはや一刻の猶予も無かった。


別れの言葉を交わす余裕すら・・・。


「ミリス様・・・お願いします」

「っ、分かった。

 フィル、案内を」

「うん、こっち」

「リーニャ!

 嫌じゃリーニャ!」

「姫、失礼します」

「離せミリス。

 リーニャが!

 リーニャっ!!」

「フラン様・・・。

 どうか、ご無事で」

「リーニャあ~~!!!」


無きすがるフランを強引に抱え、フィルニイリスの先導でミリスは森の奥へと駆けだした。

泣きながら大好きな侍女へとその手を伸ばすフラン。

だが、その手が届く事は無い。


「へっ、置いていきやがった」

「仕方ねぇんじゃねぇの?

 この怪我じゃよ」

「よく言うぜ、お前が放った矢じゃねぇか」

「へっへっへっ、まぁな」


下卑た笑いを浮かべ、フランを逃がす為ただ一人この場に残った献身的な侍女の下へ、野盗が迫る。


「・・・ここまでの、ようですね」


全身を強く打ち、更には脇腹を怪我したリーニャに出来る事など何もない。

王宮の、それも王女付きの侍女として武術の心得はあるものの、この怪我では碌な抵抗も出来ないだろう。

それでも、リーニャは全身の痛みをこらえつつ立ち上がった。


勝てないからと言って何もしないわけにはいかなかった。

リーニャが抵抗すればするほど、フラン達が逃げる時間を稼げるからだ。


野盗に捕らえられた女の末路など最悪なもので、いっそ自害した方が良いくらいだ。

だが、リーニャにはそれ以上に最悪で許しがたい事があった。

自分が人質になる事で、フラン達を呼び寄せてしまう餌になる事だ。


先ほどのフランとのやり取りはおそらく見られていた。

だから、リーニャを捕らえ人質として交渉すれば、あるいは森へ逃げていった彼女達を呼び戻す事が出来るかもしれない。

そう野盗達が考える恐れがあった。


フィルニイリスがいればそんな事態にはならないはず。

彼女は何を優先すべきかを理解している。

その為には、それ以外の全てを切り捨てる覚悟もある。


ミリスはフィルニイリスほど冷静ではない。

だが、騎士として王族の命を優先しなければならない事は理解している。

離れる際も、苦渋の表情をしつつでそれでもフランを抱えて走り去ってくれた。


あと少し。

少しでも長く野盗を引き付けつつ、最後には己の命を絶つ。

それこそが、何よりも大切な少女のために出来る、リーニャの最後の仕事である。


「フラン。

 ・・・どうか」


学園を卒業後、侍女になる為向かった王宮。

そこで出会ったフロイオニア王国王妃フィーリア=フォウ=イオニアと、彼女に抱かれていた生まれたばかりの赤子、フラン=イオニア。

本当に小さく、何よりも愛おしく感じた。


それから、父と王妃の推薦で王女つきの侍女として勤め始めた。

初めてしゃべったときも、歩き出したときも、ずっと見守ってきた。

「リーニャ」といつも話しかけてくれた。

年の離れた妹のように、あるいは娘のように。

本当に、愛おしかった。


自分はどうなってもいい。

あの子さえ無事ならそれだけで十分。

他には何も望まないから。

だから、せめてあの子だけは・・・どうか。


「どうか・・・生きて」


そんな彼女の、最後となるはずの呟きは・・・。

銀色の狼を引き連れ、久しぶりに森の浅いところまで狩りに来ていた少年の耳に、確かに届いた。


――――――――――


「どうか・・・生きて」


そう聞こえた。

森の浅いところで。

野盗らしき連中が、今まさに襲い掛かろうとしている女性が。

怪我を負い、野盗に囲まれ、絶体絶命なはずの女性は、なぜか笑顔で、確かにそう呟いた。


「あ・・・。

 あ・・・・・・」


あの日、燃え落ちる村で見た背中。

何もできなかった自分を逃がす為、その身を挺して戦ってくれた大好きな父親。

その最後の背中。

その背中越しに父が言った言葉がレキの中で蘇る。


今なら分かる。

あれがどれほど無謀な事だったか。

それでも彼は、レキの父親は立ち向かった。

立ち向かわねばならなかった。

レキとレキの母親を逃がす為。

自分がどうなろうと、愛する妻と子供を逃がす為に。


母もそうだ。


迫りくるゴブリンの群れから、せめて愛する息子だけでも逃がそうとその場に留まった。

魔の森の脅威は知っていたはず。

それでも、せめてレキが小屋にたどり着くまでの時間を稼ぐ為に。


父の最期の背中と、母の最後の言葉。

今、目の前で繰り広げられている光景は、まるであの時の再現のようだった。

何より、あの女性の表情が、最後に見た母の顔に重なって見えた。


「だ、だめーーーっ!」


直後、全身に黄金の光を纏わせたレキが飛び出した。


「なっ!

 なんだてべへぇ!」


レキに蹴り飛ばされ、一人の男が遥か彼方まで吹き飛んでいった。


「えっ?」


突然、仲間の一人が悲鳴と共に吹き飛んだ状況に、周りの男達は理解すら出来ずにただ唖然としていた。


「だ、ダメっ!」


その隙を突き、レキがリーニャと男達の間に立った。

女性を庇う様に両手を広げ、勇ましくも男達を睨みつけるレキ。

そんなレキの仕草と声に、男達もレキの存在に気付いたようだ。


「な、なんだこのガキ?」

「どこから出てきやがった!」


流石に、今の状況にまではついていけない様子だった。

何せ、女を捕まえようと手を伸ばした仲間の一人が突然吹き飛び、かと思えば目の前に黄金に輝く子供が立っているのだ。

理解しろと言う方が難しいだろう。


それでもレキは男達を睨みつけた。


誰かの為に自分を犠牲にしようとしている女性。

その女性に迫る男達。


それはまるで、あの時の状況を再現しているかのようで。

だからレキは、あの時の状況をやり直す為に、男達をやっつける事にしたのだ。


「うりゃあ!」

「がはぁっ!?」


レキが拳を振るう。

男の一人はその拳を認識すらできず、先ほどの男同様吹き飛んでいった。


「でやぁ!」

「ぶふぅ!」


レキが拳を振るう。

隣から聞こえた悲鳴に、そちらを向こうとした男が吹き飛んだ。


「ていっ!」

「うばぁ!」


レキが拳を振るう。

二度目の悲鳴にようやく事態を把握しかけた男が吹き飛んだ。


「たあっ!」

「へべっ!」


そういったやり取りが数度繰り返され、森には静けさが戻った。


――――――――――


黄金の光をまとった少年が突然目の前に現れた。

かと思えば、自分達を追ってきた野盗が一人残らず吹き飛んでいった。


あまりにも現実離れした光景に、リーニャは脇腹の痛みすら忘れてあっけに取られていた。


命より大事なフランは逃がせた。

フランと共にいるのは、フロイオニア王国騎士団の小隊長であるミリスと、宮廷魔術士団長のフィルニイリス。

怪我をして足手まといとなった自分などいなくても、あの二人なら何とかしてくれるだろう。

後は少しでもこの男達を惹きつけられれば。


何もせず捕まるのは正直辛いものがあった。

自分はまだ若く、少なくとも見た目も悪くないはず。

告白された事は山のようにあったし、今だにお誘いの声は多い。

騎士や魔術士、更には王宮に来た貴族までもが、自分に色目を使ってくるくらいだ。


もし捕まっていたなら・・・。

女性としての尊厳を確実に踏みにじられただろう。


生きてさえいれば、いつかはフランと再会できたかもしれない。

だが、それ以上に自分を交渉の材料に使われる可能性があった。

それだけは許されなかった・・・。

そうでなくともこの身を汚されるくらいならばいっそ・・・。


そこまでの覚悟を決めていたリーニャだったが、目の前で繰り広げられる光景は、そんな彼女の覚悟を軽く吹き飛ばすものだった。


(い、一体何が?)

(この子はどこから?)

(まさか森から?でもここは魔の森では??)

(あ、また一人飛んで)


混乱する思考。

それに追い打ちをかけるかのように聞こえてくる悲鳴と、一人ずつ順番に吹き飛んでいく男達。


「・・・」


黄金をまとった少年。

両手の剣も使わず、拳だけで男共を撃退していくフランと同じくらいの少年。


ここは魔の森、追い詰められ、追ってきた野盗の集団、どこからとも無く飛んできた少年、そして・・・。


結局、リーニャの思考が落ち着いたのは、レキが襲ってきた連中を一人残らずぶっ飛ばした後だった。

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